日本キリスト教団 東久留米教会

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2015-08-26 0:35:17(水)
「あなたの神はわたしの神 ルツ記①」 2015年8月23日(日) 聖霊降臨節第14主日礼拝説教
朗読聖書:ルツ記1章1~22節、マタイ福音書1章1~6節前半。
「あなたの神はわたしの神。/ あなたの亡くなる所でわたしも死に/ そこに葬られたいのです」(ルツ記1章16~17節)。

 毎月一回、旧約聖書から御言葉に聴く礼拝を献げています。出エジプト記が終わりましたので、次のレビ記に進むことも考えました。少し方法を変えて、ルツ記を4回シリーズで取り上げることに致しました。8月から11月頃まで月一回取り上げたいと考えています。

 1章は3つの小見出しに分けられています。小見出しは絶対的な区分ではなく、目安ですが、分かりやすいので、小見出しごとに読んで参りましょう。最初の小見出しは、「残されたナオミ」です。時代は1節に「士師が世を治めていたころ」とありますから、紀元前12世紀頃と思われます。ダビデ王の時代より暫く前です。主人公のルツという女性は、ダビデ王の曾祖母になる人です。その義母がナオミという女性です。士師とは、イスラエルが王によって治められる前の時代に、神様がお立てになったカリスマ的リーダーです。士師が死ねば、神様によって血縁関係のない別の士師が立てられて、イスラエルを治めるのが通例でした。

 (1~2節)「士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。その人の名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの地に着き、そこに住んだ。」私たちはベツレヘムという地名をよく知っています。ダビデ王の出身地であり、ルツ記の時代からおそらく1100年ほど後に、イエス様が誕生なさる地です。ベツレヘムとは、「パンの家」の意味です。麦がよくとれた土地だったのしょう。ベツレヘムは死海の西北にありますが、モアブは死海の東側にあります。モアブは外国です。夫エリメレク、妻ナオミ、息子たちマフロンとキルヨンの四人家族は、飢饉の苦しみを逃れて、外国モアブに逃れたのです。ナオミは、「快い」という意味だと、1章20節にあります。

 飢饉はもちろん食糧難に直結します。太平洋戦争後の食糧難を経験された方々が、ここにもおられます。ひもじいことは、とにかく辛いことであるに違いありません。
さらに苦難が襲います。(3節)「夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。」大きな試練です。(4~5節)「息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツと言った。十年ほどそこに暮らしたが、マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。」大変な試練です。「神も仏もあるものか」と言いたくなるような状況です。ナオミは涙が枯れるほど泣いたことでしょう。それが当たり前です。なぜ三人が亡くなったのか、原因は書かれていないので分かりません。この時は戦争が行われたのではありませんが、一旦戦争が行われると、これに似た家庭が数多く生れてしまいます。それを防ぐためにも、戦争をしてはならないということをも、ここを読むと感じます。この時は、戦争が行われたのではありません。しかしイスラエルを飢饉が襲って食糧が不足していました。現代の日本に暮らす私たちより、はるかに生存に厳しい時代だったに違いありません。

 「なぜ、こんなに辛い試練をお与えになったのですか?」と、神様に必死で訴えずにはいられない、辛過ぎる試練です。旧約聖書の中で、試練を受けた人の代表といえば、ヨブ記のヨブでしょう。ヨブは試練を受けたとき、はじめのうちはこのように語りました。「わたしは裸で母の胎を出た。/ 裸でそこに帰ろう。/ 主は与え、主は奪う。/ 主の御名はほめたたえられよ。」 「わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸をもいただこうではないか。」 これも確かにヨブの本音でしょうが、あまりの辛さにヨブはこのようにも言います。「わたしの生まれた日は消えうせよ。/ 男の子を身ごもったことを告げた夜も。/ その日は闇となれ。」
自分は生まれて来なければよかった、と言ったのです。

 ナオミもそれに近い気持ちだったのではないでしょうか。なぜ次々とこんなに厳しい試練に襲われたのでしょうか。「神様、一体なぜですか」と叫ばずにはおられないのです。しかも神様から直接の答えが来ないのです。今のナオミは、夫と二人の息子に先立たれる不幸に絶望して、暗闇しか感じ取ることができないに違いありません。非常に深く傷ついています。「十年間モアブという外国に来て、精一杯生きた。しかし十年間の努力がすべて無に帰した。この十年間の努力は徒労だった。自分の人生そのものが無意味なのではないか。もう自分には何の希望も残されていない。」このような気持ちだったと思うのです。

 人生には、分からないこと、不条理があります。謎があると言ってもよいでしょう。暫く前に聞いたのですが、ある教会に「謎の会」という会があるそうです。人生にも信仰にも謎がある。それについて率直に語り合う会のようです。語り合っても簡単に答えは出ないでしょうし、むしろ簡単に答えを出さない方がよいのかもしれません。ある人はこのような「分からないこと」、「謎」を「神秘」と呼んでおられます。神秘は、「神の秘密」と書きます。神様の何か深い深いお考えがある、ということではないでしょうか。それが分かるには、深い祈りと時間が必要ではないでしょうか。すぐには分からないのです。神様がその神秘への答えを握っておられます。私たちが天国に入れていただいたときに、神様はすべてを分からせて下さると思うのです。神様は天国で、私たちの目の涙をことごとくぬぐい取って下さる、もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない、とヨハネの黙示録に書かれています。ヨブ記においても、神様はヨブの全力の問いかけに、懇切丁寧な答えを与えて下さってはいません。神秘には人知を超えた部分があり、今の段階では神様にしかお分かりにならない部分が確かにあるのだと思います。しかし私たちが天国に入れていただくときに、神様は私たちの全ての涙をぬぐい、分からないこと、謎、神秘への答えを与えて下さると思うのです。

 古代イスラエルの文学には、「隠れた神の導きの御手」というテーマがあると聞きます(左近淑『旧約の学び 下 ルツ物語・ダビデ王物語』日本キリスト教団出版局、2004年、11ページ)。ルツ記でも、神様が直接登場なさる場面はありません。神様の発言もありません。しかし確かに、目に見えない神様の導きによって、事柄が一歩一歩進んで行くことが読み取れます。絶望から始まって、回復・再生・希望へと一歩一歩導かれるのです。目に見えない同じ神様の導きが、今の私たち一人一人にも与えられていることを、信じます。

 (6~7節)「ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民(イスラエル)を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。」ナオミは全てを失ったと思い、希望を失っていますが、二人の嫁が着いて来ているところに、なお神様の恵みが残されているのではないでしょうか。嫁という言葉は、現代の日本ではあまりなじまない言葉ですね。男女差別的な言葉だとお考えの方もあると思います。しかし私がこの説教で家父長制を強調しようとしているのではありませんし、嫁に代わる適切な言葉も見つからないので、この言葉を用いさせていただきます。

 次の小見出しは、「ルツの決意」です。(6節後半~10節)「故国ユダに帰る道すがら、ナオミは二人の嫁に言った。『自分の里に帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。』ナオミが二人に別れの口づけをすると、二人は声をあげて泣いて、言った。『いいえ、御一緒にあなたの民のもとへ帰ります。』」 「慈しみ」と訳されている言葉は、ヘブライ語で「ヘセド」です。「ヘセド」という言葉は旧約聖書に252回も登場するそうです。それだけ重要な言葉なのです。神様のご性質を表す重要語です。日本語では「慈しみ」、「憐れみ」、「真実」、「誠実」、「敬虔」などと訳します。英語ではmercyと訳すことが多いようです。出エジプト記34章6節に、神様のご性質が次のように表現されています。「主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみ(ヘセド)とまことに満ち~。」ヘセドは、このルツ記の重要な言葉でもあります。ヘセドは、人間に用いられることもある言葉です。ルツと結婚することになるボアズという男性が、3章10節でルツに言います。「今あなたが示した真心は、今までの真心よりまさっています。」「真心」の原語がヘセドです。「真心」と訳すこともできるのですね。

 ナオミはオルバとルツに言います。「どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。」ナオミは辛い中にあっても、なお二人の嫁に精一杯の思いやりと愛情を示しています。ルツは、マフロンの妻であったことが、4章10節から分かります。二人の嫁は声をあげて泣き、自分たちもナオミの故郷イスラエルに行って住む、姑を一人にはしないと口々に言います。お互いを思いやっている、実に麗しい光景なのです。ルツという名前は、「潤い」という意味ではないかとされています。ルツ記のポイントは、人と人との会話だと言います。主な登場人物(ナオミ、ルツ、ボアズ)が発する言葉は、思慮深く、相手への豊かないたわりを感じさせるのです。私たちも見習いたくなるような配慮に満ちた言葉が多いのです。

 11~12節は、当時のイスラエルの習慣であったレビラート婚を前提とした言葉です。レビラートという言葉はラテン語で「義兄弟」を意味するそうです。レビラート婚という言葉自体は旧約聖書にありませんが、どのようなものかの説明はあります。申命記25章5~6節にこう書かれています。「兄弟が共に暮らしていて、そのうちの一人が子供を残さずに死んだならば、死んだ者の妻は家族以外の他の者に嫁いではならない。亡夫の兄弟が彼女のところに入り、めとって妻として、兄弟の義務を果たし、彼女の産んだ長子に死んだ兄弟の名を継がせ、その名がイスラエルの中から絶えないようにしなければならない。」ナオミの二人の嫁の場合は、ナオミの息子と再婚しなければならないわけですが、二人の息子が亡くなって三人目の息子はいないので、亡夫の兄弟という再婚相手はいないことになります。もしレビラート婚の習慣に従って二人の嫁が再婚するのであれば、まずナオミが再婚してもう一人息子を産むことが必要ですが、もちろん現実的ではありません。このことを理解すると、11~12節のナオミの言葉が分かります。

 「ナオミは言った。『わたしの娘たちよ、帰りなさい。どうしてついて来るのですか。あなたたちの夫になるような子供がわたしの胎内にまだいるとでも思っているのですか。わたしの娘たちよ、帰りなさい。わたしはもう年をとって(50才くらいでしょうか?)、再婚などできません。たとえ、まだ望みがあると考えて、今夜にでもだれかのもとに嫁ぎ、子供を産んだとしても、その子たちが大きくなるまであなたたちは待つつもりですか。それまで嫁がずに過ごすつもりですか。わたしの娘たちよ、それはいけません。あなたたちよりもわたしの方がはるかにつらいのです。主の御手がわたしに下されたのですから。』」 ナオミの別の息子と結婚できない以上、二人の嫁はナオミの家から解放され、ナオミから去って構わないのです。ナオミは二人を思いやって「去ってよいのですよ。新しい人を見つけて再婚し、幸せになりなさい」と告げたのです。

 オルパも姑ナオミを愛していましたが、ナオミの言葉を受け入れてナオミたちと別れます。オルパが冷たいのではありません。オルパはナオミの思いやりある勧めに従ったのです。(14節)「二人はまた声をあげて泣いた。オルパはやがて、しゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツはすがりついて離れなかった。」ナオミはなおもルツの幸せを願って、ルツの故郷モアブで暮らすように勧めます。(15節)「ナオミは言った。『あのとおり、あなたの相嫁は自分の民、自分の神のもとへ帰って行こうとしている。あなたも後を追って行きなさい。』」しかしルツはナオミを深く愛しているのです。自分の意志でナオミに着いて行くと表明するのです。年老いて行くナオミを見捨てない、自分のふるさとでの再婚の幸せを捨てて、外国イスラエルに行きます、初めての外国暮らしの苦労も厭わないと語るのです。

 (16節)「ルツは言った。『あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民/ あなたの神はわたしの神。/あなたの亡くなる所でわたしも死に/ そこに葬られたいのです。/ 死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。』」 健気で思いやりに満ちた真実な言葉で、私たちもこれを読んで心を打たれます。ルツは「主よ」と言っています。ナオミの神、真の神です。ルツはモアブ人です。モアブ人にはモアブ人の信じる神がありました。わたしたちから見れば偶像ですが、それはともかく、ここで重要なのは、ルツがナオミに「あなたの神はわたしの神」と表明している、ルツのナオミへの真実な愛に違いありません。ルツは心優しく、強い意志を持つ女性です。「隣人を自分のように愛しなさい」という神様の御言葉を実践しているのです。(18~19節)「同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた。二人は旅を続け、ついにベツレヘムに着いた。」

 第三の小見出しは、「うつろな帰国」です。ナオミの10年ぶりの帰国、はベツレヘムの人々のニュースとなりました。(19節後半~21節)「ベツレヘムに着いてみると、町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけてくると、ナオミは言った。『どうかナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者(神)がわたしをひどい目に遭わせたのです。出て行くときは、満たされていたわたしを/ 主はうつろにして帰らせたのです。/ なぜ快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。/ 主がわたしを悩ませ/ 全能者がわたしを不幸に落とされたのに。』」 ナオミの本音でしょう。ナオミは自分の人生を呪っています。「神様、なぜわたしをこんなひどい目に遭わせたのですか」と叫び、神様に怒りをぶつけ、抗議しているとさえ感じます。確かに神様は沈黙しておられ、ナオミの必死に叫びに直接答えてはおられません。しかしナオミにはルツが着いて来ています。そこに神様の配慮が確かにあるのです。

 (22節)「ナオミはこうして、モアブ生まれの嫁ルツを連れてモアブの野を去り、帰って来た。二人がベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れの始まるころであった。」時期もよかったのです。収穫が始まる時期、何とか食物を手に入れることができそうな時期です。ここにも神様のひそかな愛のご配慮が働いています。神様はナオミを決して見捨てておられません。なおナオミを守っておられます。いと小さき者を愛する神が共におられる。物ではなく、この神様だけが私たちの真の希望です。ナオミは確かにどん底に落とされました。しかしここから、目に見えない神様が一歩一歩回復・希望へ導いて下さいます。

 7月19日(日)の礼拝後に、教会の2階で見たDVD・土井敏邦監督『被災地に来た若者たち』の一場面を思い出しました。仙台にある日本キリスト教団の(東日本大震災の)被災者支援センター・エマオに来てボランティア活動をした若者たちの記録です。ボランティアも一つ間違えれば自己満足になってしまいます。そのことはよく心に留める必要があります。しかしそれでも、仙台の海岸近くで津波の被害を受けられた男性Kさんの次の言葉を、ありがたく聴きました。「落ち込むところを手伝ってもらって、皆さんが手伝ってくれる姿を見て、それが一番私の背中を押した。一年前(2011年)に震災に遭って、一ヶ月、二ヶ月過ぎて、水たまりになっているところ、ヘドロ出してやっからと縁の下に入ってもらったときに、何とも言えない気持ちになった。皆さんに出会ったということが、今までの自分の社会人としての出会いとはまた違った意味で、私のこれからの人生の宝物になった。希望を持たせてもらいました、ほんとに。長いつきあいになると思います。」津波は非常に不幸な出来事で、もちろん起こらない方がよかったに決まっていますが、地元の方々とボランティアの人々との出会いという、人の思いを超えた神様の導きもあったのではないでしょうか。

 ルツ記は、非常に肩を落としたナオミを、神様がルツを通して慰める物語と思います。この小さな家族の大きな苦しみとささやかな喜びに、神様が深く細やかな関心を寄せて下さっています。神様はこの小さな家族を確かに見守っていて下さいます。私たちもをも見守っていて下さいます。

 本日の新約聖書はまさに冒頭、マタイによる福音書1章1節から6節の前半です。イエス・キリストの系図です。5節にルツの名が出ます。ユダヤ人の系図ではユダヤ人の男性の名前だけが書かれることが多く、外国人でしかも女性のルツの名が書かれるのは異例と言われます。でも神様は、その社会で底辺に生きる一人一人をも、心に深く留めていて下さることが、外国人で女性のルツの名がこの系図に書き込まれていることで、示されているのではないでしょうか。(5~6節前半)「サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた。」そしてこの系図の最後で、救い主イエス・キリストが誕生なさるのです。救い主の系図に名前を書き込まれる栄誉をルツは受けたのです。ルツはダビデ王の曾祖母となり、イエス様の父ヨセフの先祖ともなったのです。

 ルツの人生にもナオミの人生にも、神様が全世界を救おうとなさっている遠大なご計画の中で、確かに位置と役割と意味が与えられています。私たち一人一人もいと小さき者ですが、神様のご計画の中で確かに使命を与えられており、神様の心にしっかりと刻まれています。神様は私たち一人一人に、深くて細やかな関心を寄せて下さっています。それこそが私たちの喜びです。この神様と、祈りによって深く交流しつつ、自分に与えられた使命・務めを喜んで果たしたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。

2015-08-25 13:01:13(火)
「平和の鐘」 8月の聖書メッセージ 石田真一郎
「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」
(イエス・キリストの言葉。新約聖書・マタイによる福音書5章44節) 

 「八月は 六日九日 十五日」と言います。六日は広島の原爆の日、九日は長崎の原爆の日、十五日は敗戦の日です。八月は平和への祈りを特に強める月です。私は、平和憲法は神様から日本へのプレゼントと信じています。この貴重なプレゼントを守る必要があります。私の両親は、子ども時代に戦争を経験しました。私はその話を聞いて育ちました。「なぜ戦争に反対しなかったのか」と質問しましたが、とても反対できる状況ではなかったのでしょう。しかし今は言論の自由があるので、市民も意志表示できます。「憲法九条にノーベル平和賞を」の動きがあります。実現を祈ります。

 私がお世話になった牧師は、次の体験をされました。敗戦の翌年、千葉の原っぱに無数の戦車が集められたそうです。それが農業トラクターに改造されたそうです。戦争の武器が平和の道具に変えられたのです。神学校(牧師を養成する学校)の先生が感嘆し、「聖書の言葉は本当でしたね」と言ったそうです(辻宣道牧師著『教会生活の四季』日本キリスト教団出版局、より)。「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(旧約聖書・イザヤ書2章4節)。ニューヨークの国連本部の前庭に、剣を鋤に打ち直すためにハンマーを振る男の像があり、この言葉の前半が刻まれているそうです。世界平和の目標を表します。

 戦争中の日本は逆を行いました。市民の持つ金属、寺や教会の鐘までも供出させ、「鋤を剣に、鎌を槍に」して戦争しました。日本キリスト教団福島教会の鐘も供出され、武器にされたかと思われましたが、不思議に溶かされず、戦利品としてアメリカに持ち去られました。ところがアメリカの教会の人が教会の鐘と気づき、「神様の教会の鐘を持って来てしまうとは、何ということをしたのでしょう。返しましょう」となり、返還されました。教会員も市民も喜んだそうです。新聞は書きました。「鳴る、鐘が鳴る、自由と平和のシンボル。」「奇跡の鐘」と呼ばれました。福島教会は東日本大震災で損壊しましたが、今年再建完成、あの鐘も鳴っているそうです。日本が武器輸出など決してせず、世の終わりまで戦争しない国として、歩み通すことができますように。アーメン(「真実に、確かに」)。

2015-08-10 19:44:14(月)
「霊と真理による礼拝」 2015年8月9日(日) 聖霊降臨節第12主日礼拝説教
朗読聖書:詩編51編19節、ヨハネ福音書4章1~42節。
「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」(ヨハネ福音書4章24節)。

 有名な箇所です。(1~3節)「さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼(バプテスマ)を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、―洗礼(バプテスマ)を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである―ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。」イエス様の人気が高まっていたのです。それはユダヤの信仰の主流派ファリサイ派の人々のねたみを引き起こす可能性が高いのです。それでイエス様はファリサイ派の人々との衝突を避けるために、一旦ユダヤから退かれ、育たれたガラテヤに戻る決断をされました。(4節)「しかし、サマリアを通らねばならなかった。」ユダヤもサマリアも同じイスラエルの中にありますが、しかし両地の人々は、これまでの歴史の中での様々な行き掛かりのため、互いに反目し憎み合っていました。

 イエス様はユダヤ人ですが、イエス様はサマリア人を憎んでおられません。イエス様は「敵を愛しなさい」とおっしゃるお方です。イエス様はもちろんサマリア人をも愛しておられます。ですからイエス様がサマリアを通ることを嫌だとお考えだったのではありません。しかし相手のサマリア人はユダヤ人を憎んでいますから、サマリアを通ることがイエス様一行にとって危険だった可能性はあります。それで「サマリアを通らねばならなかった」と書かれているのではないかと思います。

 (5~6節)「それで、ヤコブ(旧約のイスラエル民族の偉大な先祖の一人)がその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。」4つの福音書の中で、「イエス様がお疲れになった」とはっきり記しているのは、ここだけです。イエス様は悪魔の誘惑に耐えて40日40夜の長きに渡って飲食を断つことがおできになる強い肉体をお持ちでした。しかし私たちと同じ肉体、働けば疲れる肉体をお持ちの方であることが分かるのです。ここに井戸が出て参ります。イスラエルとその周辺には乾燥した場所が多く、井戸は人が生きるためにどうしても必要な場です。ですから、旧約聖書でも井戸は重要な出会いの場となっています。ここでも井戸が非常に大事な出会いの場となります。井戸は水をくむ場所。この場面、水が重要な意味をもちます。

 (7~8節)「サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、『水を飲ませてください』と言われた。弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。」この地方は暑いので、正午に水くみはしないのが常識だそうです。普通は涼しい時間帯に水くみをしたそうです。にもかかわらず、この女性が正午ごろに水をくみに来たことは、彼女が人目を避けて暮らしていたからだと言われます。彼女の後ろめたい事情は、あとでイエス様によって明らかにされます。イエス様はご自分からへりくだってこの女性に声をかけられます。「水を飲ませてください。」この女性が隠している事情を見抜き、この女性を罪の赦し、真の救い、永遠の命へ招くことを願われたからです。女性が驚いて言います。(9節)「『ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか。』ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。」イエス様がユダヤ人であることは、女性にはすぐ分かりました。ユダヤ人の男がなぜかサマリアに来ている。それだけでも意外で、まして声をかけられるはずなどない、と思ったはずです。それなのにイエス様が敵意も示さず、「水を飲ませてください」とへりくだって言われたので、女性は面くらいました。

 イエス様は、彼女が声かけに応えたのをきっかけに、神様の深い恵みを伝える対話へ彼女を導こうとされます。(10節)「イエスは答えて言われた。『もしあなたが、神の賜物を知っており、また、「水を飲ませてください」と言ったのがだれであるかを知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。』」 「神様が与えて下さる生きた水」、これがこの対話のテーマです。この女性には、この深い真理がなかなか飲み込めません。(11~12節)「女は言った。『主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父(先祖)ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から飲んだのです。』 「どこからあなたはその生きた水を手にお入れになるのですか。」それは地上の水・H2Oではないのです。天から来る、父なる神様から来る生きた水、神の聖なる愛の霊、聖霊のことです。彼女は先祖ヤコブに誇りを持っていました。ヤコブと一族がこの井戸から水を飲み、子孫の自分たちもこの井戸から水を飲めることを誇りと考えていました。彼女にとって先祖ヤコブこそ、偉大な人物です。しかし彼女はイエス様に威厳を感じたのでしょう、「あなたは、わたしたちの父(先祖)ヤコブよりも偉いのですか」と尋ねました。その通りです。ヤコブはイスラエル人とサマリア人の共通の先祖で、神様の恵みを受けましたが、欠点も多い人物でした。イエス様は違います。イエス様は欠点も罪も全くない清いメシア(救い主)、神の子であられます。

 イエス様が決定的なことを語られます。(13~14節)「イエスは答えて言われた。『この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。』」 水がわき出る場所は湧水です。東久留米教会のわずか60メートル先に南沢湧水があります。あの水に入ると、夏は冷たくて気持ち良いですね。生き返る心地がします。しかしあの水もH2Oです。その時だけ私たちを潤してくれますが、永遠に潤す力はありません。イエス様が与えて下さる水、永遠の命に至る水、それは神様の聖なる愛の霊・聖霊です。日常生活で飲む水とは違います。サマリアの女は、「永遠の命に至る水」という魅力的な水のことを聞いて、それが欲しくなりました。しかし彼女はまだそれが聖霊だとは分かっていません。地上に一回飲むと渇かない便利な水があるらしいと思ったのです。それがあれば、この水くみのきつい労働から解放される。そう思ってこの話に飛びつきました。(15節)「女は言った。『主よ、渇くことがないように、また、ここに水をくみに来なくてもいいように、その水をください。』」

 しかし、永遠の命に至る水を受けるためには、まず彼女が自分の罪と向き合い、罪を悔い改める必要がありました。それでイエス様は、(愛をもって)彼女が隠している部分に踏み込まれます。(16~18節)「イエスが、『行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい』と言われると、女は答えて、『わたしには夫はいません』と言った。イエスは言われた。『「夫はいません」とは、まさにそのとおりだ。あなたには、五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたはありのままを言ったわけだ。』」 私たちは、自分の心の最も深いところで、神様・イエス様と出会うのだと思います。それはしばしば人に言えないこと、隠しておきたいことをしまっておく部分です。人に見せられない秘密の部分、罪深い部分。そこでこそ神様に、イエス様に本当に出会います。イエス様は、私たちの心の中の最も罪深いところをご覧になって、「あなたのこの深い罪を背負って、わたしは十字架で死んだ。あなたの罪は赦された。安心してわたしを救い主と信じなさい」と言って下さいます。イエス様は、このサマリアの女の最も罪深い部分を指摘なさり、その深い罪が明らかにされたところで彼女と出会って下さり、その深い罪の闇・絶望から彼女を救って下さいます。この対話は女とイエス様の二人きりの対話です。ほかの誰も見ておらず、聞いていません。ここにイエス様の深い配慮があります。彼女が安心して自分の秘密を語ることができたのです。最も深いカウンセリングがなされています。

 理由は分かりませんが、彼女は五回結婚し、五回離婚したと思われます。そして今は正式の結婚をしないままに、六人目の男性と同棲生活をしているのです。男性たちの罪があり、彼女の罪もあったと考えるのが自然でしょう。彼女が隠そうとしていたこと・罪を、イエス様は見抜かれました。サマリアの人々はこのことを知っていたでしょう。彼女の評判はよくなかったのです。それで人目を避けて、昼間に水くみに井戸に来ていたのでしょう。涼しい時間帯に井戸に来れば、多くの人に出会って、冷たい視線を浴びなければなりません。

 女性は、自分が隠していたことを見抜くことができるのは、神様だけだと感じました。そこでイエス様を、神様から遣わされた人・預言者ではないかと考えたのです。(19~20節)「女は言った。『主よ、あなたは預言者だとお見受けします。わたしども(サマリア人)の先祖はこの山(ゲリジム山)で礼拝しましたが、あなたがた(ユダヤ人)は、礼拝すべき場所はエルサレムにある(神殿のことでしょう)と言っています。』」イエス様は預言者ではなく、預言者以上の方、メシア(救い主)・神の子であられます。女性は自分がイエス様を預言者ではないかと考えたので、預言者なら神様を礼拝しなさいと言うに違いないと思って、礼拝の場所のことを話し出したのでしょう。「自分たちサマリア人の先祖はゲリジム山で礼拝して来た、ユダヤ人はエルサレムの神殿が礼拝の正しい場所だと主張している、私はどこで礼拝すればよいのだろうか。」彼女はこの疑問を抱いたのではないかと思います。

 しかしイエス様は踏み込んで、場所は問題ではないと言い切られます。(21節)「イエスは言われた。『婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。』」私たちは現に日本の東久留米市で礼拝しています。聖書の言葉が正しく語られ、真実な祈りが献げられているならば、場所がどこであってもそれは礼拝です。(22節)「あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。」旧約聖書の歴史の中で、イスラエルは南のユダ王国と北の北イスラエル王国に分裂しました。北イスラエル王国は紀元前721年にアッシリア帝国によって滅ぼされました。アッシリアは狡猾な占領政策をとり、外国人を北イスラエルに移住させました。混血を発生させ、純粋な北イスラエル人を減らし、結束してアッシリアに反乱を起こさせにくくしたのです。その時、外国の神々(偶像)が持ちこまれ、神礼拝も純粋でなくなりました。イエス様がサマリアの女に、「あなたがたは知らないもの(偶像をも含む神々)を礼拝している」と言われたのは、それを指しているのでしょう。 「救いはユダヤ人から来るからだ。」確かに神様は、イスラエルの民・ユダヤ人をまずご自分の民として選ばれ、エジプトを脱出させ、十戒を与えて、世界のほかの民に先がけて、真の神様を礼拝して歩む民として導いて下さいました。「救いはユダヤ人から来る」とは、このことを指しています。

 しかし、救いは確かにユダヤ人から始まるが、ユダヤ人で終わるものではないのです。礼拝の純粋さを失ったサマリア人も、ヨーロッパ人も、アメリカ人も、アジア人(その中にもちろん日本人も含まれます)、アフリカ人も、真の神様を礼拝する礼拝へと、真の救いへと招かれています。ですからイエス様がサマリアの女に、最も重要な真理を告げられます。(23節)「しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。」ここに父なる神様の本心が示されています。父なる神様は、「霊と真理をもって礼拝する者を求めておられる!」 私たちの礼拝も、毎回、父なる神様が求めておられる「霊と真理をもってする礼拝」となるように私たちが、いつも祈ることが必要です。本日の説教題はここからとり、「霊と真理による礼拝」と致しました。24節も重要です。「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」ゲリジム山、エルサレムといった場所が問題ではない。大事なのはその礼拝が、神様が喜んで下さる「霊と真理による礼拝」になっているかどうか、です。

 イエス様は、このサマリア人の女性にも、「霊と真理の礼拝」を献げてほしいと願っておられるのです。彼女がこれまでの異性関係の罪を悔い改めて、父なる神様に「霊と真理の礼拝」を献げる人になってほしい。そうなれば、彼女は確かに救われたことになります。「悔い改めの詩編」として知られる詩編51編の19節に、こう書かれています。「神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を/ 神よ、あなたは侮られません。」 「打ち砕かれた心、打ち砕かれ、罪を悔いる心」による礼拝こそ、「霊と真理による礼拝」ではないかと思うのです。サマリアの女性が、これまでの男性関係の罪を心から悔い改めて礼拝を献げるならば、神様はその礼拝を「霊と真理による礼拝」と認めて下さり、深く喜んで下さるに違いありません。

 コリントの信徒への手紙(一)14章24~25節に、こう書かれています。「~皆が預言しているところへ、信者でない人か、教会に来て間もない人が入って来たら、彼は皆から非を悟らされ、皆から罪を指摘され、心の内に隠していたことが明るみに出され、結局、ひれ伏して神を礼拝し、『まことに神はあなたがたの内におられます』と皆の前で言い表すことになるでしょう。」 これが真の礼拝です。そしてこれがサマリアの女性に起こったことです。彼女は、イエス様によって、心の内に隠していたことを明るみに出され、「わたしが行ったことをすべて言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません」と人々に語りました。「この方こそ神様から遣わされた真のメシアです」という断定的な告白には至っていませんが、そこに向かうプロセスにあり、遂にはそこに至ったと思うのです。

 私たちの礼拝が毎回、「霊と真理をもってする礼拝」、まだ信者でない方や、教会に来て間もない方にも、「まことに神はあなたがたの内におられます」との告白に至っていただける礼拝になるように牧師が毎日祈り、そして皆様にも、日々祈っていただきたいと、心よりお願い致します。アーメン(「真実に、確かに」)。

2015-08-05 12:38:11(水)
「稲、小松菜、ミニトマトの復活」 7月の聖書メッセージ
「(イエスは)たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。」(新約聖書・ヨハネによる福音書13章5節)

 6月末に仙台市に行きました。被災された方々に奉仕する30才くらいの人たちが今もおられます。弟子たちの足を洗われたイエス様のように、奉仕しておられます。市内の七郷中央公園仮設住宅には以前60世帯が入居していましたが、6月末は14世帯で、8月末に4世帯ほどに減ります。復興住宅等への移転が進んでいます。しかし同じ県内の石巻市などでは、まだ多くの方々が仮設住宅におられるそうです。

 仙台市若林区・荒浜地区は津波の大きな被害を受けた地区ですが、海岸から比較的近い場所に水田が再開され、稲が青々と育っているのを見て、驚くとともに感謝致しました。稲の栽培は再開後、3年目とのことです。2012年頃は、4キロほど内陸の所でも田に水がなく、枯れた状態でした。2013年頃にその辺りで稲が青く育つ水田を見たと思いますが、今回はさらに割に海岸に近い所でも稲が見事に生育しているのを見て、嬉しくなりました。神様の助け、農家の方々の努力、ボランティアの方たちの奉仕の賜物です。

 個々の農家で農業トラクター等を新たに購入することは困難なので、営農組合方式による農業が行われ始めていました。成功を心より祈ります。個人で道を切り開こうとする方もおられます。Kさんは、以前から有機農法に意欲的に取り組んでおられます。震災の年の秋には、もう小松菜の収穫をしておられました。私もごちそうになりました。今はビニールハウスでさらに、ミニトマト、レタス、モロヘイヤ、しそなどを栽培しておられます。稲作もなさっています。津波の大きな被害を受けた土地に農業が復活しつつある光景に、感無量になります。もちろんまだ困難もありますが、ここまでなさった農家の方々の尊いご努力に頭が下がります。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(イエス・キリスト)。アーメン(「真実に、確かに」)。

2015-08-05 12:02:12(水)
「キリストの栄光のために」 2015年8月2日(日) 聖霊降臨節第11主日(平和聖日)礼拝説教
朗読聖書:ホセア書2章4~12節、ヨハネ福音書3章22~36節。
「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」(ヨハネ福音書3章30節)。

 最初の22~23節。「その後、イエスは弟子たちとユダヤ地方に行って、そこに一緒に滞在し、洗礼(バプテスマ)を授けておられた。他方、ヨハネはサリムの近くのアイノンで洗礼(バプテスマ)を授けていた。そこは水が豊かであったからである。人々は来て、洗礼(バプテスマ)を受けていた。」 ヨハネとは、洗礼者ヨハネ(バプテスマのヨハネ)です。ここにはイエス様が洗礼を授けていたと書かれていますが、実際には次の4章の2節に明記されているように、洗礼を授けていたのはイエス様御自身ではなく、イエス様の弟子たちでした。イエス様ご自身も最初はヨハネから洗礼をお受けになったのでした。ここにヨハネの共同体の洗礼と、イエス様の共同体の洗礼があったことが分かります。そしてイエス様の共同体の洗礼が次第に中心になってゆき、ヨハネの共同体の洗礼が廃れて行ったことが示されています。

 ヨハネは新約聖書の登場人物ですが、旧約聖書の時代の最後の預言者と言ってよい人物です。最後の預言者にして最大の預言者です。しかし神の子イエス様は、ヨハネと比較にならない優れた方です。イエス様を太陽にたとえるならば、ヨハネをはじめとする偉大な預言者たちは、月か星にたとえられます。従ってヨハネの共同体の洗礼は次第に廃れ、イエス様の共同体(つまり教会)の洗礼が、盛んになってゆくのです。(24節)「ヨハネはまだ投獄されていなかったのである。」ヨハネが投獄されると、ヨハネの活動は終わります。イエス様は十字架で死なれますが、三日目に復活されます。イエス様の働きは滅びることなく、今も日本と世界で続けられており、世の終わりまで継続されてゆくのです。

 (25~26節)「ところがヨハネの弟子たちと、あるユダヤ人との間で、清めのことで論争が起こった。彼らはヨハネのもとに来て言った。『ラビ(先生)、ヨルダン川の向こう側であなたと一緒にいた人、あなたが証しされたあの人が、洗礼(バプテスマ)を授けています。みんながあの人の方へ行っています。』多くの人々がヨハネの方ではなく、イエス様の方へ行ったのです。ヨハネは、「それでよい」と思い、ぜひそうなってほしいと願っていました。皆がイエス様の方に行ってくれるために自分は働いた。自分は忘れられてよい。ヨハネは真底、そう考えていたのです。(27~28節)「ヨハネは答えて言った。『天から与えられなければ、人は何も受けることができない。わたしは、「自分はメシアではない」と言い、「自分はあの方の前に遣わされた者だ」と言ったが、そのことについては、あなたたち自身が証ししてくれる。』」一人一人に与えられた神様の道があるのではないでしょうか。ヨハネにはヨハネに与えられた神様の道、神様からの使命、走るべき道のりがありました。ヨハネは神様に用いられ、多くの人々がヨハネから悔い改めの洗礼(バプテスマ)を受けたのです。ヨハネにとって大きな光栄でした。しかしヨハネは神の子ではなく、メシア(救い主)でもありません。ヨハネの使命は、神の子イエス・キリストを指し示すことです。ヨハネはそれで満足する必要があります。ヨハネは間もなく使命を終えます。そしてイエス様がさらに本格的に伝道活動を開始されるのです。

 ヨハネの洗礼とイエス様の洗礼(=イエス様の教会の洗礼)には、どのような違いがあるのでしょうか。ヨハネの洗礼をルカによる福音書などは、「悔い改めの洗礼(バプテスマ)」と呼んでいます。ヨハネの洗礼は、イエス様の洗礼(=イエス様の教会の洗礼)に至るまでの過渡的なものであったと考えてよいでしょう。今はもうヨハネの洗礼はありません。今あるのはイエス様の洗礼のみです。すべての人がこの洗礼へと招かれています。この洗礼がどのように大きな恵みであるか、私はよくローマの信徒への手紙5章16節を引用して語ります。「裁きの場合は、一つの罪でも有罪の判決が下されますが、恵みが働くときには、いかに多くの罪があっても、無罪の判決が下されるからです。」「恵みが働くときには、いかに多くの罪があっても無罪の判決が下される!」 それはひとえにイエス様が、私たちすべての人間のすべての罪を背負って十字架で死なれ、三日目に復活なさった事実の故です! このすばらしいイエス様のお名前による洗礼へと、全ての方が招かれています。教会は、父・子・聖霊なる三位一体の神様のお名前によって洗礼をお授け致しますが、それはイエス様のお名前による洗礼と、本質的に同じです。

 (29~30節)「花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている。あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」花嫁は神の民を指します。イスラエルの民であり、教会です。花婿は神の子イエス・キリストです。花婿の介添え人がヨハネです。ヨハネは脇役の介添え人であることを喜ぶ、謙遜な人でした。「花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている。」「大いに喜ぶ」を直訳すると「喜びに喜ぶ」です。「喜ぶ」という言葉が2つ並んでいます。さらに「わたしは喜びで満たされている」と続くので、「喜ぶ」、「喜び」の言葉が3回使われています。本当にヨハネは、花婿の介添え人としての役割に聖なる大きな喜びを感じており、大きな光栄と感謝していました。

 ヨハネは、イエス様を信じる者の模範というべき言葉を述べました。「あの方(イエス様)は栄え、わたしは衰えねばならない。」グリューネヴァルトという画家が描いたイエス・キリストの十字架の死の巨大な絵があります。イエス様の十字架の死をごまかしなくリアルに描いた、かなり強烈な絵です。私はもちろん本でしか見たことはありません。十字架につけられたイエス様の右に洗礼者ヨハネが描かれています。ヨハネは右手の人差し指でイエス様を指し示しています。ヨハネはらくだの毛衣らしきものを着ています。ヨハネの腕の上の辺りにラテン語の文字が書かれています。「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」現実にはヨハネは、イエス様の十字架より前に、ガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスの命令で殺害されています。ヨハネの人生の目的は、ひたすら皆にイエス様を指し示すことでした。彼はその役割を十二分に果たし、その意味では満足感を抱いて死んだのでしょう。

 ここで、イエス様が花婿であられることに、少し注目してみます。旧約聖書でも、神様が花婿・夫、神の民イスラエルが花嫁・妻にたとえられます。新約聖書では、イエス・キリストが花婿、教会が花嫁にたとえられます。花婿が花嫁を愛し、花嫁は花婿を愛します。イエス様は教会を愛され、教会はイエス様を愛し返します。ヨハネの黙示録は、世の終わりの神の国の完成を、花婿・キリストと花嫁・教会の祝福の結婚式にたとえています。ヨハネ黙示録19章7~8節。
「わたしたちは喜び、大いに喜び、/ 神の栄光をたたえよう。
 小羊の婚礼の日が来て、花嫁は準備を整えた。
 花嫁は、輝く清い麻の衣を着せられた。
 この麻の衣とは、/ 聖なる者たちの正しい行いである。」

 本日の旧約聖書は、ホセア書2章4節以下です。旧約聖書において、神様は常にイスラエルの民のよき花婿・夫でしたが、民は必ずしもよい花嫁・妻ではありませんでした。真の神様を離れ、バアルという、カナンの地の他民族が拝んでいた偶像を愛したのです。偶像崇拝は、モーセの十戒の第一の戒めに反する罪です。「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」バアルは農業の神、豊かな収穫を約束する神でした。もちろん偽物の神、その正体は悪魔です。人間は欲望に弱いのです。もちろん真の神様がだけが私たちに命を与え、食物などをも必ず与えて下さるのです。その証拠に、イスラエルの民は、エジプトを脱出してからカナンの地に入るまで40年間、真の神様が与えて下さるマナを食べて、生きて来たのです。それなのに民は、カナンの地に入ってマナがなくなり、農業を行う生活に入ると、真の神様を捨てて、バアルを愛し拝んだのです。もっと豊かな収穫と生活を望んだからではないかと思います。私たちは、自分はバアルなど拝むはずがないと考えます。しかしバアルの本質は、私たちを欲望充足を最優先する生き方へ堕落させる悪魔です。私たちも、悪の力のしつこい誘惑に悩まされています。私たちが、ひたすらイエス様と父なる神様を愛して、よき花嫁・妻になることができているかどうか、日々試されています。

 4節以下に、「イスラエルの背信」という小見出しがつけられています。4節の「淫行」、「姦淫」といった激しい言葉は、イスラエルの民がバアル(別の夫)のもとに走った偶像崇拝を、妻としての裏切りにたとえたために、使われています。
(4~7節前半)「告発せよ、お前たちの母を告発せよ。
 彼女はもはやわたしの妻ではなく/ わたしは彼女の夫ではない。
 彼女の顔から淫行を/ 乳房の間から姦淫を取り除かせよ。
 さもなければ、わたしが衣をはぎ取って裸にし
 生れた日の姿にして、さらしものにする。
 また、彼女を荒れ野のように/ 乾いた地のように干上がらせ
 彼女を渇きで死なせる。/ わたしはその子らを憐れまない。
 淫行による子らだから。/ その母は淫行にふけり
 彼らを身ごもった者は恥ずべきことを行った。」

 7節後半には、イスラエルの民の裏切りが記されています。
「彼女は言う。/ 『愛人たち(バアルなど偶像の神々)について行こう。
 パンと水、羊毛と麻/ オリーブ油と飲み物をくれるのは彼らだ。』」
8節は、深く傷ついてそれを止めようとする神様の行動を記します。
「それゆえ、わたしは彼女の行く道を茨でふさぎ
 石垣で遮り道を見いだせないようにする。」
9~10節は、切ないまでの神様の御言葉です。
「彼女は愛人の後を追っても追いつけず/ 尋ね求めても見いだせない。
 そのとき、彼女は言う。『初めの夫のもとに帰ろう
 あのときは、今よりも幸せだった』と。
 彼女は知らないのだ。/ 穀物、新しい酒、オリーブ油を与え
 バアル像を造った金銀を、豊かに得させたのは/ わたしだということを。」

 洗礼者ヨハネの言葉に戻ります。「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」
ヨハネの人生の唯一の目的は、イエス様の栄光を現すことだったのです。それは私たちクリスチャン一人一人にとっても同じです。それで本日の説教題を、「キリストの栄光のために」と致しました。

 宗教改革者ジャン・カルヴァンは、『ジュネーヴ教会信仰問答』に次のように書いています。
「問一 人生の主な目的は何ですか。
 答  神を知ることです。
 問三 では人間の最上の幸福は何ですか。
 答  それも同じであります。
 問六 では、神についての真の正しい知識は何ですか。
 答  神をあがめる目的で神を知るときであります。
 問七 神を正しくあがめる仕方は、どんなのですか。
 答  それは神に全信頼をおくこと、みこころに従いつつ神に仕えること、われわれのあらゆる窮乏の中から、救いとすべての善きものを神の中に探し求めつつ神に祈ること、そしてすべての幸福はただ神のみから来ることを、口で認めると同様に心で認めることであります。」(カルヴァン著・外山八郎訳『ジュネーヴ教会信仰問答』新教出版社、1997年、9~10ページ)。カルヴァンはまた、祈りために重要なことの一つは、全神経の集中であると述べているそうです。

 カルヴァンのモットーは、「すべて神の栄光のために」でした。神様の栄光のため、イエス・キリストの栄光のために、ひたすら祈り奉仕するのがカルヴァンの生き方でした。カルヴァンの墓がどこにあるか不明と聞いたことがあります。「自分は忘れられてよい、ただイエス・キリストの御名のみがあがめられるように!」 これがカルヴァンの祈りでした。カルヴァンの墓には「J.C.」とのみ刻まれていたと聞いたことがあります。それはジャン・カルヴァンの頭文字であると同時に、Jesus Christ の頭のアルファベットでもあります。これは不思議な一致です。神様がこの一致を与えて下さったとしか思えません。「J.C.」の文字はカルヴァンを記念すると同時に、いえそれ以上にイエス・キリストを指し示すのでしょう。「ただイエス・キリストの栄光のために!」 「あの方は栄え、わたし(カルヴァン)は衰えねばならない。」これがカルヴァンの究極の願いであり、喜びです。

 クリスチャン一人一人も同じ方向で生きます。使徒パウロも書きます。「~生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています」(フィリピの信徒への手紙1章20節)。キリストのために生き、キリストのために死ぬ。それがパウロの願いでした。ヨハネとカルヴァンの願いも同じです。私たちの願いも同じです。

 私が東京神学大学(牧師を養成する学校)を卒業した1996年に、当時の松永希久夫学長は、卒業を控えた神学生たちに、心構えを説かれました。その一つが次の言葉です。「牧師交替によって解散する信徒の方々の群れを造るな。牧師が交替しても、キリストのみにしっかり結びついている信徒の方々がどれだけ残るかによって、牧師の真の力量が分かる。」 「人間中心の思いを捨て、イエス・キリストのみを中心とする群れにしないと教会ではない」、と戒められたのだと思います。「自分の栄光ではなく、ただキリストの栄光のために!」 私たちも日々、この信仰・心構えで生きて参りたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。