日本キリスト教団 東久留米教会

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2014-01-27 19:44:44(月)
「雲の柱、火の柱」 2014年1月26日(日) 降誕節第5主日礼拝説教
朗読聖書:出エジプト記13章1~22節、コリントの信徒への手紙(一)5章1~8節

「昼は雲の柱が、夜は火の柱が、民の先頭を離れることはなかった。」
                  (出エジプト記13章22節)

 本日の箇所の直前の12章で、イスラエルの民はエジプトからの脱出を開始したのです。人数は壮年男子だけで60万人です。妻子を入れると200万人以上になるでしょう。まず3節。「モーセは民に言った。『あなたたちは、奴隷の家、エジプトから出たこの日を記念しなさい。主が力強い御手をもって、あなたたちをそこから導き出されたからである。酵母入りのパンを食べてはならない。』」小見出しに「除酵祭」とあります。除酵祭は過越祭と並んで、神様がエジプトから脱出させて下さった恵みを記念する祭りです。イスラエルの民は、出エジプトのとき、酵母を入れないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担ぎました。酵母は新約聖書ではパン種と呼ばれ、私たちはイースト菌と呼んでいます。12章8節に、出エジプトする人々への神様からの指示がこう書かれています。「酵母を入れないパンを苦菜を添えて食べる。」

 練り粉に酵母が入っていなかったのは、急いでいたので入れる時間がなかったからです。申命記16章3節ではこのパンのことが、「酵母を入れない苦しみのパン」と書かれています。ですから酵母を入れないパンは、エジプトでの苦難のシンボルでもあるようです。1956年のアメリカ映画『十戒』では、チャールトン・ヘストンが演じるモーセが、「苦菜は、エジプトでの奴隷生活の苦しみを忘れないためだ」と言っています。将来幸せになっても、エジプトでの苦難を忘れて思い上がってはならない。そしてエジプトでの苦難から助け出して下さった神様の偉大な恵みを決して忘れてはならない。このためにイスラエルの民は、約束の地・カナンの地に入った暁には、除酵祭(酵母を除く祭り)を守ることが、神様から求められるのです。そのことが5節から7節に書かれています。「主が、あなたに与えると先祖に誓われた乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ヒビ人、エブス人の土地にあなたを導き入れられるとき、あなたはこの月(アビブの月。ユダヤの暦の1月・正月。私たちの暦の3・4月。アビフは『大麦の穂』の意味)にこの儀式を行わねばならない。七日の間、酵母を入れないパンを食べねばならない。七日目には主のための祭りをする。酵母を入れないパンを七日の間食べる。あなたのもとに酵母入りのパンがあってはならないし、あなたの領土のどこにも酵母があってはならない。」

 この祭りを行い続けることで、神様の偉大な恵みを思い出し信仰を強めるのです。
私たちの信仰生活の中でも、神様の恵みを感じにくいときがあります。試練の時、荒れ野の時、私たちは負けそうになるのです。ですがイスラエルの民であれば、過越祭や除酵祭を守ることで、出エジプトの恵みを与えて下さった神様の愛が事実であることを思い起こして確かめ、信仰を強めるのです。私たちであれば、毎月第一日曜日とクリスマス・イースター・ペンテコステの礼拝の中で行う聖餐式が同じ意義を持っています。イエス・キリストは間違いなく私たちのために十字架で死んで下さり、三日目に復活された。今も生きて私たちに聖霊を注いで下さる。この目に見えない恵みを、目で見えるようにするのが聖餐式です。聖餐式でパンとぶどう汁を受け続けることによって、私たちの弱りがちな信仰は強められます。神様が私たちを愛していて下さる事実を再確認することができるのです。

 西東京教区の2011年の伝道協議会で、講師の左近豊牧師が語られたメッセージを思い出します。「神がエジプトから救い出し、契約の相手として選ばれ、ヨルダン川を渡って『約束の地』に入れられたことがイスラエルを一つにしているのであり、信仰を継承することは共同体の生命線であり、風化と忘却は聖書の民にとって最大の脅威である。風化と忘却に抵抗し、沈黙を破って語り伝えることに教育の真髄を見ていたのが旧約の民である。」ポイントを繰り返しますと、「信仰を継承することは共同体の生命線であり、風化と忘却は聖書の民にとって最大の脅威。風化と忘却に抵抗することが最も大切」ということです。確かに風化と戦うことはぜひとも必要です。日本で言えば、太平洋戦争の敗戦、阪神淡路大震災や東日本大震災。これらの事実を決して風化させることなく、(辛いことですが)忘れることなく、しっかりと記憶に刻みつけ、次の世代、次の次の世代にしっかりと継承することが必要です。そうしないと過去の出来事から学ぶことができず、同じ失敗を繰り返してしまうのです。

 昨年10月の神学校日礼拝で、A神学生がお説教して下さり、「神様の民は後ろ向きに前進する」という印象的な言葉を語って下さいました。それは今申し上げたようなことだと私は解釈します。私たちは前進するのですが、ただ前だけを向いて進むだけでは危ういのです。前も見る必要がありますが、同時に後ろ・過去をしっかりと見つめていることが必要です。過去の失敗に十分学んで進むのでないと、過去の失敗を繰り返す愚かさを犯してしまいます。それでは前進したことになりません。

 西ドイツ(当時)のクリスチャン大統領であったヴァイツゼッカー氏の「荒れ野の40年」という演説をご存じの方も多いでしょう。岩波ブックレットで読むことができます。それほど長くはありません。読んでみると聖書に深く土台を置いた演説であることが分かります。この演説はドイツの敗戦からちょうど40年の日(1985年5月8日)にドイツ連邦議会で行われた演説です。その一部拾ってみます。「ドイツの強制収容所で命を奪われた600万のユダヤ人を思い浮かべます。戦いに苦しんだすべての民族、なかんずく(その中でも)ソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。ドイツ人としては、兵士として斃れた同胞、そして故郷の空襲で、捕われの最中に、あるいは故郷を追われる途中で命を失った同胞を哀しみのうちに思い浮かべます」(リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー<永井清彦訳>『新版 荒れ野の40年』岩波書店、2009年、6ページ)。「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」(同書、11ページ)。 「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」は名言です。この演説は、ドイツの大統領としての悔い改めの演説です。真の悔い改めなしに真の希望は生まれません。真の悔い改めの先にのみ、真の希望が生まれます。神様が、私たちの真の悔い改めを喜んで下さるからです。

 罪を悔い改めないで、ただ進むのでは、過去の罪を繰り返す結果に終わるのではないでしょうか。そうならないために、「後ろ向きに前進する」ことが大切だと学びたいのです。私たち個人も、教会も、日本も、世界もです。旧約聖書のイスラエルの民は、出エジプトの恵みをいつも思い起こし、そして自分たちがその後神様に逆らった罪を思い起こして、悔い改めつつ歩んだと思うのです。忘れることなく思い起こすことは、私たちにとって非常に大切です。神様に以前いただいた恵みについても、忘れないことが大切です。今が辛いときは特にそうです。過去に受けた恵みを思い出し感謝することで、もう一回神様に祈って立ち上がる力とするのです。

 出エジプト記に戻ります。(7節)「酵母を入れないパンを七日の間食べる。あなたのもとに酵母入りのパンがあってはならないし、あなたの領土のどこにも酵母があってはならない。」後のイスラエルの人々はこの御言葉に忠実に従って、過越祭・除酵祭の前に、家の中で明かりを持って部屋の隅々までチェックして、家の中からすべての酵母を本当に徹底的に取り除いたそうです。新約聖書のマタイによる福音書16章6節でイエス様は弟子たちに、「ファリサイ派とサドカイ派の人々のパン種によく注意しなさい」とおっしゃいました。ここでのパン種は、ファリサイ派やサドカイ派の人々の偽善的な教えを指します。

 そして本日の新約聖書コリントの信徒への手紙(一)5章では、パン種は罪の意味で用いられます。これはイエス様の弟子・使徒パウロが、コリントの教会の人々に悔い改めを求める御言葉です。コリントの教会に、みだらな行い(性的な罪)を犯している人がいました。それは「異邦人の間にもないほどのみだらな行いで、ある人が父の妻をわがものとしている」(1節)罪です。ある信徒が父親の妻(自分の母親ではない)と同棲していたのです。レビ記18章8節に、「父の妻を犯してはならない。父を辱めることだからである」とある規定に反する罪です。パウロは、そのような罪を犯している人を、悲しみをもって教会から一旦除外するように求めています。それはその人が一旦裁かれて、最終的に救われるためだと述べています。そして(6節)「わずかなパン種が練り粉全体を膨らませる」と注意を促しています。ここでのパン種は罪を意味します。罪を放置すると、教会の中に蔓延する恐れがあるから、断固食い止めるようにということです。

 (7節)「いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。」「古いパン種」=罪を、教会の中からきれいに取り除きなさいということです。私たちはイエス様を信じた後も残念ながら罪人(つみびと)ですから、罪をゼロにすることはできませんが、それでも明らかな罪はできる限り取り除きなさいということです。

 (8節)「だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。」ここでの過越祭は教会の礼拝を指すとも言えますし、パンを食べ杯を飲むこと・つまり聖餐を意味するとも言えます。できるだけ罪を取り除き悔い改めて、神様の祝福の中で礼拝を献げ、聖餐を祝おうというメッセージです。私たちは旧約聖書の除酵祭を行いませんが、罪を除き、罪を悔い改める意味においては、除酵祭を行う民です。

 出エジプト記13章に戻り、小見出し「初子について」のところを見ます。(11~13節)「主があなたと先祖に誓われたとおり、カナン人の土地にあなたを導き入れ、それをあなたに与えられるとき、初めに胎を開くものはすべて、主にささげなければならない。あなたの家畜の初子のうち、雄はすべて主のものである。~あなたの初子のうち、男の子の場合はすべて贖わねばならない。」出エジプトの前夜、神様はエジプト人の初子(長子)をすべてお撃ちになり、エジプト人のすべての初子が死にました。しかしイスラエルの民の初子は、それぞれの家の二本の柱と鴨居に塗った犠牲の小羊の血のゆえに、撃たれませんでした。こうして小羊の犠牲の血によって救われたイスラエルの初子は皆、神様のものとなりました。ですから神様のものとして神様に献げるのです。動物の初子の場合は殺して献げるのですが、人間の男の子の場合は殺さないで、代わりに犠牲の動物を殺して、神様に献げるのでした。これを私たちに当てはめると、私たちはイエス・キリストの十字架の血潮のお陰で罪を赦され、神様の民に加えられました。ですから私たちも「神様のもの」です。私たちは、神様の御心に背く罪を犯してしまうこともありますが、それでも罪を悔い改め、「神様のもの」、「神様のよき僕」になりきって参りたいのです。

 次に「火の柱、雲の柱」の小見出しに進みます。(17節)。「さて、ファラオが民を去らせたとき、神は彼らをペリシテ街道には導かれなかった。それは近道であったが、民が戦わねばならないことを知って後悔し、エジプトに帰ろうとするかもしれない、と思われたからである。」ある本によると、ペリシテ街道に進めば、ペリシテ人との戦争が避けられなかったということです。武器など持っていないイスラエルの民にとってそれは大きすぎる試練です。そこで神様はあえて遠回りでペリシテ人との戦争よりは困難の少ない道に導かれたというのです。(18節)「神は民を、葦の海に通じる荒れ野の道に迂回させられた。イスラエルの人々は、隊伍を整えてエジプトの国から上った。」大きすぎる試練は避けられましたが、約束の地への道は荒れ野の道です。それは神様が、ご自分の民の信仰が純粋で強い信仰になるように、鍛練して下さる道です。もちろん神様が共にいて下さいます。私たちキリスト者もイスラエルの民と同じように、約束の地・神の国を目指さして共に行進していますが、時に荒れ野を通ります。荒れ野が少ないことを願うのが人情ですが、時として避けられないことを覚悟する必要があります。

 火曜日の祈祷会で、旧約聖書の民数記を読み進めています。なぜ民数記と呼ばれるかと言いますと、イスラエルの民の人口調査の記事があるからです。ですが民数記と呼ばれるようになったのは途中からです。旧約聖書のほとんどはヘブライ語で書かれていますが、ヘブライ語の旧約聖書では、最初の5つの書物(モーセ五書と呼ばれます)の各書の名前については、それぞれの本文の冒頭近くにある特徴的な言葉を書名とする伝統があるそうです。民数記の場合は、ヘブライ語聖書では「ベ・ミドバル(荒れ野にて)」(ミドバル=荒れ野)の言葉が、書の名前となって来たとのことです。この「荒れ野にて」という書名は、内容を要約するにぴったりの名です。なぜならこの書は、イスラエルの民がエジプトを出て、荒れ野の旅して約束の地に向かう様子を描いているからです。荒れ野の厳しい生活の中で、イスラエルの民は神様に養われ鍛えられるのですが、不平不満を多く言って神様に厳しく叱られる場面も多いのです。彼らは、荒れ野を共に行進して約束の地を目指すのです。私たちの信仰生活も同じで、共に行進して行く中で、時に荒れ野を通ること、神様による信仰の鍛練を受けることは避けられません。

 (19節)「モーセはヨセフの骨を携えていた。ヨセフが、『神は必ずあなたたちを顧みられる。そのとき、わたしの骨をここから一緒に携えて上るように』と言って、イスラエルの子らに固く誓わせたからである。」イスラエルの民は、430年間エジプトに住んだのです。長いですね。因みに今から430年前というと、戦国時代真っ只中の1584年です。今年の大河ドラマの主人公・黒田官兵衛はキリシタンですが、ちょうど黒田官兵衛が生きていた頃です。自分の意によらずにエジプトに連れて行かれて苦労を重ね、その後、政治の責任者になったヨセフは、神様に支えられてこれほど先のことを見通していました。神様は、これから先の歴史をすべて見通しておられます。その歴史の中で、私たちは伝道の責任を果たしつつ生きてゆきます。

 (21~22節)「主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされたので、彼らは昼も夜も行進することができた。昼は雲の柱が、夜は火の柱が、民の先頭を離れることはなかった。」

 荒れ野では試練もありましたが、神様が共におられることが目に見えました。雲の柱、火の柱によってです。神様は、出エジプト記16章からはマナという食べ物を与えて養って下さいます。神様は、クリスマスの場面では占星術の学者たちを、星によってイエス様のもとに導いて下さいますが、出エジプト記のときは雲の柱、火の柱によって導いて下さいました。私たちは、残念ながら直接雲の柱、火の柱を与えられていません。その代わり聖書の御言葉が与えられています。聖霊が与えられています。信仰告白の言葉も与えられています。そして、導きを求めて祈ることができます。私たちはこれらによって神様に導かれて参ります。詩編119編105節に次の御言葉があります。
「あなた(神様)の御言葉は、わたしの道の光/ わたしの歩みを照らす光。」
聖書の御言葉を正しく学ぶことが大切です。御言葉が私たちを、神様と隣人を愛する道、神様に喜ばれる道、正しい道に導きます。荒れ野を通ることがありますが、なお神様が私たちと共にいて下さいます。

 これより歌う「讃美歌21」は、469番です。題は「善き力にわれ囲まれ」、作詞者はドイツの牧師ボンヘッファーです。ボンヘッファーは、ヒットラーという悪がドイツを支配した暗黒の時代を生きた人で、ヒットラーに抵抗したために39才で死刑にされました。ドイツが降伏するほぼ1ヶ月前の1945年4月9日、地上の人生を強制的に終えさせられました。その前の年の末にこの詩を書いたとされます。驚くほど深い信仰の言葉です。自分が現実に、暗黒の力に囲まれていたにもかかわらず、実はもっと強い神様の善き力に囲まれていると信じる歌詞です。悪の力がいかに猛威をふるい、自分も殺されたとしても、最後の最後の最後は必ず神様の愛と正義が勝利すると信頼していたのです。イエス様も十字架の上で、悪の力に囲まれておられましたが、父なる神様の愛と正義が、最後の最後の最後に必ず勝利すると確信して、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言われて息を引き取られたのです(ルカによる福音書23:46)。

 その確信が正しいことを、父なる神様はイエス様の復活によって証明して下さいました。もちろん先程のヴァイツゼッカー氏も、ボンヘッファーの信仰と抵抗をよく知っておられたに違いありません。5節の歌詞はこうです。
「善き力に 守られつつ、/ 来るべき時を待とう。
 夜も朝も、いつも神は/  われらと共にいます。」
これは出エジプトの民の信仰と同じです。夜は火の柱、昼は雲の柱によって神様に
導かれた出エジプトの民の場合と同じように、
「夜も朝も、いつも神は/ われらと共にいます。」
 
 私は、列王記下6章15節以下の、預言者エリシャとその召し使いのエピソードを思い出します。 「神の人(エリシャ)の召し使いが朝早く起きて外に出て見ると、軍馬や戦車を持った軍隊が町を包囲していた。従者は言った。『ああ、御主人よ、どうすればよいのですか。』するとエリシャは、『恐れてはならない。わたしたちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い』と言って、主に祈り、『主よ、彼の目を開いて見えるようにしてください』と願った。主が従者の目を開かれたので、彼は火の馬と戦車がエリシャを囲んで山に満ちているのを見た。」

 悪に完全に包囲されていると肉眼に見える場合でも、実は目に見えない神様の愛と正義の善き力が、私たちを最終的・究極的に守っていて下さいます。この神様に信頼し、もう一度立ち上がって、ご一緒にイエス様に従う道を歩んで参りましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。

2014-01-20 22:39:10(月)
「神様の家は祈りの家」 2014年1月19日(日) 降誕節第4主日礼拝説教
朗読された聖書:エレミヤ書7章1~15節、ルカによる福音書19章45~48節

「『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」(ルカによる福音書19章章46節)

 イエス様がついにエルサレムにお入りになりました。イエス様は泣いておられました。エルサレムが神様の民イスラエルの首都でありながら、神様に背く都になっていたからです。

 小見出しは、「神殿から商人を追い出す」です。この箇所は「宮清め」と呼ばれます。エルサレムにお入りになったイエス様は、神殿に直行されます。そしてびっくりするほど激しい行動をお取りになります。「それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、彼らに言われた。『こう書いてある。「わたしの家は、祈りの家でなければならない。」ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした』」(45~46節)。神様の聖なる神殿は、清い場であって、人間の欲望が渦巻く場であってはならないのです。神殿の庭では、羊や鳩など、神様に献げる犠牲の動物が売られていました。ある本によると、人々はそれを神殿の外で買うこともできましたが、神殿にチェックする人がいて、外で買った犠牲の動物を受け付けなかったそうです。そこで人々はやむなく神殿の中の店で買ったのですが、神殿の中で買うと外の何倍もの値段がしたそうです。神殿の中で売る特権を得た商人が大きな利益、不当な利益を受けることができたらしいのです。聖なる神殿は、いつの間にか騒々しい市場・マーケットと化していました。「不正な取引が行われることもあった、祭司長たちもここから利益を得ていた」と書いている本もあります。神殿の中で多くの人々(全員ではないでしょうが)が堕落していました。

 ルカによる福音書では、このエルサレムの神殿が重要な場面に登場します。それだけ神殿を重視しているのです。誕生されて間もないイエス様は、父なる神様に献げられるために、ヨセフとマリアによって神殿に連れて行かれ、そこで神様の忠実な僕シメオンに抱かれます。そしてイエス様は12才の時、住んでおられたガリラヤのナザレから、両親に連れられてエルサレムに行かれ、神殿の境内の真ん中に座って話を聴いたり質問したりなさり、人々はイエス様の賢い受け答えに驚いていました。両親はそのとき三日間イエス様を見失っており、マリアはイエス様を叱ったのですが、イエス様はそのとき、「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」とお答えになりました。イエス様にとって神殿は、愛する父なる神様の家です。イエス様は父の家を純粋に愛しておられます。ですから、聖なる家であるべき父の家が、人間の欲望が渦巻く場となってけがされていることに耐えられなかったのです。

 お金は生活に必要なものですが、人は相手を騙したり、ごまかしてでもお金を多く得たいという誘惑に負けることがあります。詐欺的なビジネスに手を染める人々もいます。既得権や特権を捨てたくない人々もいます。神殿での商売も不純な商売だったのでしょう。聖なる神殿で人間の自己中心的な欲望が幅を利かせることは許されません。イエス様は聖なる怒りを発揮され、神殿から人間の欲望を一掃されました。新約聖書のペトロの手紙(一)に、「今こそ、神の家から裁きが始まる時です。わたしたちがまず裁きを受けるのだとすれば、神の福音に従わない者たちの行く末は、いったい、どんなものになるだろうか」(4章17節)と書かれています。神殿は今で言えば教会です。神殿も教会も清い必要があります。イエス様はマタイによる福音書10章34節で、「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく剣をもたらすために来たのだ」とおっしゃいました。ヨハネによる福音書2章を読むと、イエス様は神殿を清めるために、縄で鞭を作っておられます。

 イエス様はろばに乗ってエルサレムに入られたのですから、基本的には平和の方です。ですが、聖なる場所であるべき神殿が人の罪によってけがされているならば、あえて鞭をふるって神殿を清める聖なる方でもあるのです。イエス様は「地の塩」として神殿を腐敗から清める働きをなさったのです。イエス様の弟子・使徒パウロも、コリントの教会に大きな罪が発生して人々が悔い改めていなかった時、「あなたがたのところへ鞭を持って行く」(コリントの信徒への手紙(一)4章21節)こともあり得るという手紙を送り、人々に悔い改めを求めています。愛するコリント教会が清くなることを願ってのことです。旧約聖書のゼカリヤ書14章21節(ゼカリヤ書の一番最後)に次のような御言葉があります。「その日(世の終わりの日、神の国の完成の日)には、万軍の主の神殿にもはや商人はいなくなる。」イエス様の宮清めによって、このゼカリヤ書の御言葉が実現したとも言えるのです。

 イエス様は「わたしの家は、祈りの家でなければならない」とおっしゃいました。祈りの家は礼拝の家です。礼拝の家は清いことが必要です。東久留米教会のこの新会堂建築の理念は「ホーリーアンドシンプル」(聖にして簡素)です。礼拝の家は金もうけの家ではなく、ビジネスの家でもありません。「わたしの家は、祈りの家でなければならない」は旧約聖書イザヤ書56章7節の引用です。
「また、主のもとに集って来た異邦人が
 主に仕え、主の名を愛し、その僕となり安息日を守り、それを汚すことなく
 わたしの契約を固く守るなら
 わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き
 わたしの祈りの家の喜びの祝いに連なることを許す。
 彼らが焼き尽くす献げ物といけにえをささげるなら
 わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。
 わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」(6~7節)。

 ここで神様は、異邦人(イスラエルの民以外の人)が、真の神様を愛し、神様の契約を固く守るのなら、異邦人をも神様の家の喜びの祝いに参加することを許すとおっしゃいます。私たち日本人も、真の神様を愛するならば、神様の家の礼拝に参加することを許されるのです。「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。」「すべての民の祈りの家」ですから、真の神様を信じるならば、どの国や地域の人も「祈りの家」に喜んで受け入れられるのです。キリスト教会はそのような所です。東久留米教会に外国の方が礼拝に来られることはあまりありません。数年前には、韓国人の女性がしばらく礼拝に来ておられた時期があり、一昨年、新会堂になってすぐの頃、中国人の女性や、アメリカ人と韓国人のご夫婦が来ておられたこともあり、日本人とアメリカ人の間に誕生された青少年たちが出席して下さったこともあります。これからも外国の方も来て下さるとよいですね。

 1991年の夏(その頃、私は茨城県の教会の信徒でした)に、お世話になっていた宣教師の方に連れられて茨城地区の諸教会の方々と一緒にアメリカの教会をいくつか巡ったことがあります。歓迎していただいて嬉しかったのですが、ある教会での交流会を終えて宿舎に帰ったときに、ある年配の男性が、「白人しか見なかった」と言われました。言われて見ればそうだったように思いました。もちろんその教会の集会に一回参加しただけで、礼拝やほかの集会には黒人の方もおられるのかもしれません。歓迎していただいたのですから、このようなことは言いにくいのですが、人種の問題はまだ課題としてあるのかもしれないと思いました。それから22年以上たっているので、今は変化しているかもしれません。この課題は、日本やほかの国にもあるでしょう。在日韓国人と日本人が共に礼拝する教会が身近に増えるとよいですね。

 イエス様は言われました。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」「強盗の巣」という言葉は、エレミヤ書7章11節の引用です。エレミヤ書7章は紀元前6世紀に、神様が預言者エレミヤに、エルサレムの神殿の門で人々に語るようにと命じられた御言葉です。この頃、神殿の礼拝は盛んに行われていたのです。しかしそれはただの習慣になっており、人々は日常生活では正義を行わず、神様に逆らう悪を行っていたのです。礼拝は形ばかりとなり、人々は生活の中で神様に従っていませんでした。それでは礼拝も意味がありません。

 (2節の途中より7節)「主を礼拝するために、神殿の門を入って行くユダの人々よ、皆、主の言葉を聞け。イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。お前たちの道と行いを正せ。そうすれば、わたしはお前たちをこの所に住まわせる。主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない。この所で、お前たちの道と行いを正し、お互いの間で正義を行い、寄留の外国人、孤児、寡婦を虐げず、無実の人の血を流さず、異教の神々に従うことなく、自ら災いを招いてはならない。そうすれば、わたしはお前たちを先祖に与えたこの地、この所に、とこしえからとこしえまで住まわせる。」

 人々は生活の中で悪いことをしながら、ただ習慣的に礼拝に行き、「主の神殿、主の神殿、主の神殿」とまじないのように唱えては、ご利益を願っていたのでしょう。しかし「主の神殿」という言葉を形式的に唱えればご利益があるというものではありません。生活の中で神様に大きく逆らいながら、形だけ礼拝に行っても、神様に喜ばれるはずがありません。神様に従う意志も、罪を悔い改める気持ちもないのでは礼拝になりません。人々は正義を行わず、外国人に親切にせず、孤児・寡婦といった辛い思いをしている人々に親切にせず、無実の人の血を流し、偽物の神々(その正体は悪魔)に従っていました。このようなことは今の東京や日本にもあると思います。私たちに大きなことはできませんが、東京や日本からこのようなことが減るように祈り、できることをしてゆきたいのです。

 (8節より10節)「しかし見よ、お前たちはこのむなしい言葉に依り頼んでいるが、それは救う力を持たない。盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることのなかった異教の神々に従いながら、わたしの名によって呼ばれるこの神殿に来てわたしの前にたち、『救われた』と言うのか。お前たちはあらゆる忌むべきことをしているではないか。」 人々は、神様との大切な契約モーセの十戒を破っていたのですね。モーセの十戒には「盗んではならない。殺してはならない。姦淫してはならない。隣人に関して偽証してはならない。あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」などとあります。人々はそれを破っていました。破りながら、形だけは礼拝に行っていたのです。それでは礼拝も意味を持ちません。神様ははっきりとおっしゃいます。「わたしの名によって呼ばれるこの神殿は、お前たちの目に強盗の巣窟と見えるのか。そのとおり、わたしにもそう見える、と主は言われる」(11節)。神様の目には、神殿に来る人々が欲望だらけの心を持つ強盗と同じに見えました。人々が堕落していることを、神様が深く嘆いておられます。

 かつてイスラエルでは、シロという場所に聖所・礼拝の場がありました。しかしシロはエレミヤの時代には廃墟となっていたようです。神様が廃墟となさったのです。人々が神様に逆らい、礼拝も偽りに満ちていたからです。「シロのわたしの聖所に行ってみよ。かつてわたしはそこにわたしの名を置いたが、わが民イスラエルの悪のゆえに、わたしがそれをどのようにしたかを見るがよい」(12節)。神様がシロを廃墟となさった教訓に学びなさいというのです。罪を悔い改めて正義を行わないと、エルサレムの神殿も滅びるというのです。神様は心の中で、イスラエルの民のために泣いておられるのでしょう。イエス様がエルサレムのために泣かれたのと同じにです。人々が罪を悔い改めないならば、イスラエルを一旦滅ぼすほかはない。そうする前に悔い改めてほしい。

 神様は断腸の思いで、次の厳しい御言葉を語られます。「今や、お前たちがこれらのことをしたから―と主は言われる―そしてわたしが先に繰り返し語ったのに、その言葉に従わず、呼びかけたのに答えなかったから、わたしの名によって呼ばれ、お前たちが依り頼んでいるこの神殿に、そしてお前たちと先祖に与えたこの所に対して、わたしはシロにしたようにする。わたしは、お前たちの兄弟である、エフライム(北イスラエル王国。既にアッシリア帝国に滅ぼされていた)の子孫をすべて投げ捨てたように、お前たちをわたしの前から投げ捨てる」(13~15節)。

 ルカによる福音書に戻ります。「毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話に聞き入っていたからである」(47~48節)。イエス様は貧しい民衆を愛しておられます。昔から教会があまりお金持ちになると信仰が堕落しました。そうなると神様が、教会を改革する信仰者を起こされました。

 その代表者の一人はやはりアッシジのフランチェスコです。12世紀から13世紀にかけてイタリアで生きた人です。ある日、フランチェスコはローマへの巡礼の途上で、崩れかけた小さな教会(サン・ダミアーノ教会)の前を通りかかります。その時フランチェスコは、イエス様の御声を聴いたと言います。「フランチェスコ、わたしの家を建て直しなさい。崩れかけているわたしの家を建て直しなさい。」イエス様の心を忘れた教会、神様と隣人への愛を忘れた教会、貧しい方々への愛を忘れた教会、祈りと奉仕の心を忘れた教会、お金と権力と野心にまみれてしまった教会…。フランチェスコはサン・ダミアーノ教会の修復にとりかかります。そのために商人であった父親の倉庫から布を取り出して売ってしまったそうです。フランチェスコの商売を無視した生き方に父は驚き、怒ります。しかしフランチェスコは、天の父のみを自分の父とすると宣言します。これは1206年か1207年の出来事とされています。小さな教会・サン・ダミアーノ教会を建て直す作業はシンボル的な行為で、フランチェスコの人生全体が、その時代の教会全体を建て直すために用いられたのです。

 1208年2月24日の礼拝で読まれたマタイによる福音書10章7~14節が、フランチェスコの心を熱く燃えさせたそうです。その一部を記します。「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。」 この御言葉の通り、金銭を持たず、最も質素な衣を着て、与えられる食物のみを食べて、ひたすら悔い改めを説き、神の国を説教して歩きました。本当に徹底した人だと感嘆します。彼に共感する人々が集まるようになり、彼らは盛んに歌を歌い、畑仕事を手伝い、ハンセン氏病の人や浮浪者の世話をして回りました。フランチェスコは自分たちを「小さき兄弟たち」と呼ぶようになります。後には「托鉢修道会」と呼ばれるようになりました。フランチェスコは伝説化した人物かもしれませんが、イエス様に最も人格が近づいた人と言われます。その清貧に徹する生き方によって、当時の教会と社会に大きな感化を与えました。その感化は今にまで及んでいます。

 私たちの生活にある程度のお金は必要です。お金を得るために苦労して労働致しますし、その労働が尊いことを私たちは知っています。そして私たちはお金で買えないものがあることを知っています。愛、思いやり、美しい心、信仰をお金で買うことはできません。もちろん神様をお金で買うこともできません。使徒言行録8章に、何と聖霊をお金で買おうとした愚かな人が出て参ります。シモンという魔術師です。彼は使徒たちが手を置くことで霊(聖霊)が与えられるのを見、お金を持って来て、「わたしが手を置けば、だれでも聖霊が受けられるように、わたしにもその力を授けてください」(19節)と言いました。すると、イエス様の一番弟子シモン・ペトロが叱りつけます。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っているからだ。~お前は腹黒い者であり、悪の縄目に縛られていることが、わたしには分かっている」(20~23節)。聖霊をお金で買おうとするなど、まさに神様への大きな冒瀆です。 私たちはもちろん神様をお金で買うことができませんし、罪の赦しをお金で買うこともできません。16世紀頃の教会は、免罪符(正確には贖宥状)を売っていたらしいですが、罪の赦しをお金で買うなどできるはずがありません。このような堕落に抵抗して宗教改革が始まったと思うのです。

 私は西東京教区の仕事で、東日本大震災被災地支援のためのトートバッグ等の販売を担当しています。1年少し前、西東京教区の立川夕礼拝でトートバッグ販売のアピールをするつもりで出掛けました。その晩の聖書は、「宮清め」の箇所であり、それによる説教がなされました。私は「今晩は売るのはよそう」という気持ちになりました。夕礼拝後に説教された牧師が、「石田さん、なんで今晩はバッグのアピールしないの?」と話しかけて下さいました。私がその晩の聖書のことに暗に触れると、手を打って「ああそうか!」と察して下さいました。「でもこれは被災地支援のためだから、いいんじゃない?」と言って下さいました。私もそう思いましたが、「宮清めの箇所だったし、今晩だけはやめておこう」と思いました(もちろんその後は、いろいろな集会で売っています!)。「宮清め」の場面には、このような思い出もあります。

 私たち一人一人も教会も油断すると、生き方が堕落してしまいます。日々、自分の罪を悔い改めて、ご一緒にイエス様を愛し、イエス様に従って参りたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。

2014-01-15 0:22:14(水)
「エルサレムのため泣くキリスト」 2014年1月12日(日) 降誕節第3主日礼拝説教
朗読された聖書:ゼカリヤ書9章9~10節、ルカによる福音書19章28~44節

「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それ
がお前に見えない。」(ルカによる福音書19章章42節)

 イエス様がいよいよエルサレムの都にお入りになります。イエス様は先頭に立って前進してゆかれます。「そして、『オリーブ畑』と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニヤに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。『向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。もしだれかが、「なぜほどくのか」と尋ねたら、「主がお入り用なのです」と言いなさい』」(29節~31節)。 ベトファゲという地名は「いちじくの家」の意味です。そしてベタニヤという地名は「神により頼む貧しい人の家」の意味だそうです。イエス様は二人の弟子たちを使いに出されました。イエス様はろばに乗る意志をはっきりと示されます。

 ここを読むと、「ちいろば先生」と呼ばれた榎本保郎牧師を思い出します。私はお会いしたことはありませんが、21才の頃に榎本先生が書かれた『ちいろば』という小さな本をクリスチャンの友人に借りて読んで、かなりの感動を受けました。榎本先生の願いは、ご自分がこの個所に登場するようなろば、イエス様をお乗せする小さなろばとして生きることでした。ご自分はいと小さき者で何もできないが、イエス様に乗っていただくろばとして働きたいということです。これはすばらしい願いです。私たちもイエス様をお乗せする小さなろばになりたいものです。私たちには偉大なことを行う力はありませんが、私たちがイエス様をお乗せしてお運びするならば、イエス様が私たちを神様の御用のために用いて下さると信じます。ろばは、馬のように速くもなく力強くもなく、あまり有能でもありません。むしろだからこそ平和的ですし、見る者をほっとさせてくれます。私たちもそれぞれの家庭や職場、地域にイエス様を地道にお運びするろばでありたいのです。「主が入り用なのです」と、私たちにも言っていただけるのでしたら、大きな光栄です。イエス様は私たちにも、「あなたが入り用です」と言って下さいます。そして私たちに日々の務めを与えて下さいます。日々の務めを、イエス様にお仕えするつもりで、心をこめて果たしてゆきたいのです。

 「使いに出された者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった」(32節)。イエス様は、この世界のことを何もかもご存じです。私たちの心の中も、すべてご存じです。「ろばの子をほどいていると、その持ち主たちが、『なぜ、子ろばをほどくのか』と言った。二人は、『主がお入り用なのです』と言った。そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた」(33~36節)。人々が服をかけて、その動物の上に人が乗るということは、乗る人が王であることを表します。その人の進む道に人々が服を敷くことも同じです。そこを歩く人が王であることを示します。

 イエス様はまさに、首都エルサレムに入ろうとしておられます。聖書はここで、イエス様がエルサレムの真の王、イスラエルの真の王であることを示しています。ふつう、王は力強い馬に乗って威風堂々と首都エルサレムに入ります。今年はうま年ですが、馬の速さと力強さに憧れる人は多いでしょう。イエス様は確かに真の王ですが、馬に乗らず、意図的にろばに乗られます。馬は軍事用に使われます。戦争する王は馬に乗ります。しかしろばは平和的な動物、平和のシンボルです。イエス様は平和の王なのです。イエス様がろばに乗ってエルサレムにお入りになることはゼカリヤ書9章に予告されています。
「娘シオン(エルサレムのこと)よ、大いに踊れ。
 娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。/ 見よ、あなたの王が来る。
 彼は神に従い、勝利を与えられた者/ 高ぶることなく、ろばに乗ってくる
 雌ろばの子であるろばに乗って。
 わたしはエフライム(イスラエル)から戦車を/ エルサレムから軍馬を絶つ。
 戦いの弓は絶たれ /諸国の民に平和が告げられる。
 彼の支配は海から海へ/ 大河から地の果てにまで及ぶ」(9~10節)。

 当時のイスラエルはローマ帝国の支配されていました。人々は、ローマ帝国と武力で戦ってイスラエルの独立を回復してくれる軍事的な王としての救い主が来ることを期待していました。しかし、イエス様はその期待を拒むご意志を、馬ではなく、ろばにお乗りになる行動によってはっきりと示されたのです。イエス様は平和の王なのです。

 私は詩編147編10節~11節の御言葉を連想致します。
「主は馬の勇ましさを喜ばれるのでもなく/ 人の足の速さを望まれるのでもない。主が望まれるのは主を畏れる人/ 主の慈しみを待ち望む人。」
父なる神様は、有名でなくても忍耐強くひたすら神様に従う人を喜んで下さいます。

 ルカによる福音書19章に戻ります。「イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた」(37節)。「神を賛美する」場面は、ルカによる福音書に多いのです。弟子たちはこの世の力を持たない、無力で貧しく素朴な人々です。だからこそ、素直に神様を喜び、神様を賛美できるのです。弟子たちは聖霊に満たされていたに違いありません。神様を賛美することは、私たち神様に造られた者にふさわしい最も謙遜な業です。神様は喜んでその賛美をお受け入れになります。
「主の名によって来られる方、王に、/ 祝福があるように。
 天には平和、/ いと高きところには平和」(38節)。
美しい賛美です。こうしてイエス様は弟子の群れの歓呼を受け、平和の王としてエルサレムにお入りになります。

 神様が賛美されることを誰も止めることはできません。神様の御心が成ることを誰も止めることができません。しかし、いと小さき弟子たちの讃美を喜ばない人々がいました。ファリサイ派の人々です。貧しい弟子たちの讃美を、「神様への冒瀆だ。けしからん」と思ったのかもしれません。私たちもこのファリサイ派の人々のようになることがあるかもしれないので、気をつけたいと思います。ファリサイ派のある人々が群衆の中からイエス様に向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言いました。しかし弟子たちの讃美をやめさせることは、神様の御心ではありません。イエス様はファリサイ派のある人々の求めを拒否しておっしゃいます。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫び出す」(40節)。もし弟子たちを力づくで沈黙させるなら、弟子たちの代わりに石が神様を賛美する、あるいはその暴挙を石が告発し抗議する、ということでしょう。

 誰もイエス・キリストが宣べ伝えられることを止めることはできません。誰も真の神様への礼拝、賛美をやめさせることはできません。誰も私たちが真の神様を礼拝する権利を奪うことはできません。なぜなら神様が、私たち人間・造られたものによる礼拝を望んでおられるからです。この世での礼拝は世の終わりまで続き、天での礼拝に合流します。私たちが願って神様を賛美し礼拝するというよりも、神様が望まれて賛美する民・礼拝する民を起こしておられるのです。私たちも、自分が希望して神様を礼拝するようになったというよりも、神様が私たちに聖霊を注ぎ、信仰を与えて、私たちを賛美・礼拝する群れとして起こして下さったのです。神様がなさっているのです。

 イエス様は、マタイによる福音書21章16節で、詩編8編を引用して、「幼子や乳飲み子の口に、あなた(父なる神様)は賛美を歌わせた」とおっしゃっています。神様は、ご自分が望むどの方にも信仰を与え、賛美の歌を歌わせなさることがおできになります。石をさえ起こして、賛美の歌を歌わせなさることがおできになります。神様への讃美・礼拝に新しく加わる方々を、神様が一人また一人と新しく起こされるように、祈りましょう。私たちが「あの人は無理だろう」と思い込んでいたとしても、神様はその方の心をお変えになることがおできになります。

 そして誰も、イエス・キリストへの信仰を世からなくすことはできません。迫害されても迫害されても、イエス・キリストへの讃美と礼拝がこの世から絶滅することはありません。イエス・キリストを信じる人を迫害するものは、最後には必ず敗北します。それは真の神様への反逆なので、神様によって倒されます。私たちはこのことを深く信じ、イエス様に喜んで従ってゆきたいのです。

 「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。『もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない』」(42節)。イエス様は神の民イスラエルの首都エルサレムを愛しておられ、エルサレムのために悲しんでおられます。エルサレムの人々が神様を愛さず、神様に逆らっていたからです。エルサレムの人々は、間もなく神の子イエス様を十字架につけて殺してしまいます。真の神の子を殺すことは、最悪の罪です。これほど大きな罪を犯して悔い改めなければ、ただで済むはずがありません。イエス様の目には、約40年後のエルサレムの滅亡がはっきり見えていました。エルサレムは、ローマ軍に攻撃されて破壊されるのです。神殿も破壊されます。それは神様の審判です。イエス様はエルサレムを愛しておられますから、エルサレムが神様に逆らっていることを深く悲しまれました。エルサレムが罪のために審判を受けて一旦滅びることを悟り、涙を流されました。イエス様はイスラエルの真の愛国者です。ですからエルサレムの人々が罪を心から悔い改めることを切望しておられたのです。

 しかしエルサレムで力を持っていた人々は強情を張り、罪を認めず、悔い改めません。それでは滅びに至るほかありません。イエス様はこのことを十分知っておられましたので、涙されました。そして言われます。「やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださるときをわきまえなかったからである」(43~44節)。

 日本にもかつて真の愛国者がいました。たとえば無教会派のクリスチャン内村鑑三や矢内原忠雄です。内村鑑三は「2つのJ」を愛したと言います。「2つのJ」とはジーザズとジャパン、イエス・キリストと日本です。内村鑑三の墓は多磨霊園にあるそうですが、墓には次の言葉が英語で記されているそうです。「私は日本のために、日本は世界のために、世界はキリストのために、そしてすべては神のために。(I for Japan; Japan for the World; The World for Christ; And All for God.)」

 内村鑑三はイエス様への愛と日本への愛を両立させようとしたのです。今の日本政府は愛国心を強調する教育を進めようとしていますが、危ないことです。真の愛国心は、真の神様への愛と両立する愛国心、イエス様への愛と両立する愛国心でないと、身勝手なナショナリズムに転落するだけです。内村鑑三の愛国心は、日本が間違った方向(神様の御心に逆らう方向)に向かうときには、反対を唱える愛国心でした。今こそ私たちは内村鑑三に大いに学ぶことが必要です。「私は日本のために、日本は世界のために、世界はキリストのために、そしてすべては神のために。」

 内村鑑三は1891年(明治24年)に不敬事件を起こしました。第一高等中学校の教育勅語奉読式において、明治天皇の親筆の署名に「奉拝」(最敬礼)することが求められましたが、(少々頭を下げたようですが)最敬礼しませんでした(その頃、内村は舎監という教頭に次ぐ第三の地位にあったそうです)。モーセの十戒の第一の戒めに従ったのです。「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」この戒めに従ったために職を失い、貧乏のどん底に落ちたと言います。さらに日露戦争のとき、日本が国を挙げてロシアとの戦争にのめり込んでいる中で、敢然と非戦論を唱えたことは有名です。そして非国民と非難されました。ですが内村鑑三の信仰では、非戦論を主張することこそ真の愛国だったのです。日本が神様の御心に背いたときには、これに反対を唱えることこそ、真の愛国心だと信じたのです。

 その内村鑑三の弟子の一人が矢内原忠雄という方です。この方は内村鑑三が天に召されて3年目の記念集会で「悲哀の人」という題の話をされたそうです。「混沌の中にあって事の真実を見通し、真実を語る人は実に悲哀の人であります」(「キリスト教ラジオ放送局FEBCニュース」1999年11月号、加藤常昭師「信仰の闘士・矢内原忠雄」より)。そしてイエス様のことを語り、同じくエルサレムの罪と滅びのために泣いた預言者エレミヤのことを語り、非戦論を唱えて非難された内村鑑三のことを語ったそうです。「日本の国に向かって言う言葉がある。汝らは速かに戦いを止めよ。そう言いますけれども戦いをやめません。~今日は偽りの世において、我々のかく愛したる日本の国の理想、あるいは理想を失ったる日本の葬りの席であります。私は怒ることも怒れません。泣くことも泣けません。どうぞ皆さん、もし私の申したことがお分かりになったならば、日本の理想を生かすために、ひとまずこの国を葬って下さい」(同)。この方は、当時の日本が中国との戦争をやめて、神様の前に罪を悔い改めて、新しく生きることを切望されたのです。エルサレムの悔い改めを切望されたイエス様と同じ思いだったのです。

 私たちもまた、日々自分の罪を悔い改め、そして私たちを愛して下さるイエス様を愛して、イエス様にお従いして参りたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。


2014-01-09 11:48:25(木)
「日本の伝道のために」 2012年6月24日(日)東久留米教会修養会メッセージ(牧師:石田真一郎)
聖書:コリントの信徒への手紙(一)1章18節~31節

1.日本でキリスト信仰があまり広まらないのはなぜか

 これは私の反省ですが、聖書の神様のこと・イエス・キリストのことが大胆に宣べ伝えられていないと思います。多くの日本人はキリスト信仰がどのような信仰か知りません。信じる前に、拒む前に、キリスト信仰の内容を知りません。そこでクリスチャンは、「キリスト信仰はこのようなものだ」と、あらゆる機会をとらえて発信することが必要と思います。反発されることもあると思いますが、まずはキリスト信仰がどのような信仰か多く発信しないと、日本人が信じることも拒むこともできないでしょう。

 私は1966年8月生まれですが、私と同じくらいか若い世代でキリスト信仰への関心が高いとは言えないと感じます。ある男性が、「信仰して何のメリットがあるのですか」と言ったと聞いたことがあります。「メリットがないことはする意味がない」という考え方です。「自分にとってプラスになるなら信仰にも意味があるが、プラスがないなら信仰する意味はない」という考え方です。この考え方の人は多いのではないかと思います。特に競争社会で働いている方に、この考え方は当然になっているように思います。メリット重視の考え方、実利的な考え方です。はっきり言えば自己中心的な考え方です。ですがこの考え方が自己中心的だと思う感覚がない方が多いのが現実ではないかと思います。

 神様を礼拝することは、人間がメリット(ご利益)を求めてすることではありません。神様を自分の主なるお方として讃美し、自分は脇役(奉仕者)になることが礼拝です。もっともキリスト信仰には実は最大のメリットがあります。私どもが罪の赦しと永遠の命をいただくという最大のメリットです。お金が儲かるとか、出世できるという地上的なメリットを得ることが一番大事ではありません。「メリットがあることにのみ価値がある」という考え方自体をひっくり返すことが必要です。キリスト信仰は、自分を中心に生きることではなく、神様を中心に生きることです。この考え方が受け入れにくいことが、キリスト教が日本で広まりにくい最大の原因ではないかと思います。イエス・キリストが十字架にかかるほどに私どもを愛し抜いて下さった。この愛に応えて生きることがキリスト信仰です。私たちは悲しいことに、クリスチャンになっても自己中心をなかなか捨てきれないのです。今の日本では「自分がやりたいことする」ことが以前よりもよしとされています。自己実現を願う人が多いと思います。自分の幸せを第一に考えてしまうのです。しかし神様中心に生きることは、自己実現とは正反対の生き方です。

 キリスト信仰が今の日本で受け入れられにくいもう1つの原因は、私は1995年に発生したオウム真理教の地下鉄サリン事件だと考えています。それまで教会に青年は少なくなかったと思います。けれどもあの事件の頃から、「宗教は危ない、宗教は危険だ。宗教に入ると洗脳される。マインドコントロールされ、人生を狂わされる。宗教には近づかない方が安全だ」という考え方が非常に広がったように感じます。最近半年の間に、オウム真理教の逃走していた容疑者が3名逮捕され、宗教に対する警戒心がまた強まっていると感じます。私が以前教会に誘った友人は、親御さんに「宗教に深入りするな」と言われたと言っていました。最近もいくつかの宗教法人が不祥事を起こして新聞に報道されています。宗教法人という言葉のイメージは一般によくないと思います。宗教法人全体の社会的信用が落ちていると感じます。オウム真理教の事件を考えると、多くの日本人が「宗教は怖い」と感じることも無理はないと思います。確かに宗教には注意すべき点があります。キリスト信仰を含めて宗教は、「信じること」を求めます。オウム真理教では「信じる=盲目的に信じる=思考停止」でした。キリスト信仰は決して思考停止であってはなりません。クリスチャン一人一人が聖書を読み、祈り、礼拝や祈祷会に出席し、学び、何がイエス・キリストに喜ばれる正しいことか自分の頭で考え、正しく信じ、正しく判断し、正しく行動することが大切と思います。そして間違った教えや決定に引きずられないことが大切と思います。私たちの信仰は、決して思考停止であってはなりません。自分の頭で考えること、自分の責任で考えることを怠ることはできません。それがクリスチャンとしての成熟した生き方です。

 「キリスト教(キリスト信仰)は良い宗教だ」と思っていただけるように努力したいと思います。小学生の教科書にマザー・テレサのことが書かれています(ただしキリスト教という言葉が省かれていました)。貧しい方々への無償の奉仕に生きたマザー・テレサは、今の日本で尊敬されています。子どもが読むマザー・テレサの伝記もよく売れているそうです。伝道が進むためには、やはりクリスチャンが尊敬されることが必要だと思います(簡単なことではありませんが)。 信徒や牧師が立派な人格者として尊敬されるようであれば、クリスチャンが増えると思います。

 キリスト信仰が広まりにくいさらにもう1つの理由は、洗礼を受けてクリスチャンになると縛られる(束縛される)、自由がなくなる、窮屈になると思う方が少なくないことと思います。信仰は確かに1つの価値観なので、価値観の強制が嫌がられることは事実です。制約を受ける、縛られることへの拒否感があると思います。今の若い世代は70代・80代の方々に比べると自由に育っていますから、自由を失うことを特に苦痛に感じるようです。洗礼を受けると日曜日に遊びに行ったりするよりも、礼拝に出席することが求められます。考え方、時間の使い方、ライフスタイルまで変更することになるでしょう。それらを人生の途中から変更することは確かにしんどいことです。今は週休二日制がかなり浸透しましたので、日曜日だけが休みだった頃に比べると礼拝に出席しやすくなっていますが、それでも礼拝というと真面目で窮屈に感じてしまうのでしょう。そもそも多くの日本人には、日曜日に教会の礼拝に行くという習慣と発想がありません。この習慣と発想を社会に定着させるためには非常に多くの祈りと努力が必要です。

 そして信じることは心の問題ですから、信仰を勧められることは心の中に侵入されるようで、拒否されてしまうのです。強く押すと人は心を閉じますから、あまり強く押さない程度に聖書の話をすることが必要でしょう。日本人は簡単に心を開かない(心を開くことが苦手な)民族のように思います。特にオウム真理教の事件以来、人々は宗教に警戒心を抱いています。子を大学等に入学させる親が心配することの一つは、子が悪い宗教(カルト宗教)にはまってしまうことです。学校も親も、学生(子)を悪い宗教(カルト宗教)から守ることに力を入れています。それは当然のことです。悪い宗教(カルト宗教)は、人々に自分の頭で物事を考えさせないのです。繰り返しますが、キリスト信仰は決して、自分の頭で物事を考えさせない思考停止になってはなりません。私たちは聖書を読み、祈り、何が正しいことで何が悪いことかを、自分の頭と自分の責任でいつも考えることが大切です。考えや判断を牧師や他の人に丸投げしないようにすることが大切と思います(皆様はもちろんそのようなことはしておられないと思います)。

 そして若い世代では「活字離れ」「本離れ」があるように思います(ケータイとパソコンを除く)。プロテスタント教会は特に聖書を読むことを重んじますから、
聖書を読んで生き方を考えたり、話し合ったりすることが窮屈に感じられるのではないかと思います。現代はインターネットなどで多くの情報を得て、行動する時代です。ですから聖書をじっくり読んで、真理とは何かを考えたり、人生の目的は何かと考えることが減っている時代と感じます。教会が不真面目な所になるわけにもいきません。そこが若い世代に敬遠されるのでしょう。ですが、できれば若いときに素直に神様を信じ、洗礼を受けることが望ましいのです。大人になると、現実にばかり直面するようになり、現実と取り組むことに精一杯になり、じっくり聖書を読む時間がとりにくくなります。人生の途中でキリスト信仰を受け入れる決心をする方は、しばしば「清水の舞台から飛び降りる」思いで洗礼を受けると言います。

 日本人がキリスト信仰をあまり受け入れない理由には、神様の存在が実感できない、神様を信じる必要性が感じられない(信じなくても困らない)ということもあると思います。現代の日本では、モノも食べ物もあふれており、物質的に満たされています。多くのことが人間の力・特に科学技術の力で解決(改善)されます。そこで神様を信じる必要が感じられないのだと思います。平均寿命がのび、医療も発達し、(問題もあるとはいえ)延命治療も進歩しました。それで「永遠の命」への憧れが薄らいだと言えないでしょうか。また家族や同僚が教会に行かないので、自分も行く理由がないという方も多いと思います。社会全体としてキリストをぜひ信じたいとのムードは稀薄です。神を信じることは弱い人間のすることで、自分は弱い人間ではないので信じないという方もあると思います。そして信じる・信じない以前のこととして、キリスト信仰がどのような信仰なのか、聖書に何か書かれているのか知らない方が多いのです。ですから私たちは、キリスト信仰がどのような信仰か、聖書にどんな御言葉があるか、言葉と行いでいつも伝えて参りたいのです。

2.苦難とキリスト信仰が結びつきやすいのではないか

 お隣の韓国はキリスト信仰が非常に盛んな国ですが、それでも経済発展してからは教会成長が鈍ったと聞いたことがあります。人々がこの世で幸せになると、神様を信じる熱意が薄らぐのです。日本で科学的思考が浸透していることもキリスト信仰を受け入れにくくしています。イエス・キリストが行う奇跡、また復活の記事を読んで、「あり得ない」と感じてしまうのです。そこでイエス・キリストや聖書を、自分に関係ないもの、と思ってしまうのです。そこを乗り越えるには理性では不十分で、やはり聖霊のお働きによって信じることができるようにさせていただくことが必要です。また「イエス・キリスト以外のすべての人が罪人である」という教えが反感を買うこともあると思います。多くの真面目な日本人は、自分は比較的よい人間だと思い、「イエス・キリスト以外のすべての人が罪人である」という教えに反発するのではないかと思います。このようにキリストを信じない理由には事欠かないのですが、それでもあえて決断して信じることが信仰です。

 日本に最初にキリスト信仰をもたらしたのはフランシスコ・ザビエルです。ザビエルは戦国時代の1549年8月15日に、現在の鹿児島市に来着しました。今から460年以上前です。不思議にも戦国の日本でキリスト信仰はあっと言う間に広まりました。形だけのクリスチャン(キリシタン)もいたでしょうが、殉教するほど真剣なキリシタンも少なくなかったのです。戦国時代は庶民にとって希望のない時代だったと思います。畑を作っても戦で荒らされることもあったでしょう。飢饉で飢餓に瀕することもあったでしょう。現世に希望が見出しにくい時代でした。そこで神様、永遠の命に心を向けやすい状態にあったと思うのです。20年くらい前に仙台に行ったとき、市内を流れる広瀬川の河畔にキリシタン殉教の場がありました。「こんな北にまでキリスト信仰が広まっており、殉教者まで出ていたのか」と驚きを覚えました。当時のキリシタンは100万人近くいたとも言われます。今の日本より多いくらいです。当時の人口は今の人口よりかなり少ないのですから、驚くべきことです。豊臣秀吉や徳川家康による迫害があったことも、逆に信仰を燃え上がらせたかもしれません。けれども徳川幕府による徹底的な迫害や鎖国などによって、キリシタンは次第に日本からなくなるように仕向けられました。ですが「隠れキリシタン」によってひそかに明治まで信仰の灯が守り続けられていたのは驚くべき神様の奇跡です(もちろん聖職者も聖書もない中での伝承でしたから、ある程度信仰の変質があったこと否定できないでしょうが)。

 太平洋戦争後にもキリスト教ブームがあったと聞きます。残念ながらブームは一時的だったそうですが、戦後間もなくクリスチャンとなり、伝道者となった方が多くあると聞きます。その方々はそれまで、「天皇のために生き・死ぬことこそ人生の目的」と教えられて来たそうです。ところが敗戦に終わり、自分たちが信じて来た生き方(「天皇陛下のために生きる」)を否定されました。その精神的危機の中で立ち直れなかった方もあるそうですが、ある方々は生き方を探し求める中でキリスト信仰を示され、洗礼を受けてクリスチャンとなり、さらに伝道者となって行かれたのです(その方々が隠退の時期を迎え、今日本の教会は後継者不足に悩まされる時代を迎えています)。

 韓国はキリスト信仰の盛んな国です。熱情的な国民性がキリスト信仰に合っていると感じますが、近代史において苦難が多かったことも現代においてクリスチャンが多いことの1つの理由だと思います。1910年から1945年までは日本の植民地でした。日本は植民地政策で神社参拝を強要しました。純粋なクリスチャンは、「偶像崇拝をすることはできない」と神社参拝を拒否して投獄されました。殉教なさった方々もおられます。これは私たち日本人の罪ですから、心が非常に痛みますし、韓国のクリスチャンの方々に心より謝罪することが大切です。神様が殉教者の血を御心に留めて下さり、朝鮮半島を信仰的に祝福して下さり、多くの人々をクリスチャンとなるように導いて下さったのではないでしょうか。日本による支配が終わると今度は朝鮮戦争(1950年~1953年)により国が南北に分断される悲劇が起こりました。この悲劇の中で人々は懸命に神様に祈ったと思います。その後の韓国では軍事政権が支配し、1980年には多くの市民が犠牲となった光州事件が起こりました。民主化がなされたのは1988年のソウルオリンピックの頃と思います。これらの民衆の苦難の中で、韓国の教会は民衆の味方をしたと聞いています。支配者の側に立たず、貧しい者、苦しむ者の味方に立ったのです。このことによって民衆の信頼を得たと聞きます。このことも韓国で教会が盛んであることの1つの理由と思います。

 軍事政権が支配していた頃、韓国にはガリラヤ教会という教会があったそうです(今もあるかどうか分かりませんが)。この名前にその教会の姿勢が現れていると思います。苦しむ民衆の味方をするという姿勢です。ガリラヤはイエス様が愛され、イエス様が神の国を宣べ伝え、群衆を養い、病人を癒した土地です。イエス様の弟子たちの多くもガリラヤ出身です。ガリラヤには「貧しい民衆・庶民の住む地域」というイメージがあります。教会が身を低くして、ガリラヤで奉仕されたイエス様の姿を模範とすることが、イエス様に喜ばれる道だと思うのです。東久留米教会も今の日本で気持ちの上でそのような教会、「ガリラヤ教会」でありたいと思います(奉仕の姿勢に生きるという意味です)。

 このように歴史を見ると、「苦難とキリスト信仰」が結び付きやすいと感じます。神様が、この世の中で報われず苦難の中にある方々を特に顧みて下さるということがありますし、この世の中で希望を見出しにくい方々が、真の神様に救いを求めることも多くあると思うからです(例外もありますが)。明治維新のとき、東北で戊辰戦争がありました。最も悲惨な運命をたどったと思われるのが会津藩です。薩摩・長州に憎まれて、鶴ヶ城を攻められ、多くの死者を出し敗北しました。生き残った人々は下北半島の斗南(となみ)に送られました。やせた土地で飢餓と戦いながら人々は懸命に生きたそうです。不思議なことに、その会津から明治のキリスト教会を担う人々が出ました。明治学院の責任者になった井深梶之助、同志社の創立に協力した山本覚馬(その妹・八重<2013年のNHK大河ドラマ『八重の桜』の主人公>が同志社の創立者・新島襄の妻)、津田英学塾を援助した山川捨松(女性)、フェリス女学校の若松賎子(『小公子』の訳者。「賎」は「主のはしため」の意味)です。(戊辰戦争より後に生まれた医学者・野口英世も、会津近辺の猪苗代生まれのクリスチャンです。多少人格に問題もあったようですが。)このように負けた側、明治時代の日の当たらない道を生きた会津から、明治のキリスト教会を担う人々が出たことは、神様の導きと思います。

 神様はやはり力ある者ではなく、弱い立場にある人々の味方なのです。次の聖句の通りと思います。「兄弟たち、あなた方が召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選らばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、誰一人、神の前で誇ることがないようにするためです」(コリントの信徒への手紙(一)1章26節~29節)。

 苦難とキリスト信仰が結び付きやすいのは事実と思います(例外もありますが)。戦国時代の日本、お隣の韓国、明治の会津、皆そうです。敗戦直後の日本もそうでしょう。戦争に敗れ、それまでの天皇中心の価値観も崩壊し、真の救いと価値観を求めてクリスチャンになる方が多く出たのです。しかし戦後の日本では経済復興と共にキリスト教ブームは去りました。このことは、私たちが物質的に豊かであり、お金も十分ある時、神様をあまり真剣に求めないことを意味しています。イエス様が、「あなた方は、神と富とに仕えることはできない」(マタイ福音書6章24節)とおっしゃったことと符合します。私たち人間は、満たされているとき、神様をあまり真剣に求めない傾向があります。満たされているときは、真の神様への飢え渇きがないのです。リッチな社会では、真の信仰は低調になりがちです。「貧しい人々は、幸い」(ルカ福音書6章20節)なのです。東久留米教会初代牧師・浅野悦昭先生の奥様・浅野眞壽美先生がおっしゃったというお言葉が思い出されます。「人は順調なときは、あまり教会に来ない。」これは決して皮肉ではなく、長年教会にお住まいでいらした浅野眞壽美先生の実感だったと思います。伝道が進むために必要な条件があるとすれば、その1つは、人々の魂が真の救い、真の神様の愛を求めて飢え渇くことではないかと思います。そしてクリスチャンも、真の神様への飢え渇きを覚えていないと、あまり熱心に祈らなくなる弱さをもっているのではないでしょうか。神様を愛し、聖書を愛して、一生懸命祈るものでありたいと思います。

3.どうすれば日本人への伝道を進めることができるか

 今の日本では、真面目で固い教会には、あまり若い世代が集まらないと感じます。サービスのよい(親切な)教会に人が集まりやすいのかと感じます(毎週昼食が出るなど。この実行はなかなか大変です)。コンサート、バザー、ゴスペルなど楽しめるイベントが多く、楽しい交わりがある教会に人が集まっているように感じます。「それが今の時代に合う伝道なのか。本当にそれだけでよいのか」と考え込んでしまいます。現代は、真面目が敬遠される時代かもしれません。私たちもコンサートを行いますが、コンサートに来て下さる方が、礼拝に定着し、求道し、洗礼を受け、教会員として歩むようになられることを切に祈ります。日本伝道の長期戦略を語るならば、教会付属保育園・幼稚園の働きは非常に重要と思います。そこでは聖書の話が自由にできますし、保護者も教会につながりやすくなるからです。

 日本の宗教は、何をどう信じているのかあいまいであることが特徴です。もちろん僧侶や神主の方々は仏教や神道の教えの内容をよくご存じと思いますが、一般の日本人は仏教や神道の教えの内容をよく知りませんし、学びたいとも願う人は少ないと思います。あいまいであることが歓迎されています。日本人は理屈っぽい信仰が好きでないように思います。その日本に私たちは明確な信仰告白をもつキリスト信仰を持ち込もうとしています。ですから反発を受けることもありました。「イエス・キリストは私たちの罪を身代わりに背負って十字架で死なれ、三日目に復活された。このイエス・キリストを自分の救い主と信じ、告白する人には永遠の命が与えられる。」これは真理ですが、多くの日本人にとっては聞いたことがないこと、信じてよいかどうか分かりにくいことです。これが真理であることを、私たちが言葉と行いをもって伝えたいと思います。

 理想を言えば、私たちがクリスチャンとして自覚をもって生き、「地の塩、世の光」(マタイ福音書5章13~14節)として、イエス・キリストの真似をしてひたむきに生きることが、身近な人々を感化し、伝道になるのではないかと思います。教会では大人も子どもも、礼拝や祈祷会と共に、聖書を学ぶことが大切であり、聖句暗唱にも積極的に取り組むとよいと思います。最近、渡辺和子シスターの『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎刊)という本が東久留米市の書店でも非常によく売れているようです。この方は尊敬されています。このような本が売れているのですから、聖書のメッセージが日本に浸透することは十分あり得ることです。一生懸命伝道に励みたいものです。私たち一人一人がクリスチャンとして、自覚を強くもって、しっかりと生きることが伝道になるはずと信じています。

2014-01-08 23:50:33(水)
「あなたがたは神の子」 2014年1月5日(日) 降誕節第2主日礼拝説教
朗読された聖書:申命記5章1~22節、ガラテヤの信徒への手紙3章21~4章7節

「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。」(ガラテヤの信徒への手紙3章26節)

 このガラテヤの信徒への手紙を書いたのは、イエス様の弟子・使徒パウロです。小見出しには「奴隷ではなく、神の子である」と書かれています。イエス・キリストを救い主と信じて洗礼を受けた人は神の子とされているということです。私たちはイエス・キリストの十字架の犠牲の死と復活のお陰で、神の子とされているのです。その前に長い旧約聖書の時代がありました。神様がイスラエルの民に律法(神様の戒め)をお与えになりました。律法の代表がモーセの十戒です。律法・モーセの十戒には積極的な役割があります。神様の民がそれを守って、神様の御心に適うよい社会を作る役割です。但し、私たちは皆、罪人なので律法を完全に守ることができません。私たちは律法を読むごとに、自分が律法を守りきることができないことをはっきりと知るのです。自分が罪人であるとの自覚が生じるのです。私たちが自力で天国に入ろうとするならば、律法を100%守る必要があります。99%でもだめです。それがおできになるのはイエス様だけです。私たちは罪人で、律法を100%守ることができないので、自力では天国に入ることができないのです。

 本日の旧約聖書は、申命記5章1節から22節です。モーセの十戒は旧約聖書の出エジプト記20章と申命記5章に記されています。ほとんど同じですが、少し違う部分もあります。本日はその違いを特に取り上げるつもりはありません。ある人は、十戒の一つ一つの戒めを唱えるごとに、「主よ、憐れみたまえ」と祈るそうです。十戒の一つ一つを唱えるごとに、自分がその一つ一つを100%実行できていない事実を自覚するからです。「主よ、憐れみたまえ」とは、「主よ、この戒めを守れない私の罪をお赦し下さい」ということです。悔い改めの祈りに近いでしょう。

 十戒の第一の戒めは、「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」ですが、これを唱えると、私たちは自分がこの戒めを守りきれていないことに気づきます。そこで「主よ、憐れみたまえ」と祈るのです。あるいは第八の戒め「盗んではならない」と唱えるごとに、私たちは自分がこの戒めを守りきれていないことに気づいて、「主よ、憐れみたまえ」と祈るのです。私たちが泥棒することはありませんが、私たちは経済的に豊かな国に住んでおり、お金の力で世界のほかの地域の資源を必要以上に買い占めて、それで豊かな生活をしているかもしれないのです。神様はそれを盗みと見ておられるかもしれないのです。東久留米教会初代牧師・浅野先生の奥様・浅野眞壽美先生の愛唱讃美歌の1つが「キリエ エレイソン(主よ、憐れみたまえ)」だったと伺った記憶があります。12世紀のグレゴリオ聖歌ですね。「神よ、罪人のわたしを憐れんでください」との徴税人の祈りを思い出します(ルカによる福音書18章13節)。

 今年は2014年で、3年後の2017年はマルティン・ルターの宗教改革開始からちょうど500年になります。ルターがドイツのヴィッテンべルク城の教会の門扉に「95ヶ条の提題」を貼り出して、当時のカトリックのあり方に疑問を呈したのが宗教改革の始まりと言われます。その第一条は大切です。「私たちの主であり、師であるイエス・キリストが『悔い改めよ』と言われたとき、それは私たちの全生涯が日々悔い改めであることを求められたのである。」当時のカトリック教会が真実な悔い改めを忘れていたのではないでしょうか。しかしそれは他人事ではなく、今の教会も悔い改めを忘れてはいけないのです。残念ながら私たちは、聖なる神様からご覧になると毎日罪を犯していますから、毎日自分の罪を悔い改めることが必要です。「主の祈り」でも、「我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」と祈っている通りです。私たちは、悔い改めの前提となる罪をどのようにして知ることができるのでしょうか。それはモーセの十戒をはじめとする神様の律法を学ぶことによってです。律法を学ぶことによって私たちは、自分が律法を守りきっていないことを悟り、自分が罪人であることを悟るのです。

 ガラテヤの信徒への手紙3章21節の後半にこう書かかれています。「万一、人を生かすことができる律法が与えられたとするなら、確かに人は律法によって義とされたでしょう。」律法は聖なる善いものですが、私たちが律法を実行することで「神様の前に義とされる」、「神様の前に正しいとされる」ことはないのです。私たちが罪人であるからです。「しかし、聖書はすべてのものを罪の支配下に閉じ込めたのです」(22節)。この「聖書」は旧約聖書、そして律法を指します。「律法はすべてのものを罪の支配下に閉じ込めたのです。」律法が、私たちに自分が罪人であることの自覚を与えるということです。自分が罪人であって、このままでは救われない、天国への道が開かれないと知ると私たちは、「それでは自分が救われるにはどうすればよいのか」と考えます。「自分を救って下さる救い主はいないか」と、探し求めます。もし答えがなければ、本当につらいですね。ですが感謝なことに神様は、この真剣な問いへの答えを用意しておられたのです。今やどなたがその救い主なのか、明らかにされました。イエス・キリストです。

 「聖書はすべてのものを罪の支配下に閉じ込めたのです。それは、神の約束が、イエス・キリストへの信仰によって、信じる人々に与えられるようになるためでした」(22節)。「神の約束」とは、神様がイスラエルの先祖アブラハムに与えられた祝福を、世界の全ての民族に及ぼす約束です。神様は創世記でこのことを約束されました。イエス・キリストを救い主と信じるすべての人々に、この祝福が与えられるのです。「信仰が現れる前には(『イエス・キリストが現れる前には』と言い換えてもよいと思います)、わたしたちは律法の下で監視され、この信仰が啓示されるようになるまで(『イエス・キリストが啓示されるようになるまで』)、閉じ込められていました」(23節)。つまり、イエス・キリストが現れるまで、私たち人間は律法の下で、罪の自覚は生まれるが、救いの道が示されない状態で閉じ込められていた、ということです。

 「こうして律法は、わたしたちをキリストのもとへ導く養育係となったのです。わたしたちが信仰によって義とされるためです」(24節)。ここに律法の大切な役割が明らかにされました。律法は、わたしたちを救い主イエス・キリストのもとへ導く養育係なのです。律法は、私たちに罪の自覚を与え、そして救い主キリストへ導く養育係なのです。私たちがイエス・キリストを信じて、すべての罪の赦しを受け、永遠の命を受けるためです。「しかし、信仰が現れた(救い主イエス・キリストが現れた)ので、わたしたちはこのような養育係の下にはいません」(25節)。私たちは律法の下から、愛の救い主イエス・キリストの下に移ったのです。 

 そして26節です。「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼(バプテスマ)を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。」これは恵み深い御言葉です。イエス・キリストを救い主と信じて洗礼(バプテスマ)を受けた人は皆、神の子とされているのです。モーセの十戒を守ることができない私たちですが、ただイエス・キリストを信ずる信仰によって、「神様の前に義とされる」、「神様の前に正しい者とに認められる」、「救われる」、「天国を約束される」のです。私たちが聖餐式の時に唱える日本基督教団信仰告白で次のように告白している通りです。「神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪を赦して義としたもう。」

 私たちはイエス・キリストを信じても、自分の罪がなくなるわけではありません。
残念ですが依然として罪人です。しかし父なる神様は、イエス・キリストという衣を着ている者として、私たちを見ていて下さいます。父なる神様は、救い主イエス・キリストを通して私たちを見て下さいます。ですから、父なる神様の目にはイエス・キリストに包まれた私たちが見えているのです。イエス様は神の子ですから、父なる神様は私たちをも神の子と見なして下さっているのです。今既に、です。もちろんイエス様と私たちは、共に神の子であると言っても、違いもあります。イエス様は最初から神の子ですが、私たちはイエス様の十字架の犠牲の愛のお陰で、後から神の子にならせていただいたのです。天の父がお父様でイエス様が長子、私たちはイエス様の弟妹です。こうして私たちは「神様の家族」です。

 先日12月21日(土)にこの会堂で行ったクリスマスチェロコンサートで、チェロを演奏された井上とも子先生がなさったお話を思い起こします。井上先生は、津波の大きな被害を受けた石巻市にある教会で複数回コンサートをなさいましたが、コンサートの際に、あの津波でご主人を失い、その後別の家族をも亡くされた女性に出会われたそうです。その女性は当然、深い悲しみの中におられました。その後、その方が教会で洗礼をお受けになったということでした。神様の子となられ、教会という神様の家族の一員となられた。そのようなお話でした。神様がその女性に、上よりの慰めをさらに豊かにお送り下さるように、心よりお祈り致します。

 私たちが神の子とされていることに関して、ヨハネの手紙(一)3章1節以下に、次の恵みの御言葉が書かれています。「御父がどれほど私たちを愛してくださるか、考えなさい。それは、私たちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。~愛する者たち、わたしたちは今既に神の子ですが、自分がどのようになるかは、まだ示されていません。しかし、御子(イエス様)が現れるとき(もう一度おいでになる再臨のとき)、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからです。御子にこの望みをかけている人は皆、御子が清いように、自分を清めます。」 イエス様がもう一度おいでになるとき、私たちはイエス様のご人格に似た一人一人になるのです。だからと言って、一人一人の個性がなくなるのではないでしょう。それぞれの個性を持ちながら、同時にイエス様のご人格に似た一人一人に作り変えられるのです。そしてイエス様に直(じか)にお目にかかるのです。私たちにはこのような光栄が約束されています。感謝です。

 前の会堂のときは、礼拝前に小グループに分かれて祈祷会を行っていました。ある日、今は天国におられるKさん(男性)とお祈り致しました。Kさんは祈りの中で。「あなた(イエス様・父なる神様)に直(じか)にお目にかかるときまで」と言われました。私は「Kさんは、天国でイエス様に直(じか)にお目にかかると信じる信仰に生きておられるのだな」と心に残りました。コリントの信徒への手紙(一)13章13節にも次のように記されています。「そのとき(神の国の完成のとき)には、顔と顔を合わせて見ることになる」と。私たちがイエス様と直(じか)にお会いするのです。
 
 ガラテヤの信徒への手紙に戻ります。「そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人(異邦人・外国人の代表)もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」(28節)。ユダヤ人は確かに神の民です。しかし今や、ユダヤ人でない人々・異邦人(外国人)も、イエス様を救い主と信じるならば神の民になれるのです。私たち日本人はユダヤ人から見れば異邦人ですが、イエス様を信じることで神の民になることができるのです。もはやユダヤ人と異邦人の別はないのです。

 戦国時代の代表的なキリシタン大名に高山右近がいます。高山右近は自分の領内で誰かが亡くなると、それが農民であっても、領主自らその棺を担いだといいます。「神の国では、領主も領民もない。皆平等だ」と信じ、そのように実行したそうです。現代では当たり前の考えですが、戦国時代ではこのような大名はほとんどいなかったでしょう。高山右近は、豊臣秀吉に信仰を捨てるように求められても信仰を捨てず、大名の地位を捨てました。最後まで信仰を捨てず、晩年に徳川家康によってフィリピンのマニラに追放されました。「ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません」という御言葉から、今の高山右近のエピソードを思い出しました。

 私たちが神の子とされていることを感謝し、イエス様を救い主と信じて神の子とされる方々が、さらに起こされるように祈って参りましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。