日本キリスト教団 東久留米教会

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2014-08-11 13:14:40(月)
「わたしの願いではなく、御心のままに」 2014年8月10日(日) 聖霊降臨節第10主日礼拝説教
朗読聖書:創世記22章1~19節、ルカによる福音書22章35~46節。
「しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」
               (ルカによる福音書22章42節)

 イエス様の十字架が目前に迫っています。あと数時間すると、イエス様は捕らえられるのです。状況は緊迫しています。弟子たちもそれを感じ始めています。(35~36節)「それから、イエスは使徒たちに言われた。『財布も袋も履物も持たせずにあなたがたを遣わしたとき、何か不足したものがあったか。』彼らが、『いいえ、何もありませんでした』と言うと、イエスは言われた。『しかし今は、財布のある者は、それを持って行きなさい。袋も同じようにしなさい。剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい。』」

 イエス様は、神の国の到来を宣べ伝えさせるために72人の人々をイスラエルの町や村に派遣なさったとき、こうおっしゃったのです。「財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな(イエス様のおいでによって神の国が来ていることを宣べ伝えることがそれだけ緊急に大切だからです)。どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。」 「財布も袋も履物も持って行くな。」それは勇気のいることです。私たちですと、持ち物を減らすことは致しますが、財布も袋も履物も持たずに旅に出ることは正直言って難しいと思います。ですが72人は実行したのです。この72人は十二弟子とは別ですが、十二弟子も同じように財布も袋も履物も持たずに、神の国の宣べ伝えるために派遣されたに違いありません。父なる神様が共にいて下さり、必要なものはすべて備えて下さったに違いありません。出エジプトした民が何もない荒れ野を旅したとき、神様がマナという食物を与え続けて下さり、岩から水を出して養って下さったのと同じようにです。十二弟子も何も不足しなかったのです。神様が与えて下さったからです。

 しかし今は状況が緊迫しています。悪魔が猛威を振るうときが来たのです。そこでイエス様は十二人の弟子たちに、心して備えるものを備えるようにと言われます。悪魔と戦う心構えを強化するように言われるのです。「今は、財布のある者は、それを持って行きなさい。袋も同じようにしなさい。剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい。」弟子たちは剣を二振り持っていたので、「主よ、剣なら、このとおりここに二振りあります」と言うと、イエス様は「それでよい」とおっしゃいました。 イエス様が「剣を買いなさい」とおっしゃったことは意外です。イエス様はマタイによる福音書26章で、イエス様を守ろうとして大祭司の手下に打ちかかって片方の耳を切り落とした弟子に、「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」とおっしゃっているからです。

 8月は平和への祈りを特に強化する月で、礼拝の招詞として選んだイザヤ書2章4節には、国々が「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする」と書かれています。人々が戦争の道具・剣を農耕の道具・鋤に作り変え、同じく戦いの道具・槍をやはり農業の道具・鎌に作り変えるというのです。これは平和メッセージです。イエス様は基本的に平和の主ですから、「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」とおっしゃいます。そのイエス様が「剣を買いなさい」とおっしゃったことは意外です。イエス様は弟子たちに、「剣を振るい、武器を取って戦え」と言われたのではないでしょう。なぜなら、このルカによる福音書でもイエス様が捕らえられる場面で、イエス様と共にいた者の一人が大祭司の手下に打ちかかって、その右の耳を切り落とすと、イエス様は「やめなさい。もうそれでよい」とおっしゃり、その耳に触れていやされたからです。「剣を買いなさい」とは、あくまでも悪と戦うしっかりとした心構えを持ちなさいというメッセージと思います。

 エフェソの信徒への手紙6章を見ると、キリスト者の真の敵は人間ではなく悪魔であり、キリスト者の武器は神様の御言葉(聖書)と祈りであると書かれています。これは物理的な武器ではなく、霊的な武器です。エフェソの信徒への手紙6章12節以下にこう書かれています。「わたしたちの戦いは、血肉(人間)を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊(悪魔、悪霊)を相手にするものなのです。だから邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。どのような時にも、霊(聖霊)に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」 真理と平和を愛するキリスト者は、剣(物理的な武器)ではなく、神の言葉と祈りによって悪の力と戦うのです。

 ルカによる福音書に戻ります。イエス様は、「言っておくが、『その人は犯罪人の一人に数えられた』と書かれていることは、わたしの身に必ず実現する。わたしにかかわることは実現するからである」と語られました。イエス様の十字架の死を予告するイザヤ書53章の12節を引用して語られたのです。そこにはこう書かれています。「彼が自らをなげうち死んで/ 罪人の一人に数えられたからだ。」イエス様は、イザヤ書53章がご自分の十字架の死を預言していることを十分に承知しておられました。

 そしてイエス様は生涯の最大の正念場である祈りへと進んで行かれます。(39~40節)「イエスがそこを出て、いつものようにオリーブ山に行かれると、弟子たちも従った。いつもの場所に来ると、イエスは弟子たちに、『誘惑に陥らないように祈りなさい』と言われた。」 イエス様はどこででも祈られたでしょうが、このオリーブ山はイエス様にとっていつもの祈りの場だったのです。イエス様は祈るための「いつもの場所」を決めておられたのです。私が神学校を卒業するときに、学長先生が、送り出す卒業生たちに伝道者の心構えを二泊三日の合宿で講義して下さいましたが、「祈りはいつでもどこででもできる。しかし祈りの場所と時間を確保せよ」と、おっしゃいました。祈りはいつでもどこででもできるので、逆におろそかになることもあるのではないでしょうか。そうならないために祈りの場所と時間を決めて祈りを実行することは、よいことです。つい祈りがおろそかになってしまう私たちのために、教会では礼拝と祈祷会を用意しています。礼拝と祈祷会に来て祈ることも、とてもよいことです。

 これは有名な場面です。マタイによる福音書とマルコによる福音書では、場所はゲツセマネになっています。ゲツセマネとは「油搾り」という意味だそうです。イエス様はまさに、ご自分の全身全霊を搾りきる激しい祈りをされました。イエス様は弟子たちと離れて、一人祈りへと進まれます。(41~43節)「そして自分は、石を投げて届くほどの所に離れ、ひざまずいてこう祈られた。『父よ、御心なら、この杯(十字架)をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。』すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。」

 天使は重要な場面に登場します。ここでも十字架に向かう決断をするイエス様を励ます重要な役割を果たしています。祈りに関する名著と呼ばれる『祈りの精神』(斎藤剛毅訳、ヨルダン社、1986年)の中で著書のP.T.フォーサイスという牧師は、「神様と格闘するような祈りこそ、祈りの理想ではないか」という意味のことを述べています(決してわがままな願いを神様に押し付けることがよいという意味ではありません)。 祈りは神様に真剣に願い求める魂の崇高な労働なのです。その意味で祈りは楽ではありません。イエス様のオリーブ山での祈りこそ、祈りの歴史の中で最も崇高な格闘の祈りだったと思うのです。イエス様はまず正直な願いをぶつけ、「父よ、御心なら、この杯(十字架)をわたしから取りのけてください」と祈られました。当然の願いです。しかし「御心なら」とおっしゃっています。私たちも「御心ならば、このようにして下さい」と祈りたいのです。

 イエス様はさらに踏み込んで祈られます。「しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」ここにイエス様の強い覚悟が出ています。「最後はあくまでも父なる神様のご意志に服従します」、という決意の表明です。これこそ祈りの最終目標です。迫力ある祈りです。私たちも先ほど「主の祈り」で、「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」と祈りました。「神様が喜ばれることが、既に天において行われているように、地でも行われますように」という祈りです。「私たちをそのために用いて下さい」という意味でもあるのです。父なる神様の御心は、イエス様が私たち皆の罪を背負って十字架で死ぬことです。イエス様はご自分を献げ物となさるのです。私たちも、イエス様ほどはできないかちと思いますが、聖霊に助けられて神様の御心を行いながら生きるのです。

 (44節)「イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。」「苦しみもだえ」とは、「レスリングする、組み打ち・格闘する」ということだそうです(左近淑『だれも奪えぬ自由』教文館、1996年、114ページ)。全身全霊を注ぎ出す祈りをなさったのです。私は、創世記32章でイスラエルの先祖の一人ヤコブが、神様ご自身と格闘した場面を連想します。塚本虎二先生とおっしゃる無教会の伝道者が訳された新約聖書では、「汗が血のしたたりのようにポタポタ地上に落ちた」と訳されているそうです(同書、115ページ)。生々しい訳で、その様子が目に浮かぶようです。「いよいよ切に祈られた」は、ある聖書では、「ますます熱意を込めて」、「ますます真剣に」と訳されているそうです(同書、115ページ)。賀川豊彦牧師は、シャツに血の斑点がついた経験をお持ちだと三浦綾子さんの『新約聖書入門』(光文社文庫、2012年、194ページ)に書かれています。きっと全力で祈られたときの経験なのでしょう。私たちはなかなかそこまで祈ることができない自分の弱さを残念に思います。

 (45節)「イエスが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻って御覧になると、彼らは悲しみの果てに眠り込んでいた。」イエス様がただならぬ様子であることに弟子たちも気づき、弟子たちなりに祈りで応援しようと思ったでしょうが、睡魔に打ち勝つことができませんでした。私たちも睡魔になかなか勝つことができません。イエス様だけは睡魔に打ち勝って、徹夜の祈りを祈りきられたのです。イエス様は非常に意志の強い方です。荒れ野の誘惑の時も、何と40日間も、昼も夜も断食なさったのです。そして十字架の苦難から逃げ出さず、耐え通して下さったのです。私たちのためです。本当に感謝です。

 本日の旧約聖書は創世記22章です。有名な場面であり、大変な場面です。ここに登場するアブラハムもまたイエス様に似て、父なる神様に全力で従った人です。神様は、アブラハムの神様に従う信仰が本物かどうかお試しになります。神様は、ヨブに与えた試練にも似た試練をアブラハムにお与えになります。神様が与える試練は、人間をいじめるためのものではないはずです。自己中心的な私たちを、神様と心を一つにして清く生きる人になるように鍛える目的で、神様は試練をお与えになるのではないでしょうか。アブラハムほどの試練を経験していないわたしが、創世記22章を説教する資格があるとは到底思えませんが、立場上、僭越ながら説教させていただいています。ヘブライ人への手紙12章10節以下の御言葉が思い出されます。「霊の父はわたしたちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」アブラハムは純粋な清い信仰に生きるようにと、神様から鍛錬されたのです。

 神様は、私たちが耳を疑うことをアブラハムに命じられます。(2節)「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つの登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」 ある日本人の牧師が御自分の息子に「もりや君」という名前をおつけになったことを知っています。私はその「もりや君」としばらく教会生活を共にしました。きっと神様に献げるという意味で、「もりや君」と名付けられたのではないかと思います。

 神様は、神様の約束によってやっと生まれたイサクを、「焼き尽くす献げ物」として献げることをお命じなったのです。焼き尽くすのですから殺して献げるのです。常識的にはあまりにも残酷な命令です。アブラハムが「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして」神様を愛しているかどうか、その純粋さが試されたのではないでしょうか。神様から与えられたイサクですから、神様にお返しすることが求められたのではないでしょうか。これはアブラハムだけのことではないのです。すべてのものは神様のものです。私たちの命も神様のものですから、神様が喜んで下さるようにこの命を使い、そして神様にこの命をお返し致します。礼拝に出席することは、自分を神様にお返しすることです。そして平日も、ささやかでも神様の御心を行い、自分を献げて生きたいのです。

 ルターは「アブラハムは真っ青になった」と言っているそうです(左近淑先生の前掲書、19ページ)。私たちの人間の自然の感情からはそうだろうと感じられますが、但し聖書にはアブラハムの気持ちは全く書かれていませんので、アブラハムの本当の心境は分かりません。アブラハムは直ちに神様に従うのです。(3節)「次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。」

 イサクは何も知らされていません。イサクは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を背負います。この姿は十字架を背負うイエス様を暗示するとも言えます。イサクは、父親と一緒に小羊を焼き尽くす献げ物として、神様に献げに行くと思っていたのでしょう。しかし様子が変であることに気付いたはずです。小羊がいないのですから。イサクは、自分が献げ物になることに気付いたに違いありません。しかし逃げ出しません。父アブラハムと神様を絶対的に信頼し、自分のすべてをゆだねます。イサクも見上げたものです。十字架の上で最後に「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言って息を引き取られたイエス様にも似て、イサクは自分の命を父アブラハムと神様にすべて預けます。私たちも地上の人生を終えるときは、信頼を込めて神様に自分のすべてをおゆだねし、お預けするのです。神様は信頼に値する方ですから、大丈夫です。

 アブラハムも神様を絶対的に信頼して、イサクを本気で屠ろうとします。イサクを神様にお返しするのだから、神様がイサクの命を受け取って下さる、だから丈夫だという絶対の信頼がありました(もちろんだからと言って、私たちが自分の子を殺すことが求められているのではありません。誤解なさらないで下さい)。 9~10節で緊迫が頂点に達します。「神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に乗せた。そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。」ここまでで神様は、アブラハムの深い信仰と神様への愛を、よしと認めて下さいました。すんでのところで天使が介入するので、私たちはほっとします。(11~12節)「そのとき、天から主の御使いが、『アブラハム、アブラハム』と呼びかけた。(名前を2回呼びかけることは、非常に重要な呼びかけであることを意味します。)彼が『はい』と答えると御使いは言った。『その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしに献げることを惜しまなかった。』 アブラハムが、神様に本当に純粋に従う人であることが証明されたのです。

 神様はアブラハムにイサクをお返しになりました。アブラハムもイサクも本当に鍛えられ、ますます神様への信頼を深める親子となりました。アブラハムは真に厳しい試練を受けましたが、イエス様はもっと厳しい試練をお受けになりました。イサクはすんでのところで助けられましたが、イエス様は十字架から生きて降りることはなかったのです。イエス様は十字架の上で、本当に献げ物となられました。イエス様が、私たちのすべての罪を背負って十字架で死なれることが父なる神様の御心でした。イエス様は御心に服従し切られたのです。十字架の上には、厳しさだけがありました。イエス様はそれに耐えきられました。父なる神様も天で、最愛の独り子を孤立無援の十字架で苦しめ、死に至らせる悲痛に耐えておられました。父なる神様が大きな犠牲を払われ、父の最愛の独り子イエス様が十字架に進んで下さったことにより、私たちの罪が赦されました。

 その十字架に進む決意を、イエス様はオリーブ山での祈りで不動のものとされたのです。人間として十字架を避けたい正直な気持ちに打ち勝って、父なる神様に服従することを選ばれたこの祈り。最も崇高な祈りです。私たちも祈りによって、自分の身勝手な気持ちに打ち勝ち、イエス様に従う歩みに進ませていただきたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。

2014-08-04 12:19:36(月)
「信仰が無くならないように祈った」 2014年8月3日(日) 平和聖日礼拝説教
朗読聖書:ヨブ記2章1~13節、ルカによる福音書22章24~34。
「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。」(ルカによる福音書22章32節)

 イエス様と弟子たちが、「過越の食事」をなさいました。その席でイエス様は、新しい食事を制定する言葉を述べられました。聖餐の制定の言葉です。イエス様はパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われました。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」食事を終えてから、杯をも同じようにして言われました。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」 イエス様は全力の思いを込めて、こ餐制定の言葉を述べられました。何しろイエス様はあと数時間もすると捕らえられてしまうのです。十字架は本当に目前です。しかし弟子たちは、それを全く認識していませんでした。ですから次のような情けない議論を始めてしまいます。

 本日の最初の24節。「また、使徒たちの間に、自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか、という議論も起こった。」女性はあまりこのような議論をなさらないでしょうが、男性は本能的にこのような議論が好きです。男性にとっては出世が生き甲斐であることもあります。わたしが神学生だったときに、神学校で修養会がありましたが、講師の加藤常昭先生が、「君たちは教会の底辺に立て」と言われたことを思い出します。弟子たちのレベルの低い議論を聞いてイエス様は言われます。25~27節「異邦人(真の神様を知らない人)の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。」

 イエス様はマルコによる福音書10章でもほぼ同じことを言われました。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子(イエス様)は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」 そしてイエス様は自ら弟子たちの汚れた足を洗って下さいました。その出来事はヨハネによる福音書だけに記されています。イエス様が弟子たちの足を洗われたのは十字架にかかる前の晩の木曜日です。今日のルカによる福音書は同じ木曜日の出来事を語っていますが、イエス様が弟子たちの足を洗われたことは書いていません。それでも同じ木曜日の出来事です。教会ではこの木曜日を洗足木曜日と呼び、礼拝などの集会を行います。東久留米教会では毎年祈祷会を行っています。カトリックでは、神父様が信徒の方々の足を洗うとも聞きます。イエス様は弟子たちの汚れた足を洗って、奉仕の生き方を身をもって示して下さいました。そしてその奉仕の人生のクライマックスが十字架の死です。イエス様が世界の王でありながら、私たち罪人(つみびと)を愛して、罪人のために仕えて下さる方です。

 ルカによる福音書22章28~30節。「あなたがたは、わたしが種々の試練に遭ったとき、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた。だから、わたしの父がわたしに支配権をゆだねてくださったように、わたしもあなたがたにそれをゆだねる。あなたがたは、わたしの国でわたしの食事の席に着いて飲み食いを共にし、王座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。」イエス様はここで感謝しておられます。情けない議論をする弟子たちではあっても、イエス様が種々の試練に遭われたとき、絶えずイエス様と一緒に踏みとどまってくれた、と。イエス様がこれまでにお受けになった試練とはどのような試練なのか、たとえば安息日の生き方を巡ってファリサイ派の人々に憎まれたことなどを指すのではないかと思います。そのようなとき、弟子たちはイエス様と共に行動したのです。イエス様と困難を共にする人は、イエス様と栄光をも共にします。使徒パウロも、「現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りない」と述べています。

 イエス様はこの世界の真の王ですが、政治的な王とは違います。威張る王ではなく、むしろ最底辺に立ってすべての人に奉仕して下さる王、神の国の王です。十字架にかかって苦しい死を死なれ復活されたイエス様が、世界の真の王であることが誰の目にも明らかになるときは、イエス様がもう一度おいでになる再臨のときです。その時、神の国が完成し、イエス様と苦難を共にした弟子たちも、イエス様と共に王座に着く光栄を受けます。殉教の死を遂げるまでにイエス様に従ったクリスチャンたちも、全ての涙を拭われて、父なる神様より大いなる報いを受けます。イエス様に従い通す人々は、地上では報われないこともあります。しかし神の国において確実に光栄を受けるのです。そして今、イエス様は最大の試練の時を迎えておられます。

 (31~33節)「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」闇が力を振るう時が来たのです。父なる神様が、悪魔が暴れることを一時的に許可されました。悪魔が猛威を振るうのです。それはいつまでもではありません。神様が悪魔にストップをかけるときが必ず来ます。そのときまで、弟子たちは耐えなければなりません。シモンとはイエス様の一番弟子ペトロです。ペトロをはじめとする十二弟子のイエス様に従う気持ちが本物かどうか、試されるときが来たのです。イエス様ご自身も試されます。父なる神様に従う信仰が本物かどうか試されるのです。もちろんイエス様は従い通されます。しかし弟子たちの信仰はまだ弱いのです。ヨハネだけはイエス様の十字架の下までついて行きますが、あとは皆いなくなってしまいます。ペトロも十字架までついて行くことができないのです。イエス様はペトロ自身もまだ知らない、ペトロの弱さをよく知っておられます。そこでペトロのためにあらかじめ、特に祈っていて下さったのです。ペトロはイエス様の執り成しの祈りのお陰で、辛うじて立ち直ることができるのです。イエス様はそこまで見通しておられます。「だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」ペトロと同じように挫折するほかの9人の弟子たち(ユダは残念ながら立ち直ることができません)が、イエス様の弟子としての生き方を再開できるように力づけ、励ますのです。

 そこで、とりなしの祈りについて考えてみましょう。祈りに関する名著とされる『祈りの精神』という本の中で、著者のイギリス人P.T.フォーサイスという人は、「最悪の罪は祈らないことである」(フォーサイス著・斎藤剛毅訳『祈りの精神』ヨルダン社、1986年、13ページ)と述べ、「とりなしの祈りの霊的価値は絶大である」(111ページ)と述べています。共にすばらしい言葉です。イエス様はペトロのためにとりなしの祈りをなさり、今も天におられて、私たちの信仰が無くならないよう、とりなしの祈りを献げていて下さいます。

 旧約聖書・エゼキエル書22章30節に「石垣の破れ口に立つ者」という言葉があります。 神様がこうおっしゃいます。「この地(イスラエルの地)を滅ぼすことがないように、わたしは、わが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、見いだすことはできなかった。」 その頃、イスラエルの民は、貧しい人々を苦しめ、寄留の外国人を不当に抑圧するなど、悪いことを行って神様に逆らっていました。神様は、このような罪と悪を「破れ」と呼んでおられます。「わたしはわが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、見いだすことができなかった。」「石垣の破れ口に立つ者」とは、そこに立ってイスラエルの民のために神様にとりなしの祈りをする人です。「神様、どうかこのイスラエルの民の罪を赦してください」と必死にとりなす人がいないと、神様はこの民の上に厳しい審判をお下しになります。そこでどうしてもとりなしの祈りをする人が必要なのです。ところが、石垣の破れ口に立ってとりなしの祈りをする人を一人も見つけることができなかったと、神様が驚いておられるのです。

 中近東の古代の町は石の城壁で囲まれていました。戦争のときは、城壁の中に立て籠ったのです。しかし攻撃側が城壁に穴を開けます。そこから敵が突入します。守る側はその穴を何としても塞がなければなりません。命がけで穴を塞ぐ人々が必要です。破れ口に立つということは、文字通り相手に直面し、体と命を張る行動です。とりなしの祈りもそれに似ているのです。民の破れ(罪と悪)のところに立って必死で神様に赦しを乞うて祈るのです。そのように祈る人が本当に必要なのです。

 イエス様はペトロのために全力でとりなしの祈りを献げて下さいましたが、聖書にはほかにもとりなしの祈りを献げる信仰者たちが登場します。たとえばアブラハムは、邪悪な町ソドムのためにさえ(甥のロトがソドムに住んでいたからでもありますが)懸命にとりなしの祈りを献げました。アブラハムは破れ口に立った人です。創世記18章を見ましょう。アブラハムは神様に訴えます。「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずほございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか。」すると神様はアブラハムの訴えに耳を傾けて下さり、「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」 アブラハムはさらに食い下がります。「塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます。もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか。」神様はお答えになります。「もし、四十五人いれば滅ぼさない。」

 アブラハムはなお祈ります「もしかすると、四十人しかいないかもしれません。」神様も応じます。「その四十人のためにわたしはそれをしない。」アブラハムは勇気を出してさらに述べます。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう少し言わせてください。もしかすると、そこには三十人しかいないかもしれません。」神様は寛容にお答えになります。「もし三十人いるならわたしはそれをしない。」アブラハムは聖なる神様にここまでお願いしてよいのかという緊張感に押しつぶされそうになりながら、さらに迫ります。「あえて、わが主に申し上げます。もしかすると、二十人しかいないかもしれません。~主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」神様は忍耐強く、「その二十人のためにわたしは滅ぼさない。~その十人のためにわたしは滅ぼさない」とお答え下さいます。こうしてアブラハムの必死のとりなしの祈りは終わるのです。しかしソドムには十人の正しい人がいなかったのでしょう、神様は邪悪な町ソドムを滅ぼしてしまわれるのです。ある説教者は、「なぜアブラハムは五人、一人まで迫らなかったのだろうか」と言っています。そこまで迫ったら神様が何とお答えになったか分かりませんが、アブラハムにとってはここまでで限界だったのでしょう。「破れ口」に立って祈ることは、命懸けなのです。

 詩編106編23節には、イスラエルの民のために全力でとりなしの祈りを献げたモーセのことが書かれています。
「主は彼ら(神様に逆らったイスラエルの民)を滅ぼすと言われたが
主に選ばれた人モーセは/ 破れを担って(神様の)御前に立ち
 彼らを滅ぼそうとする主の怒りをなだめた。」

 モーセは本当に忍耐強い祈りの人、愛の人です。モーセがシナイ山で神様から尊い十戒を授かっていたとき、イスラエルの民は早速、金の子牛と造るという大きな罪を犯していました。早くも第一と第二の戒めに違反したのです。「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」「あなたはいかなる像も造ってはならない。」この大きな罪のために、民のうちの3000人が死にました。モーセは神様のもとに行って訴えます。まさに破れ口に立ってとりなしの祈りをするのです。「ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を造りました。今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書(永遠の命の書)から消し去ってください。」モーセは、「イスラエルの民の罪が赦されないのであれば、自分の名前が永遠の命の書から消し去られても構わない、自分の永遠の命と引き換えにしてもよいから、イスラエルの民の罪を赦して下さい」と、破れ口に立って本気で祈ったのです。モーセは完全無欠の人ではありませんが、民数記は、「モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった」(12:3)と記しています。地上で最も謙遜な方はイエス様ですから、モーセは歴代で2番目くらいかもしれません。

 三浦綾子さんの自伝小説『道ありき』に、婚約前の三浦光世さん(後のご主人)が綾子さんの病床で、「神様、わたしの命を堀田さん(三浦綾子さんの旧姓)に上げてもよろしいですから、どうかなおしてあげてください」と祈られ、三浦綾子さんがその祈りに「激しく感動」なさったと書かれています(『道ありき』新潮文庫、1991年、243ページ)。これも命が懸かった祈りです。

 モーセは兄アロンと姉ミリアムに非難されたことがあります。すると神様がモーセのために怒って下さいました。神様もモーセを深く信頼しておられたのです。神様はミリアムを裁かれ、彼女を重い皮膚病にかからせ、雪のように白くなさいました。驚いたアロンがモーセに懇願します。「わが主よ。どうか、わたしたちが愚かにも犯した罪の罰をわたしたちに負わせないでください。どうか、彼女を、肉が半ば腐って母の胎から出て来た死者のようにしないでください」と。モーセはミリアムを恨まず、彼女のためにとりなしの祈りを献げます。「神よ、どうか彼女をいやしてください」と。神様はモーセの祈りを聞き入れて下さったのです。モーセの寛容さが分かります。モーセこそ
「破れを担って(神様の)御前に立ち
 彼ら(イスラエルの民)を滅ぼそうとする主の怒りをなだめた」人です。

 本日の旧約聖書は、ヨブ記2章です。神様にとってヨブは自慢の信仰者でした。(3節)「主はサタンに言われた。『お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。お前は理由もなく、わたしを唆して彼を破滅させようとしたが、彼はどこまでも無垢だ。」4~5節でサタンが神様に挑戦します。「サタンは答えた。『皮には皮をと申します。手を伸ばして彼の骨と肉に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うに違いありえせん。』」 6節で、神様がサタンに、ヨブに試練を与える許可を出されます。「それでは、彼をお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」サタンはヨブを小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられたのです。それに対するヨブの信仰は見事なものでした。神様を信じる姿勢がぶれないのです。ヨブはこう述べます。「わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸をもいただこうではないか。」ただ、その後ヨブも次第に強く自己主張するようになり、神様に叱られ、ヨブは悔い改めます。 ヨブは、神様にもっと強く叱られた友人たちのためにとりなしの祈りを献げます。 ヨブ記42章8節で神様がこう言われます。「わたしの僕ヨブはお前たちのために祈ってくれるであろう。わたしはそれを受け入れる。…」ヨブも執り成しの祈りをした人なのです。

 もちろん、最大のとりなし手は、私たち全員の罪を背負って十字架で死んで下さったイエス様です。イエス様の十字架を予告するイザヤ書53章の12節にこう書かれています。「多くの人の過を担い、背いた者のために執り成しをしたのは この人であった。」イエス様は十字架の上でこう祈られました。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」とりなしの祈りです。イエス様の十字架の死こそ、最大のとりなしの行為です。この十字架のお陰で、世界の罪が赦され、世界は未だ滅ぼされず、存続することを許されていると思うのです。イエス様の十字架によるとりなしがなければ、この世界は罪のためにもっと早く滅んでいたのではないでしょうか。

 私は、「クリスチャンの祈りがこの世の滅びを防いでいる。この世を支えている」という言葉を読んだことがあります。これは少しおこがましい言葉かもしれません。本当に世の滅びを防いでいるのは、イエス様の十字架のとりなしとイエス様の祈りだからです。ですがクリスチャンも、イエス様のお手伝いをして、自分以外の人々を思ってとりなしの祈りを献げます。そのことによってこの世の罪(破れ)を少しでも繕おうとしていることは事実だと思うのです。ヒットラーに抵抗したボンヘッファーというドイツの牧師は、「キリスト者の交わりは、その成員相互のとりなしの祈りによって生きるのであって、それがなければ、その交わりはこわれてしまうであろう」と書いています(ボンヘッファー著・森野善右衛門訳『共に生きる生活』新教出版社、1991年、82ページ)。教会は、メンバー相互のとりなしのいのりによって生きるのであって、それがなければ崩壊するというのです。私たちもとりなしの祈りをさらに盛んにしたいものです。 

 私は20年ほど前に東京・神田のギリシャ正教の教会・ニコライ堂の土曜日の晩祷に出席したことがあります。日曜日の礼拝に備えて、司祭・助祭・信徒が約1時間、立ったままで共同の礼拝(祈り)を献げるのです。日曜日はさらに長く1時間半ほどの皆立ったままの礼拝があると聞いた記憶があります。疲れた人は座ってもよいのです。土曜日は助祭とおぼしき方が、(私の記憶では)30分くらい祈りの式文によって延々ととりなしの祈りを献げ続けられました。信徒の方々(ロシア人らしき方が多かった)もそれに心を合わせて祈っていました。これだけ気合を入れてとりなしの祈りを長時間献げているのであれば、確かにこの祈りがこの世界を支えているに違いないと思わされたのです。神様はもちろん私たちのとりなしの祈りをも聞き入れて下さいます。ますますとりなしの祈りに励む東久留米教会となりたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。


2014-08-01 20:12:18(金)
8月の聖書メッセージ 「はだしのゲンの平和メッセージ」
「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」
        (イエス・キリスト。新約聖書・マタイ福音書5章9節)

 ある市の小中学校において、一昨年12月に亡くなった中沢啓治さんのまんが『はだしのゲン』に閲覧制限がかけられましたが、その後、撤回されるということが昨年ありました。撤回されて本当によかったと思います。

 『はだしのゲン』は、原爆被害を受けた後の広島で、たくましく生きる少年ゲンを主人公にした作品です。戦争反対がメッセージです。中沢さんは書いています。「戦争と原爆のことだけは、忘れてはいけない~。『戦争は人間のもっとも愚かな業』というのがぼくの持論です。戦争はきっと、忘れたころにまたやってきます。~それを阻止する力を結集しなくちゃいけないと思っています。~人類にとって最高の宝は平和です。」(中沢啓治『はだしのゲン わたしの遺書』朝日学生新聞社、2013年、202~203ページ)。

 戦争の苦しい記憶が日本人から薄らぐと、次の戦争に向かって前進してしまう恐れがあります。その意味で、忘れることは罪深いことです。最近の日本の雰囲気は、「戦争絶対反対」ではなく、「場合によっては戦争もやむを得ない」に傾きつつあるのではないでしょうか。このようなあいまいな態度では、ずるずる戦争に引き込まれる恐れがあります。そうではなく、「隣国との戦争は絶対にしない」と日本全体で強く決意し続けることが必要です。

 『はだしのゲン』のテーマの1つは「麦」だそうです。「もう緑は生えない」と言われた原爆投下後の広島に、麦の芽が出たのを見て、ゲンの母親がゲンたちに言います。「おまえたち、いつもとうさんがいうとった麦になるんだよ。ふまれてもふまれても強くまっすぐにのびる麦に…」(前掲書215ページ)。この麦の芽は希望の芽です。私たちも、平和への希望を失わず、「平和を実現する」ために、自分にできることを精一杯行いたいものです。平和の主イエス・キリストに祈りつつ。 アーメン(「真実に、確かに」)。

2014-08-01 20:09:40(金)
7月の聖書メッセージ 「石巻市で会ったクリスチャン」
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい。」
(イエス・キリスト 新約聖書マタイ福音書7章12節)

 6月下旬に、私は初めて宮城県石巻市に行きました。Oさんという日本人クリスチャンに出会いました。Oさんは、ボランティアで仮設住宅での映画会を続けておられます。6月24日(火)は『おとうと』(山田洋次監督、吉永小百合主演)を上映し、約27名が参加されました。仮設住宅の課題は、入居しておられる方々の孤独化を防ぐことです。Oさんの映画会は、いくつかの場所で約90回も行われたそうです。地震・津波で家を失った方々の心の癒しとコミュニケーションの場となっています。私は、その隣人愛のスピリットに感銘を受けました。

 Oさんはまた、漁師さんからワカメを多く買っておられます。それをご自分でパックし、ご自分が所属するキリスト教会(埼玉県)などで売っておられます。漁師さんたちの現金収入になるのだと思います。このような東北復興支援を3年間続けておられるそうです。今後さらに、学童保育で勉強を教えることなども行いたいと語っておられます。熱意に頭が下がります。

 Oさんは、ご自宅のある埼玉県から毎週のように車で石巻市に通っておられます。住む所を確保し、週日はいろいろなボランティアをしておられるようです。週末はご自宅に戻られ、教会の礼拝に出席されます。上記のイエス・キリストの言葉「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい」を実行しておられる、イエス様のよきお弟子さんです。

 今年の2月、石巻から埼玉に戻る途中、大雪で車が動けなくなり、車の中で夜を明かそうかと考えたそうです。知らない方が窓を叩いて下さり、建物に案内して下さったそうです。神様が助けて下さったのです。大雪の中、一晩中、車の中では命の危険があります。神様がOさんを助けてくださいました。この神様が、私をOさんと出会わせてくださいました。心より感謝しています。

 この真の神様が、私たち皆に命を与えて下さったのです。真の神様を賛美する礼拝に、ぜひおいでください。聖書の学びを希望する方も、ぜひおいでください。心よりお待ちしています!
アーメン(「真実に、確かに」)。

2014-07-28 19:17:50(月)
「安息日―祝された聖日 十戒④」 2014年7月27日(日) 聖霊降臨節第8主日礼拝説教
朗読聖書:出エジプト記20章1~21節、マルコ福音書3章1~6節。
「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。」(出エジプト記20章7節)

 本日は十戒の第四の戒めを学びます。(8~11節)「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」 十戒を二つに分けると、第一戒から第四戒までが神様を愛する生き方を教え、第五戒から第十戒までが隣人を愛する生き方を教えています。十戒は二枚の石の板に彫り刻まれました。第一戒から第四戒までが一枚目の石に刻まれ、第五戒から第十戒までが二枚目の板に彫り刻まれたのではないかと推測されています。

 安息日は第七の日・土曜日でした。旧約の時代は土曜日が礼拝の日だったのです。今でもユダヤ教の人々は土曜日に礼拝を守っているはずです。キリスト教会では、イエス・キリストが日曜日に復活されたので、礼拝の日を日曜日に変更しています。イエス様の復活は、非常に大切な礼拝の日を変更させるほど大きな出来事だったのです。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。」聖別するとは、「聖なる日としてほかの日から選び分かつ」ということです。安息日は聖なる日、礼拝に専念する日です。月曜日から金曜日までは労働の日々です。そして安息日は礼拝に専念する日です。旧約聖書では一日は、前日の日没から始まります。ですから安息日は金曜日の日没から土曜日の日没までです。この間はいかなる仕事もしてはならないのでした。この規定は家のすべての人に及びました。

 11節には、七日目を安息日とする根拠が記されています。「六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」神様が六日間で天地創造の業を行われ、七日目に休まれたことが、七日目を安息日とする根拠だと述べています。ここで私たちはどうしても、創世記1章31節~2章3節を連想致します。「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。」これが出エジプト記20章の十戒では、安息日の根拠です。 

 十戒は申命記5章にも書かれています。もちろん出エジプト記20章の十戒と基本的に同じですが、少し違いがあります。安息日の根拠の部分が違います。そこで申命記5章12~15節を読みます。「安息日を守ってこれを聖別せよ。あなたの神、主が命じられたとおりに。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる。あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るように命じられたのである。」ここでは安息日を守る根拠は、神様がイスラエルの民をエジプトでの奴隷状態から解放し、安息を与えて下さったことです。あの偉大な解放を思い出して感謝し、仕事を止めて休み、神様に感謝の礼拝を献げるのです。家の主人が休むことで家の奴隷(使用人)や家畜までも休むことができます。神様が使用人や家畜にまで配慮していて下さることが分かります。ともかく、安息日は神様が祝福された聖なる日なのです。

 旧約聖書では、安息日の規定に違反した場合には真に厳しい結果が待ち受けていました。民数記15章を見ると、安息日に薪を拾い集めている(仕事をしている)ところを見つけられた男に対して、神様が「その男は必ず死刑に処せられる。共同体全体が宿営の外で彼を石で打ち殺さねばならない」と命じておられます。そしてその通り実行されています。何と厳しいことかと思います。

 しかし後の時代にはイスラエルでも安息日が軽んじられた時期があったようです。イザヤ書58章を見ると、預言者が安息日を軽んじる人々に次のような忠告のメッセージを語っています。
「安息日に歩き回ることをやめ/ わたしの聖なる日にしたい事をするのをやめ
 安息日を喜びの日と呼び/ 主の聖日を尊ぶべき日と呼び
 これを尊び、旅するのをやめ/ したいことをし続けず、取り引きを慎むなら
 そのとき、あなたは主を喜びとする」(13~14節)

 このように安息日を軽視した人々とは正反対に、安息日を文字通り命がけで守った人々も、もっと後の時代に出ました。旧約聖書と新約聖書の中間の時代のことです。紀元前2世紀に、シリアのアンティオコス・エピファネスという悪い王がエルサレムに進撃して来ました。そして神様の戒めを守る人々を弾圧したのです。それに対して抵抗の戦いが起こります。リーダーであるマタティアという祭司に従う人々は荒れ野に逃れましたが、アンティオコス・エピファネスの軍隊が安息日に攻撃して来ました。ユダヤ人たちは安息日には働いてはいけないと考え、抵抗しませんでした。その結果、約1000人が殺されたというのです。まさに死を賭して安息日を守ったのです。神様がなぜこの約1000人を助けて下さらなかったのかとも思います。神様には奇跡を起こしてこの約1000人を救うことがおできになりましたが、神様に深いお考えがあって、あえて奇跡を起こされず、約1000人に殉教の道をお与えになったのかもしれません。ここまでして安息日を守ったということを聞くと私たちは驚嘆すると共に、極端な話だと感じるのではないでしょうか。

 私は10年ほど前に、ユダヤ人のご夫妻に会ったことがあります。神様が会わせて下さったと思っています。そのご夫妻は比較的熱心なユダヤ教徒で、フレンドリーな方々でした。ご主人の仕事で日本に来られたのですが、東京都渋谷区広尾にあるユダヤ教の礼拝所に近いホテルに宿泊され、安息日はずっと礼拝所で過ごされたようです。安息日には仕事をせず、電話もとらないそうです。イスラエルに帰国するときも、安息日に十分間に合う飛行機を予約します。食事についても、レビ記の規定を守っておられます。このご夫妻おの接待を担当した日本人男性は、ご夫妻を豆腐レストランに案内されました。これは非常に賢明な配慮でした。このご夫婦との短い出会いの中で、私は現代のユダヤ教徒が、熱心に安息日礼拝を守っている様子をうかがい知ることができました。

 もちろん私たちにとっても日曜礼拝は非常に重要であり、日本人クリスチャンにも「礼拝第一」と考える人は多いのです。以前の教会は「礼拝厳守」を説きました。30年ほど前に日本でも公開された映画に『炎のランナー』があります。わたしは暫く前にDVDをお借りして改めて見ました。実話をもとにした映画です。スコットランド人のエリック・リデルという男性は、熱心なクリスチャンで、イギリスのエディンバラ大学の学生、優秀な陸上競技の選手でした。そして1924年のパリオリンピックに出場することになったのです。ところが100メートル競走が日曜日に行われることになります。日曜日は礼拝の日です。国の代表なのだから100メートル競争に出場するように説得を受けますが、リデルは礼拝を優先して、100メートル競技への出場をとりやめました。結果的に別の日の400メートル競走に出場できることになり、それで金メダルを獲得するという神の恵みを受けます。エリックは金メダルという栄誉のために走る人ではなく、信仰をもって神様の栄光を表す目的で走る人だったのです。その後の人生では、宣教師となって中国伝道に尽くしたそうです。このように日曜礼拝を第一として生きた人の生き方は、私たちを同じ生き方に導きます。

 このように礼拝は重要なのですが、私たちは安息日を巡ってイエス様とユダヤの非常に信仰熱心なファリサイ派の人々が衝突したことを知っています。イエス様も安息日を礼拝の日として大切にしておられましたし、ファリサイ派の人々も安息日を礼拝の日として非常に重視していました。両者ともに安息日を大切にしていたのですから一致しそうなものですが、実際には安息日についての考えが違ったのです。もちろん私たちはイエス様の教えに従うことが大切です。イエス様はもちろん安息日には必ず会堂に行って父なる神様を礼拝されました。イエス様にとって安息日に礼拝に行かないことは考えられないことでした。

 マルコによる福音書3章1節以下をご覧下さい。安息日の出来事が記されています。(1~2節)「イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか注目していた。」ファリサイ派の人々は、病気をいやすことも仕事・労働になり、神様によって安息日には禁じられていると確信していました。これは間違った確信です。愛を重視するイエス様なら、安息日に奇跡の力で病気の人をいやすのではないかと意地悪く観察していました。イエス様はそれを承知の上で行動を起こされます。(3~5節)「イエスは手の萎えた人に、『真ん中に立ちなさい』と言われた。そして人々にこう言われた。『安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。』彼らは黙っていた。」もちろん安息日に神様の律法(戒め)で許されていることは、善を行うこと、命を救うことです。これがイエス様の確信であり、私たちの確信です。この確信は間違っていません。

 イエス様は御自分の確信に則して大胆に行動されます。(5節)「そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、『手を伸ばしなさい』と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。」動かなかった手をいやしていただいた人は、感激したに違いありません。しかしファリサイ派の人々は非常に怒り、ヘロデ派(洗礼者ヨハネを殺すガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスの一派)の人々と一緒に、イエス様を殺す相談を始めたのです。彼らは自分たちが正しくて、イエス様が間違っていると信じ込んでいました。「安息日にはいかなる仕事もしてはならないと書いてあるではないか。イエスという男は安息日に病気をいやす仕事を行った。神様に逆らう悪い男だ」と信じ込んだのです。

 そこでもう一度、出エジプト記20章の安息日の部分を読んでみます。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。」では「仕事」とは何なのか、この点をよく考える必要があります。ここで言う「仕事」とは「人間の業」、「人間の自己中心的な業」、はっきり言えば罪のことだと思うのです。安息日は神様を礼拝し、私たち人間の罪を捨てる日です。罪の反対は、愛することです。安息日は、罪を捨てて、神様と隣人を愛するための日なのです。愛の行いは全く禁じられていません。病をいやすことは安息日違反どころか、安息日に最もふわしい愛の業です。

 安息という言葉はヘブライ語で「シャーバート」です。この「シャーバート」という言葉はもともと「中断する」という意味だそうです。安息日は仕事・人間の業を中断して、神様を礼拝し、神様の御言葉に耳を傾けて、自分の生き方の軌道修正をする日です。生き方の軌道修正をするのですから、自分の罪をできるだけ捨てることは当然です。日本人は仕事好きな勤勉な民族です。それは日本人の美徳です。安息日の戒めにも「六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし」と書かれていますから、月曜日から土曜日(金曜日)まで仕事をすることは、神様に喜ばれることです。しかしその仕事も、やみくもに突進するだけでは危険な場合もあります。もう十分にお金持ちのある方が、日曜日に人が休んでいるときにも、夜、人が眠っているときにも、お金儲けに精を出していた話を聞いたことがありますが、それは仕事のやり過ぎで、神様の御心に反することです。どなたにとっても、定期的にちょっと離れたところから自分の仕事や生き方を、「これでよいのか」と見直してみることは必要です。自分の仕事・生き方が神様の御心から逸れていることに気づくこともあると思うのです。安息日は、聖書の御言葉に耳を傾けてそのことに気づく日ではないでしょうか。ファリサイ派の人々も、イエス様の御言葉に素直に耳を傾けて、安息日の戒めの正しい意味を教えていただく姿勢をもてばよかったのです。私・私たちも間違いを犯すことはあるので、聖書の御言葉・イエス様の御言葉によって軌道修正する日々を送りたいのです。

 しばらく前のヨーロッパでは、日曜日に商店は閉まっていることは珍しくなかったようです。皆、礼拝に行ったのでしょう。それが次第に日曜午後は開店する所が出て来たそうです。人間の健康から考えても、六日働いて一日仕事を休むことはよいリズムを生みます。日本のように24時間営業のコンビニが多いことはよくありません。そこで働く方々が過労になってしまい、非人間的だと思います。

 『ハイデルベルク信仰問答』には、神様は安息日が次のような日であることを望んでおられる、と書かれています。
「(安息日に)神が望んでおられることは、
 第一に、説教の務めと教育活動が維持されて、
 わたしがとりわけ安息の日には神の教会に熱心に集い、
 神の言葉を学び、聖礼典にあずかり、
 公に主に呼びかけ、キリスト教的な施しをする、ということ、
 第二に、生涯のすべての日において、
 わたしが自分の邪悪な行いを休み、
 わたしの内で御霊を通して主に働いていただき、
 こうして永遠の安息を
 この生涯において始めるようになる、ということです。」
(吉田隆訳『ハイデルベルク信仰問答』新教出版社、2002年、96ページ)。

 ルカによる福音書10章に有名な、「マリアとマルタ」の話があります。この二人は姉妹ですが、同時に私たちの心の中の2つの面を象徴するとも言えます。いらいらしているマルタは、平日に職場のストレスなどで苛立いっている私たちの姿と言えます。イエス様の足元に座って、その話に聞き入っているマリアは、日曜日にイエス様の御言葉に聞き入って礼拝し、安息をいただいている私たちとも言えます。日曜日ごとに安息の礼拝に戻り続ける生き方を、今後もご一緒にずっと継続して参りましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。