日本キリスト教団 東久留米教会

キリスト教|東久留米教会|新約聖書|説教|礼拝

2018-05-09 20:05:16(水)
「キリストに従う」 2018年5月6日(日) 復活節第6主日礼拝 説教要旨 
聖書:エゼキエル書34章1~10節、ヨハネ福音書21章15~25節

 本日の箇所は、ヨハネ福音書のしめくくりです。復活されたイエス様の力によって奇跡的な大漁が与えられ、七人の弟子たちは祝された朝食を摂りました。食事が終わるとイエス様がペトロに、折入って尋ねられます。「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか。」イエス様とペトロの、一対一の非常に大切な対話です。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです。」イエス様は、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われました。捕らえられたイエス様を三度否定して、三度裏切ってしまったペトロを、イエス様は赦しておられますが、はっきり立ち直らせ、改めてイエス・キリストの教会の羊飼い(責任者)として任命しようとしておられます。小羊(羊)は、教会の信徒の方々です。

 イエス様は二度目に言われます。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエス様は、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われました。さらにイエス様が三度目に言われます。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエス様が三度も「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなりました。「信用されていないのか」と感じたのです。そこで力をこめて申し上げました。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」するとイエス様は三度目に言われました。「わたしの羊を飼いなさい。」ペトロの三度の裏切りの挫折を完全に乗り越えさせ、新しく教会の羊飼いとして任命なさったのです。

 イエス様は私たちにも、「わたしを愛しているか」と問いかけておられると思います。「あなたを愛して、あなたのために十字架で死んだわたしを、あなたは愛していますか」と。私たちは全力でお答えしたいのです。「はい、主よ、あなたを深く愛しています。」確かに私たちの愛は足りません。でも一生懸命イエス様を愛してゆきたいのです。

 もちろん教会の真の羊飼いは、イエス様です。イエス様はヨハネ福音書10章で、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」と断言されました。ペトロにも、「良い羊飼いになりなさい」と求めておられます。私は1998年12月に按手式を経験し、牧師と呼ばれるようになりました。その時、共に按手を受けた友人のお母様が色紙をプレゼントして下さいました。「良い羊飼いは、羊のために命を捨てる」と書かれています。この御言葉で、私を励まして下さいました。

 イエス様はペトロの将来を預言されます。「あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」これは「ペトロがどのような死に方で神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである」と書かれています。そしてペトロに改めて、「わたしに従いなさい」と言われました。

 『クォ・ヴァディス』(「主よ、いずこに行き給うや」)という題の小説と映画があります。これは聖書にはない伝説に基づく作品のようです。ペトロが紀元60年代ににローマで殉教したことは事実と思います。ローマではクリスチャンへの迫害が起こっていました。ペトロはローマを脱出します。すると向こうから歩いて来る方がおられます。何とイエス様です。ペトロは、「主よ、どこに行かれるのですか」と問うと、イエス様が、「ローマで私の羊たちが苦しんでいる。私はもう一度十字架にかかるためにローマに行く。」ペトロは驚き、自分が約30年前と同じ裏切りの罪を犯そうとしていることに気づきます。そしてローマに引き返し、おそらくクリスチャンたちの世話をし、イエス様と同じ十字架ではイエス様に申し訳ないと考え、逆さ十字架にかかって殉教したと伝えられます。こうしてイエス様に与えられた使命を果たし、神の栄光を現して天国に行きました。ローマの信徒への手紙14章7~8節に、イエス様の十字架の愛に感謝する私たちキリスト者の生き方が記されています。「わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。わたしたちは、生きるとすれば主(イエス様)のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。」

 私は先週、高校の修学旅行以来35年ぶりに長崎市に行きました。信仰にかかわる多くの所を見学しました。「26聖人殉教記念館」に行きました。豊臣秀吉の迫害によって1597年2月に殉教した方々を記念しています。その一人パウロ三木という日本人修道士は、十字架の上でも次の内容の説教をしました。「私は、人間の救いのためにはキリシタンの道以外にないことを断言します。私は国王と私の死刑にかかわったすべての人を赦します。私の願いはすべての日本人がキリスト信者になることです。」本当に神の栄光を現す死でした。

 長崎の原爆で被爆し、『この子を残して』などのベストセラーを著して43歳で天国に行かれたクリスチャン医師・永井隆博士の小さな小さな家「如己堂(にょこどう)」(「己れを愛する如く人を愛せよ」とのイエス様の御言葉に由来)と記念館をも見学しました。レントゲン撮影をかなり多く行う医師だった永井博士の体は、原爆投下前から放射線にむしばまれており、余命3年を告げられていました。二人の幼い子どもたちの世話をしている信仰深い妻に告げると、深く悲しみながら祈っていました。祈り終わると、「生きるにも、死ぬにも、神様の栄光のためにね」(片山はるひ著『永井隆 原爆の荒野から世界に「平和を」』日本キリスト教団出版局、2015年、59ページ)。
この夫人の信仰にも支えられ、新たな気持ちで診療生活に入っていたところに、予想もしない原爆が投下されたのです。健康だった夫人がほぼ即死なさったようです。永井博士は重傷を負いながらも、周りの人々の救護活動に不眠不休で働かれました。その後、教会の仲間たちが建ててくれた如己堂に子どもたちと共に住み、病と闘いながら『この子を残して』などの平和を訴える本を17冊書いて世に送り出し、1951年に天に召されました。神様の栄光を現して生き、神様の栄光を現して死なれたと思うのです。

 進みます。イエス様に、「わたしに従いなさい」と言われたペトロが振り向くと、イエス様の愛しておられた弟子(ヨハネと言われます)がついて来るのが見えました。聖書では「振り向く」ことはよいことと見られていません。イエス様に従うことから迷い出かねないからです。ペトロは彼が気になりました。そこで彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と尋ねます。イエス様は、やや厳しく言われます。「わたしの来るときまで(イエス様は、世の終わりに必ずもう一度地上に来られます)彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」ペトロにはペトロの使命があり、ヨハネにはヨハネの使命があるのです。ペトロは60歳くらいで殉教し、ヨハネは90歳近くまで生きたとも言われるようです。

 ペトロはヨハネの導かれ方が気になったのですが、それは必要ないのです。ペトロは、イエス様に従えばよいのです。イエス様に「ヨハネの従い方は、あなたには関係ない。あなたはわたしに従いなさい」と言われ、ペトロも覚悟が定まったでしょう。ある牧師は、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい」が愛唱聖句だと語られました。「わたしを導いて下さるイエス様に従う。」それがその方の信仰の生き方です。わたしたちも、イエス様に従いたいのです。願わくは、私たちの生き方・死に方によって、神様がご自身の栄光を現して下さいますように。アーメン(「真実に」)。

2018-04-19 22:30:26(木)
「希望の朝」 2018年4月15日(日) 復活節第3主日礼拝 説教要旨
聖書:民数記11章21~23節、ヨハネ福音書21章1~14節

 本日の場面は、十字架の死から復活されたイエス様が、三回目に弟子たちに現れられた場面です。弟子たちはペトロをはじめ、七人です。ペトロは「わたしは漁に行く」と言い、出かけました。イエス様は以前ペトロに、「今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と言われました(ルカ福音書5章)。ここでの漁も、ペトロに代表される教会の伝道のことと見ることができます。ほかの6人も加わりました。しかし、その夜は何もとれなかったのです。
 
 夜は漁に適した時間帯だそうです。同時に夜は暗さ、悪魔(悪)と罪の支配のシンボルです。イスカリオテのユダがイエス様を裏切るためにイエス様のもとを出て行ったときは、「夜であった」と記されています。しかし、「明け方の直前が最も暗い時」、「明けない夜はない」という言葉もあります(聖書の言葉ではありませんが)。4節に「既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。」死に打ち勝たれた復活のキリストが立っておられます! 「だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。」朝もやのために見えにくかったのかもしれません。朝は、神様の助けが与えられるよき時です。神様は一日中助けて下さいますが、朝は特に神様が祝して下さる時です。朝読む聖書は、心にしみ渡ります。「夜明けとともに、神は助けをお与えになる」(詩編46:6)。

 イエス様は、「子たちよ、何か食べる物があるか」と問われ、弟子たちは「ありません」と答えます。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかったのです。イエス・キリスト、神の愛の力が働いたのです。私たちも、それまで何回も行ったことであってもイエス様が「やりなさい」と言われれば、ぶつぶつ言わないで、新しい気持でもう一回行いたいのです。

 本日の旧約聖書・民数記11章で、神の民イスラエルは食べ物がマナしかないと泣き言を言い、神が憤られたのでモーセは苦しみます。モーセは神に訴えます。「わたしの率いる民は男だけで60万人います。それなのに、あなたは、『肉を彼らに与え、一か月の間食べさせよう』と言われます。しかし、彼らのために羊や牛の群れを屠れば、足りるのでしょうか。海の魚を全部集めれば、足りるのでしょうか。」神がモーセに言われます。「主の手が短いというのか。わたしの言葉どおりになるかならないか、今、あなたに見せよう。」神は、たくさんのうずらを風で吹き寄せて下さり、民の宿営の近くに落とされたのです。しかし神は、民の不平不満の罪に対して憤りをも発せられ、激しい疫病で民を打たれたのです。

 同じ神の力が発揮され、ペトロたちは大漁に驚いたのです。時々、このような驚く体験を与えられます。10年ほど前から3年間くらい、教会の皆さんと共に、落合川で子どもたちに主に聖書の紙芝居を見せていた時期があります。はじめは平日の午後でした。近くの幼稚園から帰宅するときに落合川沿いの遊歩道を通って帰るグループがありました。そのグループが喜んで紙芝居を見てくれたのです。多い時で子ども10人、少ない時で1~2人でした。そのグループが卒園すると土曜日に移して、河原に遊びに来る子どもたちを対象に行いました。見てくれる子どもがほとんどいなくなって終わりになりましたが、幼稚園から帰宅するグループが紙芝居を見てくれた時期は、まさに奇跡的な時期でした。今年の1月、教会学校に突然、中高生が9人出席しました。驚きました。同じ学校の部活の仲間たちが一緒に来たのですが、私はイエス様の奇跡と喜びました。

 「イエスの愛しておられたあの弟子(ヨハネとされます)がペトロに、「主(イエス様)だ」と言った。ペトロはそれを聞くと、「裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ」とあります。イエス様の方に泳いで行く(約90メートル)ために飛び込んだのですが、裸同然では失礼なので、上着をまとったのでしょう。同時に、この偉大な奇跡を見て聖なる神様の力を感じて畏れを覚え、自分の罪深さを自覚し、上着をまとったとも言えます。ルカ福音書5章の似た場面で、ペトロはイエス様に、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と申し上げたことと通じます。アダムとエバも神様に背いたとき、目が開けて自分たちが裸であることを知り、いちじくの葉をつづり合わせて腰を覆いました。

 この時、153匹もの大きな魚がとれました。153に何か意味があるか、よく分かりませんが、一説では、当時地中海に棲息する魚が153種類と考えられていたと言います。153は、世界のすべての人を指すのかもしれません。おびただしい実りが与えられたのですが、私はイエス様の十字架を予告したイザヤ書53章の11~12節を思い出します。この実りは、イエス様の十字架の犠牲の死の賜物です。「彼(イエス様)は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。わたしの僕(しもべ)は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし、彼は戦利品としておびただしい人を受ける。」おびyただしくとれた魚は、イエス様の十字架の実りです。ヨハネ福音書12章24節に、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ」とあります。イエス様の十字架の死によって、おびただしい人が永遠の命を受けるのです。

 私は最近、東久留米教会の初代牧師・浅野悦昭(よしあき)先生の説教集を改めて読んで、学んでいます。それによると、初期の教会は、時に教会を迫害するローマ帝国のために祈り続けたというのです。迫害されても殉教者が出ても、ローマ帝国を憎まず、敵とも言えるローマ帝国を愛して、ローマ帝国のために祈り続けたというのです。そして紀元313年に「ミラノの勅令」によりキリスト教がローマ帝国の公認宗教になりました。そして4世紀の終わりにローマ帝国の国教になりました。まさに祈りの勝利です。(但し、国教になって権力と結びつくと、逆に腐敗・堕落の危険が生じるので、慢心への十分な警戒が必要です。)教会の伝道のための武器は、聖書と祈りです。聖書と祈りによって、伝道に励みたいのです。

 神様は、すべての人が自分の罪を悔い改め、イエス・キリストを救い主と信じ告白して洗礼を受け、永遠の命に入ることを望んでおられます。私たち教会は、すべての人がイエス様を救い主と信じ告白し、クリスチャンとなることを願って、今週も伝道のために祈り、働きたいのです。アーメン(「真実に」)。



2018-04-13 19:18:18(金)
「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」 2018年4月8日(日) 復活節第2主日礼拝説教要旨 
聖書:創世記2章7節、ヨハネ福音書20章19~31節

 イエス・キリストは、私たち皆の罪を全て背負って、聖金曜日に十字架で死なれました。そして三日目の日曜日のまだ暗い早朝に復活なさり、まずマグダラ(地名)のマリアにご自分を現されたのです。彼女は弟子たちのところに行き、「わたしは主を見ました」と喜びの報告をしたのです。しかし弟子たちは、まだ恐れに支配されていました。「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。」自分たちも十字架につけて殺されるかもしれないと恐怖を感じ、閉じこもっていたのです。

 「そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。」言うまでもなく、両手には十字架の釘の穴があいています。わき腹には十字架の上で槍に刺された穴があいています。復活の体は死の前の体と違う新しい栄光の体ですが、前とのつながりもあります。2つの釘穴と1つの槍の穴があいています。この3つの穴(傷)を思う時、イザヤ書53章3節の「彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」の御言葉が実現したと感じます。「あなたがたに平和があるように」は、イエス様のゆるしの宣言です。ふつうの人なら弟子たちに、「なぜ十字架の時に私を見捨てて逃げたのか」と恨み事を言うのではないでしょうか。しかしイエス様は、ヨハネを除く弟子たちがイエス様を見捨てて逃げた罪も、すべて十字架で背負って下さいました。弟子たちをゆるしているのです。「わたしはあなた方を完全にゆるしているよ。あなた方に平和があるように」と言われたのです。弟子たちはほっとしたでしょう。そして喜んだのです。この喜びは、ふつうの喜びと違います。神様が与えて下さる天からの喜び、聖なる喜びと思います。

 こんな実話を聞きました。ある教会の若くて苦学している男性クリスチャンが、他人の高級車に自分の自転車をぶつけてしまったのです。10万円の修理費が請求され、さらにドアの交換代100万円が請求されたそうです。彼は牧師に相談に行きました。牧師は先方に話し合いに行き、苦学している若者であることを伝えたところ、先方はドアの交換代の請求を取り下げてくれました。免除してもらった男性は、心の重荷の大半がなくなり、心の底からほっとして深く喜んだのです。牧師は、「罪をゆるしてもらうことは、こんなにも嬉しいことなんだ」と実感したそうです。弟子たちも、自分たちがイエス様を見捨てて逃げた罪をイエス様に完全にゆるしていただいて、真底ほっとし、心震える深い喜びに満たされたのです。

 そしてイエス様は、彼らに息を吹きかけて「聖霊を受けなさい」と言われました。これはヨハネ福音書のペンテコステ(聖霊降臨)と呼ばれる場面です。本日の旧約聖書・創世記2章7節に、「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とあります。恐れて閉じこもっていた弟子たちは生ける屍の状態でしたが、神様(イエス様)の愛の霊である聖霊を吹きかけられて、神様の愛に満たされて生き生きと奉仕する者に変えられました。イエス様は弟子たちに言われます。「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」これは神様が教会に委ねられた権威を述べた言葉です。教会は、何と父・子・聖霊なる三位一体の神様のお名前によって、人に洗礼を施すのです。その方がご自分の罪を悔い改めて洗礼を受ければ、神様がその方の全ての罪を赦して下さり、その方は本当に天国に入れていただけるのです。教会には、このような権威が委ねられています。もちろん教会は、この権威を、どこまでも神様の御心に従って行使しなければいけません。

 「十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。」ディディモは「双子」の意味です。トマスは信じない人でしたが、信じる人になりました。ディディモという言葉は、トマスのこの二重性を表すのかもしれません。トマスは最初、イエス様の復活を信じませんでした。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と言い張りました。トマスの信じない心を溶かすためだけに、八日後にイエス様が再度来られたのです。八日後は、きっと八日目のことで、日曜日ではないかと考えられているようです。「戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われました。そしてトマスに、「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」皆さん、私たちがその場にいたらどう感じるでしょうか。今、想像しましょう。トマスは驚き、恐れ入ったと思います。そして信仰告白をしました。「わたしの主、わたしの神よ。」ヨハネ福音書の大切なメッセージの1つは、「イエス様は神である」ということです。1章1節に、「言(イエス・キリストを指す)は神であった」とあります。

 イエス様が言われます。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」見ないで信じることが信仰です。見れば、もはやあえて信じる必要がないからです。ただ、私はある意味でトマスに感謝します。トマスが疑ったからこそ、イエス様が再度来て下さり、十字架の傷を帯びた復活の栄光の体を見せて下さったかです。聖書にこの場面があるお陰で、イエス様の復活を信じることができたクリスチャンは、昔から多いのではないかと思うのです。ともあれ、私たちは肉眼で見ていないけれども、イエス様が復活なさって、今も天で生きておられることを信じます。ペトロの手紙(一)1章8~9節にこうあります。「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。」イエス様を見なくても信じ、愛して参りましょう。イエス様は、決して私たちの信仰を裏切らない方です。アーメン(「真実に」)。

2018-04-12 17:54:59(木)
「私たちの名を呼ぶ復活のキリスト」 2018年4月1日(日) イースター(キリスト復活日)礼拝説教要旨 
聖書:イザヤ書43章1~5節、ヨハネ福音書20章1~18節

 イースターおめでとうございます。私たち全ての人間の代表として十字架で死なれ、復活されたイエス・キリストの尊き御名を讃美致します。

 イエス様は金曜日に十字架に架けられました。その金曜日を受苦日、聖金曜日と呼びます(英語ではグッド・フライデーとも言います。十字架は辛い出来事ですが、私たち罪人(つみびと)の救いをもたらしたのでグッド・フライデーと呼ぶのでしょう)。土曜日は深い悲しみのうちに過ぎました。1節「週の初めの日(日曜日)、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラ(地名)のマリアは墓に行った。」彼女は、イエス様に七つの悪霊を追い出していただき、救われた女性です(ルカ福音書8章2節)。文語訳では、「一週(ひとまわり)のはじめの日、朝まだき暗きうちにマグダラのマリア墓に来りて」です。「朝まだき」とは、「未だ朝になりきらない時」、「夜が明けきらぬ早朝」です。美しい日本語です。1954年版の讃美歌にも「朝まだき」の歌詞のある歌があります。

 マグダラのマリアは、イエス様への深い愛から、暗いうちに墓に駆けつけました。何と墓をふさいでいた大きな石が既にとりのけてあったのです。マリアが着く前に神様がとりのけられたのです。困惑したマリアは、シモン・ペトロと、イエス様が愛しておられたもう一人の弟子(ヨハネとされます)のところへ走って行き、「主(イエス様)が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、私たちには分かりません」と告げました。ペトロとヨハネは走って墓に向かいます。先に着いたヨハネは墓に入りませんでしたが、ペトロは入ります。ペトロは行動が先行するタイプです。ペトロは「亜麻布が置いてあるのを見た。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。」イエス様が復活されて亜麻布を脱がれ、少し歩いて頭の覆いを取られ、丸めて置いて墓の外に出て行かれたように感じます。もしかするとそれはマリアが墓に来る1時間ほど前、ことによると30分もたっていなかったかもしれません。聖書はイエス様が復活なさる様子を描写しません。それは神秘として、人間に隠されています。私たちは空の墓の様子を見て、イエス様が復活なさったことを悟ることが大切です。見ないで悟り、信じることが信仰です。この後、ペトロとヨハネは家に帰りました。

 ところがマリアは帰らないのです。11節に「マリアは墓の外に立って泣いていた」とありますが、文語訳は「しかしマリアは」と記しています。ペトロとヨハネと違って、マリアは帰らないのです。イエス様への深い思慕がそうさせました。女性の方が愛情深く、ひたむきです。天使たちがマリアに、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と問います。次には復活のイエス様ご自身が「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」と問いかけます。墓の中を見ていたマリアは振り向いて見ましたが、イエス様だと分かりませんでした。涙で見えなかったのかもしれません。

 イエス様が遂に呼びかけられます。「マリア。」彼女は振り向いて「ラボニ(先生)!」と言います。心が通じ合った驚きと感激の一瞬です。人格と人格のコミュニケーションがまさに復活しました。復活のイエス様は、私たち一人一人の名前をも、愛を込めて呼んで下さいます。ヨハネ福音書10章3節以下に、こうあります。「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」イエス様こそ、良い羊飼いです。本日の旧約聖書・イザヤ書43章でも神様がこう言われます。「恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。大河の中を通っても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。」

 ヨハネ福音書20章に戻ります。イエス様にすがりつこうとするマリアを、イエス様がたしなめます。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとに上っていないのだから。」この場面は多くの画家が「われに触れるな」という題で絵にしています。もしマリアに問題があったとすれば、「わたしの主が取り去られました」、「わたしが、あの方を引き取ります」と言っているように、イエス様を自分の所有のように思い、自分が守るように思っていることでしょう。しかしイエス様を、マリアのコントロール下に置くことは許されません。イエス様は復活され、これから天の父なる神様のもとに昇られます。そうでないと天から約束の聖霊を注ぐことができなくなります。マリアの人間的な願いが、神様のご計画を妨げることは許されません。イエス様は同じイエス様ですが、今は十字架でマリアを含むすべての人たちの罪を背負って死に、死を打ち破って復活され、永遠の命の希望をもたらして下さった方です。マリアのなすべきことは、イエス様にすがりついて引き取ることではなく、イエス様の十字架と復活による罪の赦しと永遠の命の福音を宣べ伝えることです。私はこの点を、最近ある牧師の方の説教を読んで、大いに教えられました。

 コリントの信徒への手紙(二)5章16節のパウロの言葉を連想します。「肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」マグダラのマリアも、十字架と復活の前はイエス様を肉に従って(人間的な愛情に従って)知っていた(慕っていた)かもしれませんが、これからはそうであってはいけないのです。イエス様を引き取るのではなく、イエス様の十字架と復活による福音を宣べ伝える新しい使命に生きるのです。パウロは、「神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています」と述べます。マグダラのマリアも同じです。イエス様の使者としての使命に生きるのです。私たちも同じ使命を果たしてゆくのです。アーメン(「真実に」)。


2018-04-12 12:43:44(木)
「キリストの復活に支えられ、生きる」 伝道メッセージ(石田真一郎)
「わたし(イエス・キリスト)は復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」(新約聖書・ヨハネによる福音書11章25節)。
 
 イースターは、私たち皆のすべての罪と過ちの責任をとって、身代わりに十字架で死なれたイエス・キリストの復活を祝う日です。罪とは、自分されよければよいと思う自己中心の心と行いです。私は子どもの頃、「相手の身になって考えなさい」と教えられました。イースターの日、子どもたちが卵探しの遊びをします。卵は、生まれるひよこによって殻を破られます。卵は、死の殻・墓を破って復活されたイエス様の命のシンボルです。

 昨年105才で天に召されたクリスチャン医師・日野原重明さんは、58才の時、一種の「死と復活」の経験をされました(以下、日野原さんの『生きていくあなたへ』幻冬舎、などより)。1970年に日本赤軍が起こした「よど号(飛行機)ハイジャック事件」で人質の一人にされたのです。山村新治郎さんという36才の運輸政務次官が身代わりに人質になることで、日野原さんら人質は4日間で解放されました。山村さんは身代わりになったのですから、少しイエス様に似ています(山村さんも後に解放)。日野原さんは生きて地面を踏んだ感激を生涯忘れませんでした。ご夫人と抱き合って喜び、「私はこの事件で一度死んだ。これからの命は、神様に特別に与えられた命。自分のためでなく、人のために捧げよう」とご夫婦で決意されました。一種の復活です。生き方を変えたのです。それまでもクリスチャン医師として、人に尽くして来られました。しかし、「有名な医者になりたい」名誉心、野心もあったようです。それをも捨てる決心をなさいました。それ以来、自分以外の人に仕える生き方を貫かれました。弟子たちの足を洗われたイエス様のように。私も22年前に一度、日野原さんの講演を伺ったことを思い出します。

 イエス様の十字架の犠牲の愛に支えられて、私たちも「自分さえよければよい」という考えを捨てて、神様を愛し、自分を正しく愛し、隣人を愛する生き方に進みたいのです。アーメン(「真実に」)。