日本キリスト教団 東久留米教会

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2025-04-20 2:37:15()
「復活したキリストの宣教命令」2025年4月20日(日)イースター公同礼拝
(マルコ福音書16:1~20) 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。
◆マグダラのマリアに現れる
〔イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。
◆二人の弟子に現れる
その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、イエスが別の姿で御自身を現された。この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。
◆弟子たちを派遣する
その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」
◆天に上げられる
主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。
一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。〕
◇結び 二
 〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕

(説教) イースターおめでとうございます。本日の説教題は「復活したキリストの宣教命令」、最初の小見出しは「復活する」です。昨日は、雨天のため延期した東久留米教会の墓前礼拝を献げ、クリスチャンとして歩まれた方々が今は天におられることを確認して参りました。マルコ福音書15章によると、イエス様が金曜日の午後3時ころに十字架上で息を引き取られた後、アリマタヤ出身のヨセフが、イエス様の遺体を十字架から降ろして亜麻布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には非常に大きな石を転がして、墓を塞ぎました。非常に大きな石なので、ほかにも男性の協力者がいたのではないかと思われます。マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエス様の遺体を納めた場所を見つめていました。このヨセの母マリアは、前の40節に出て来る「小ヤコブとヨセの母マリア」と思われます。小ヤコブとはマルコ福音書3章の12弟子のリストに出て来る「アルファイの子ヤコブ」らしいので、「ヨセの母マリア」は、イエス様の母マリアではないようです。

 十字架で死なれたイエス様は、私たちが使徒信条で告白しているように、「死にて葬られ、陰府に降」っておられました。新約聖書のペトロの手紙(一)3章18~19節にこうあります。「キリストは、肉では死に渡されましたが、霊では生きるものとされたのです。そして、霊においてキリストは、捕らわれた霊たちのところへ行って、宣教されました。この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかったものです。」イエス様は確かに死なれたのですが、陰府(死者の国)に行って宣教なさったと書かれています。その後のことが、本日のマルコ福音書16章に書かれています。

 1~2節「安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメはイエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。」香料は、原語のギリシア語を見ると、「アロマー」です。良い香りの香料は高価だったとも思いますが、イエス様への愛に燃える婦人たちは香料(アロマ)を買い、イエス様の遺体を真心こめてケアをするために、日が出て光が射し始めると、すぐ墓に急ぎました。午前5時ころでしょうか。この行動は、男性の弟子たちとは全然違います。

 3~4節「彼女たちは、『誰が墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか』と話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。」石は転がされていたのです。受け身の形の動詞が使われています。石は既に転がされていた。神様が転がして下さったのです。神様が石を転がして、墓を開いて下さいました。神の御業です。

3節「墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。予想外のことなので、びっくりしたのです。6~8節「若者は言った。『驚くことはない。あなた方は十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。ご覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。「あの方は、あなた方より先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」と。』婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。恐ろしかったからである。」

 マルコ福音書は、4つの福音書の中で一番最初に書かれたと言われています。それだけに、イエス様の復活の朝の出来事を非常に素朴に率直に正直に書いている印象を受けます。もちろん他の福音書に書いてあることも本当でしょうが。マルコ福音書のイエス様の復活の場面で目立つのは、婦人たちの驚きです。婦人たちは、若者のを見驚き、若者のメッセージを聞いて、喜んだのではなく震え上がり、正気を失います。激しい衝撃・ショックを受け、恐ろしさで胸がいっぱいになり、そして墓を出て走って逃げたようです。大変な体験であり、気楽な体験では全然なかった。

 聖書には、罪ある私たち人間が、罪のない聖なる神様を直接見ると、死ぬという発想があります。出エジプト記3章に、モーセが神様と出会う場面がありますが、「モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った」と書かれています。婦人たちがあ出会った若者は、おそらく天使で、神様に造られた存在で、神様ではりません。それでも、聖なる栄光に輝く神様がおられる天から来たので、天のまばゆい栄光を身にまとっていたはずです。それで婦人たちは非常に恐れたのだと思います。旧約聖書の士師記13章で、サムソンという人の両親が天使に会う場面がありますが。サムソンの父となるマノアという人が妻に。「私たちは神を見てしまったから、死なねばなるまい」と言います。結果的には死なずにすんだのですが、「神を見たら死ぬ」という発想をしていることが分かります。この夫婦が出会ったのは天使ですが、天使に出会うことも、神様に出会うに近い衝撃的な体験だったと分かります。

 有名なのはイザヤ書6章です。これは紀元前736年頃のことと思われますが、預言者イザヤが、天におられる聖なる栄光に満ちた神様を垣間見る体験をしたのです。イザヤは。感謝して喜んだのではなく、圧倒されてしまい、「災いだ。私は滅ぼれる」と言ったのです。ある訳では「もうだめだ」と訳しています。イザヤも神様を見て、自分は死ぬと思ったのです。幸い死にませんでしたが。ダニエルというすばらしい信仰者もいましたが、ダニエルが天使ガブリエルに出会ったとき、恐れてひれ伏し、気を失った地に倒れました。ダニエルが次に天使に出会ったとき、ダニエルは、力を失い、自分は「「息も止まらんばかり」だと述べています。神様や天使に出会う体験は、このように圧倒される体験、息もとまらんばかり、気を失うショッキングな体験だと分かります。超自然的な方に会うのですから、当然とも言えます。この婦人たちの反応は、本当だったと思います。

 婦人たちの耳に入らなかったと思いますが、天使は大切なメッセージを語っています。「驚くことはない。あなた方は十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。」復活したは。受け身の動詞です。直訳すると「甦らされた、復活させられた」です。イエス様がご自分の力で甦ったのではなく、父なる神様の御力によって甦らされた、復活させられたのです。明記されていませんがが、主語は明らかに父なる神様です。

 天使は大切なメッセージを語っています。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなた方より先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」復活のイエス様が先に立って弟子たちと教会をリードして下さいます。これはありがたいことです。私たちが自分の努力と力だけで教会をリードして発展させると考えると、なかなか重荷ですが。復活されたイエス様が弟子たちと教会をリードして下さるのですから、ほっとして、「私たちもイエス様に導かれて努力しよう」という気持ちになれます。天使は「弟子たちとペトロに告げなさい」と言っています。他の弟子たちの名前は出ないで、ペトロの名前だけ出て来ます。これはやはり天使も神様も、ペトロの失敗をよく知っているからでしょう。

 それは木曜日から金曜日にかけての深夜のことですから、婦人たちが空の墓に行ったわずか二日前、おそらく約50時間前です。ペトロは思わず三度、イエス様を知らないと言ってしまいました。「あなたが何のことを言っているのか。私には分からないし、見当もつかない。」その後再び打ち消し、三度目は呪いの言葉さえ口にしながら、「あなた方の言っているそんな人は知らない」と言ってしまいました。イエス様の予告「鶏が二度鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」通りになり、ペトロは、イエス様の予告を思い出して、泣いたのです。自分の情けなさを悔やみ、自分の罪を悔い改めて激しく泣きました。もうイエス様に合わせる顔はないと思っていましたし、もしイエス様が復活なさっても、とても会えない気持ちだったと思います。イエス様も天使も、そのペトロの気持ちを十二分に察していました。ペトロの罪を赦している、ペトロを決して見捨てていないことを示すために、あえてペトロの名前を出して下さいました。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。」神様の温かいご配慮です。

 本日は「結び一」の最後まで読みました。次の小見出しは「マグダラのマリアに現れる」で。この出来事はヨハネ福音書20章11~18節に詳しく描かれています。その次の小見出し「二人の弟子に現れる」は。ルカによる福音書24章13~35節に詳しく描かれている出来事のことと思われます。そこは次週の礼拝で読みます。

 次の小見出しは、「弟子たちを派遣する」です。14~15節「その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを信じなかったからである。それから、イエスは言われた。『全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。』」全世界の「世界」は、元のギリシア語でコスモスという言葉です。コスモスという言葉には宇宙の意味もあるようですが、ここでは世界の意味、私たちが住む地球のことと言えます。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」「すべての造られたもの」は「全ての人間」の意味ととる人と、「神様がお造りになった自然界全体」の意味にとる人がいます。私は前者ととるのが無理がないと思いますが、後者の解釈も魅力的です。神様は最終的には全宇宙を救って下さるからです。ローマの信徒への手紙8章21節にこあります。「つまり、被造物(神様に造られたもの)も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子どもたちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。」アッシジのフランチェスコという昔のイタリアの聖人は、鳥にも説教したと言われますね。神様がお造りになった自然界、動植物を愛したフランチェスコ、鳥たちをも愛して、鳥たちにも説教をしたと。

 後者の解釈も魅力的ですが、「すべての造られたもの」は、全ての人間を指すと受け止めるのが自然でしょう。16節に「信じて洗礼(バプテスマ)を受けるものは救われるが、信じないものは滅びの宣告を受ける」とあるからです。もちろんこの御言葉は、全ての人に洗礼を受けて救われなさいという、イエス様の愛の招きだと信じます。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」1549年に日本に初めてその福音を宣べ伝えたフランシスコ・ザビエルは、イエス・キリスト2つの御言葉に非常に心を打たれていました。1つが今の御言葉です。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」もう1つが、「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」(マタイ福音書16章26節)。

 先月もお話したように、私は3月にエックハルト・シャルフシュベアトという医療宣教師のお話を伺いました。ドイツ人で、中国の雲南省でイエス・キリストの愛を証しされた方です。中国奥地伝道で著名なハドソン・テーラーという宣教師に憧れ、1999年から2016年までご一家で中国の雲南省に行かれ、ご本人は医者としての大変誠実なご奉仕を通して、イエス・キリストの愛を伝えられました。本当は表立っての伝道をなさりたかったのですが、中国ではそれが許されないため、医師としてご奉仕なさいました。同僚を招いてのクリスマス会は、行うことができたそうです。この先生は私たちに、「あなたの人生(生き方)が、あなたのメッセージ」ということを冒頭に言われました。私たち一人一人の生き方が、私たちからのメッセージとして人々に伝わるの意味だと思います。私たち一人一人の言葉と生き方によってイエス・キリストを伝えなさいという励まし、そして私たちへのチャレンジとして、私はエックハルト先生の言葉を受けとめました。

 17節「信じる者には、次のようなしるしが伴う。彼らは私の名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。」神の子イエス様が福音書の中でなさったのと同じことを行うというのです。イエス様ほどにはできなくても、ある程度できる可能性はあります。イエス様は確かに悪霊を追い出して、人々を救って下さいました。

 18節「手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」確かに、神様の愛の力が私たちに完璧に注がれれば、手で蛇をつかんでも、毒を飲んでも害を受けないということが起こるでしょう。イエス様の使徒パウロには、このようなことが起こっています。パウロが最後の旅、ローマへの旅の終わりの方で船が難破してマルタ島に打ち上げられたとき、蝮が出て来てパウロの手にぶら下がりました。そして噛まれたと思います。島の住民が見ていて、体が腫れ上がるか、急に倒れて死ぬだろうと思っていましたが、パウロは蝮を振り落とし、何の害も受けませんでした。この島の長官のプブリウスという人の父親が熱病と下痢で床についていたので、パウロはその父の家に行って祈り、手を置いて癒したと書いたあります。イエス様が言われた通りになったのです。神様の愛の力が十分に与えられる時、このような奇跡は起こります。そのように神様を深く信頼することが大切と信じます。しかし必要もないのに、わざわざ蛇をつかんだり、毒を飲んでみて、わざわざ自分が大丈夫であることを証明しようとするべきではありません。それは「神様を試す罪」だと信じます。イエス様は「あなたの神である主を試してはならない」ともはっきり言われます。「手で蛇をつかみ、毒を飲んでも害を受けない」と書いてあるので、わざわざ実行してみて、命を落とした人もいると読んだことがあります。神様は私たちがピンチの時に、必要な助けを与えて下さると信頼して、しかし神様が本当に助けて下さるか試してはならないと信じます。アーメン。


 

2025-04-13 2:29:37()
「本当に、この人は神の子だった」2025年4月13日(日)受難節(レント)第6主日公同礼拝
(詩編22:2~24) 

(マルコ福音書15:21~41) そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。そして、イエスをゴルゴタという所――その意味は「されこうべの場所」――に連れて行った。没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、/その服を分け合った、/だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。(†底本に節が欠落 異本訳)こうして、「その人は犯罪人の一人に数えられた」という聖書の言葉が実現した。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。
 昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちが大勢いた。

(説教) 本日は、受難節(レント)第6主日の礼拝です。説教題は「本当に、この人は神の子だった」、小見出しは「十字架につけられる」と「イエスの死」です。本日は「棕梠の主日」、イエス様がろばに乗ってエルサレムに入られた日です。今週は受難週、来週がイースター礼拝です。私に洗礼を授けて下さった牧師の恩師である牧師は、受難週には首から釘(十字架でなく)をぶら下げて祈り、伝道し、生活しておられたそうです。

 最初の21節「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンという名のキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。」ここに突然出て来るルフォスという人は、ローマの信徒への手紙16章13節に出て来るルフォスと同一人物ではないかと言われています。そこではパウロがこう書いています。「主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。」このマルコによる福音書を書いたマルコは、ペトロの通訳だったと、古い『教会史』という本に書かれています。イエス様の一番弟子ペトロが、イエス様と共に過ごした経験をマルコにすべて語ったと思われます。二人は紀元60年頃にはローマにいて、おそらくローマでペトロがマルコにイエス様と共に過ごした日々について語ったのでしょう。マルコはそれを聞いて、ペトロに聞いた通りに正確にマルコによる福音書を書いたと言われています。
 
 今の21節には「アレクサンドロとルフォス」という兄弟の名前が突然出て来ました。マルコは、この福音書をローマで書いたと想定されますが、マルコは最初の読者としてローマのクリスチャンたちを想定したと思われます。アレクサンドロとルフォスは当時、ローマにいたのです。つまりローマのクリスチャンたちは、このアレクサンドロとルフォスを知っていたのです。それで何の説明もなく突然「アレクサンドロとルフォス」の名前が出て来るようです。マルコによる福音書を最初に読んだローマのクリスチャンたちは、「そうか、あのアレクサンドロとルフォスの父のシモンが、イエス様の十字架を代わりに担いだのか」と生き生きと感じとることができたと思われます。

 とにかくルフォスという人は父シモンが、イエス様の十字架の行列の近くを通りかかり、ローマ兵たちにイエス様の十字架を無理に担がせられたことがきっかけで、イエス・キリストを知り、イエス様を救い主と信じるクリスチャンになったと思われます。実に神様は、様々な方法で私たちをイエス・キリストに出会わせて下さるのですね。イエス様を知るチャンスを与えられた時に、それをつかむことが大切です。多くの人々が多くの形でイエス・キリストに触れていると思うのです。しかしその貴重な機会を何となくやり過ごしてしまうと、せっかく神様が与えて下さったチャンスをみすみす見逃すことになってしまいます。イエス様に接するチャンスを与えられた方々が、そのチャンスをしっかり心に留めてやり過ごさず、イエス・キリストをもっとよく知ろうという意志を持って下さるよう、私たちは切に祈ります。十字架を背負って歩むシモンは、クリスチャンの生き方を象徴しています。私たちもイエス様から、「自分の十字架を背負って、私に従いなさい」と呼びかけられているからです。

 22~23節「そして、イエスをゴルゴタという所、その意味は『されこうべの場所』に連れて行った。没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。」それを飲むと、少しでしょうが麻酔の効果があるのでしょう。しかしイエス様はそれを飲むことを断られました。すべての痛みを、和らげずに受けとめきる決心と覚悟です。大変な勇気と強い意志です。24節「それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、その服を分け合った。だれが何を取るのかをくじ引きで決めてから。」これは本日の旧約聖書である詩編22編の実現・成就です。22編18~19節に、こう書かれています。「骨が数えられる程になった私の体を、彼らはさらしものにして眺め、私の着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く。」イエス様を十字架につけたローマ軍の兵士たちは、詩編22編の御言葉を全く知らなかったと思います。ですが彼らは、神様の御手の中でコントロールされ、自分では全く気付かないうちに神様の御言葉を実行しているのです。詩編22編は、イエス様の時代よりずっと前の時代に書かれた詩編であるにもかかわらず、まさにイエス様の十字架を予告したとしか思えない内容で、驚くべき詩編です。そもそも冒頭と言える2節「私の神よ、私の神よ、なぜ私をお見捨てになるのか」、これは本日のマルコ福音書15章34節で、イエス様が叫ばれた言葉そのものです。明らかに詩編22編は、イエス・キリストの十字架の死を予告しています。驚くべきことです。

 25、26節「イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。罪状書きには、『ユダヤ人の王』と書いてあった。」イエス様はユダヤ人の王であるばかりでなく、日本人の真の王、韓国人、アメリカ人、世界中の人々の真の王であられます。27節「また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。」その次の十字架のようなマークは、聖書のある写本には、こうも書かれているという印です。それはこの新共同訳聖書98ページ下段に書かれています。「こうして、『その人は犯罪人の一人に数えられた』という聖書(旧約聖書)の言葉が実現した。」これは旧約聖書のイザヤ書53章12節の引用です。ご存じのように、イザヤ書53章は、詩編22編と同じく、イエス・キリストの十字架を予告した御言葉として、最も重要です。そのイザヤ書53章12節に、こうあります。「それゆえ、わたし(父なる神様)は多くの人を彼の取り分とし、彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち死んで、罪人(つみびと)のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのは、この人であった。」イエス様は二人の犯罪人(強盗)の真ん中で十字架につけられました。この位置が、まさにイエス様が私たち罪人(つみびと)と同じ立場に立ち、私たち全ての罪人(つみびと)たちのために、身代わりとなって十字架につけられたことを示しています。

 この後、イエス様は人々にさんざん嘲られます。イエス様は本当に辛かったと思いますが、ひたすら忍耐して沈黙を貫かれます。これもまた、イザヤ書53章7節の実現です。「苦役を課せられて、かがみ込み、彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった。」マルコ福音書は29節にこう記します。「そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。」

 イエス様を「神殿を打ち倒し、三日で建てる者」と呼んでいますが、確かにイエス様はヨハネ福音書2章で、こう言われました。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」人々の嘲りはこうです。「壮麗な神殿を壊して、三日で建て直すと豪語したのだから、十字架から降りることも簡単にできるだろう。それさえできないあなたが神の子、メシア(救い主)であるはずがないじゃないか!」しかし彼らは知らないのです。イエス様がおっしゃる神殿とは、ご自分の体のことです。イエス様はまさに十字架で死なれて、三日目に復活なさることによって、「神殿を壊し、三日で建て直す」ことを実現なさるのです。・十字架から降りないで死ぬことによって、まさに「神殿を壊し、三日で建て直す」業を進めておられるのです。

 ですがそうは言っても、ののしられることはやはりイエス様にとっても辛く、悔しいことだったに違いありません。イエス様にとって、「今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう」と言われることは誘惑です。イエス様は神の子としての力を使って奇跡を起こし、十字架から降りることが簡単におできになるからです。しかしそうすれば、私たち皆の全ての罪を背負って死ぬ使命を果たすことができません。ですからイエス様は、奇跡の力を敢えて封印して、死に至るまで十字架の上にとどまり続けられます。そもそもイエス様は、ご自分を救うために奇跡を起こされることはない方なのです。

 次の小見出しは「イエスの死」です。「昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。」これは天変地異です。旧約聖書では、全地が暗くなることは、神様の裁きの日、世の終わりの日の光景です。イエス様が十字架で死ぬことで、父なる神様が全世界の全部の罪を裁かれたのですから、その意味では、世の終わりの日に起こるべきことが起こったのです。世界の全ての罪をイエス様が十字架で身代わりに引き受けて、裁かれたからです。旧約聖書のアモス書8章9~10節を引用してもよいと思います。「その日が来ると、と主なる神は言われる。私は真昼に太陽を沈ませ、白昼に大地を闇とする。私はお前たちの祭りを悲しみに、喜びの歌をことごとく嘆きの歌に変え、どの腰にも粗布をまとわせ、どの頭の髪の毛をもそり落とさせ、独り子を亡くしたような悲しみを与え、その最期を苦悩に満ちたひと日とする。」白昼が闇となる日は、神様が悪を全て裁かれる日、裁かれる人間にとっては強い悲しみと苦悩の日です。ですがイエス様の十字架においては、確かに父なる神様が世界の全部の罪と悪を裁ききられたのですが、神の独り子イエス様を身代わりに裁かれたので、父なる神様ご自身が独り子を失う強い悲しみと苦悩を耐えられた日になったと思うのです。

 34節「三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」この叫びを、謎と思う人々が昔からいたようです。でも私は、やはりイエス様は、十字架で父なる神様から真に完全に見捨てられたと思うのです。イエス様はゲツセマネの祈りに入るとき、「私は死ぬばかりに悲しい」と言われましたが、この「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」も、最も深くて辛い悲しみの叫びです。全ての人間の全ての罪への正当な裁きを、全部引き受けた十字架の死とは、とてつもない苦悩です。イエス様は十字架で、父なる神様の容赦なき正当な裁きを集中砲火的に、全部引き受けたのです。ここまで完全な絶望と、完全な悲しみと苦悩と、完全な呪いを体験した方は、イエス・キリストお一人です。それは私たち人間のだれ一人として、イエス様ほど完全な絶望と悲しみと苦悩と呪いを経験しないで済むためです。イエス様ほど、完全などん底のどん底のどん底を経験した方はいません。私たちが、イエス様ほどの完全などん底のどん底のどん底を、もはや体験しないで済むためです。

 「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」これは、父なる神様への抗議ではなく、「なぜですか」という問いかけです。考えてみると、この問いかけを真に発する資格を持つのは、イエス様だけだと思うのです。なぜなら、イエス様には全然罪がなく、全生涯を通じて100%、父なる神様に従いきってこられたからです。私たち罪人(つみびと)は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。私は全生涯を通じて100%神様に従いきってきたのに、なぜですか」と言えないのです。罪があるからです。しかしイエス様は「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と問いける資格をお持ちで、この問いかけに完全な説得力があります。しかしここでは、父なる神様からのお答えは全くありません。でも父なる神様は、イエス様の問いかけが完全に正当であることを認めておられ、この十字架の死の三日目に、イエス様の服従に完全な報いを与えて下さいます。それはもちろん復活です。

 37節「イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」ルカによる福音書によると、イエス様の十字架上の最後の言葉は「父よ、私の霊を御手にゆだねます。」ヨハネ福音書では、イエス様の最後の言葉は「成し遂げられた」です。ですからイエス様の十字架上の最後の言葉は、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」ではありません。「父よ、私の霊を御手に委ねます」は多くの苦難を経ても、父なる神様への信頼を維持しきっている言葉、「成し遂げられた」は、人々の全部の罪を担う使命を完全に成し遂げた、ということです。イエス様は肯定的な思いを抱いて、息を引き取られました。すると神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けました。エルサレムの神殿がもはや不要になったことを意味します。神殿ではおそらく毎日、人間の罪の責任をいけにえの動物に背負わせて、動物を屠って神様に献げていました。でも動物のいけにえでは不十分でした。全く罪のない神の子が犠牲のいけにえにならないと、全ての人間の全ての罪を完全に背負い切り、完全に贖い、完全に解決することはできないのです。そこで全く罪のない清らかそのものの神の子イエス・キリストが十字架に架かり、ご自分を完全ないけにえとして父なる神様に献げられました。もはやエルサレム神殿で、人間たちの罪の赦しを得るために、動物のいけにえを神様に献げることは不必要になりました。イエス・キリストを救い主と信じ、自分の罪を悔い改めるだけで、私たちは罪人(つみびと)であっても、父なる神様に近づくことができるようになりました。そのことを明らかにするために、神様が神殿の垂れ幕を真っ二つに引き裂かれました。もはや神殿は役目を終えたのです。

 全てを見ていたローマ軍の百人隊長が、イエス様がこのように息を引き取られたのを見て、言います。「本当に、この人は神の子だった」と。彼の実感でした。新約聖書には、「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです」と書かれています。それと同じで、聖霊によらなければ、この百人隊長は『本当に、この人は神の子だった』とは言えません。聖霊なる神様がこの百人隊長を「本当にこの人は神の子だった」という信仰告白に導かれたと信じます。この信仰告白が、この十字架の場面のクライマックスだと言う人がいます。ユダヤ人でない、異邦人の百人隊長が、イエス様こそ神の子と認めたのです。そこで本日のマルコ福音書の重要なメッセージは。ユダヤ人にっても、ローマ人にとっても、日本人にとっても、世界のどの国・地域の民にとっても、イエス様こそ神の子、真の救い主であることです。このメッセージを全ての人は受け入れて永遠の命に入ることこそ、父なる神様の切なる願いであり、私たち切なる願いです。(津和野 十字架の道行き)。アーメン。

2025-04-06 2:32:42()
「ゲツセマネでの祈り」2025年4月6日(日)受難節(レント)第5主日公同礼拝
(イザヤ書53:2~6) 乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように/この人は主の前に育った。見るべき面影はなく/輝かしい風格も、好ましい容姿もない。 彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し/わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて/主は彼に負わせられた。

(マルコ福音書14:32~42) 一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」

(説教) 本日は、受難節(レント)第5主日の礼拝です。説教題は「ゲツセマネでの祈り」、小見出しは「ゲツセマネで祈る」です。来週は受難週、再来週がイースター礼拝です。本日の場面は有名です。

 最初の32節「一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、『私が祈っている間、ここに座っていなさい』と言われた。ゲツセマネとは「油搾り」の意味だと聞いています。イエス様はここでまさに、ご自分を搾りきるような祈りをなさいました。既に去っていたであろうイスカリオテのユダを除く11人の弟子たちが従っていたと思われます。イエス様は弟子たちにも、ご自分を応援する祈り求められたのだと思います。33節「そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われた~。」この三人は弟子たちの中でも特にイエス様に近しい弟子たちでした。ガリラヤ湖の漁師であったがイエス様に招かれて弟子となった4名のうちの3名です。イエス様は決して依怙贔屓なさる方ではないのですが、この3名は12人の弟子たちの代表のような立場にあったのでしょう。

 ペトロは一番弟子と言えます。ヤコブとヨハネは兄弟で、イエス様からボアネルゲス(雷の子ら)と呼ばれるほど、激しい性格の持ち主でした。ヤコブはイエス様の十字架と復活の後、使徒言行録12章で迫害を受け、殉教の死を遂げています。それは先のことで、このマルコ福音書5章を見ると、イエス様がヤイロという会堂長の娘を生き返らせたとき、このペトロ、ヤコブ、ヨハネだけが同伴を許されました。そしてイエス様が高い山に登られたときも、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三名だけが同伴を許されています。その深夜、イエス様の姿が三人の目の前で変わり、服は真っ白に輝き、イエス様は神の子本来の輝きに満ちた栄光のお姿を洗われたのです。ペトロ、ヨハネ、ヤコブの三人は、イエス様の栄光のお姿を目撃する光栄を受けたのです。いわばイエス様が最も信頼する三名が、ゲツセマネにおいてもイエス様の最も身近につき従うことを許されました。非常に光栄なことです。

 33節後半~34節「イエスはひどく恐れてもだえ始め、彼らに言われた。『私は死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。』」イエス様は少し先に進んで、一人で祈られますが、最も信頼する三名の弟子たちにも、やや後方で援護の祈りをしてほしいと願われました。しかし悪魔が働いていたのだと思います。三名は眠りこけてしまいました。悪魔はイエス様をも誘惑したと思います。イエス様も眠らせてしまい、イエス様が信仰的にも眠り込んで、父なる神様に従わないよう、悪魔はイエス様をも誘惑していたと思うのです。しかしイエス様は眠らず、ひたすら目を覚まして父なる神様に従われました。イエス様の地上の生涯最大の山場、最大の正念場です。ルカによる福音書には、イエス様が切に祈って、汗が血の滴るように地面に落ちたと書かれています。

 イエス様は「私は死ぬばかりに悲しい」と言われました。イエス様は死を恐れられました。これをみっともないと言う人もいるようです。ソクラテスという哲学者は毒の杯を堂々と飲んで、死を恐れずに死んだから立派だとか、殉教者も死を恐れないで堂々と死んでいったのに、イエス様が神の子なのに「死ぬばかりに悲しい」とひどく恐れているのはおかしい、みっともないという意見です。しかし、みっともないのではなく、イエス様だけが死の真の恐ろしさを知っておられたと言えます。死の本当の恐ろしさは、命を造って下さる神様から完全に切り離されることです。私たち人間がなぜ死ぬかというと、それは私たち人間が神様に背き、神様に罪を犯して神様から離れた結果、神様の裁きを受けて死ぬ者になりました。これが死の真相だということを、聖書を読む人だけが知っています。現象としては病気や老衰で死にますが、それは表面の現象であって、死の本質ではありません。私たちが神様に背いて罪を犯した結果、神様の正しい裁きを受けて死ぬことになりました。人間が罪を犯した結果、自然界も狂って弱肉強食の世界になり、動植物も死ぬことになりました。人間の責任です。ローマの信徒への手紙6章23節には、「罪の支払う報酬は死である」という御言葉がありますね。

 しかしイエス様には、全く罪がありません。一度も罪を犯さないので、常に父なる神様と完全に一体で、罪とも死とも縁もゆかりもない方です。それだからこそ、父なる神様から完全に切り離される死の真の恐ろしさを、イエス様だけが痛感なさることができます。私たち罪人(つみびと)は、罪を犯して神様から離れており、しかも自分の罪を完全には憎んでいないかもしれません。自分の罪の結果、神様から離れていても、それに慣れてしまっている不遜な面があるのではないでしょうか。自分の死は自分の罪の結果と突き詰めて考えず、死の真の理由を考えず、死は仕方のないものとごまかし諦めている面もあるのではないかと、自分を振り返って思います。「死はいやなものだ」とは思うものの、死の本質を見つめず、死と対決したり、死の真の恐ろしさを考えないで、イエス様ほどに死を本当に恐れることができず、鈍感になっている面があると思います。しかしイエス様は罪が全然なく、死ぬ理由が一つもない方です。そのような方が死ぬことは、生木が裂かれるように父なる神様から切り離されて滅びること。イエス様だけが死の真の恐ろしさを完全に理解している極めて敏感な方、他の人間たちのように少しも鈍感でない方です。だから「死ぬばかりに悲しい」と本心を言われたと思います。イエス様はここで、死と正面から対決しておられます。イエス・キリストは天地創造をなさった神様であると同時に、神様に造られた人間でもあります。イエス様は罪は一度も犯されませんが、私たち肉体をもつ人間と同じ悲しみ、苦しみを全て体験なさいます。

 35~36節「少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、こう言われた。『アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯(苦き杯)を私から取り除けて下さい。しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように。』」イエス様は一人だけで目覚め、一対一で父なる神様に祈っておられます。一人だけ目覚め、祈っておられます。「アッバ、父よ。」アッバは、イエス様が話しておられたアラム語で、ほとんど「パパ」に近い言葉、父なる神様に非常に親しく呼びかける言葉です。私たちの知人のクリスチャンで、いつも祈りの最初に「アッバ、父よ」と呼びかけて祈る方がおられます。イエス様のゲツセマネの祈りを見て、真似てそう祈るようになったとのことです。祈り始めのよい方法だなと思います。こう祈り始める方は、案外少ないですね。私たちもこう祈り始めてよいのだなと思います。

 「アッバ、父よ。あなたは何でもおできになります。この杯(苦き杯)を私から取り除けて下さい。しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」前半も本心、後半も本心です。「この杯(十字架)を私から取り除けて下さい。」人間としての正直な気持ちです。「しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」さすが神の子です。イエス様の心の中で、この2つの祈りが戦いを繰り広げています。しかしやはり後半の祈りが勝利します。「私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」

 前半の祈りには、イエス様の悲しみも感じられます。「十字架で死ぬことを思うおと、私は死ぬばかりに悲しい。」イエス様は、世界の誰よりも深い悲しみを悲しまれたと思うのです。本日のイザヤ書53章は、イエス様の十字架を預言する非常に重要な御言葉です。53章3~5節「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。」「痛み」を、以前の口語訳聖書では「悲しみ」と訳しています。「彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。~まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみを担った。」まさにイエス・キリストは十字架で、私たちの全ての罪、全ての死、全ての悲しみ、全ての病を背負いきって下さいました。それはあまりにも辛い十字架なので、イエス様でさえ「私は死ぬばかりに悲しい」と言われ、「この杯(十字架)を私から取り除けて下さい」と正直に祈られたほどでした。

 しかしさすがは神の子、「しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と祈ることを忘れませんでした。前半の祈りから後半の祈りに達するのは、イエス様にとっても大きな戦いだったと思います。私はヘブライ人への手紙5章7節以下を思い出します。「キリストは、肉(肉体)において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました(復活を指す?)。キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。そして完全な者となられたので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり、神からメルキゼデクと同じように大祭司と呼ばれたのです。」前半の祈りから後半の祈りに進むことは、イエス様にとっても簡単ではありませんでしたが、ご自分の心の中の戦いに打ち勝って、後半の祈りに進まれました。

 ルカに戻り、37~38節「それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。『シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。』」一時とは約2時間だと聞いたことがあります。この夜のイエス様の第一回目の祈りは、約2時間だったことになります。イエス様は徹夜で祈られました。私たちはなかなか徹夜の祈りはできにくいのではないでしょうか。しかし大切なことは、いつも信仰の目を覚まして神様に従うと心がけることだと思います。悪魔に従わず、神様に従うように、聖書を読んで祈りながら、いつも心がけることと思います。

 40節「更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。」イエス様お一人が悪魔の誘惑に打ち勝って、目を覚ましてひらすら祈り、3名の弟子の代表者たちは、悪魔の誘惑に負けて、ぐっすり眠り込んでいました。イエス様は誘惑に強い方です。ですが弟子たちの弱さはよく分かっておられたと思います。ヘブライ人への手紙4章15節にこうあります。「この大祭司(イエス様)は、私たちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、私たちと同様に試練に遭われたのです。」この2回目の祈りの後ではイエス様はもはや弟子たちに、「目を覚まして祈っていなさい」と言われません。イエス様が心の中の戦いに勝利されて、心が平静になっておられるからではないでしょうか。

 41節「イエスは三度目に戻って来て言われた。『あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。』」イエス様はすっかり決心が固まっておられます。イエス様はお一人で、勇敢に十字架に向かって立ち上がられます。イエス様がこのような、心の中の戦いに勝利して十字架に向かわれたことを告げる本日の迫力に満ちた場面を読むとき、私たちが与えられた救いは、イエス様が血を吐く思いで獲得して下った、真に尊い救いであることを痛感させられます。決して、あだやおろそかにしてよい救いではないこと、真に高価な救いであることを痛感させられます。私たちはこれから聖餐のパンとぶどう液を受けますが、イエス様がゲツセマネで心の中の戦いに打ち勝って与えて下さった、真に高価な(金額が高いという意味ではなく、イエス様の命と引き換えに与えられた意味において真に高価な)パンとぶどう液であることに気づきます。

 私たちは「主の祈り」で、「御心の天になる如く、地にもなさせたまえ」と祈りました。イエス様が十字架に架かって復活なさることこそ、御心でした。それならば、そのイエス様を救い主と信じて、その十字架の愛に感謝して、真心から洗礼を受ける方々が現れることが、非常に御心に適うことであるに違いありません。その意味では伝道こそ御心に適うことに違いないので、私たちも新たな思いで伝道に励みたいのです。アーメン。


2025-03-29 19:20:47(土)
「もう泣かなくともよい」2025年3月30日(日)受難節(レント)第4主日公同礼拝
(列王記上7:17~24)その後、この家の女主人である彼女の息子が病気にかかった。病状は非常に重く、ついに息を引き取った。彼女はエリヤに言った。「神の人よ、あなたはわたしにどんなかかわりがあるのでしょうか。あなたはわたしに罪を思い起こさせ、息子を死なせるために来られたのですか。」エリヤは、「あなたの息子をよこしなさい」と言って、彼女のふところから息子を受け取り、自分のいる階上の部屋に抱いて行って寝台に寝かせた。彼は主に向かって祈った。「主よ、わが神よ、あなたは、わたしが身を寄せているこのやもめにさえ災いをもたらし、その息子の命をお取りになるのですか。」 彼は子供の上に三度身を重ねてから、また主に向かって祈った。「主よ、わが神よ、この子の命を元に返してください。」主は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになった。子供は生き返った。エリヤは、その子を連れて家の階上の部屋から降りて来て、母親に渡し、「見なさい。あなたの息子は生きている」と言った。女はエリヤに言った。「今わたしは分かりました。あなたはまことに神の人です。あなたの口にある主の言葉は真実です。」


(ルカ福音書7:11~17) それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」と言った。イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。

(説教) 本日は、受難節(レント)第4主日の礼拝です。説教題は「もう泣かなくともよい」、小見出しは「やもめの息子を生き返らせる」です。宗教改革者マルティン・ルターはこの個所が非常に好きで、この御言葉で何度も説教したそうです。
 
 本日の最初の11節「それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。」地図で見るとナインという町は、イエス様がお育ちになったガリラヤのナザレの町の南東9キロの辺りで、モレの丘という丘の北の麓にあるそうです。ナインという町の名前には「快い」の意味があるそうです。12節「イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。」

 ところが現実は、快いとは正反対でした。死の力が全てを支配していたのです。ある母親の一人息子が死んだのです。病気の可能性が高いと思います。一人息子ですから、母親が受けたダメージは特に大きいと思います。しかもこの母親はやもめでした。夫に死に別れていました。息子は15才から25才くらいでしょうか。母親は30~40才くらいかもしれません。母親の両親が健在の可能性もあり、自分の兄弟姉妹がいた可能性もありますが、もしかすると天涯孤独になった可能性もあります。とても孤独で辛い境遇に陥った可能性があります。町の人が大勢付き添って悲しみを共に味わい、この母親を支え、慰めていました。これが私たち普通の人間にできる精一杯のことですね。ナインの人々にも、心優しい人々は多く、一生懸命この母親を支えようとしていました。

 13節「主は、この母親を見て、憐れに思い、『もう泣かなくともよい』と言われた。」「憐れに思い」の一言は重要です。元のギリシア語は、スプランク二ゾマイという動詞です。この言葉のことはこれまでも何回もお話しておりますが、このスプランク二ゾマイという動詞の中に「内臓」という意味の言葉が入っています。内臓と言えば、心臓、肺像、胃、肝臓、大腸、小腸が思い浮かびます。日本語では「はらわた」です。イエス様がこの母親をご覧になって「憐れに思われた」とは、心の中で悲しみを感じられたにとどまらず、心臓や肺像や胃、肝臓、大腸、小腸が刃物で刺されたようにキリキリと痛んだ、あるいがグサッと痛んだ、痛み続けたことを意味すると言えます。イエス様の両目からも涙があふれたと思うのです。

 日本にも沖縄に、「ちむぐりさ」という言葉があると聞きます。「ちむ」は「肝(きも)=肝臓」で、「ぐりさ」は「苦しさ」を指すようです。そこで「ちむぐりさ」という言葉は、「肝苦りさ」、「肝臓が苦しい」の意味になるようです。肝臓が苦しいほどに心が痛むの意味なのでしょう。イエス様がこの女性をご覧になって、ただ心が痛んだだけでなく、心臓が痛い、肺蔵が痛い、胃が痛い、肝臓と大腸小腸が痛かったのです。痛切に。日本風に言えば、イエス様ははらわたがよじれるように感じ、はらわたが痛んだに違いありません。日本語には断腸の思いという表現もあります。神の子イエス様がそのような方だということは、父なる神様もそのような方だということです。神様は無感動の神ではなく、私たちの苦しみや悲しみに敏感な方。ある人の言い方では、「神様は全身が目、全身が耳」のような敏感な方だと。全身が神経のような鋭敏な方と言えます。

 13節「主はこの母親を見て、憐れに思い、『もう泣かなくともよい』と言われた。」イエス様は死んだ若者よりも、むしろその母親に目を留められたのです。イエス様の心をよぎったのは、ご自分の母マリアのことかもしれません。イエス様いずれ十字架で死なれます。その時、イエス様の母マリアも、息子を失う悲しみを味わうことになります。イエス様はこの若者の母親をご覧になって、母マリアを思いやらた可能性があると思います。「主(しゅ)はこの母親を見て。」主はもちろんイエス・キリストです。主という言葉は、そもそも旧約聖書では天地創造をなさった神様を指します。それがここでは、イエス様を指す言葉として用いられています。ここから分かることは、ルカによる福音書はイエス・キリストこそ主、イエス様こそ天地創造をなさった神様その方だということです。

 主イエス・キリストが母親に「もう泣かなくともよい」と語りかけられました。「もう泣かなくともよい。」これはもっと簡潔に「泣くな」と訳すこともできます。「泣くな」であれば、ほとんと命令です。ここに、全てを支配している死の力に対する、イエス様の怒りを見ることができます。どうしても思い出されるのは、ヨハネによる福音書11章で、イエス様がラザロという男性を生き返らせる場面です。因みに4つの福音書の中で、イエス様が死者を生き返らせる場面は3つあります。その1つが本日のナインの若者を生き返らせる場面。これはルカによる福音書だけに出て来る場面です。2つ目はヤイロという会堂長の娘をイエス様が生き返らせる場面で、これはマタイ・マルコ・ルカの3つの福音書に出ています。3つ目がイエス様がラザロという男性を生き返らせる場面で、ヨハネ福音書11章に出てきます。新約聖書の福音書以外では、使徒言行録9章で、イエス様の弟子ペトロがひざまずいて祈り、「タビタ、起きなさい」と言うとタビタという女性が生き返った記述があります。使徒言行録20章には、上から転落して死んだ青年を、パウロが生き返らせた場面があります。

 それはともかく福音書ではイエス様が三人を生き返らせています。ヨハネ福音書11章のラザロを生き返らせる場面では、イエス様が心に憤りを覚え、興奮して「どこに葬ったのか」と言われ、涙を流されたと印象的に記されています。イエス様の心の動きは、本日の場面でも同じだったと思うのです。「心に憤りを覚え。」これは死の力への憤りと怒り、死を司る悪魔への憤りと怒りと言えます。その怒りを込めて、イエス様は言われたと思うのです。「泣くな。」「私が死の力を打ち破るから」というメッセージです。「私が死の力を打ち破るから、もう泣く必要はない」ということです。イエス様はそのためにご自分も死を経験なさることになります。つまり十字架に向かわれます。十字架で完全に死んだ後に、完全な復活を遂げる。ご自分が十字架を背負いきる覚悟を込めて、「もう泣かなくてよい」と語られます。口先だけの慰めではないのです。「私が十字架の苦しみを通って完全に死んだ上で、復活し、死を打ち破る。だからもう泣くな。」十字架で死ぬ覚悟があって初めてこの一言を責任をもって告げることができます。「もう泣かなくてよい。」

 14節「そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。」その頃のイスラエルでは、死は汚れだとされていました。遺体を棺に入れるときは遺体に触れるでしょうし、棺を担ぐ人たちも、ある意味、汚れを担いでいるのですが、それはさすがにやむを得ないと考えられたのでしょう。しかし別の町から来た人が、わざわざ棺に手を触れる、死で汚れた棺に手を触れることは、普通はなかったと思われます。しかしイエス様は、当時の死へのタブーをものともせずに、棺に手を触れられました。タブーを乗り越えるイエス・キリストの愛がほとばしっています。「イエスは、『若者よ、あなたに言う。起きなさい』と言われた。」ここの
「起きる」という言葉は、「立ち上がる」の意味であり、また「復活する」の意味ももちます。イエス様のひと言には、全てに勝利する愛の力があります。イエス様の言葉は、天地創造をなさった神様の言葉だからです。創世記1章「神は言われた。『光あれ。』こうして光があった。(…)神は言われた。『天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。』そのようになった。」これと同じように、イエス様が「起きなさい」と命じられると、死の力さえも打ち破られ、若者は起き上がるのです。」

 15節「すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。」イエス様はただ若者を生き返らせて下さったばかりでなく、母親にお返しになりました。この若者をも愛しておられたでしょうが、それ以上にこの母親に心をかけておられたことが分かります。「イエスは息子をその母親にお返しになった。」母親は、驚きと感激のあまり、ひしと息子を抱きしめたでしょう。もちろん、イエス様にしかおできにならない驚くべき出来事です。

 16~17節「人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、『大預言者が我々の間に現れた』と言い、また、『神はその民を心にかけて下さった』と言った。イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。」あまりの驚くべき出来事に、周りの人々は嬉しいを通り越して、神様の偉大さに心を打たれ、神さまへの畏れに打たれました。そして神様を讃美しました。この「讃美した」という言葉は「栄光を帰した」と直訳することができます。

 人々は、「大預言者が我々の間に現れた」と言いました。人々は明らかに、旧約聖書の時代に偉大な預言者エリヤとエリシャが、男の子を生き返らせた出来事を思い出していたのです。本日はそのエリヤの奇跡の個所を読みました。旧約聖書・列王記上17章です。真の神の預言者エリヤが活動したのは主に北イスラエル王国において、時期は紀元前8世紀です。イスラエルの枠を超えて北のシドンのサレプタという所のやもめの息子が死にました。エリヤはこのやもめに世話になったのです。エリヤは彼女のふところから息子を受け取り、自分のいる会場の部屋に抱いて行って寝台に寝かせました。エリヤは、主に(神様に)向かって祈ったのです。「主よ、わが神よ、あなたは。私が身を寄せているこのやもめにさえ災いをもたらし、その、息子の命をお取りになるのですか。」エリヤは子どもの上に三度身を重ねてから、また主に向かって祈りました。「主よ、わが神よ、この子の命を元に返して下さい。」すると神様は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになったのです。子どもは生き返り、エリヤはその子を連れて家の階上の部屋から降りて来て、母親に渡しました。イエス様も若者を母親にお返しになったのです。エリヤは言いました。「見なさい。あなたの息子はいきている。」母親は、信仰告白に導かれました。「今私は分かりました。あなた(エリヤ)はまことに神の人です。あなたの口にある主の言葉は真実です。」

 イエス様の奇跡を見た人々は、この預言者エリヤの奇跡を思い出し、「大預言者が私たちの間に現れた」と言ったのです。イエス様はエリヤの再来だ、というのです。ですが実際には、預言者エリヤの再来は洗礼者ヨハネで、イエス様は大預言者以上の方、神の子であり神様ご自身です。ですからイエス様は言葉だけで、若者を生き返らせなさいました。「若者よ、あなたに言う。起きなさい。」エリヤの場合は、神様に祈って、そして祈りに応えた神様が男の子を生き返らせなさいました。イエス様は祈ったのではなく、御自分の言葉で命令して、若者を生き返らせました。イエス様は、偉大な預言者エリヤよりも、はるかにずっと偉大な神の子なのです。「大預言者が私たちの間に現れた。」興味深いことですが「現れた」は直訳では「起きた、立ち上がった」です。「大預言者が私たちの間に起きた、立ち上がった」と言っているのです。「起きる、立ち上がる」という言葉には先にも申した通り「復活する」の意味もあります。大預言者はイエス様を指すのですから、「大預言者が立ち上がった」という言い方は、イエス様が復活する方であることを暗示するのかもしれません。
 
 17節「イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。」ユダヤ・イスラエルの枠を超えて、イエス様のこのすばらしい福音・よきニュースは周りの外国にまで聞こえ、広まって行ったと述べているように聞こえます。

 そもそも、人がなぜ死ぬかというと、私たち人間の罪が原因です。私たち人間は、神様に造られた者なのに、悪魔に誘惑されて神様から離れ、神様に背いて歩んでいます。神様に罪を犯した結果、その神の裁きを受けることになり、その結果死ぬ者となったというのが真相です。私たちの罪の結果、死が入って来ました。死を根本的に解決するためには、イエス様が私たちの全部の罪の責任を身代わりに背負って、十字架で死ぬ以外に道がありません。そこでイエス様は、決然と十字架への道を進まれます。今は受難節ですから、まさにイエス様の十字架の身代わりの愛を、徹底的に胸に刻む非常に重要な季節。特に意識して礼拝や祈祷会に出席する季節です。

 新約聖書のヘブライ人への手紙2章14~15節に、こう書かれています。「ところで、子ら(人間たち)は、血と肉(肉体)を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。」18節「事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。」イエス様は、十字架の死という究極の試練と苦難を受けて死なれ、復活なさったからこそ、ナインの若者を生き返らせ、その母親を助けることができたのです。

 コリントの信徒への手紙(一)15章54、55節には、こう書かれています。「死は勝利に飲み込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」イエス様の復活によって、死は勝利に飲み込まれました。私たちも死にますが、キリストを信じる者は永遠の命と復活の体を約束されています。私たちの家族、友人、全ての人が永遠の命と復活の体を受けるように、今日も明日も、感謝をもってイエス・キリストの宣べ伝えて参りましょう。アーメン。


2025-03-16 2:15:53()
「これほどの信仰を見たことがない」2025年3月16日(日)受難節(レント)第2主日公同礼拝
(イザヤ書55:8~11) わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり/わたしの道はあなたたちの道と異なると/主は言われる。天が地を高く超えているように/わたしの道は、あなたたちの道を/わたしの思いは/あなたたちの思いを、高く超えている。雨も雪も、ひとたび天から降れば/むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ/種蒔く人には種を与え/食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も/むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ/わたしが与えた使命を必ず果たす。


(ルカ福音書7:1~10) イエスは、民衆にこれらの言葉をすべて話し終えてから、カファルナウムに入られた。ところで、ある百人隊長に重んじられている部下が、病気で死にかかっていた。イエスのことを聞いた百人隊長は、ユダヤ人の長老たちを使いにやって、部下を助けに来てくださるように頼んだ。長老たちはイエスのもとに来て、熱心に願った。「あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。わたしたちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです。」そこで、イエスは一緒に出かけられた。

 ところが、その家からほど遠からぬ所まで来たとき、百人隊長は友達を使いにやって言わせた。「主よ、御足労には及びません。わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。 ですから、わたしの方からお伺いするのさえふさわしくないと思いました。ひと言おっしゃってください。そして、わたしの僕をいやしてください。わたしも権威の下に置かれている者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」イエスはこれを聞いて感心し、従っていた群衆の方を振り向いて言われた。「言っておくが、イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。」使いに行った人たちが家に帰ってみると、その部下は元気になっていた。

(説教) 本日は、受難節(レント)第2主日の礼拝です。説教題は「これほどの信仰を見たことがない」、小見出しは「百人隊長の僕をいやす」。
 
 本日のルカによる福音書の直前の6章20~49節は、イエス様の「平地の説教」と呼ばれる個所でした。本日の7章には、「平地の説教」を終えたイエス様の愛の働きが記されています。1節「イエスは、民衆にこれらの言葉をすべて話し終えてから、カファルナウムに入られた。」マタイ福音書4章によると、イエス様はガリラヤ湖畔の町カファルナウムに住んでおられたのですね。カファルナウムは「慰めの村」という意味のヘブライ語だそうです。ガリラヤ湖のすぐ北にあります。当時のカファルナウムは、南のエルサレムから出発してカファルナウムを通り、北のダマスコを経て、バビロンに至る道の大切な中継地点として栄えていたそうです。ローマ軍も駐屯し、交易税を徴収する税関(収税所?)もあったそうです。

 2節「ところで、ある百人隊長に重んじられていた部下が、病気で死にかかっていた。」この百人隊長は、当時イスラエルを支配していたローマ帝国の軍隊の百人隊長かと思っていたのですが、そうではないという説もあります。当時ガリラヤを支配していたヘロデ・アンティパスという領主(彼はおそらくユダヤ人)に仕えていた兵士たちの百人隊長だったという説もあります。その場合でも、この百人隊長はユダヤ人ではない異邦人でした。彼は百人の兵士の上に立つ隊長としての力をもっていました。百人の兵士を率いる隊長として、優秀な人でもあったのでしょう。同時に部下への愛と思いやりに富んだ人でもありました。彼が重んじ、頼りにしていた部下が、病気死にかかっていました。何の病気か分かりませんが、死にかかるほどの重い病気でした。医者にみせても治せなかったかもしれないので、諦めても不思議でない状況でした。しかし百人隊長は諦めず、当時評判になっていたイエス様にすがることを決心しました。

 3節「イエスのことを聞いた百人隊長は、ユダヤ人の長老たちを使いにやって、部下を助けに来て下さるように頼んだ。」百人隊長の行動は、新約聖書・ヤコブの手紙5章14~15節を連想させます。「あなた方の中で病気の人は、教会の長老を招いて、主の名によってオリーブを塗り、祈ってもらいなさい。信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせて下さいます。その人が罪を犯したのであえば、主が赦して下さいます。」百人隊長は、長老たちを招いたのではなく、長老たちに頼んで、イエス様のもとに行ってもらい、イエス様に来ていただくように頼むことを依頼しました。長老たち以上に神様に近いイエス様、神の子であり、神ご自身であるイエス様に、助けに来て下さいと頼んだのです。

 長老たちも、喜んで百人隊長の頼みを聞き入れました。百人隊長は、カファルナウムのユダヤ人たちのために、多く尽くしていたと思われます。それでカファルナウムのユダヤ人たちに、とても愛され、信頼されていました。4~5節「長老たちはイエスのもとに来て、熱心に願った。『あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。私たちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです。』」百人隊長は、ユダヤ人ではなく異邦人(外国人)でしたが、ユダヤ人たちが礼拝する真の神様を信じ、きっと礼拝も献げていたに違いありません。ユダヤ人たちと、非常によい友情関係を築いていました。ですから長老たちは、熱心にイエス様に願ったのです。「あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。私たちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです。」当時のユダヤ人たちの会堂は、シナゴーグと呼ばれていました。

 礼拝の会堂を建てることは、昔も今もかなりの大きな事業と思います。祈りはもちろんですが、お金も多くかかります。この会堂も祈ってお金をため始めて建築して、教会債等を全て返済するまで、計15年くらいかかったと思います。大半のお金は自分たちで献金しましたが、他の教会からも献金をいただきました。私たちも他の教会の会堂建築のためにも献金しています。この百人隊長は、「自ら会堂を建ててくれた」と言われているので、建築資金の大半を出したのではないかと思います。なかなかできることではありません。ユダヤ人たちは、百人隊長にとてもとても感謝していたでしょう。神様にも喜ばれていたと思うのです。今のカファルナウムの写真を見ると、石造りの遺跡が見えます。かなり頑丈な感じです。土台の部分は、イエス様の時代のものとの解説されています。それより上の部分は、もう少し後の時代のものとも言われます。

 6~7節「そこで、イエスは一緒に出かけられた。ところが、その家からほど遠からぬ所まで来たとき、百人隊長は友達を使いにやって言わせた。『主よ、ご足労には及びません。私はあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ですから、私の方からお伺いするのさえふさわしくないと思いました。ひと言おっしゃって下さい。そして、私の僕(しもべ)をいやして下さい。」まず彼は、自分が異邦人であることを意識していたと思います。当時ユダヤ人は、異邦人を汚れていると見なし、異邦人の家には足を踏み入れない習慣だったそうです。ユダヤ人であるイエス様に自分の家に入っていただくわけにはいかない。自分は汚れた異邦人だから、という思いもあったのではないかと思います。最初に長老たちに行ってもらったのも、異邦人である自分はユダヤ人の聖なる方イエス様に直接お会いすることはできないと考えたからかもしれません。私はイエス様にお会いするにふさわしくない者である。そして、ユダヤ人の長老たちに頼んでイエス様に来ていただくように依頼したが、やはりイエス様に自分の家に入っていただくわけにはいかない。そこで、自分の家に来られないで、「ひと言とおっしゃって下さい」それで十二分以上です。そのひと言で、私の死にかかっている僕は、必ず癒される。ここに百人隊長の、イエス様に対する絶対の信頼が示されています。
 
 それにしても、この百人隊長は実に謙遜です。「私はあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ですから、私の方からお伺いするのさえ、ふさわしくないと思いました。」自分が異邦人であることだけでなく、聖なるイエス様に比べたとき、自分が罪人(つみびと)であることは、否定しようがないと感じていました。その通りです。イエス様の比べたときの自分の罪の深さ。偉大な洗礼者ヨハネは、こう述べました。「私よりも優れた方(イエス様)が来られる。私は、その方の履物のひもを解く値打ちもない。」偉大な伝道者パウロは、こう述べます。「自分を全く取るに足りない者と思い」(使徒言行録20章19節)。「月足らずで生まれたような私」、「私は、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です」(コリント(一)15章8~9節)。「私は、その罪人(つみびと)の中で最たる者です」(口語訳「私は罪人(つみびと)の頭(かしら)である」)(テモテ(一)1章15節)。パウロの本心です。

 この百人隊長は、信仰者の理想的な姿を身をもって示す存在ではないでしょうか。まず、本心から謙遜です。「私はあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ですから、私の方からお伺いするのさえふわさしくないと思いました。」しかしユダヤ人の長老たちは、彼を高く評価しています。「あの方はそうしていただくのにふさわしい人です。私たちユダヤ人を愛して、自ら進んで会堂を建ててくれたのです。」本人は「自分はふわしくない」と告白し、親しい人々は、「あの方はふさわしい人」と言っています。これは理想的なことと思います。逆だと悲惨です。本人が「私こそふさわしい」と言い、周りの人々が「あの人はふわしくない」と評価していれば、みっともなくて目も当てられません。しかし幸い、この百人隊長の場合は、本人は「自分はふさわしくない」が本心で、周りの人々の本心が「あの人こそふさわしい」です。実に麗しく、理想的です。使徒パウロの言葉が思い出されます。「自己推薦する者ではなく、主から推薦される人こそ、適格者として受け入れられるのです」(コリント(二)10章18節)。

 百人隊長は述べました。「ひと言、おっしゃって下さい。そして、私の僕(しもべ)を癒して下さい。」彼は、イエス様こそ真の神の子と完全に信頼していました。神の子イエス様のひと言には、絶対の権威がある。ひと言で十分以上だ。イエス様のひと言さえいただければ、私の大切な部下の瀕死の病も、必ず癒される。百人隊長は、イエス様に絶対の信頼を寄せていました。それは、彼が軍人で、自分のひと言の命令が、部下に絶大な力をもっていることを熟知していたことが大きかったと思います。軍隊は今も昔も、どこの国でも、部下は上官に絶対服従の世界なのでしょう。彼は言います。「私も権威の下(ガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスの権威の下)に置かれている者ですが、私の下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」でも彼は、横暴で無茶な命令を下す隊長ではなく、思いやり深い百人隊長だったに違いありません。彼は「私のひと言でさえ、これだけの力があるのだから、ましてイエス様のひと言は、必ず私の大切な部下の瀕死の病であっても、必ず癒す力をもつ」と信頼しきっていました。この絶大な信頼・信仰が、イエス様の魂を打ちました。

 9節「イエスはこれを聞いて感心され、従っていた群衆の方を振り向いて言われた。『言っておくが、イスラエルの中でさえ、私はこれほどの信仰を見たことがない。』」「感心された」は、直訳では「驚かれた」です。イエス様は百人隊長の深い信仰に驚かれた、新鮮な驚きを覚えられたのです。父なる神様が、この異邦人の百人隊長に、非常に深い信仰をお与えになりました。ルカ福音書3章8節で、洗礼者ヨハネが言っています。「神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たち(信仰者たち)を造り出すことがおできになる。」信仰を与えて下さる方は、神様です。神様は、人を分け隔てなさいません。神様は、どんな人にも聖霊を注いで、どんな人にも深い信仰を与えることがおできになります。ユダヤ人(イスラエル人)に、イエス様を真の救い主と信じる信仰をお与えになり、私たち日本人(異邦人)にも、同じ信仰を与えることがおできになります。父なる神様は、この真に謙遜な百人隊長を愛し、彼にイエス様が驚かれるほどの、深い信仰をお与えになりました。ペトロの手紙(一)5章5節には、「神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる」と書かれています。百人隊長は謙遜だったので、父なる神様から深い信仰を与えられました。神様は、人を分け隔てなさいません。この現実の前に、私たちも繰り返し謙遜になり、繰り返し襟を正す必要があると思えてなりません。

 百人隊長の信仰は、「ひと言、おっしゃって下さい。そして、私の僕(しもべ)を癒して下さい」という者です。父なる神様のひと言、神の子イエス様のひと言に、その力があるというよき確信です。イエス様は深く驚かれ、深く感心されました。「言っておくが、イスラエル(信仰の民)の中でさえ、私はこれほどの信仰を見たことはない。」使いに行った人たちが家に帰ってみると、その部下は元気になっていました。イエス様の力によって、部下は完全にいやされたのです。百人隊長はイエス様に全く会いませんでした。イエス様は、その部下に会わなかったとしても、彼を完全に癒す力を持っておられます。

 神様の御言葉、イエス様の御言葉の力のすばらしさを思います。前にも申した通り、ヘブライ語のダーバールという言葉は「言葉」という意味。同時に、ダーバールには「出来事」の意味もある。言葉が出来事を造り出す力を持っている、言葉が出来事を創造する力を持っているのです。創世記1章3節「神は言われた。『光あれ。』こうして光があった。」イザヤ書55章8~11節「私の口から出る私の言葉も、むなしくは、私の元に戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす。」ヘブライ人への手紙11章3節「信仰によって、私たちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。」

旧約聖書の「ヨブ記」を読んでいると、神の言葉の力強さに圧倒されます。ヨブ記38章でも天地創造のことが語られています。8節以下「海は二つの扉を押し開いてほとばしり、母の胎からあふれ出た。私は密雲をその着物とし、濃霧をその産着としてまとわせた。しかし、私はそれに限界を定め、二つのかんぬきを付け、『ここまで来てもよいが超えてならない。高ぶる波をここでとどめよ』と命じた。」神の命令の言葉に、自然界が従うことが記されています。 34~3節「お前(ヨブ)が雨雲に向かって声をあげれば、洪水がお前を包むだろうか。お前が送り出そうとすれば、稲妻が『はい』と答えて出て行くだろうか。」神の言葉の力。

 イエス・キリストこそ、生きた神の御言葉です。このイエス・キリストの全幅の信頼をおき。父なる神様に祈りながら。ご一緒に祈り、礼拝、伝道に励ませていただきましょう。アーメン。