
2026-02-01 2:04:15()
「安息日に起きた解放」 2026年1月27日(日)降誕節第主6日公同礼拝
(ルカによる福音書13:10~21)
安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。そこに、十八年間も病の霊に取りつかれている女がいた。腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。イエスはその女を見て呼び寄せ、「婦人よ、病気は治った」と言って、その上に手を置かれた。女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した。ところが会堂長は、イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て、群衆に言った。「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」しかし、主は彼に答えて言われた。「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。 この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。
(説教) 本日は、降誕節第5主日公同礼拝、説教題は「安息日に起きた解放」です。小見出しとしては「安息日に、腰の曲がった婦人をいやす」です。
イエス様は、ガリラヤからエルサレムへ向かう旅の中にあられたと思います。
最初の10節「安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。」イエス様は、モーセの十戒に従って、安息日である土曜日にはユダヤ人の会堂で、父なる神様を礼拝しておられました。11節「そこに、18年間も病の霊に取りつかれている女がいた。腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。」何らかの原因で腰を痛め、18年間も腰が曲がったままで硬直した状態だったのだと思います。血の巡りも悪かったかもしれません。私も同じような状態の方に出会ったことがあります。歩いて進むことにも時間がかかり、食べて行くための仕事を行うことも難しい、日常の家事を行うことも、簡単ではなかったと思います。家から礼拝のために会堂に来ることも、他の人よりきつかったと思います。しかし父なる神様と、神の子イエス様は、彼女を見捨てたりしません。この女性の痛みを、ご自分の痛みとして共に痛む思いになられ、愛を込めて腰をいやして下さいました。この女性の年齢は分かりません。何才であっても、18年間の腰の間の腰の曲がりはきつかったと思います。いろいろ治療にも努めたかと思いますが、よくなることはありませんでした。もう治ることは諦めていたかもしれません。しかしイエス様は、癒して下さいました。
12節「イエスはその女を見て呼び寄せ、『婦人よ、病気は治った』と言って、その上に手を置かれた。」手は複数形なので、両手を置かれたのです。イエス・キリストは神の子であり、三位一体の神様ご自身でもあります。父なる神様、子なる神イエス・キリスト、聖霊なる神のうちの、「子なる神」がイエス・キリストです。イエス・キリストは100%神であり、同時に100%人間でもあります。そのイエス様の両手は、神の両手でもあります。
旧約聖書の詩編95編4節には、こう記されています。「深い地の底も御手の内にあり、山々の頂も主のもの。海も主のもの、それを造られたのは主。陸もまた、御手によって形づくられた。」父なる神様の御手が天地を創造されたのですから、イエス・キリストの手が天地創造を成し遂げたと言えます。その御手が、あの女性の上に置かれ、女性の腰は完全に癒されました。癒しは新しい創造とも言えます。詩編104編25節以下には、こう書かれています。「海も大きく豊かで、その中を動き回る大小の生き物は数知れない。(~)あなた(神様)がお与えになるものを彼らは集め、御手を開かれば彼らは良い物に満ち足りる。」神様が御手を開いて、海の生き物たちに、愛をもって食べ物を与えて下さっています。その神様が、イエス様として地上の降って来られ、愛の御手を置いて、あの女性の腰を完全に癒されました。私たちのために十字架で釘で穴が開けられる両手です。
「婦人よ、病気は治った」の「治った」の元のギリシア語は、「解放された」という意味の言葉です。彼女は病から解放されました。イエス様は16節で、「この女はアブラハムの娘(イスラエルの偉大な信仰の先祖アブラハムの子孫)なのに、18年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか」と言っておられます。女性を束縛から解くべき解放するべきと言われました。イエス様が12節で言われた「解放された」と、16節の「解いてやるべき」は深く通じています。
「女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した。」ルカによる福音書には、このような場面が多くて嬉しいですね。本日の終わりの17節も、「群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て、喜んだ」とあります。1章の「マリアの賛歌」では、イエス様の母マリアが讃美しています。「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。」18章では、もうすぐエルサレムの都に入るイエス様が、盲人の目を開かれました。「盲人は、たちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」とあります。
14節「ところが会堂長は、イエスが安息日に病人を癒されたことに腹を立て、群衆に言った。『働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。』」この会堂長は、私たちにとって反面教師であって、このようにならないように気をつける必要があると思わせられます。会堂長は、イエス様がなさった癒しそのものには反対はないのでしょう。安息日に癒したことがいけない、と主張しています。
ご存じのように、安息日の規定はモーセの十戒の第四の戒めとして出エジプト記20章と申命記5章に明記されています。但し出エジプト記20章と申命記5章では、書き方が少し違います。出エジプト記20章の安息日の規定はこうです。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も娘も、男女の奴隷も家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」確かに「いかなる仕事もしてはならない」と明記されています。会堂長は、病を癒すことも仕事になると考え、癒しを行うと安息日違反になると考えて、腹を立てたのです。
しかしイエス様は、申命記5章のモーセの十戒の安息日規定を、より重視されたのではないかと思います。こうあります。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。」ここまではほぼ同じです。この後が違います。「そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる。あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手を御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである。」イスラエルの民が安息日に仕事を休めば、家の奴隷(使用人)も主人と同じように休むことができる。労働から解放される。イスラエルの民はかつて、エジプトの国で奴隷として苦しい日々を送っていた。神様が出エジプト(エジプト脱出)の解放の道を与えて下さった。その解放の恵みを思い出して仕事を休む日が安息日だ。だから安息日に隣人の病を癒し、隣人を病から解放することこそ、安息日に最もふさわしいことだ。これがイエス様のお考えで、安息日についての正しい解釈ではないかと思います。安息日は、労働から解放されて父なる神様を礼拝し、隣人を重荷から解放する日なのですね。
イエス様は会堂長とその仲間に言われます。「偽善者たちよ、あなたたちは誰でも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて(解放して)、水を飲ませに引いて行くではないか。」確かに出エジプト記23章5節にこうあります。「もし、あなたを憎む者のろばが荷物の下に倒れ伏しているのを見た場合、それを見捨てておいてはならない。必ず彼と共に助け起こさねばならない。」安息日でもそうなのでしょう。だから、とイエス様は言われます。「この女はアブラハムの娘(信仰の父アブラハムの子孫の女性、つまり神の民イスラエルの女性)なのに、18年もの間サタン(悪魔)に縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。」
私たちは、「あの会堂長はなぜ、あんなに安息日の癒しに反対したのだろうか」と思います。しかしユダヤ人たちが安息日を守ったその守り方は、狂気じみていたケースもあったと思われます。旧約聖書の時代と新約聖書の時代の中間時代の歴史を記したマカバイ記という書物があります。続編。アンティオコス・エピファネスという悪い王がイスラエルを攻めたとき、彼らは安息日に攻撃しました。ユダヤ人たちは応戦せず、投石はおろか隠れ場を守ることもせず、言いました。「我々は全員、潔く死ぬ。」敵は安息日に攻撃し、ユダヤ人たちは「防衛することも、仕事になり、安息日の戒めに違反する」と考え、無抵抗だったので、一千人が死んだと書かれています。その後さすがのユダヤ人達も話し合い、「安息日だからといって防衛もしなければ、自分たちは地上から抹殺されてしまう。これからは安息日であっても、攻めて来る敵は戦おう」と方針を変えました。でもその前までは、安息日を守るためなら全滅しても仕方ない。安息日を絶対守ると決心していたのです。安息日への熱心を通り越して、狂気じみていると感じます。このような異常なまでの安息日への熱心さを受け継いだのが、イエス様の時代の律法学者、ファリサイ派、今日の会堂長のような信仰のリーダーたちだったと思うのです。しかしイエス様はきっと、安息日への狂気じみた熱心さを軌道修正して、健全な熱心さへ導いて下さったと思うのです。安息日をヘブライ語でシャバットと言うそうです。これには中断するという意味が含まれていると聞きます。それは仕事を中断すること、人間の業を中断してやめること、人間の罪を中断して罪をストップして、罪を犯すことをやめること。これが安息日に私たちがストップするべき最たるものだと思うのです。人を病から癒すことは、解放を与えることで、安息日に最もふさわしいことなのです。
レビ記25章。ヨベルの年。私たちに真の安息(真のヨベルの年)を与えて下さるのは、イエス・キリストの十字架と復活。ローマの信徒への手紙8章1節以下。
私たちはイエス様の十字架と復活のお陰で、「罪、死、律法、神の怒り、悪魔」の支配から解放された。真の安息を与えられた。これがイエス・キリストの福音。
ヨハネの黙示録14章13節。ですが、天国に決して急がないで下さい。
18年間の辛い病から解放された女性を同じように、イエス様は私たちにも真の解放と安息を与えて下さいました。その保証の聖餐式のパンとぶどう液を、これから感謝をもっていただきます。アーメン。
安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。そこに、十八年間も病の霊に取りつかれている女がいた。腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。イエスはその女を見て呼び寄せ、「婦人よ、病気は治った」と言って、その上に手を置かれた。女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した。ところが会堂長は、イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て、群衆に言った。「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」しかし、主は彼に答えて言われた。「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。 この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。
(説教) 本日は、降誕節第5主日公同礼拝、説教題は「安息日に起きた解放」です。小見出しとしては「安息日に、腰の曲がった婦人をいやす」です。
イエス様は、ガリラヤからエルサレムへ向かう旅の中にあられたと思います。
最初の10節「安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。」イエス様は、モーセの十戒に従って、安息日である土曜日にはユダヤ人の会堂で、父なる神様を礼拝しておられました。11節「そこに、18年間も病の霊に取りつかれている女がいた。腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。」何らかの原因で腰を痛め、18年間も腰が曲がったままで硬直した状態だったのだと思います。血の巡りも悪かったかもしれません。私も同じような状態の方に出会ったことがあります。歩いて進むことにも時間がかかり、食べて行くための仕事を行うことも難しい、日常の家事を行うことも、簡単ではなかったと思います。家から礼拝のために会堂に来ることも、他の人よりきつかったと思います。しかし父なる神様と、神の子イエス様は、彼女を見捨てたりしません。この女性の痛みを、ご自分の痛みとして共に痛む思いになられ、愛を込めて腰をいやして下さいました。この女性の年齢は分かりません。何才であっても、18年間の腰の間の腰の曲がりはきつかったと思います。いろいろ治療にも努めたかと思いますが、よくなることはありませんでした。もう治ることは諦めていたかもしれません。しかしイエス様は、癒して下さいました。
12節「イエスはその女を見て呼び寄せ、『婦人よ、病気は治った』と言って、その上に手を置かれた。」手は複数形なので、両手を置かれたのです。イエス・キリストは神の子であり、三位一体の神様ご自身でもあります。父なる神様、子なる神イエス・キリスト、聖霊なる神のうちの、「子なる神」がイエス・キリストです。イエス・キリストは100%神であり、同時に100%人間でもあります。そのイエス様の両手は、神の両手でもあります。
旧約聖書の詩編95編4節には、こう記されています。「深い地の底も御手の内にあり、山々の頂も主のもの。海も主のもの、それを造られたのは主。陸もまた、御手によって形づくられた。」父なる神様の御手が天地を創造されたのですから、イエス・キリストの手が天地創造を成し遂げたと言えます。その御手が、あの女性の上に置かれ、女性の腰は完全に癒されました。癒しは新しい創造とも言えます。詩編104編25節以下には、こう書かれています。「海も大きく豊かで、その中を動き回る大小の生き物は数知れない。(~)あなた(神様)がお与えになるものを彼らは集め、御手を開かれば彼らは良い物に満ち足りる。」神様が御手を開いて、海の生き物たちに、愛をもって食べ物を与えて下さっています。その神様が、イエス様として地上の降って来られ、愛の御手を置いて、あの女性の腰を完全に癒されました。私たちのために十字架で釘で穴が開けられる両手です。
「婦人よ、病気は治った」の「治った」の元のギリシア語は、「解放された」という意味の言葉です。彼女は病から解放されました。イエス様は16節で、「この女はアブラハムの娘(イスラエルの偉大な信仰の先祖アブラハムの子孫)なのに、18年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか」と言っておられます。女性を束縛から解くべき解放するべきと言われました。イエス様が12節で言われた「解放された」と、16節の「解いてやるべき」は深く通じています。
「女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した。」ルカによる福音書には、このような場面が多くて嬉しいですね。本日の終わりの17節も、「群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て、喜んだ」とあります。1章の「マリアの賛歌」では、イエス様の母マリアが讃美しています。「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。」18章では、もうすぐエルサレムの都に入るイエス様が、盲人の目を開かれました。「盲人は、たちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」とあります。
14節「ところが会堂長は、イエスが安息日に病人を癒されたことに腹を立て、群衆に言った。『働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。』」この会堂長は、私たちにとって反面教師であって、このようにならないように気をつける必要があると思わせられます。会堂長は、イエス様がなさった癒しそのものには反対はないのでしょう。安息日に癒したことがいけない、と主張しています。
ご存じのように、安息日の規定はモーセの十戒の第四の戒めとして出エジプト記20章と申命記5章に明記されています。但し出エジプト記20章と申命記5章では、書き方が少し違います。出エジプト記20章の安息日の規定はこうです。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も娘も、男女の奴隷も家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」確かに「いかなる仕事もしてはならない」と明記されています。会堂長は、病を癒すことも仕事になると考え、癒しを行うと安息日違反になると考えて、腹を立てたのです。
しかしイエス様は、申命記5章のモーセの十戒の安息日規定を、より重視されたのではないかと思います。こうあります。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。」ここまではほぼ同じです。この後が違います。「そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる。あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手を御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである。」イスラエルの民が安息日に仕事を休めば、家の奴隷(使用人)も主人と同じように休むことができる。労働から解放される。イスラエルの民はかつて、エジプトの国で奴隷として苦しい日々を送っていた。神様が出エジプト(エジプト脱出)の解放の道を与えて下さった。その解放の恵みを思い出して仕事を休む日が安息日だ。だから安息日に隣人の病を癒し、隣人を病から解放することこそ、安息日に最もふさわしいことだ。これがイエス様のお考えで、安息日についての正しい解釈ではないかと思います。安息日は、労働から解放されて父なる神様を礼拝し、隣人を重荷から解放する日なのですね。
イエス様は会堂長とその仲間に言われます。「偽善者たちよ、あなたたちは誰でも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて(解放して)、水を飲ませに引いて行くではないか。」確かに出エジプト記23章5節にこうあります。「もし、あなたを憎む者のろばが荷物の下に倒れ伏しているのを見た場合、それを見捨てておいてはならない。必ず彼と共に助け起こさねばならない。」安息日でもそうなのでしょう。だから、とイエス様は言われます。「この女はアブラハムの娘(信仰の父アブラハムの子孫の女性、つまり神の民イスラエルの女性)なのに、18年もの間サタン(悪魔)に縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。」
私たちは、「あの会堂長はなぜ、あんなに安息日の癒しに反対したのだろうか」と思います。しかしユダヤ人たちが安息日を守ったその守り方は、狂気じみていたケースもあったと思われます。旧約聖書の時代と新約聖書の時代の中間時代の歴史を記したマカバイ記という書物があります。続編。アンティオコス・エピファネスという悪い王がイスラエルを攻めたとき、彼らは安息日に攻撃しました。ユダヤ人たちは応戦せず、投石はおろか隠れ場を守ることもせず、言いました。「我々は全員、潔く死ぬ。」敵は安息日に攻撃し、ユダヤ人たちは「防衛することも、仕事になり、安息日の戒めに違反する」と考え、無抵抗だったので、一千人が死んだと書かれています。その後さすがのユダヤ人達も話し合い、「安息日だからといって防衛もしなければ、自分たちは地上から抹殺されてしまう。これからは安息日であっても、攻めて来る敵は戦おう」と方針を変えました。でもその前までは、安息日を守るためなら全滅しても仕方ない。安息日を絶対守ると決心していたのです。安息日への熱心を通り越して、狂気じみていると感じます。このような異常なまでの安息日への熱心さを受け継いだのが、イエス様の時代の律法学者、ファリサイ派、今日の会堂長のような信仰のリーダーたちだったと思うのです。しかしイエス様はきっと、安息日への狂気じみた熱心さを軌道修正して、健全な熱心さへ導いて下さったと思うのです。安息日をヘブライ語でシャバットと言うそうです。これには中断するという意味が含まれていると聞きます。それは仕事を中断すること、人間の業を中断してやめること、人間の罪を中断して罪をストップして、罪を犯すことをやめること。これが安息日に私たちがストップするべき最たるものだと思うのです。人を病から癒すことは、解放を与えることで、安息日に最もふさわしいことなのです。
レビ記25章。ヨベルの年。私たちに真の安息(真のヨベルの年)を与えて下さるのは、イエス・キリストの十字架と復活。ローマの信徒への手紙8章1節以下。
私たちはイエス様の十字架と復活のお陰で、「罪、死、律法、神の怒り、悪魔」の支配から解放された。真の安息を与えられた。これがイエス・キリストの福音。
ヨハネの黙示録14章13節。ですが、天国に決して急がないで下さい。
18年間の辛い病から解放された女性を同じように、イエス様は私たちにも真の解放と安息を与えて下さいました。その保証の聖餐式のパンとぶどう液を、これから感謝をもっていただきます。アーメン。
2026-01-25 1:31:34()
「悔い改めなければ」 2026年1月20日(日)降誕節第主5日公同礼拝
(ルカによる福音書13:1~9)
ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。イエスはお答えになった。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」
そして、イエスは次のたとえを話された。「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」
(説教) 本日は、降誕節第5主日公同礼拝、説教題は「悔い改めなければ滅びる」です。小見出しとしては「実のならないいちじくの木」のたとえ」です。
本日の御言葉は、「罪の悔い改め」の大切さを語っていると思えます。最初の第1節。「ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラト(ローマから派遣されている総督)が、ガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。」これは、当時本当に起こった事件と思われます。イエス様も北のガリラヤ地方で育たれたのですが、ガリラヤの人々の気性は非常に激しいものがあったそうです。ガリラヤ人もイスラエル人の一部で、当時自分たちの国がローマ帝国に支配されていたことに、強い反感を抱いていました。動物のいけにえ(犠牲)を献げることは、エルサレムの神殿においてのみ行われていたので、この事件がエルサレムの神殿で起こったことが分かります。過越祭の時には、一般人も神殿に入ることができたそうなので、過越祭の時期に起こったローマへの反逆事件と推定されます。「ピラトが、ガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜた。」ピラトが、神殿の中か周囲で、ガリラヤ人たちを弾圧して、兵隊に殺させたのではないかと思います。この事件は、ピラトが残忍な男であったことを示しています。ガリラヤ人は複数形なので、少なくとも二人です。もしかすると十人単位のガリラヤ人たちが殺されたのかもしれません。この事件については、当時の他の文書に記載がなく、実際に起こったことは間違いないと思いますが、詳しいことは分かりません。
イエス様はこの事件を耳にして、人々にこう言われます。「そのガリラヤ人たちがそのような災難・不幸に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなた方も悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」私たちの人生や、日本の中や外国で、様々な事故・事件が起こります。道路が陥没して転落して亡くなる方が出る事故もあります。殺人事件で殺される方もあります。列車の脱線事故で亡くなる方もあり、阪神淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震で被災され、亡くなった方々が多くおられます。戦争で亡くなる方も多くあると報道で見知っています。私たちは、このような不幸なことを日々、ニュースで聞きながら、日々を歩んでいます。そして心を痛め、時には募金に応じたりしながら生きています。
イエス様の時代にも、同じようなことは色々起こっていたと思われます。それに対する当時のイスラエル人(ユダヤ人)の有力な考えは、「そのような不慮の災難に遭って被害を受けたり、命を落とした方々は、特に罪深い人々だったから、神の裁きを受けてあのような最期を遂げたのだ」というものだったようです。この考えを因果応報と呼ぶそうです。悪いことをした結果として、神の裁きの災難・不幸が降りかかった。この因果応報の考えが浸透していると、自分が病気になったことも、親や自分の罪の結果の罰としてこうなったとの考えに追い詰められ、救いがなくなってしまいます。例えばハンセン氏病は、日本でも天刑病と呼ばれたこともあるそうで、その人か親が悪いことをしたので、天罰・不幸が下ったと解釈されてしまい、家族や村や町から切り離され、隔離場所でしか生きられないことになってしまいます。しかも隔離する側は、隔離することが正義と思っているので、隔離された人々は、肩身を狭くして孤独に生きるほかなくなってしまいます。
大変嬉しいことにイエス様は、単純な因果応報の考えを否定して下さいました。
ヨハネ福音書9章を読むと、イエス様が通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた場面があります。弟子たちが「ラビ(先生)、この人が生まれつき目は見えないのは、誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか。」弟子たちもまた、単純な因果応報の考えに捕らわれていたことが分かります。日本風に言うと、「あの人が目が見えないのは、本人か親の罪にバチが当たったからだ。」ところがイエス様のお答は、弟子たちが全く予想しないものでした。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」多くの目の不自由な方々が、イエス様のこの御言葉に心を救われたといいます。御自分や親御さんが、何らかの罪を犯したことが原因で、その罰でご自分の目が不自由になったわけではないと、はっきり分かったからです。それと同じで、イエス様は、ピラトに殺される不幸に遭ったガリラヤ人たちが、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深かったから、そのような不幸な目にあったわけではないと、明確に語って下さいました。
私が神学生だった1995年1月17日に、阪神・淡路大震災が発生しました。同級生の神学生に神戸出身の方がおられ、皆で心を痛めたと思います。当時私は、水曜日の祈祷会には、実家の近くの久我山教会に通っておりました。当時の尾崎風伍牧師が、祈祷会で本日の個所を取り上げれました。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。」神戸市の人々、被害の大きかった長田地区の人々が特に罪深かったから、この大震災が襲ったわけではない。その後の東日本大震災でも、能登半島地震でも同じです。イエス様も、必ずそうおっしゃるでしょう。
イエス様とは逆に、人の不幸は本人や親の罪の結果と説いて、人々を不安に陥れる悪い宗教が現に存在ます。その不幸を取り除くには、この壺を買うとよいと説いて、安い壺を数百万円で売って来た統一教会がそれです。これは明らかに詐欺の犯罪です。イエス様の教えとは正反対です。宗教と呼ぶに値しない犯罪集団ですね。安倍元首相を殺害した山上という男性の殺害行為は悪ですが、山上という男性の生まれた家庭を破壊したのは統一教会と言えます。文科省の解散命令は当然です。それはともかく、イエス様の教えは、あのガリラヤ人たちは、何か特に罪深いことを行った罰として、ピラトに殺されたのではないということです。
イエス様は、もう一つ似た例を出されます。4節「また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。決してそうではない。」旧約聖書の列王記下20章20節を見ると、ヒゼキヤという王様が、貯水池と水道を造ってエルサレムの都に水を引いたと書かれています。シロアムの塔は、この水道に沿った所に立てられていたそうです。それが倒壊する事故が起こり、18名が亡くなる不幸が起こりました。この不幸についても、もしかするとエルサレムの人々は、この18人の行った悪への罰として、18人が倒壊事故に巻き込まれて死んだと噂したかもしれません。でもイエス様は違うと言われます。あの18名は、自分が行った悪へのバチを受けて死んだのではないと言われます。彼らが行った悪への罰だと考えている限り、自分には全く関係ないこと、完全に他人事でしかないことになります。しかし、現実はしばしば不条理であって、旧約聖書のヨブ記を読めばよく分かる通り、ヨブのように善ばかり行って来た義人に、多くの苦難が降りかかることもあるのです。そして最大の不条理、世界史上で最も理不尽で、最も筋が通らないことは、全然罪がないイエス様が十字架で殺されたことです。これほど筋が通らないことは、ほかにありません。
それはともかく、イエス様は言われます。ピラトに殺されたガリラヤ人たちも、塔が倒れる事故で亡くなった18人も、特に罪深かったわけではない。「言っておくが、あなた方も悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」様々な災害や不幸が、その人の罪の直接の結果と決めつけることはできない。しかしそれらの災害や不幸は、私たちが自分が罪を悔い改めて、真の神様に立ち帰るきっかけとなり得る。阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登の震災が起こったので、私たちはせめて献金を送ることで、現地の方々と連帯したいと願うものです。あのような災害は、世の中全体への、神さまからの警告と言えるのではないでしょうか。今こそ助け合い、愛し合うように。そして自分の罪を悔い改めて、私たちの命を造って下さった真の神様に立ち帰るようにという警告であり、神の招きです。「あなたが滅びないように、悔い改めて神に喜ばれる生き方に立ち帰りなさい」という招きでもあるのですね。この与えられた貴重なチャンスを逃さないで、生かすことが必要です。メメント・モリ(汝、死ぬべきものであることを覚えよ)。
今日の個所には後半があります。小見出し「実のならないいちじくの木のたとえ。」
「そして、イエスは次のたとえを話された。『ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。「もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。」園丁は答えた。「御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。」』」
ぶどう園なのにいちじくの木を植えたことを不思議に思う方もあるでしょう。解説書によると、当時のイスラエルのぶどう畑には、他の実の実る木、特にいちじくを植えるのが普通だったそうです。ぶどうの木をいちじくに結び付けて、支えにしたそうです。主人は父なる神様、園丁はイエス・キリストでしょうね。いちじくの木は、旧約聖書以来の神様の民イスラエル、そして私たちをも指す可能性があります。いちじくの木が実を結ぶまでには、長い年月がかかるそうです。主人は実が実ことを期待して待っている、辛抱強く、忍耐強く待っています。神様は実に辛抱強く、忍耐強く私たち罪人(つみびと)の悔い改め、立ち帰りを待っておられるのです。3年たって、もう実を結んだのではないかと見に来ましたが、一向に実を結んでいませんでした。主人はしびれを切らして園丁に、「もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか」と、やや怒りをぶつけます。この段階では木はまだ切り倒されないで済みましたが、主人の忍耐が終わりに近づいていることが暗示されます。ですが、園丁が最後の審判を、必死に押しとどめています。「見捨てないで、もう少し待って下さい」と、必死にとりなしているのですね。
この園丁の姿は、私たちを第二の死、永遠の滅びから救うために、十字架で死んで下さったイエス様の愛を強く思い出させます。父なる神様、罪人(つみびと)たちを滅ぼさないで下さい。私が彼らの身代わりに十字架で死んで、彼らの全ての罪の責任を身代わりに背負いきりますから。だから私の十字架に免じて、罪人(つみびと)たちを赦してやってください。それが私たちの救い主イエス・キリストです。父なる神様は、イエス様を救い主と信じ告白する人々に、永遠の命を与えられます。
本日の旧約聖書は、詩編106編です。19~22節は、イスラエルの民の罪を語っています。23節「主は彼らを滅ぼすと言われたが、主に選ばれた人モーセは、破れを担って御前に立ち、彼らを滅ぼそうとする主の怒りをなだめた。」似た言葉が、エゼキエル書22章30節にあります。「この地(イスラエル)を滅ぼすことがないように、私(神様)は、わが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者(身を挺してとりなしをする者)を彼ら(イスラエルの民)の中から探し求めたが、見出すことができなかった。」これは古代の戦争のやり方が前提になっている御言葉です。古代の戦争で、城壁のある町が攻められるとき、攻める側は城壁の石垣に穴を開けようとしました。穴を開ければ、そこから攻め込んで町を占領することができます。逆に守側は、穴を開けられないように、城壁の上から矢を射かけたりして抵抗します。とうとう穴を開けられたら、壁の内側の勇士が穴の所に立って戦い、入ろうとする敵を撃退します。戦争は実に悲惨です。
このような古代の戦争の実態を踏まえて、詩編106編23節は書かれているようです。「主は彼らを滅ぼすと言われたが、主に選ばれた人モーセは、破れを担って御前に立ち、彼らを滅ぼそうとする主の怒りをなだめた。」モーセが石垣の破れ口に立って、身を挺して神様に命がけの執り成しをした。「主よ、お怒りはごもっともですが、何とか私に免じてイスラエルの民の罪を赦して下さい。」とりなしは必死で、ある意味、命がけなのですね。イエス・キリストもまさに命をかけて、十字架で執り成しをして下さいました。
今、キリストの再臨がなかなか実現しないでいます。それは私たちが悔い改めて、真の神様に立ち帰るチャンスが、今日も与えられていることを意味します。ペトロの手紙(二)3章9~10節「ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなた方のために忍耐しておられるのです。主の日は盗人のようにやって来ます。」神様は、実に忍耐強い方なのです。ですが永遠に忍耐して下さるわけではありません。キリストが来られる前に、時があるうちに、真の神に立ち帰る決断をする必要があります。善は急げです。神様に喜んでいただくために、早いうちに、私たちは今日もイエス・キリストに立ち帰って生きて参りたいのです。アーメン。
ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。イエスはお答えになった。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」
そして、イエスは次のたとえを話された。「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」
(説教) 本日は、降誕節第5主日公同礼拝、説教題は「悔い改めなければ滅びる」です。小見出しとしては「実のならないいちじくの木」のたとえ」です。
本日の御言葉は、「罪の悔い改め」の大切さを語っていると思えます。最初の第1節。「ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラト(ローマから派遣されている総督)が、ガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。」これは、当時本当に起こった事件と思われます。イエス様も北のガリラヤ地方で育たれたのですが、ガリラヤの人々の気性は非常に激しいものがあったそうです。ガリラヤ人もイスラエル人の一部で、当時自分たちの国がローマ帝国に支配されていたことに、強い反感を抱いていました。動物のいけにえ(犠牲)を献げることは、エルサレムの神殿においてのみ行われていたので、この事件がエルサレムの神殿で起こったことが分かります。過越祭の時には、一般人も神殿に入ることができたそうなので、過越祭の時期に起こったローマへの反逆事件と推定されます。「ピラトが、ガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜた。」ピラトが、神殿の中か周囲で、ガリラヤ人たちを弾圧して、兵隊に殺させたのではないかと思います。この事件は、ピラトが残忍な男であったことを示しています。ガリラヤ人は複数形なので、少なくとも二人です。もしかすると十人単位のガリラヤ人たちが殺されたのかもしれません。この事件については、当時の他の文書に記載がなく、実際に起こったことは間違いないと思いますが、詳しいことは分かりません。
イエス様はこの事件を耳にして、人々にこう言われます。「そのガリラヤ人たちがそのような災難・不幸に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなた方も悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」私たちの人生や、日本の中や外国で、様々な事故・事件が起こります。道路が陥没して転落して亡くなる方が出る事故もあります。殺人事件で殺される方もあります。列車の脱線事故で亡くなる方もあり、阪神淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震で被災され、亡くなった方々が多くおられます。戦争で亡くなる方も多くあると報道で見知っています。私たちは、このような不幸なことを日々、ニュースで聞きながら、日々を歩んでいます。そして心を痛め、時には募金に応じたりしながら生きています。
イエス様の時代にも、同じようなことは色々起こっていたと思われます。それに対する当時のイスラエル人(ユダヤ人)の有力な考えは、「そのような不慮の災難に遭って被害を受けたり、命を落とした方々は、特に罪深い人々だったから、神の裁きを受けてあのような最期を遂げたのだ」というものだったようです。この考えを因果応報と呼ぶそうです。悪いことをした結果として、神の裁きの災難・不幸が降りかかった。この因果応報の考えが浸透していると、自分が病気になったことも、親や自分の罪の結果の罰としてこうなったとの考えに追い詰められ、救いがなくなってしまいます。例えばハンセン氏病は、日本でも天刑病と呼ばれたこともあるそうで、その人か親が悪いことをしたので、天罰・不幸が下ったと解釈されてしまい、家族や村や町から切り離され、隔離場所でしか生きられないことになってしまいます。しかも隔離する側は、隔離することが正義と思っているので、隔離された人々は、肩身を狭くして孤独に生きるほかなくなってしまいます。
大変嬉しいことにイエス様は、単純な因果応報の考えを否定して下さいました。
ヨハネ福音書9章を読むと、イエス様が通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた場面があります。弟子たちが「ラビ(先生)、この人が生まれつき目は見えないのは、誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか。」弟子たちもまた、単純な因果応報の考えに捕らわれていたことが分かります。日本風に言うと、「あの人が目が見えないのは、本人か親の罪にバチが当たったからだ。」ところがイエス様のお答は、弟子たちが全く予想しないものでした。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」多くの目の不自由な方々が、イエス様のこの御言葉に心を救われたといいます。御自分や親御さんが、何らかの罪を犯したことが原因で、その罰でご自分の目が不自由になったわけではないと、はっきり分かったからです。それと同じで、イエス様は、ピラトに殺される不幸に遭ったガリラヤ人たちが、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深かったから、そのような不幸な目にあったわけではないと、明確に語って下さいました。
私が神学生だった1995年1月17日に、阪神・淡路大震災が発生しました。同級生の神学生に神戸出身の方がおられ、皆で心を痛めたと思います。当時私は、水曜日の祈祷会には、実家の近くの久我山教会に通っておりました。当時の尾崎風伍牧師が、祈祷会で本日の個所を取り上げれました。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。」神戸市の人々、被害の大きかった長田地区の人々が特に罪深かったから、この大震災が襲ったわけではない。その後の東日本大震災でも、能登半島地震でも同じです。イエス様も、必ずそうおっしゃるでしょう。
イエス様とは逆に、人の不幸は本人や親の罪の結果と説いて、人々を不安に陥れる悪い宗教が現に存在ます。その不幸を取り除くには、この壺を買うとよいと説いて、安い壺を数百万円で売って来た統一教会がそれです。これは明らかに詐欺の犯罪です。イエス様の教えとは正反対です。宗教と呼ぶに値しない犯罪集団ですね。安倍元首相を殺害した山上という男性の殺害行為は悪ですが、山上という男性の生まれた家庭を破壊したのは統一教会と言えます。文科省の解散命令は当然です。それはともかく、イエス様の教えは、あのガリラヤ人たちは、何か特に罪深いことを行った罰として、ピラトに殺されたのではないということです。
イエス様は、もう一つ似た例を出されます。4節「また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。決してそうではない。」旧約聖書の列王記下20章20節を見ると、ヒゼキヤという王様が、貯水池と水道を造ってエルサレムの都に水を引いたと書かれています。シロアムの塔は、この水道に沿った所に立てられていたそうです。それが倒壊する事故が起こり、18名が亡くなる不幸が起こりました。この不幸についても、もしかするとエルサレムの人々は、この18人の行った悪への罰として、18人が倒壊事故に巻き込まれて死んだと噂したかもしれません。でもイエス様は違うと言われます。あの18名は、自分が行った悪へのバチを受けて死んだのではないと言われます。彼らが行った悪への罰だと考えている限り、自分には全く関係ないこと、完全に他人事でしかないことになります。しかし、現実はしばしば不条理であって、旧約聖書のヨブ記を読めばよく分かる通り、ヨブのように善ばかり行って来た義人に、多くの苦難が降りかかることもあるのです。そして最大の不条理、世界史上で最も理不尽で、最も筋が通らないことは、全然罪がないイエス様が十字架で殺されたことです。これほど筋が通らないことは、ほかにありません。
それはともかく、イエス様は言われます。ピラトに殺されたガリラヤ人たちも、塔が倒れる事故で亡くなった18人も、特に罪深かったわけではない。「言っておくが、あなた方も悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」様々な災害や不幸が、その人の罪の直接の結果と決めつけることはできない。しかしそれらの災害や不幸は、私たちが自分が罪を悔い改めて、真の神様に立ち帰るきっかけとなり得る。阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登の震災が起こったので、私たちはせめて献金を送ることで、現地の方々と連帯したいと願うものです。あのような災害は、世の中全体への、神さまからの警告と言えるのではないでしょうか。今こそ助け合い、愛し合うように。そして自分の罪を悔い改めて、私たちの命を造って下さった真の神様に立ち帰るようにという警告であり、神の招きです。「あなたが滅びないように、悔い改めて神に喜ばれる生き方に立ち帰りなさい」という招きでもあるのですね。この与えられた貴重なチャンスを逃さないで、生かすことが必要です。メメント・モリ(汝、死ぬべきものであることを覚えよ)。
今日の個所には後半があります。小見出し「実のならないいちじくの木のたとえ。」
「そして、イエスは次のたとえを話された。『ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。「もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。」園丁は答えた。「御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。」』」
ぶどう園なのにいちじくの木を植えたことを不思議に思う方もあるでしょう。解説書によると、当時のイスラエルのぶどう畑には、他の実の実る木、特にいちじくを植えるのが普通だったそうです。ぶどうの木をいちじくに結び付けて、支えにしたそうです。主人は父なる神様、園丁はイエス・キリストでしょうね。いちじくの木は、旧約聖書以来の神様の民イスラエル、そして私たちをも指す可能性があります。いちじくの木が実を結ぶまでには、長い年月がかかるそうです。主人は実が実ことを期待して待っている、辛抱強く、忍耐強く待っています。神様は実に辛抱強く、忍耐強く私たち罪人(つみびと)の悔い改め、立ち帰りを待っておられるのです。3年たって、もう実を結んだのではないかと見に来ましたが、一向に実を結んでいませんでした。主人はしびれを切らして園丁に、「もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか」と、やや怒りをぶつけます。この段階では木はまだ切り倒されないで済みましたが、主人の忍耐が終わりに近づいていることが暗示されます。ですが、園丁が最後の審判を、必死に押しとどめています。「見捨てないで、もう少し待って下さい」と、必死にとりなしているのですね。
この園丁の姿は、私たちを第二の死、永遠の滅びから救うために、十字架で死んで下さったイエス様の愛を強く思い出させます。父なる神様、罪人(つみびと)たちを滅ぼさないで下さい。私が彼らの身代わりに十字架で死んで、彼らの全ての罪の責任を身代わりに背負いきりますから。だから私の十字架に免じて、罪人(つみびと)たちを赦してやってください。それが私たちの救い主イエス・キリストです。父なる神様は、イエス様を救い主と信じ告白する人々に、永遠の命を与えられます。
本日の旧約聖書は、詩編106編です。19~22節は、イスラエルの民の罪を語っています。23節「主は彼らを滅ぼすと言われたが、主に選ばれた人モーセは、破れを担って御前に立ち、彼らを滅ぼそうとする主の怒りをなだめた。」似た言葉が、エゼキエル書22章30節にあります。「この地(イスラエル)を滅ぼすことがないように、私(神様)は、わが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者(身を挺してとりなしをする者)を彼ら(イスラエルの民)の中から探し求めたが、見出すことができなかった。」これは古代の戦争のやり方が前提になっている御言葉です。古代の戦争で、城壁のある町が攻められるとき、攻める側は城壁の石垣に穴を開けようとしました。穴を開ければ、そこから攻め込んで町を占領することができます。逆に守側は、穴を開けられないように、城壁の上から矢を射かけたりして抵抗します。とうとう穴を開けられたら、壁の内側の勇士が穴の所に立って戦い、入ろうとする敵を撃退します。戦争は実に悲惨です。
このような古代の戦争の実態を踏まえて、詩編106編23節は書かれているようです。「主は彼らを滅ぼすと言われたが、主に選ばれた人モーセは、破れを担って御前に立ち、彼らを滅ぼそうとする主の怒りをなだめた。」モーセが石垣の破れ口に立って、身を挺して神様に命がけの執り成しをした。「主よ、お怒りはごもっともですが、何とか私に免じてイスラエルの民の罪を赦して下さい。」とりなしは必死で、ある意味、命がけなのですね。イエス・キリストもまさに命をかけて、十字架で執り成しをして下さいました。
今、キリストの再臨がなかなか実現しないでいます。それは私たちが悔い改めて、真の神様に立ち帰るチャンスが、今日も与えられていることを意味します。ペトロの手紙(二)3章9~10節「ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなた方のために忍耐しておられるのです。主の日は盗人のようにやって来ます。」神様は、実に忍耐強い方なのです。ですが永遠に忍耐して下さるわけではありません。キリストが来られる前に、時があるうちに、真の神に立ち帰る決断をする必要があります。善は急げです。神様に喜んでいただくために、早いうちに、私たちは今日もイエス・キリストに立ち帰って生きて参りたいのです。アーメン。
2026-01-17 23:49:15(土)
「火を投ずるイエス様」 2026年1月18日(日)「初めて聞く人に分かる聖書の話」礼拝(第85回)石田真一郎
(ルカによる福音書12:49~59)
「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる。」
◆時を見分ける
イエスはまた群衆にも言われた。「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言う。実際そのとおりになる。また、南風が吹いているのを見ると、『暑くなる』と言う。事実そうなる。
偽善者よ、このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。」
◆訴える人と仲直りする
「あなたがたは、何が正しいかを、どうして自分で判断しないのか。あなたを訴える人と一緒に役人のところに行くときには、途中でその人と仲直りするように努めなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官のもとに連れて行き、裁判官は看守に引き渡し、看守は牢に投げ込む。言っておくが、最後の一レプトンを返すまで、決してそこから出ることはできない。」
(説教) 本日は、「初めて聞く人に分かる聖書の話」礼拝、説教題は「火を投ずるイエス様」です。小見出しとしては「分裂をもたらす」、「時を見分ける」、「訴える人と仲直りする」です。
最初の49節「私が来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。」私たちが少々驚く、イエス様の厳しい御言葉と感じます。イエス様は愛の方、優しい方、平和の方ではないのか。もちろんその通りですが、同時に本日の御言葉もイエス様の御言葉です。イエス様は、ただ優しく甘いだけの方ではなさそうです。火は聖霊、神の裁き、神の清めを意味します。私がこのイエス様の厳しい御言葉を聴いて連想するのは、イエス様が十字架に架かられる少し前に行われた「宮清め」、エルサレムの神殿を清められた行為です。
マタイによる福音書21章では、このように記されています。「イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛を倒された。そして言われた。『こう書いてある(旧約聖書のイザヤ書56章7節に)。「わたし(神様)の家は、祈りの家と呼ばれるべきである。」ところが、あなたたちはそれを強盗に巣にしている。』」これはまさに、私たちの世界に火を投げ込むような行為だったと思うのです。」このような一見荒っぽい行動をなさりながら、その神殿の境内で、目の見えない人や足の不自由な人々を、愛をもって癒されました。イエス様は、神様の聖なる尊い神殿が、人間たちの欲望にまみれることが、我慢ならなかったのだと思います。これは決して、イエス様が闇雲に腹立ちまぎれに行われたことではなく、神の子としての聖なる怒りを発揮された、父なる神様の御心に適う正しい行為と思います。人間の欲望にまみれた神殿を、神の火で聖化するような(清める)激しい行為だったと思います。イエス様はそのような方でもある。
ルカに戻り50節「しかし、私には受けねばならない洗礼(バプテスマ)がある。それが終わるまで、私はどんなに苦しむだろう。」これはイエス様の十字架の死を指しますね。イエス・キリストの最大の使命は、私たち全ての人間の全ての罪の責任を身代わりに背負って十字架で死なれ、三日目に復活なさることです。このイエス様を自分の救い主と信じ告白する人は、皆必ず、全ての罪の赦しと、永遠の命を受けます。「それが終わるまで、私はどんなに苦しむだろう。」そしてそれは終わりました。ヨハネ福音書19章の十字架の場面でイエス様は、「成し遂げられた」と言って頭を垂れて息を引き取られました。「それが終わる」の「終わる」という元の言葉は、「成し遂げられた」と同じ言葉です。「それが成し遂げられるまで、私はどんなに苦しむだろう。」それは成し遂げられたのです。イエス様の尊い苦しみの十字架の死による私たちの罪の贖い(償い)は成し遂げられ、完成しました。今や、自分の罪を悔い改めて、イエス様を自分の救い主と信じ告白する人には、永遠の命が与えられます。今はその恵みの時代に突入しています。
51節「あなた方は、私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。むしろ分裂だ。」マタイ福音書10章ではイエス様は、「平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」と宣言されるので、少々驚きます。基本的にイエス様は「平和の主」です。マタイ福音書5章9節で、「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」と言われた通りです。この平和は、単なる妥協の産物の平和ではないと思います。真理に基づく平和と思います。旧約聖書の詩編85編9節以下に、こうあります。「主は平和を宣言されます。ご自分の民に、主の慈しみに生きる人々に、彼らが愚かなふるまいに戻らないように。(~)慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます。」「正義と平和は口づけし」が重要と思います。平和は、正義や愛と両立してこそ、真の平和(旧約聖書のヘブライ語でシャローム)ではないでしょうか。
たとえば、アメリカに奴隷制度がありました。奴隷制度の中で、黒人と白人が仲良く暮らす地域があったかもしれません。争いがなく穏やかなので、真の平和があると言ってよいのでしょうか。奴隷制度があることは正義に反するでしょう。でも黒人も奴隷制度を受け入れているから、そのままでもよくてそれを平和と呼べるでしょうか。それは真の平和ではありません。奴隷制度をなくなって初めて、真の平和になります。奴隷制度をなくそうと提案する人が現れ、改革を行う必要があります。それを行わないなら、平和ではなく事なかれ主義に過ぎません。事なかれ主義は、一見平和に似て、実は平和ではありません。正義に反するからです。奴隷制度をなくそうと言う人が現れると、町の平和を乱し分裂をもたらす悪人として排斥されるでしょう。殺されるかもしれません。しかし彼こそ真の平和主義者です。イエス様も、このような人に似ているのではないでしょうか。
52節以下。「今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる。」これは、本日の旧約聖書・ミカ書7章6節の引用です。「息子は父を侮り、娘は母に、嫁は姑に立ち向かう。人の敵はその家の者だ。」聖書の基本的な教えは、モーセの十戒の第五の戒めです。「あなたの父母を敬え」です。これが基本なのですが、こと信仰については、イエス様を信じる道を選び取ることが、父なる神様に喜ばれる道です。イエス・キリストのメッセージは、私たちに決断を求めます。イエス様を救い主と信じて、イエス様の味方になるか、イエス様を救い主と告白せず、イエス様を信じないか。私たちは決断をして、どちらかを選ぶ取らないといけないのです。新約聖書の使徒言行録4章12節には、こうあります。「ほかの誰によっても、救いは得られません。私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
私の手元に『荒れ野に水は湧く ぞうり履きの伝道者 升崎外彦物語』(田中芳三著、キリスト新聞社、1969年)という本があります。この本は『親鸞よりキリストへ』という題でも出版されています。升崎外彦牧師は1892年に誕生され、1975年に天に召されておられます。熱心な仏教徒を父にもち、金沢のお寺の後継者になることが期待されていました。父から、「キリスト教は、最も下等で迷信的な宗教」と教え込まれていました。青年時代に行き詰まっていた時に、キリスト教の一派・救世軍の野戦(野外伝道)に出会います。イエス・キリストの福音を聞きます。「凡て労する者、重荷を負う者、我に来たれ、我汝らを休ません」(マタイ福音書11章28節)。キリスト教は邪教ではないことが分かりました。彼は探し求めていた、真の救い主に出会ったのです。彼は仏教の世界にいたので、独特の表現で救いの第一声を語りました。「おお主イエスよ、私は信じます。あなたこそ真の阿弥陀仏。生きた如来様です。」奇妙な言い方に聞こえますが、彼は当時仏教の世界の真っただ中にいたので、このような表現でイエス・キリストこそ真の救い主であることを告白したのです。
激怒したのはお父さんです。大切な息子が邪教を信じたと思いました。「外彦、耶蘇(キリスト)の洗礼が有難いか! 親の愛とどちらが有難いか!」という意味のことを言って、息子を冬の氷の張りつめた池の上に投げ飛ばしました。外彦が怪我をして血が吹き出ました。自分の真っ赤な血を見て、イエス様の十字架の愛の血潮を思い出した外彦は、「十字架の血潮は、わがためなり」という讃美歌を歌いました。外彦は、父親の前で両手をつき、「私が暫く親不幸者になりますことを、お許し下さい」と言いました。父は刀を持って、男泣きに泣いていました。外彦もたまらなく悲しかったのですが、イエス・キリストを捨てることはできないと、一旦、父と別れる決心をして、一礼して寺を出ました。イエス様の御言葉を思い出していました。マタイ10章35節です。「我地に平和を投ぜんために来たれりと思うな。かえって剣を投ぜんために来たれり。それ我が来れるは、人をその父より、娘を母より、嫁をその姑より分たんためなり。」金沢の南の小松市で、路傍伝道に励み、浄土真宗の盛んな土地だったので、「耶蘇気違い」と呼ばれました。その後、救世軍に入り、仙台や出雲、和歌山で伝道し、「草履履きの伝道者」と呼ばれました。その後、日本基督教団の教会の牧師になられたようです。
お父さんは、徹底した人で、わが子を耶蘇から取り戻そうと、キリスト教の弱点を突き、聖書の誤りを見つけようと、マタイ福音書1章から読み始めたのですが、さっぱり分かりません。そして旧約聖書・新約聖書を何回も読み返しました。救世軍の山室軍平の名著『平民の福音』も暗唱するほどに読みました。立派なお父さんです。「人にして神、神にして人なるイエス・キリストは、自分が日夜尊崇し奉る親鸞上人とは比較にならぬ、親鸞上人は一介の僧侶、彼キリストはまさに神の独り子と悟りました。「キリスト、神ならば御姿を現し給え」と父は21日間、食を断ち、滝に打たれる荒行を試みた。2月半ば、父65才でした。満願の21日目に滝から上がり、掌を合わせて念じていると、白衣のキリストが彷彿として出現したと言います。父はキリストを信じました。掛け軸に書をしたためました。「振り向いてカルバリ山を仰ぎけり。」カルバリ山とは、イエス様が十字架に架かられたゴルゴタの丘(されこうべの場所の意味で、ラテン語にするとカルバリになるようです)。
父と子は完全に和解し、あふれるような感謝の祈りが献げられました。その後71才で天に召されるまで、余生をキリストへの奉仕に献げました。その父が危篤になり、外彦が帰宅すると父は、「外彦、お前は偉い奴だ。お前はいいものを見つけたのお。礼を言うぞ。お前は俺を天国の特等席に案内してくれた大恩人だ。外彦、出雲へ帰れ、耶蘇(キリスト)のために働いて死ね、耶蘇のために働いて死ね。」父の時世の歌「荒野なる浮世の旅も今過ぎて 父の御許に行くぞ嬉しき。」一つの家族の中にクリスチャンが誕生すると、このように最初は波風が立つこともあります。ですがイエス様は、それを真の和解へと導いても下さると思うのです。
もう一度最初の49節「私が来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、私には受けねばならないバプテスマ(洗礼)がある。」この火を聖霊、神の裁き、清めの火とお話致しました。それも正しいと同時に、このような見方もあります。この燃える火は、キリストの聖なる愛だと。敵をさえ愛するイエス・キリストの聖なる愛だと。イエス様は、この聖なる愛を地上に投ずるために来られました。「その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。」この火は、イエス様の十字架の犠牲の愛に感動した人々の心の中に燃え上がります。日本にイエス・キリストの福音を初めてもたらしたフランシスコ・ザビエルの有名な肖像画がありますね。日本史の教科書に出てきます。私も確か、1997年頃に池袋で開催された「ザビエル展」で現物を見た記憶があります。あの絵を見ると、ザビエルの左の旨に真っ赤なハートが描かれています。あの真っ赤なハートは、ザビエルのイエス様への熱い愛を表現しているそうです。私たちもイエス様の十字架の熱烈な愛を受けとめて、熱い愛に燃やされてキリストを伝えて参りましょう。アーメン。
「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる。」
◆時を見分ける
イエスはまた群衆にも言われた。「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言う。実際そのとおりになる。また、南風が吹いているのを見ると、『暑くなる』と言う。事実そうなる。
偽善者よ、このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。」
◆訴える人と仲直りする
「あなたがたは、何が正しいかを、どうして自分で判断しないのか。あなたを訴える人と一緒に役人のところに行くときには、途中でその人と仲直りするように努めなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官のもとに連れて行き、裁判官は看守に引き渡し、看守は牢に投げ込む。言っておくが、最後の一レプトンを返すまで、決してそこから出ることはできない。」
(説教) 本日は、「初めて聞く人に分かる聖書の話」礼拝、説教題は「火を投ずるイエス様」です。小見出しとしては「分裂をもたらす」、「時を見分ける」、「訴える人と仲直りする」です。
最初の49節「私が来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。」私たちが少々驚く、イエス様の厳しい御言葉と感じます。イエス様は愛の方、優しい方、平和の方ではないのか。もちろんその通りですが、同時に本日の御言葉もイエス様の御言葉です。イエス様は、ただ優しく甘いだけの方ではなさそうです。火は聖霊、神の裁き、神の清めを意味します。私がこのイエス様の厳しい御言葉を聴いて連想するのは、イエス様が十字架に架かられる少し前に行われた「宮清め」、エルサレムの神殿を清められた行為です。
マタイによる福音書21章では、このように記されています。「イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛を倒された。そして言われた。『こう書いてある(旧約聖書のイザヤ書56章7節に)。「わたし(神様)の家は、祈りの家と呼ばれるべきである。」ところが、あなたたちはそれを強盗に巣にしている。』」これはまさに、私たちの世界に火を投げ込むような行為だったと思うのです。」このような一見荒っぽい行動をなさりながら、その神殿の境内で、目の見えない人や足の不自由な人々を、愛をもって癒されました。イエス様は、神様の聖なる尊い神殿が、人間たちの欲望にまみれることが、我慢ならなかったのだと思います。これは決して、イエス様が闇雲に腹立ちまぎれに行われたことではなく、神の子としての聖なる怒りを発揮された、父なる神様の御心に適う正しい行為と思います。人間の欲望にまみれた神殿を、神の火で聖化するような(清める)激しい行為だったと思います。イエス様はそのような方でもある。
ルカに戻り50節「しかし、私には受けねばならない洗礼(バプテスマ)がある。それが終わるまで、私はどんなに苦しむだろう。」これはイエス様の十字架の死を指しますね。イエス・キリストの最大の使命は、私たち全ての人間の全ての罪の責任を身代わりに背負って十字架で死なれ、三日目に復活なさることです。このイエス様を自分の救い主と信じ告白する人は、皆必ず、全ての罪の赦しと、永遠の命を受けます。「それが終わるまで、私はどんなに苦しむだろう。」そしてそれは終わりました。ヨハネ福音書19章の十字架の場面でイエス様は、「成し遂げられた」と言って頭を垂れて息を引き取られました。「それが終わる」の「終わる」という元の言葉は、「成し遂げられた」と同じ言葉です。「それが成し遂げられるまで、私はどんなに苦しむだろう。」それは成し遂げられたのです。イエス様の尊い苦しみの十字架の死による私たちの罪の贖い(償い)は成し遂げられ、完成しました。今や、自分の罪を悔い改めて、イエス様を自分の救い主と信じ告白する人には、永遠の命が与えられます。今はその恵みの時代に突入しています。
51節「あなた方は、私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。むしろ分裂だ。」マタイ福音書10章ではイエス様は、「平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」と宣言されるので、少々驚きます。基本的にイエス様は「平和の主」です。マタイ福音書5章9節で、「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」と言われた通りです。この平和は、単なる妥協の産物の平和ではないと思います。真理に基づく平和と思います。旧約聖書の詩編85編9節以下に、こうあります。「主は平和を宣言されます。ご自分の民に、主の慈しみに生きる人々に、彼らが愚かなふるまいに戻らないように。(~)慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます。」「正義と平和は口づけし」が重要と思います。平和は、正義や愛と両立してこそ、真の平和(旧約聖書のヘブライ語でシャローム)ではないでしょうか。
たとえば、アメリカに奴隷制度がありました。奴隷制度の中で、黒人と白人が仲良く暮らす地域があったかもしれません。争いがなく穏やかなので、真の平和があると言ってよいのでしょうか。奴隷制度があることは正義に反するでしょう。でも黒人も奴隷制度を受け入れているから、そのままでもよくてそれを平和と呼べるでしょうか。それは真の平和ではありません。奴隷制度をなくなって初めて、真の平和になります。奴隷制度をなくそうと提案する人が現れ、改革を行う必要があります。それを行わないなら、平和ではなく事なかれ主義に過ぎません。事なかれ主義は、一見平和に似て、実は平和ではありません。正義に反するからです。奴隷制度をなくそうと言う人が現れると、町の平和を乱し分裂をもたらす悪人として排斥されるでしょう。殺されるかもしれません。しかし彼こそ真の平和主義者です。イエス様も、このような人に似ているのではないでしょうか。
52節以下。「今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる。」これは、本日の旧約聖書・ミカ書7章6節の引用です。「息子は父を侮り、娘は母に、嫁は姑に立ち向かう。人の敵はその家の者だ。」聖書の基本的な教えは、モーセの十戒の第五の戒めです。「あなたの父母を敬え」です。これが基本なのですが、こと信仰については、イエス様を信じる道を選び取ることが、父なる神様に喜ばれる道です。イエス・キリストのメッセージは、私たちに決断を求めます。イエス様を救い主と信じて、イエス様の味方になるか、イエス様を救い主と告白せず、イエス様を信じないか。私たちは決断をして、どちらかを選ぶ取らないといけないのです。新約聖書の使徒言行録4章12節には、こうあります。「ほかの誰によっても、救いは得られません。私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
私の手元に『荒れ野に水は湧く ぞうり履きの伝道者 升崎外彦物語』(田中芳三著、キリスト新聞社、1969年)という本があります。この本は『親鸞よりキリストへ』という題でも出版されています。升崎外彦牧師は1892年に誕生され、1975年に天に召されておられます。熱心な仏教徒を父にもち、金沢のお寺の後継者になることが期待されていました。父から、「キリスト教は、最も下等で迷信的な宗教」と教え込まれていました。青年時代に行き詰まっていた時に、キリスト教の一派・救世軍の野戦(野外伝道)に出会います。イエス・キリストの福音を聞きます。「凡て労する者、重荷を負う者、我に来たれ、我汝らを休ません」(マタイ福音書11章28節)。キリスト教は邪教ではないことが分かりました。彼は探し求めていた、真の救い主に出会ったのです。彼は仏教の世界にいたので、独特の表現で救いの第一声を語りました。「おお主イエスよ、私は信じます。あなたこそ真の阿弥陀仏。生きた如来様です。」奇妙な言い方に聞こえますが、彼は当時仏教の世界の真っただ中にいたので、このような表現でイエス・キリストこそ真の救い主であることを告白したのです。
激怒したのはお父さんです。大切な息子が邪教を信じたと思いました。「外彦、耶蘇(キリスト)の洗礼が有難いか! 親の愛とどちらが有難いか!」という意味のことを言って、息子を冬の氷の張りつめた池の上に投げ飛ばしました。外彦が怪我をして血が吹き出ました。自分の真っ赤な血を見て、イエス様の十字架の愛の血潮を思い出した外彦は、「十字架の血潮は、わがためなり」という讃美歌を歌いました。外彦は、父親の前で両手をつき、「私が暫く親不幸者になりますことを、お許し下さい」と言いました。父は刀を持って、男泣きに泣いていました。外彦もたまらなく悲しかったのですが、イエス・キリストを捨てることはできないと、一旦、父と別れる決心をして、一礼して寺を出ました。イエス様の御言葉を思い出していました。マタイ10章35節です。「我地に平和を投ぜんために来たれりと思うな。かえって剣を投ぜんために来たれり。それ我が来れるは、人をその父より、娘を母より、嫁をその姑より分たんためなり。」金沢の南の小松市で、路傍伝道に励み、浄土真宗の盛んな土地だったので、「耶蘇気違い」と呼ばれました。その後、救世軍に入り、仙台や出雲、和歌山で伝道し、「草履履きの伝道者」と呼ばれました。その後、日本基督教団の教会の牧師になられたようです。
お父さんは、徹底した人で、わが子を耶蘇から取り戻そうと、キリスト教の弱点を突き、聖書の誤りを見つけようと、マタイ福音書1章から読み始めたのですが、さっぱり分かりません。そして旧約聖書・新約聖書を何回も読み返しました。救世軍の山室軍平の名著『平民の福音』も暗唱するほどに読みました。立派なお父さんです。「人にして神、神にして人なるイエス・キリストは、自分が日夜尊崇し奉る親鸞上人とは比較にならぬ、親鸞上人は一介の僧侶、彼キリストはまさに神の独り子と悟りました。「キリスト、神ならば御姿を現し給え」と父は21日間、食を断ち、滝に打たれる荒行を試みた。2月半ば、父65才でした。満願の21日目に滝から上がり、掌を合わせて念じていると、白衣のキリストが彷彿として出現したと言います。父はキリストを信じました。掛け軸に書をしたためました。「振り向いてカルバリ山を仰ぎけり。」カルバリ山とは、イエス様が十字架に架かられたゴルゴタの丘(されこうべの場所の意味で、ラテン語にするとカルバリになるようです)。
父と子は完全に和解し、あふれるような感謝の祈りが献げられました。その後71才で天に召されるまで、余生をキリストへの奉仕に献げました。その父が危篤になり、外彦が帰宅すると父は、「外彦、お前は偉い奴だ。お前はいいものを見つけたのお。礼を言うぞ。お前は俺を天国の特等席に案内してくれた大恩人だ。外彦、出雲へ帰れ、耶蘇(キリスト)のために働いて死ね、耶蘇のために働いて死ね。」父の時世の歌「荒野なる浮世の旅も今過ぎて 父の御許に行くぞ嬉しき。」一つの家族の中にクリスチャンが誕生すると、このように最初は波風が立つこともあります。ですがイエス様は、それを真の和解へと導いても下さると思うのです。
もう一度最初の49節「私が来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、私には受けねばならないバプテスマ(洗礼)がある。」この火を聖霊、神の裁き、清めの火とお話致しました。それも正しいと同時に、このような見方もあります。この燃える火は、キリストの聖なる愛だと。敵をさえ愛するイエス・キリストの聖なる愛だと。イエス様は、この聖なる愛を地上に投ずるために来られました。「その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。」この火は、イエス様の十字架の犠牲の愛に感動した人々の心の中に燃え上がります。日本にイエス・キリストの福音を初めてもたらしたフランシスコ・ザビエルの有名な肖像画がありますね。日本史の教科書に出てきます。私も確か、1997年頃に池袋で開催された「ザビエル展」で現物を見た記憶があります。あの絵を見ると、ザビエルの左の旨に真っ赤なハートが描かれています。あの真っ赤なハートは、ザビエルのイエス様への熱い愛を表現しているそうです。私たちもイエス様の十字架の熱烈な愛を受けとめて、熱い愛に燃やされてキリストを伝えて参りましょう。アーメン。
2026-01-10 22:51:47(土)
「キリストの再臨に備えて生きる」 2026年1月11日(日)降誕節3第主日
(ルカによる福音書12:35~48)
「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」
(説教)本日は、降誕節第3主日礼拝。説教題は「キリストの再臨に備えて生きる」です。小見出しとしては「目を覚ましている僕」です。
最初の35節から、イエス様のお言葉「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしなさい。」これはイエス・キリストが地上にもう一度おいでになって、神の国が完成され、世界の歴史が終わるときのことを述べています。腰に帯を締めるとは、長い上着は労働や徒歩に適さないので、服の下の方を上に引き上げ、帯で締めることで、主人に従う用意が準備万端整っていることを表します。ともし火をともしているということは、主人の帰りが夜になりそうだということを暗示しています。
主人が戸をたたくと語られますが、この言葉は、ヨハネの黙示録3章20節の、イエス様の御言葉を思い出させます。「見よ、私は戸口に立って、たたいている。誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう。」これは、東久留米教会の初代牧師・浅野悦昭先生の愛唱聖句の一つと聞いています。浅野先生のお話によると、その戸口は、私たちの心の戸口ですが、特徴は内側にしかドアノブがついていないそうです。イエス様は、外から「開けてほしい」とノックしておられるが、外にはノブがないので、イエス様が開けることはできない。私たちの側にのみ、ノブがある。開けてイエス様を迎え入れるかどうかは、私たち次第だ。イエス様は私たちを聖なる愛で愛しておられるので、私たちがドアを開けることを、切に願っておられる。しかし強制すると愛ではなくなるので、イエス様は強制はなさらない。イエス様は、辛抱強く私たちの心のドアを、外からノックし続けておられる。その通りだと思います。
但し、本日の個所はやや違うメッセージで、イエス様がもう一度天から地上に来られる再臨の時に、すぐに戸を開けようと待っている人のようにしなさい、と私たちに呼びかけられています。その時に、最後の審判が行われるのですね。37節「主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。」
再臨なさるときイエス様は、よい僕たちを褒め、イエス様ご自身が帯を締めて、僕たちを食事の席に着かれ、もてなして給仕して下さるというのです。本当に恐れ多い恵みです。この御言葉は、私たちに聖餐式を連想させるのではないでしょうか。聖餐式で私たちは、聖なるパンと聖なるぶどう液を食べ飲みします。聖餐式は、直接には人間の牧師が司式させていただきますが、真の司式者は復活されたイエス・キリストです。私たちのために十字架で命を献げて、私たちに最大の愛の奉仕をして下さったイエス様が、目には見えなくても、聖餐式の真の司式者です。洗礼式の真の司式者でもあります。聖餐式の真の司式者として私たちを給仕して下さっているイエス様が、再臨なさった時も、よき僕たちをねぎらって、愛を込めて給仕して下さいます。
38節「主人が真夜中に帰って来ても、夜明けに帰って来ても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。」イエス様は、ご自分を泥棒にたとえておられますね。40節「あなた方も用意していなさい。人の子(イエス様)は思いがけない時に来るからである。」イエス・キリストがいつおいでになるか、私たちには誰にも分からないのです。今日かもしれないし、数千年先かもしれません。予知不可能です。私たちは油断したり、気を緩めることなく、イエス様が今日再臨されても、遠い将来再臨されるにしても。いつ再臨されてよいように、礼拝しながらお待ちすることが大切と思います。本日の前半でイエス様は、「目を覚ましていなさい」と二回繰り返しておられます。
先週の月曜日に私は、東京神学大学の「教職セミナー」に一日のみ参加致しました。東京神学大学の卒業生以外の牧師方も参加できる会です。開会礼拝では、学長先生が説教されました。聖書は、コロサイの信徒への手紙4章2節以下です。イエス・キリストの使徒パウロが書いた手紙です。「目を覚まして感謝をこめ、ひたすら祈りなさい。同時に、私たちのためにも祈って下さい。神が御言葉のために門を開いて下さり、私たちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、私は牢につながれています。私がしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈って下さい。時をよく用い、外部の人に対して賢く振舞いなさい。いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。」
ここでも「目を覚まして」と、語られました。「目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。」そこで学長が語られたことは、やはり祈りの大切さだったと思います。「目を覚まして」とは、「この世の中に埋没しないで」ということと思います。「ありのままの自分の現実を見つめれば、小さく罪深い自分こそが、自分のありのままの姿と分かる。自分の小ささを見れば、神の恵みなしに生きられないことが分かる。祈りなしには、やっていけないことが分かる。こうして、どうしても祈るように押し出される。祈らないで、やっていける。自分の力でやっていける。そう思う時、私たちは祈らなくなる。神より自分の力に頼ろうとする。しかし、よく見れば、自分のありのままの姿は小さく、罪深い者だと分かる。従って、どうしても祈るようになる。」大体このようなお話をされ、セミナー全体のテーマも、「祈り」だったので、私ももっと聖書の中の祈りを読み、ますます信仰の目を覚まして、祈る者になる必要があると励まされて帰って来ました。パウロは、「私は牢にいるが、私が伝道できるように祈って下さい」と言っています。パウロほどの信仰者が、他のクリスチャンに「私のために祈って下さい」と頼むのですから、私たちはなおさら、「私のために祈って下さい」と頼み合う必要がありますね。パウロは、「時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい」とも述べています。私たちも今日も与えられている貴重な時を賢く用いて、イエス・キリストを宣べ伝えましょう。外部の人に対して賢く振舞うとは何を意味するのか、答えは一つではないと思いますが、まだキリストを信じていない人々に、キリストを伝えることももちろん、有力な答えだと思います。パウロは「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい」とも勧めていて、私も気をつけようと思います。
私の聖書の本日の個所のページに、私の書き込みがあり、マルティン・ルターの言葉として、こう書いてあります。「教会の祈りが、世界の滅びを防ぐ。」私がどこかで読んだルターの言葉でしょう。「教会が(私たちクリスチャン)が信仰の目を覚まして、執り成しの祈りを続けることが、世界の滅びを防ぐ。」そうだと思います。プーチンも習近平もトランプも、「自分の国ファースト」で、世界の平和を本当に目指していると思えません。私たちの祈りで、少しでも世界を平和と愛の方向にもっていく。それくらいの使命感をもって一人一人が祈っていってよいと思います。今の世界のリーダーたちは、核兵器廃絶に後ろ向きです。キリスト教と直接関係ないかもしれませんが、世界の終末時計というものがあって、人類滅亡まであと89秒と、これまでで最短になっています。キリストの再臨以外の核戦争、温暖化等によって人類が自分を滅ぼさないように、世界が少しでもよくなるように、熱心に祈りたいものです。「教会の祈りが、世界の滅びを防ぐ。」励まされる言葉です。
本日のルカの後半も見ます。そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。」
ペトロが率先してイエス様に質問していますが、やはりペトロは十二弟子のリーダー格なのですね。イエス様のお答えは、教会の責任者に向けられた答えと思います。神父、牧師、宣教師、役員、教会学校のリーダーの方々が対象でしょう。ここにで忠実で賢い管理人と、その反対で、不忠実で悪い管理人が登場しています。もちろん私たちは、イエス様がいつ再臨しても「忠実で賢い、良い管理人」と言っていただけるように、励みたいのです。私が神学生時代の1993年夏に、静岡草深教会という教会に40日間弱、夏期伝道実習に参りました。主任牧師の辻宣道先生の教えの一つは、「小さなことに忠実であれ」でした。今日の御言葉を読み、思い出しました。「小さなことに忠実でありたい」と思いつつ、100点にはできていないとの反省、悔い改めさせられます。
48節後半「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。」神様から多くの恵みや賜物を預けられた人は、恵みに感謝して多く応答することが求められ、多くの奉仕をよく行った人には、恵みとして更に多くの働きが求められ、期待されるということでしょう。単にがんばれというわけではなく、神様が必ず助けて下さる保証があります。ですが、どうしても重荷の場合もあるので、その時は断ってもよいのだと思います。奉仕は本来、感謝して喜んで行わせていただくことが原則と思います。ガラテヤの信徒への手紙6章2節に、「互いに重荷を担いなさい」と書かれています。
イエス様の再臨について、テサロニケの信徒への手紙(一)5章4節以下に、励まされる御言葉が書かれています(読む)。18世紀のドイツの著名な牧師ブルームハルトは、イエス様の再臨に備えて馬車を用意していたと言う。私たちには馬車は用意できないが、大事なのは心構え。私たちは、再臨の前に地上の人生を終えてイエス様に会って、最後の審判を受けるか、再臨まで生き残って再臨のイエス様に出会うか、どちらかです。全ての人に最後の審判があります。しかしイエス様を救い主と信じ、自分の罪を悔い改めて洗礼を受ければ、最後の審判で無罪の判決を受けます。私たちは全ての方がイエス様を救い主と信じ告白して、洗礼を受け、救われるように切望します。聖書全巻の締めくくり。イエス様が言われます。「然り、私はすぐに来る。」キリストの花嫁である教会の応答が響きます。「アーメン。主イエスよ、来て下さい。」コリントの信徒への手紙(一)16章でパウロが言います。「マラナタ」(主よ、来て下さい)。こう祈りながら、信仰生活と日常生活を両方とも、責任をもって営んで参りたいと思います。アーメン。
「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」
(説教)本日は、降誕節第3主日礼拝。説教題は「キリストの再臨に備えて生きる」です。小見出しとしては「目を覚ましている僕」です。
最初の35節から、イエス様のお言葉「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしなさい。」これはイエス・キリストが地上にもう一度おいでになって、神の国が完成され、世界の歴史が終わるときのことを述べています。腰に帯を締めるとは、長い上着は労働や徒歩に適さないので、服の下の方を上に引き上げ、帯で締めることで、主人に従う用意が準備万端整っていることを表します。ともし火をともしているということは、主人の帰りが夜になりそうだということを暗示しています。
主人が戸をたたくと語られますが、この言葉は、ヨハネの黙示録3章20節の、イエス様の御言葉を思い出させます。「見よ、私は戸口に立って、たたいている。誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう。」これは、東久留米教会の初代牧師・浅野悦昭先生の愛唱聖句の一つと聞いています。浅野先生のお話によると、その戸口は、私たちの心の戸口ですが、特徴は内側にしかドアノブがついていないそうです。イエス様は、外から「開けてほしい」とノックしておられるが、外にはノブがないので、イエス様が開けることはできない。私たちの側にのみ、ノブがある。開けてイエス様を迎え入れるかどうかは、私たち次第だ。イエス様は私たちを聖なる愛で愛しておられるので、私たちがドアを開けることを、切に願っておられる。しかし強制すると愛ではなくなるので、イエス様は強制はなさらない。イエス様は、辛抱強く私たちの心のドアを、外からノックし続けておられる。その通りだと思います。
但し、本日の個所はやや違うメッセージで、イエス様がもう一度天から地上に来られる再臨の時に、すぐに戸を開けようと待っている人のようにしなさい、と私たちに呼びかけられています。その時に、最後の審判が行われるのですね。37節「主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。」
再臨なさるときイエス様は、よい僕たちを褒め、イエス様ご自身が帯を締めて、僕たちを食事の席に着かれ、もてなして給仕して下さるというのです。本当に恐れ多い恵みです。この御言葉は、私たちに聖餐式を連想させるのではないでしょうか。聖餐式で私たちは、聖なるパンと聖なるぶどう液を食べ飲みします。聖餐式は、直接には人間の牧師が司式させていただきますが、真の司式者は復活されたイエス・キリストです。私たちのために十字架で命を献げて、私たちに最大の愛の奉仕をして下さったイエス様が、目には見えなくても、聖餐式の真の司式者です。洗礼式の真の司式者でもあります。聖餐式の真の司式者として私たちを給仕して下さっているイエス様が、再臨なさった時も、よき僕たちをねぎらって、愛を込めて給仕して下さいます。
38節「主人が真夜中に帰って来ても、夜明けに帰って来ても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。」イエス様は、ご自分を泥棒にたとえておられますね。40節「あなた方も用意していなさい。人の子(イエス様)は思いがけない時に来るからである。」イエス・キリストがいつおいでになるか、私たちには誰にも分からないのです。今日かもしれないし、数千年先かもしれません。予知不可能です。私たちは油断したり、気を緩めることなく、イエス様が今日再臨されても、遠い将来再臨されるにしても。いつ再臨されてよいように、礼拝しながらお待ちすることが大切と思います。本日の前半でイエス様は、「目を覚ましていなさい」と二回繰り返しておられます。
先週の月曜日に私は、東京神学大学の「教職セミナー」に一日のみ参加致しました。東京神学大学の卒業生以外の牧師方も参加できる会です。開会礼拝では、学長先生が説教されました。聖書は、コロサイの信徒への手紙4章2節以下です。イエス・キリストの使徒パウロが書いた手紙です。「目を覚まして感謝をこめ、ひたすら祈りなさい。同時に、私たちのためにも祈って下さい。神が御言葉のために門を開いて下さり、私たちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、私は牢につながれています。私がしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈って下さい。時をよく用い、外部の人に対して賢く振舞いなさい。いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。」
ここでも「目を覚まして」と、語られました。「目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。」そこで学長が語られたことは、やはり祈りの大切さだったと思います。「目を覚まして」とは、「この世の中に埋没しないで」ということと思います。「ありのままの自分の現実を見つめれば、小さく罪深い自分こそが、自分のありのままの姿と分かる。自分の小ささを見れば、神の恵みなしに生きられないことが分かる。祈りなしには、やっていけないことが分かる。こうして、どうしても祈るように押し出される。祈らないで、やっていける。自分の力でやっていける。そう思う時、私たちは祈らなくなる。神より自分の力に頼ろうとする。しかし、よく見れば、自分のありのままの姿は小さく、罪深い者だと分かる。従って、どうしても祈るようになる。」大体このようなお話をされ、セミナー全体のテーマも、「祈り」だったので、私ももっと聖書の中の祈りを読み、ますます信仰の目を覚まして、祈る者になる必要があると励まされて帰って来ました。パウロは、「私は牢にいるが、私が伝道できるように祈って下さい」と言っています。パウロほどの信仰者が、他のクリスチャンに「私のために祈って下さい」と頼むのですから、私たちはなおさら、「私のために祈って下さい」と頼み合う必要がありますね。パウロは、「時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい」とも述べています。私たちも今日も与えられている貴重な時を賢く用いて、イエス・キリストを宣べ伝えましょう。外部の人に対して賢く振舞うとは何を意味するのか、答えは一つではないと思いますが、まだキリストを信じていない人々に、キリストを伝えることももちろん、有力な答えだと思います。パウロは「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい」とも勧めていて、私も気をつけようと思います。
私の聖書の本日の個所のページに、私の書き込みがあり、マルティン・ルターの言葉として、こう書いてあります。「教会の祈りが、世界の滅びを防ぐ。」私がどこかで読んだルターの言葉でしょう。「教会が(私たちクリスチャン)が信仰の目を覚まして、執り成しの祈りを続けることが、世界の滅びを防ぐ。」そうだと思います。プーチンも習近平もトランプも、「自分の国ファースト」で、世界の平和を本当に目指していると思えません。私たちの祈りで、少しでも世界を平和と愛の方向にもっていく。それくらいの使命感をもって一人一人が祈っていってよいと思います。今の世界のリーダーたちは、核兵器廃絶に後ろ向きです。キリスト教と直接関係ないかもしれませんが、世界の終末時計というものがあって、人類滅亡まであと89秒と、これまでで最短になっています。キリストの再臨以外の核戦争、温暖化等によって人類が自分を滅ぼさないように、世界が少しでもよくなるように、熱心に祈りたいものです。「教会の祈りが、世界の滅びを防ぐ。」励まされる言葉です。
本日のルカの後半も見ます。そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。」
ペトロが率先してイエス様に質問していますが、やはりペトロは十二弟子のリーダー格なのですね。イエス様のお答えは、教会の責任者に向けられた答えと思います。神父、牧師、宣教師、役員、教会学校のリーダーの方々が対象でしょう。ここにで忠実で賢い管理人と、その反対で、不忠実で悪い管理人が登場しています。もちろん私たちは、イエス様がいつ再臨しても「忠実で賢い、良い管理人」と言っていただけるように、励みたいのです。私が神学生時代の1993年夏に、静岡草深教会という教会に40日間弱、夏期伝道実習に参りました。主任牧師の辻宣道先生の教えの一つは、「小さなことに忠実であれ」でした。今日の御言葉を読み、思い出しました。「小さなことに忠実でありたい」と思いつつ、100点にはできていないとの反省、悔い改めさせられます。
48節後半「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。」神様から多くの恵みや賜物を預けられた人は、恵みに感謝して多く応答することが求められ、多くの奉仕をよく行った人には、恵みとして更に多くの働きが求められ、期待されるということでしょう。単にがんばれというわけではなく、神様が必ず助けて下さる保証があります。ですが、どうしても重荷の場合もあるので、その時は断ってもよいのだと思います。奉仕は本来、感謝して喜んで行わせていただくことが原則と思います。ガラテヤの信徒への手紙6章2節に、「互いに重荷を担いなさい」と書かれています。
イエス様の再臨について、テサロニケの信徒への手紙(一)5章4節以下に、励まされる御言葉が書かれています(読む)。18世紀のドイツの著名な牧師ブルームハルトは、イエス様の再臨に備えて馬車を用意していたと言う。私たちには馬車は用意できないが、大事なのは心構え。私たちは、再臨の前に地上の人生を終えてイエス様に会って、最後の審判を受けるか、再臨まで生き残って再臨のイエス様に出会うか、どちらかです。全ての人に最後の審判があります。しかしイエス様を救い主と信じ、自分の罪を悔い改めて洗礼を受ければ、最後の審判で無罪の判決を受けます。私たちは全ての方がイエス様を救い主と信じ告白して、洗礼を受け、救われるように切望します。聖書全巻の締めくくり。イエス様が言われます。「然り、私はすぐに来る。」キリストの花嫁である教会の応答が響きます。「アーメン。主イエスよ、来て下さい。」コリントの信徒への手紙(一)16章でパウロが言います。「マラナタ」(主よ、来て下さい)。こう祈りながら、信仰生活と日常生活を両方とも、責任をもって営んで参りたいと思います。アーメン。
2026-01-03 18:58:44(土)
「十二才のイエス様の信仰」 2026年1月4日(日)降誕節2第主日公同礼拝
(ルカによる福音書2:41~52)
さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。
(説教)
本日は、降誕節第2主日礼拝。説教題は「十二才のイエス様の信仰」です。小見出しとしては「神殿での少年イエス」です。
新約聖書の中で、イエス様の少年時代の出来事が記されているのは、この一か所のみです。最初の41節から。「さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。」旧約聖書の出エジプト記23章14節以下にこうあります。「あなたは年に三度、私(神様)のために祭りを行わねばならない。~年に三度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない。」この三度の祭りとは、過越祭(除酵祭を含む)・七週祭(ペンテコステ)、仮庵祭です。しかしイエス様の時代、多くのユダヤ人(イスラエル人)は都エルサレムから遠くに住んでいたので、毎年三回もエルサレムに行くことは無理でした。それでこの三つのどれかに、毎年参加していたようです。女性はこれらの祭りに参加することはできたが、義務ではなかったそうです。当時のイスラエルは、やはり非常に男性中心の社会だったのです。
イエス様が十二才になったときも、両親マリアとヨセフは、旧約聖書の教えに従って過越祭に合わせて、エルサレムに上りました。ユダヤ人は十二才で成人するそうです。十二才で「律法の子」と呼ばれるようになり、大人になったのだから律法(その代表は十戒)を守りなさいと教えられていたそうです。エルサレムに上る時、多くの場合、村ごとに人々が一体となって進んだそうです。その時、詩編121編等を歌いながら歩いたそうです。詩編121編は「都に上る歌」ですから。ナザレからエルサレムまで直線距離で約100キロ。当時の旅は一日6時間15キロ歩いたそうなので片道一週間だったと思います。
43~45節「祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。」エルサレムへの生き帰りは、男女別のグループに分かれて歩いたそうです。マリアはイエス様がヨセフと一緒にいると思い、ヨセフはイエス様がマリアと一緒にいると思って安心していたと思われます。ところがそうでなかったので、真っ青になりました。
46節「三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。」両親は三日間わが子イエス様の姿を見失っていましたが、三日後に発見しました。これはイエス様の十字架の死と、三日目の復活を暗示しているように思えます。12才のイエス様は、エルサレムの壮麗な神殿の境内で、大人の律法学者たちの話を聴き、質問をしておられました。どんな質問をなさったのか、聞いてみたいですね。イエス様は大人の律法学者以上に、旧約聖書を深く本質的に理解していたのでしょうから、モーセの十戒等について本質を衝く、鋭い質問をしておられたのではないかと思います。聞いていた大人たちは、イエス様の賢い受け答えに驚いていました。「神童のようだ」と感じて驚いていたのだと思います。それをようやくマリアとヨセフが見つけます。「まさか神殿にいたとは」と思ったでしょう。
48~49節「両親はイエスを見て驚き、母が言った。『なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。』すると、イエスは言われた。『どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。』」前にも申しましたが、この「当たり前」という言葉は、元のギリシア語で「デイ」という短い言葉です。必然、神の必然を意味します。「どうして私を捜したのですか。私が自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」私がこの神殿いるのは必然的、当たり前のことだ、と言っています。神様を「自分の父」と呼んでいますから、ご自分はその子、神の子だと宣言しています。実に大胆な宣言ですが、イエス様にとっては当たり前です。「私はヨセフお父さんの子、マリアお母さんの子である前に、神の子ですよ」と言っているのです。「こんな当たり前のことを、お父さん、お母さんは知らなかったのですか。知っておられなかったとは驚きです。当然分かっておられると思っていました」と言っておられるように見えます。
イエス様が父なる神様の聖霊が満ちる神殿におられることは、旧約聖書で言えばサムエル記・上3章で、少年サムエル(生涯を通して神の忠実な僕)がシロという場所にあった「主の家、神の家」(神殿の前身のような神がおられる場所)で神に仕えていたのと同じように、全く自然で当たり前のことでした。サムエルは、イエス様の時代より約1000年前の人です。これは有名な場面です。神様が来てそこに立たれ、サムエルを四度呼ばれました。少年サムエルは答えます。「どうぞお話ください。僕(しもべ)は聞いております。」同じように12才のイエス様も神殿で、「どうぞお話下さい。僕は聞いております」の姿勢で、父なる神様の御心を懸命に聴き取ろうとしておられたと思うのです。
50節「しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。」マリアもヨセフも、イエス様がマリアの処女妊娠で生まれたことを知っています。そしてイエス様が生まれたとき、羊飼いたちが来て、彼らが天使のメッセージ「あなた方は布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなた方へのしるしである」を聞いた、と言ったことも経験しています。この子は神様の特別の子で、普通の子ではないことも知っていました。しかしそれから12年間があまり変わったこともなく過ぎて、12年前のことを忘れかけていたかもしれません。しかし今回の出来事で、マリアとヨセフの心には、12年前の不思議な出来事が思い出され、「この子は、普通の子ではない」との思いが甦ったのではないでしょうか。
51節「それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮しになった。」少年イエス様は、モーセの十戒の第五の戒めにある通り「あなたの父母を敬え」の教えを実行して、暮されたのだと思います。「母はこれらのことをすべて心に納めていた。」ある英語の訳を見ると、マリアはこれらのことを treasured したと訳されています。Treasure は宝ですから、今回の出来事を心の中で宝物のように大切に温めて思い巡らしたという意味になりますね。これはとても素敵な訳です。52節「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」
先程の「デイ」(必然)という言葉を考えるなら、この言葉は他の箇所にも出てきます。そしてイエス様が神殿におられることも必然ですし、さらには私たちの罪の責任を全て背負うために十字架に架かることが「デイ」、つまりイエス様にとって必然だということが、次第に明らかになります。イエス様は、マリアさんがお腹を痛めて産んだわが子ですが、同時にマリアの子であってそれだけではない、神の子であることが優先される。そのような使命を持った子なのです。マリアはこの後も、イエス様の活動をなかなか十分に理解できません。しかしイエス様の十字架の足元に立ち、イエス様の復活後には、すべてをはっきり理解したものと思います。イエス様は母マリアを愛しておられますが、親子の情よりも、父なる神様に従うことを優先する生き方をなさいます。母マリアも、愛するわが子を、父なる神様に献げる、信頼して委ねる生き方へと導かれました。そのマリアの信仰は、イエス様の十字架の死と言う耐え難い苦難を通りましたが、三日目のイエス様の復活によって報われました。たとえようもない大きな苦難を通りましたが、マリアの生涯が父なる神様に裏切られる生涯とはならず、父なる神様に報われる生涯となりました。イエス様の復活によってです。私たちもほっとしますね。
マリアに似た経験をした人として、旧約聖書のアブラハムがいます。創世記22章に、アブラハムが、神様の約束によって生まれた息子イサクを神様に献げる場面があります。神がアブラハムに言われます。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。私が命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物として献げなさい。」アブラハムはイサクを連れて、翌朝出発します。神に命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に乗せます。そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を持ち、息子を屠ろうとします。刃物で刺して神に献げようとしたのです。すると天から主の御使いが「アブラハム、アブラハム」と呼びかけ、彼が「はい」と答えると御使いが言います。「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、私に献げることを惜しまなかった。」アブラハムはこうして、すんでのところでイサクを屠らないで済みました。しかしアブラハムはそこまでしたのですから、事実上、イサクを神に献げたのと同じです。同じように、マリアもわが子イエス様を父なる神様に献げたのです。アブラハムよりもっと献げました。イサクは死ななかったけれども、イエス様は十字架で本当に死なれたからです。アブラハムの信仰以上に、 マリアさんの信仰は深く、マリアさんはアブラハム以上に、神様に従ったと思うのです。マリアさんは、イエス様の十字架上での死という想像もできない試練を受けましたが、幸い父なる神様は、イエス様を三日目に復活させて下さいました。
父なる神様にとっても、独り子イエス様の十字架の死は、耐えがたく辛いことであったと思います。父なる神様もその悲痛に耐えて下さいました。私たちの罪を赦し、私たちに永遠の命を与えるためです。私たちはイエス様の十字架上の死という犠牲のお陰で、全ての罪を赦され、永遠の命をいただきました。大きな感謝です。そこで私たちもマリアさんを信仰の模範と見て、父なる神様に従ってゆきます。共に礼拝を献げながら、各々の仕方で、父なる神様に従う人生を歩みきって参りましょう。アーメン。
さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。
(説教)
本日は、降誕節第2主日礼拝。説教題は「十二才のイエス様の信仰」です。小見出しとしては「神殿での少年イエス」です。
新約聖書の中で、イエス様の少年時代の出来事が記されているのは、この一か所のみです。最初の41節から。「さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。」旧約聖書の出エジプト記23章14節以下にこうあります。「あなたは年に三度、私(神様)のために祭りを行わねばならない。~年に三度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない。」この三度の祭りとは、過越祭(除酵祭を含む)・七週祭(ペンテコステ)、仮庵祭です。しかしイエス様の時代、多くのユダヤ人(イスラエル人)は都エルサレムから遠くに住んでいたので、毎年三回もエルサレムに行くことは無理でした。それでこの三つのどれかに、毎年参加していたようです。女性はこれらの祭りに参加することはできたが、義務ではなかったそうです。当時のイスラエルは、やはり非常に男性中心の社会だったのです。
イエス様が十二才になったときも、両親マリアとヨセフは、旧約聖書の教えに従って過越祭に合わせて、エルサレムに上りました。ユダヤ人は十二才で成人するそうです。十二才で「律法の子」と呼ばれるようになり、大人になったのだから律法(その代表は十戒)を守りなさいと教えられていたそうです。エルサレムに上る時、多くの場合、村ごとに人々が一体となって進んだそうです。その時、詩編121編等を歌いながら歩いたそうです。詩編121編は「都に上る歌」ですから。ナザレからエルサレムまで直線距離で約100キロ。当時の旅は一日6時間15キロ歩いたそうなので片道一週間だったと思います。
43~45節「祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。」エルサレムへの生き帰りは、男女別のグループに分かれて歩いたそうです。マリアはイエス様がヨセフと一緒にいると思い、ヨセフはイエス様がマリアと一緒にいると思って安心していたと思われます。ところがそうでなかったので、真っ青になりました。
46節「三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。」両親は三日間わが子イエス様の姿を見失っていましたが、三日後に発見しました。これはイエス様の十字架の死と、三日目の復活を暗示しているように思えます。12才のイエス様は、エルサレムの壮麗な神殿の境内で、大人の律法学者たちの話を聴き、質問をしておられました。どんな質問をなさったのか、聞いてみたいですね。イエス様は大人の律法学者以上に、旧約聖書を深く本質的に理解していたのでしょうから、モーセの十戒等について本質を衝く、鋭い質問をしておられたのではないかと思います。聞いていた大人たちは、イエス様の賢い受け答えに驚いていました。「神童のようだ」と感じて驚いていたのだと思います。それをようやくマリアとヨセフが見つけます。「まさか神殿にいたとは」と思ったでしょう。
48~49節「両親はイエスを見て驚き、母が言った。『なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。』すると、イエスは言われた。『どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。』」前にも申しましたが、この「当たり前」という言葉は、元のギリシア語で「デイ」という短い言葉です。必然、神の必然を意味します。「どうして私を捜したのですか。私が自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」私がこの神殿いるのは必然的、当たり前のことだ、と言っています。神様を「自分の父」と呼んでいますから、ご自分はその子、神の子だと宣言しています。実に大胆な宣言ですが、イエス様にとっては当たり前です。「私はヨセフお父さんの子、マリアお母さんの子である前に、神の子ですよ」と言っているのです。「こんな当たり前のことを、お父さん、お母さんは知らなかったのですか。知っておられなかったとは驚きです。当然分かっておられると思っていました」と言っておられるように見えます。
イエス様が父なる神様の聖霊が満ちる神殿におられることは、旧約聖書で言えばサムエル記・上3章で、少年サムエル(生涯を通して神の忠実な僕)がシロという場所にあった「主の家、神の家」(神殿の前身のような神がおられる場所)で神に仕えていたのと同じように、全く自然で当たり前のことでした。サムエルは、イエス様の時代より約1000年前の人です。これは有名な場面です。神様が来てそこに立たれ、サムエルを四度呼ばれました。少年サムエルは答えます。「どうぞお話ください。僕(しもべ)は聞いております。」同じように12才のイエス様も神殿で、「どうぞお話下さい。僕は聞いております」の姿勢で、父なる神様の御心を懸命に聴き取ろうとしておられたと思うのです。
50節「しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。」マリアもヨセフも、イエス様がマリアの処女妊娠で生まれたことを知っています。そしてイエス様が生まれたとき、羊飼いたちが来て、彼らが天使のメッセージ「あなた方は布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなた方へのしるしである」を聞いた、と言ったことも経験しています。この子は神様の特別の子で、普通の子ではないことも知っていました。しかしそれから12年間があまり変わったこともなく過ぎて、12年前のことを忘れかけていたかもしれません。しかし今回の出来事で、マリアとヨセフの心には、12年前の不思議な出来事が思い出され、「この子は、普通の子ではない」との思いが甦ったのではないでしょうか。
51節「それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮しになった。」少年イエス様は、モーセの十戒の第五の戒めにある通り「あなたの父母を敬え」の教えを実行して、暮されたのだと思います。「母はこれらのことをすべて心に納めていた。」ある英語の訳を見ると、マリアはこれらのことを treasured したと訳されています。Treasure は宝ですから、今回の出来事を心の中で宝物のように大切に温めて思い巡らしたという意味になりますね。これはとても素敵な訳です。52節「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」
先程の「デイ」(必然)という言葉を考えるなら、この言葉は他の箇所にも出てきます。そしてイエス様が神殿におられることも必然ですし、さらには私たちの罪の責任を全て背負うために十字架に架かることが「デイ」、つまりイエス様にとって必然だということが、次第に明らかになります。イエス様は、マリアさんがお腹を痛めて産んだわが子ですが、同時にマリアの子であってそれだけではない、神の子であることが優先される。そのような使命を持った子なのです。マリアはこの後も、イエス様の活動をなかなか十分に理解できません。しかしイエス様の十字架の足元に立ち、イエス様の復活後には、すべてをはっきり理解したものと思います。イエス様は母マリアを愛しておられますが、親子の情よりも、父なる神様に従うことを優先する生き方をなさいます。母マリアも、愛するわが子を、父なる神様に献げる、信頼して委ねる生き方へと導かれました。そのマリアの信仰は、イエス様の十字架の死と言う耐え難い苦難を通りましたが、三日目のイエス様の復活によって報われました。たとえようもない大きな苦難を通りましたが、マリアの生涯が父なる神様に裏切られる生涯とはならず、父なる神様に報われる生涯となりました。イエス様の復活によってです。私たちもほっとしますね。
マリアに似た経験をした人として、旧約聖書のアブラハムがいます。創世記22章に、アブラハムが、神様の約束によって生まれた息子イサクを神様に献げる場面があります。神がアブラハムに言われます。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。私が命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物として献げなさい。」アブラハムはイサクを連れて、翌朝出発します。神に命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に乗せます。そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を持ち、息子を屠ろうとします。刃物で刺して神に献げようとしたのです。すると天から主の御使いが「アブラハム、アブラハム」と呼びかけ、彼が「はい」と答えると御使いが言います。「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、私に献げることを惜しまなかった。」アブラハムはこうして、すんでのところでイサクを屠らないで済みました。しかしアブラハムはそこまでしたのですから、事実上、イサクを神に献げたのと同じです。同じように、マリアもわが子イエス様を父なる神様に献げたのです。アブラハムよりもっと献げました。イサクは死ななかったけれども、イエス様は十字架で本当に死なれたからです。アブラハムの信仰以上に、 マリアさんの信仰は深く、マリアさんはアブラハム以上に、神様に従ったと思うのです。マリアさんは、イエス様の十字架上での死という想像もできない試練を受けましたが、幸い父なる神様は、イエス様を三日目に復活させて下さいました。
父なる神様にとっても、独り子イエス様の十字架の死は、耐えがたく辛いことであったと思います。父なる神様もその悲痛に耐えて下さいました。私たちの罪を赦し、私たちに永遠の命を与えるためです。私たちはイエス様の十字架上の死という犠牲のお陰で、全ての罪を赦され、永遠の命をいただきました。大きな感謝です。そこで私たちもマリアさんを信仰の模範と見て、父なる神様に従ってゆきます。共に礼拝を献げながら、各々の仕方で、父なる神様に従う人生を歩みきって参りましょう。アーメン。