日本キリスト教団 東久留米教会

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2021-08-28 21:11:38(土)
「私たちの内に生きておられるキリスト」  2021年8月29日(日)礼拝説教
礼拝順序:招詞 マタイ福音書5:43~45、頌栄85(2回)、「主の祈り」、交読詩編39,使徒信条,讃美歌21・11、聖書 ハバクク書2:1~4(旧約ページ)、ガラテヤの信徒への手紙2:15~21(新約ページ)、祈祷、説教「私たちの内に生きておられるキリスト」、讃美歌21・510、献金、頌栄92、祝祷。 

(ハバクク書2:1~4)わたしは歩哨の部署につき/砦の上に立って見張り/神がわたしに何を語り/わたしの訴えに何と答えられるかを見よう。主はわたしに答えて、言われた。「幻を書き記せ。走りながらでも読めるように/板の上にはっきりと記せ。定められた時のために/もうひとつの幻があるからだ。それは終わりの時に向かって急ぐ。人を欺くことはない。たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない。見よ、高慢な者を。彼の心は正しくありえない。しかし、神に従う人は信仰によって生きる。

(ガラテヤの信徒への手紙2:15~21) わたしたちは生まれながらのユダヤ人であって、異邦人のような罪人ではありません。けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。もしわたしたちが、キリストによって義とされるように努めながら、自分自身も罪人であるなら、キリストは罪に仕える者ということになるのでしょうか。決してそうではない。もし自分で打ち壊したものを再び建てるとすれば、わたしは自分が違犯者であると証明することになります。わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。わたしは、神の恵みを無にはしません。もし、人が律法のお陰で義とされるとすれば、それこそ、キリストの死は無意味になってしまいます。

(説教) 本日は、聖霊降臨節第14主日の礼拝です。できるだけ月に一回、ガラテヤの信徒への手紙による説教を行っています。本日与えられているガラテヤの信徒への手紙は、2章15~21節です。説教題は「私たちの内に生きておられるキリスト」と致しました。小見出しは「すべての人は信仰によって義とされる」です。

 この手紙を書いたパウロは、ご存じの通り、クリスチャンたちを迫害する先頭に立っていたユダヤ人のファリサイ派のメンバーでした。狂ったようにクリスチャンたちを迫害していたパウロに、復活したイエス・キリストが直接出会って下さいました。イエス様との直接の出会いによってパウロの信仰と生き方は、劇的に変化しました。彼は、イエス様こそユダヤ人と世界中の民の真の救い主であることを深く悟り、ひたすらイエス・キリストを宣べ伝える後半生を生きたのです。

 最初の15節でパウロはこう述べます。「私たちは生まれながらのユダヤ人であって、異邦人のような罪人(つみびと)ではありません。」これは聖書における、あるいは神様の救いの計画における、順序を語っていると言えます。神様の救いのご計画において、確かにユダヤ人が最初に神の民として選ばれました。この事実を消すことはできないのですね。「私たちは生まれながらのユダヤ人だ」ということは、「パウロたちユダヤ人が、生まれながらの神の民として神に選ばれている」ということです。私たちはこれを読んで少しカチンとくるかもしれませんが、これはパウロの思い上がりではなく、事実を述べています。私たち日本人も異邦人ですから「異邦人のような罪人」という言葉も、嬉しくはありません。でも異邦人は、神様の清い掟であるモーセの十戒も知らず、旧約聖書も読んでいないので真の神様について無知であり、何が罪かも知らないで長年生きて来ました。日本人も、1549年にフラシスコ・ザビエルが日本に初めてイエス・キリストを伝える前は、真の神様について全く無知で過ごして来たのです。はっきり言えば、真の神様を知らないので、ただそのまま滅びていっても仕方のない民であったのです。

 パウロは、エフェソの教会の異邦人クリスチャンたちについて、「あなたたち異邦人の以前の状態はこうであった」と述べています。エフェソの信徒への手紙2章11節以下「あなた方は以前には異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々(ユダヤ人)からは、割礼のない者(神の民でない者)と呼ばれていました。また、その頃は、キリストとかかわりなく、イスラエルの民(神の民)に属さず、約束を含む契約を関係なく(神の契約の外にいて)、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。」悲しいけれども、これが異邦人(日本人を含む)の現実だったのです。真の神を知らず、何が罪かも分からず、罪を犯しながら、滅びの道に向かって進んでいた。しかしその異邦人にも、イエス様によって永遠の命の希望がもたらされたのです。イエス様は、ユダヤ人だけでなく、私たち異邦人の全部の罪をも背負って、十字架で死を遂げて下さったからです。

 続いて16節「けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。」「私パウロはユダヤ人なので、人は律法(その代表がモーセの十戒)の実行によって自力で神の前に義と認められると思い込んでいたが、それが間違いであることに気づいて、救い主イエス・キリストを信じた」、と言っています。ユダヤ人のファリサイ派は、自分の正しさについて自信過剰な人々だったようです。パウロこそその筆頭で、自分はモーセの十戒に代表されるあらゆる律法(神の掟)を完璧に守っているので、その律法の実行によって、自分の力で、神の前に義と認められると確信していました。自分にはほとんど罪がないと思っていたでしょう。しかし復活のイエス様に出会ったことで、パウロは自分に多くの罪があることに、初めて気づいたでしょう。罪が全くない方は、イエス様だけです。人格の立派さで、イエス様には全くかなわないとパウロは痛感します。罪が全くない方とは、イエス様のような方を指すのだ。他人と比べれば自分は立派なので罪はないと思っていたが、身の周りの他人と比べても、どんぐりの背比べなので意味はない。イエス様と比べることが必要だ。イエス様と自分を比べれば、イエス様の方が段違いに愛と清さに満ちておられる。自分の人格は、イエス様に遠く及ばないとよく分かった。これまでの自分は思い上がっていた。自分には多くの罪がある。パウロはそう強く気づいたに違いありません。

 「律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる。」これはプロテスタント教会が非常に重視している「信仰義認」です。プロテスタントが拠って立つ「信仰義認」です。細かい話で恐縮ですが、信仰という言葉は、元のギリシア語で「ピスティス」という言葉です。今から100年ほど前に、スイスのカール・バルトという牧師が、初めてこの「ピスティス」を(ローマの信徒への手紙で)「真実」と訳しました。「イエス・キリストへの信仰によって義とされる」を、「イエス・キリストの真実によって義とされる」と訳したのです。当時のクリスチャンたちも驚いたようですが、これは聖書への深い理解に基づく訳と言えます。どちらの訳も正しいと言えます。「イエス・キリストへの信仰によって義とされる」も正しい、「イエス・キリストの真実によって義とされる」も正しいと言えます」。

 2年ほど前に出版された聖書協会共同訳という新しい翻訳がありますが、これがまさにピスティスを「真実」と訳しているのです。これがこの新しい訳の1つの注目されている点です。「しかし、人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、ただイエス・キリストの真実によるのだということを知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の行いによってではなく、キリストの真実によって義としていただくためです」と訳しているのです。

 私たちが用いている新共同訳は、伝統的な訳です。「(人は)ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。」この場合は、私たちのために十字架で死んで下さった愛の主イエス様を、私たち人間の側が「信じる」ことの大切さを強調しています。聖書協会共同訳は「人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、ただイエス・キリストの真実によるのだということを知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。」「イエス・キリストの真実。」つまりイエス様の側が徹底的に真実に生きて下さって、神様に背いていた私たち罪人(つみびと)のひどい罪を全部背負って、あの辛い十字架で死んで、私たちの罪を贖って下さった、償いきって下さった。私たちの救いに必要なことは、イエス様が十字架で文字通り全て成し遂げて下さった。それは全てイエス様の功績であって、私たちがそこに加えることができるものは1つもない。1つもないのです。私たちがなすよい行いにも、少しは罪が混じっているので、私たちは「こんなに立派に生きました」と言って神の前に「私にはこんなに功績があります」と自慢することはできません。全く罪なき神の子イエス様が十字架で「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫び、「成し遂げられた」「父よ、私の霊を御手にゆだねます」とおっしゃって十字架で死なれたイエス様が、私たちの罪を身代わりに100%背負いきって下さった。私たちの罪の赦し、私たちが天国に入れていただくために必要なことは、イエス様が全て成し遂げて下さった。これがイエス様の真実、十字架の真実です。私たちは頭を垂れて、イエス様を救い主と信じ、イエス様の真実による救いを、ただ受け取ることができるだけです。イエス様が十字架で成し遂げて下さった贖い・償いを正確に受け止めるときに、「キリストの真実」によって義とされる、という訳に、当然導かれるでしょう。

 もちろん私たちがそれを信じることが必要ですから、「ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる」という伝統的な訳も、もちろん正しいのです。整理すると「ピスティス」には2つの面があるのです。第一には、イエス様が十字架で成し遂げて下さった真実な救いです。この面を強調すると「キリストの真実」との訳になります。第二の面は、「そのキリストの真実を受け入れて信じる、人間の側の応答の信仰」です。この面を強調すると「ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる」という訳になります。両方とも正しい。ピスティスには両面がある。神の側、イエス様の側が成し遂げて下さった十字架による真実の救い。そして人間の側がそれに応答して信じる信仰。この両方を受け止めて初めてパウロが書く「ピスティス」(信仰、真実)の意味を十分に受け止めたことになります。プロテスタント教会が強調する「信仰義認」も、このピスティスの深い意味をよく受け止めて、「信仰義認」とは何かが、深く分かるようになる。つまり「信仰義認」とは「イエス様の十字架による真実な救い」と「へりくだってそれを信じる人間の側の応答の信仰」のセットによって、私たちが、罪人(つみびと)であっても、神の前に「義と認められる」「正しい者と認められる」「永遠の命を与えられる」ということです。

 パウロは16節の終わりで書きます。「律法の実行によっては、誰一人として義とされないからです。」むしろ律法の代表モーセの十戒の1つ1つをよく学ぶなら、私たちがその1つをさえ完全には実行できないことが分かるのです。そして17節「もし私たちが、キリストによって義とされるように努めながら、自分自身も罪人(つみびと)であるなら、キリストは罪に仕える者ということになるのでしょうか。決してそうではない。」パウロを含め、私たちは皆罪人(つみびと)ですが、イエス様が罪人(つみびと)のために十字架に架かったのであれば、イエス様は罪を擁護したことにならないかという問いに対して、断じて違うとパウロは言います。イエス様は、私たち罪人(つみびと)に奉仕して下さったのであり、罪そのものをよしとされるわけではありません。その正反対で、イエス様は罪人(つみびと)を愛して下さるが、罪そのものを強く憎む方です。

 18節「もし自分で打ち壊したものを再び建てるとすれば、私は自分で違反者であると証明することになります。」律法を守ることによって自分が万全に正しい者であることを証明しようとすれば、私はそれができない自分であることを暴露するこになると、パウロは正直に言います。19節前半「私は神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。」「律法に対して死んだ」とは「律法の支配から解放された」ということです。律法を学べば学ぶほど、自分がいつも律法違反の罪を犯していることが分かり、ある意味絶望に向かいます。私たちは、イエス様の十字架による救いを受ける前は、律法に支配され、罪に支配され、罪の結果来る死によって支配されていたのです。

 そのパウロが、「私は律法に対しては律法によって死んだ」と言います。「律法に対して死んだ」とは、(それまで私たちが負けていた)律法の支配に勝利し、罪の支配に勝利し、死の支配に勝利したということです。全部イエス様の十字架と復活のお陰です。イエス様が、人類を代表して一人で闘って下さって得た勝利の美酒を、私たちが罪人(つみびと)が味わうことができるのです。大きな恵みです。

 「律法に対しては、律法によって死んだ。」「律法によって死んだ」とはどういうことでしょう。律法は、正しい掟ですから、律法の要求は、律法を守らない者が裁かれることです。その律法の要求は、100%満たされました。イエス様の十字架の死によってです。私たち人間が、神の尊い律法を全員で何万回も破って来ました。何億回、何兆倍、もっとでしょう。その全部の律法違反の罪を、イエス様が全部背負って十字架で、父なる神様の裁きを受けて、死なれました。律法の正しい要求は、イエス様の十字架の死によって完璧に満たされました。そのお陰で、律法は、イエス様を信じる私たちを支配する力を失ったのです。私たちはそれまで自力では、律法の支配に負け、罪の支配に負け、死の力に負けていました。自力では負け続けるだけです。しかしたった一人、神の子イエス様だけは、ただの一度も律法に違反せず、ただの一度も悪魔の誘惑に負けることがなかったのです。十字架の死に至るまで、ただの一度も律法に違反せず、ただの一度も悪魔の誘惑に負けて、最も小さい罪の1つさえ犯しませんでした。

 こうして罪と死と悪魔に完全に勝利した方がイエス様です。私たちはパウロと同じように「律法に対しては律法によって死にました。」イエス様のお陰で、律法と罪と死と悪魔の支配から解放された、救い出されたのです。「神に対して生きるために!」 救われた私たちは、感謝と喜びをもって神に対して生きて行く、喜んで進んで神様にお仕えする方向に進む、神様と隣人を喜んで愛してゆく、敵さえも愛してゆく。聖霊に大いに助けていただいて、です。これこそ、本当の意味で自由な生き方です。もはや罪と悪魔の奴隷にならない生き方です。

 19節後半と20節「私はキリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられるのです。私が今、肉おいて生きているのは、私を愛し、私のために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。」これは洗礼と深く関わる御言葉です。ローマの信徒への手紙6章4節以下に、こうあります。「私たちは洗礼(バプテスマ)によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためなのです。もし、私たちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。私たちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。死んだ者は、罪から解放されています。私たちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。」古い自分はイエス様と共に十字架につけられて死んだ。今はイエス・キリストの霊である聖霊が私たちの中に生きて働いておられます。

 最後の21節「私は、神の恵みを無にはしません。もし、人が律法のお陰で義とされるとすれば、それこそ、キリストの死は無意味になってしまいます。」「私は、神の恵みを無にはしません。」これはパウロの決意です。この「神の恵み」は、私たちのために十字架で死んで下さったイエス様のことです。これは巨大な恵みです。この恵みを忘れて、十戒を自力で守ることで救われるという間違った考えに囚われてはいけません。それはイエス様の十字架の愛を無にすること、無駄にすることです。とんでもないことです。イエス様の十字架の贖いだけが、私たちの罪を赦す力、私たちに永遠の命を与える力です。イエス様の十字架の愛のほかに、私たちに天国をもたらす力は、この宇宙に1つもないのです。パウロはこの手紙の締めくくりの辺りで書きます。「この私には、私たちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。」このイエス様の十字架の素晴らしい愛の前には、他の全てが輝きを失います。どの国かがオリンピックで金メダルをたくさん獲得することがあっても、それはそれなりに素晴らしい物ではありますが、イエス様の十字架の愛の方が、はるかに尊く輝いています。私たちも、神の恵みを無にしたり、キリストの十字架の死を無意味にすることがあってはなりません。イエス様の十字架の犠牲の愛に、毎日感謝し、どこまでも感謝する、そのような生涯を生き切りたいものです。   

(祈り)聖名讃美。4度目の緊急事態宣言。感染している方全員に、特に重症の方に癒しを。全ての方と私どもを感染から守って下さい。世界中が、神に立ち帰るように。経済困難の方々に助けを。私たちの教会と身の周りに各々の病と闘う方々、入院中の方々もおられます。神様の完全な癒しを速やかに与え、ご家族にも守りを。教会学校の子どもたちの信仰を守って下さい。近所の方々に聖霊を。当教会を出発して日本やアメリカでイエス様を伝える方々と家族に愛を。チャイルドファンドを通し応援しているフィリピンの少年少女、にじのいえ信愛荘の方々に、神様の守りを。ミャンマー、アフガニスタンに平和を。 御名により、アーメン。

2021-08-22 1:53:42()
「平和の王の王 イエス様」  2021年8月22日(日)礼拝説教
礼拝順序:招詞 マタイ福音書5:43~45、頌栄85(2回)、「主の祈り」、交読詩編38,使徒信条,讃美歌21・482、聖書 詩編110:1~7(旧約952ページ)、マタイ福音書22:41~46(新約44ページ)、祈祷、説教「平和の王の王 イエス様」、讃美歌21・403、献金、頌栄83(2節)、祝祷。 


(詩編110:1~7)わが主に賜った主の御言葉。「わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう。」主はあなたの力ある杖をシオンから伸ばされる。敵のただ中で支配せよ。あなたの民は進んであなたを迎える/聖なる方の輝きを帯びてあなたの力が現れ/曙の胎から若さの露があなたに降るとき。主は誓い、思い返されることはない。「わたしの言葉に従って/あなたはとこしえの祭司/メルキゼデク(わたしの正しい王)。」主はあなたの右に立ち/怒りの日に諸王を撃たれる。主は諸国を裁き、頭となる者を撃ち/広大な地をしかばねで覆われる。彼はその道にあって、大河から水を飲み/頭を高く上げる。



(マタイ福音書22:41~46) ファリサイ派の人々が集まっていたとき、イエスはお尋ねになった。「あなたたちはメシアのことをどう思うか。だれの子だろうか。」彼らが、「ダビデの子です」と言うと、イエスは言われた。「では、どうしてダビデは、霊を受けて、メシアを主と呼んでいるのだろうか。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着きなさい、/わたしがあなたの敵を/あなたの足もとに屈服させるときまで」と。』このようにダビデがメシアを主と呼んでいるのであれば、どうしてメシアがダビデの子なのか。」これにはだれ一人、ひと言も言い返すことができず、その日からは、もはやあえて質問する者はなかった。

(説教) 本日は、聖霊降臨節第14主日の礼拝です。本日与えられている新約聖書は、マタイ福音書22章41節以下です。説教題は「平和の主の主 イエス様」、小見出しは「ダビデの子についての問答」です。この問答もまた、イエス様が十字架に架けられる金曜日の三日前の火曜日に行われたようです。テーマは「メシア・救い主は、どのような方か」です。

 最初の41~42節「ファリサイ派の人々が集まっていたとき、イエスはお尋ねになった。『あなたたちはメシアのことをどう思うか。誰の子だろうか。』」彼らは、「ダビデの子です」と答えます。ダビデの子孫です、ということです。これは当時のユダヤ人・イスラエル人の常識的な答えです。間違いでない答えです。神様は、メシア(救い主)をダビデ王の子孫から誕生させると約束されました。旧約聖書のサムエル記・下7章11節以下で、真の神様が、預言者(神のメッセンジャー)ナタンに、「ダビデにこう告げよ」と言われます。「主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者が私の名のために家を建て、私は彼の王国を揺るぎないものとする。この者が私の名のために家を建て、私は彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。私は彼の父となり、彼は私の子となる。」これはダビデの息子で次の王なるソロモンを指すと同時に、イスラエルに将来与えられるメシア・救い主を指しています。ですから、メシア・救い主がダビデの子孫から生まれることは、神様の約束です。それでファリサイ派も、「メシアはダビデの子(子孫)」だと正しく答えました。

 マタイ福音書の一番最初にイエス様の系図があります。そこに「アブラハムの子(子孫)、ダビデの子(子孫)、イエス・キリストの系図」とあり、ここでもイエス様がダビデの子孫として生まれた、間違いないメシア・救い主であることが明記されています。但し、イエス様の父ヨセフまではダビデの子孫ですが、イエス様は処女妊娠でマリアから生まれたので、厳密に言うとヨセフの息子ではありません。でもイエス様はヨセフという父に育てられたので、血のつながりはないが実際的にはヨセフが父親です。ここで大事なことは、ダビデからヨセフまでは血のつながりがあるが、ヨセフとイエス様の間には血のつながりがないことです。ここから先は血のつながりよりも、聖霊による結びつきと言いますか、聖霊による霊的なつながりが大事になって来ます。

 イエス様の時代のイスラエル人は、そのようなことは考えていなかったでしょう。彼らが期待していたメシア(救い主)はダビデの子孫であり、ダビデと同じような政治的な王様、軍事的リーダーだったようです。割と単純な考えを持っていたのです。イスラエルの民衆は、イエス様こそメシアだと期待していました。当時のイスラエルはローマ帝国の支配下にあったので、イエス様にメシアとして立ち上がってもらって、イエス様をリーダーに押し立てて、ローマ帝国と戦争して、独立を勝ち取ろうという熱気に燃えていました。それでイエス様が首都エルサレムに入られた二日前の日曜日に、民衆は「ホサナ、ホサナ」と熱狂してイエス様を迎えたのです。

 イエス様は、ご自分が政治的・軍事的・好戦的リーダーではないことを示すために、強い馬には乗らず、あえておとなしい平和の動物ろばに乗ってエルサレムに入られたことは、皆様ご承知の通りです。イエス様の十字架と復活の約40年後の紀元70年頃に、イスラエルの民はローマ帝国に戦争を仕掛け、敗れ去り、エルサレムの神殿も焼き尽くされ、イスラエルの国は滅び、1948年まで復活しなかったのです。さらにその敗戦の約半世紀後にも、イスラエルの民は性懲りもなくもう一度、「この人こそメシア」と信じたバル・コクバという人をリーダーに立てて、ローマ帝国にもう一度戦争を挑みますが、またしても敗れ去ってしまうのです。戦争のリーダーになったバル・コクバは自分をメシアと思い、他の人々もそう信じ込んでローマ帝国と戦いましたが、負けてしまいます。バル・コクバはメシアではなかったのです。

 さて、イエス様は、「メシアはダビデの子です」と言うファリサイ派の人々に言われます。43節「では、どうしてダビデは、霊(聖霊)を受けて、メシアを主と呼んでいるのだろうか。」「メシアがダビデの子孫であれば、メシアよりダビデが偉大な感じがするが、実際には詩編110編でダビデが聖霊を受けて、メシアのことを主(私の主よ、私の上の方よ)と呼んでいるではないか。メシア(救い主)はダビデの子孫ではあっても、ダビデよりはるかに上の方なのだよ」と、イエス様はおっしゃっているのです。「メシアはあなた方が思っているよりはるかに上の方、神の子なのだよ」とイエス様はおっしゃるのです。

 そして詩編110編を語られます。詩編110編はメシアのことを預言する(神の言葉を預かって語る)重要な詩編です。「主(父なる神様)は、私の主(メシア)にお告げになった。『私の右の座(最も近い所)に着きなさい。私(神)があなた(メシア)の敵を、あなたの足元に屈服させるとき(世の終わり、神の愛の国の完成のとき)まで。』このようにダビデがメシアを主と呼んでいる(崇めている)のであれば、どうしてメシアがダビデの子(子孫)なのか。」メシアはダビデの子孫ではあるが、ダビデと対等や下の方ではなく、ダビデよりはるかに上の方、神の子なのだよ、とイエス様はおっしゃるのです。そこに気づきなさいと、おっしゃるのです。「これにはだれ一人、ひと言も言い返すことができず、その日からはもはやあえて質問する者はなかった。」

 父なる神様がメシアに、「私の右の座に着きなさい」とおっしゃるとあります。その通り、イエス様は復活の40日目に天に昇られ、神の右の座に着かれました。そこから今日も私たちに聖霊を注いで下さるのです。キリスト教会の殉教者第一号となったステファノという男のクリスチャンが、迫害の石を投げつけられて死ぬ直前に、「天が開いて、人の子(イエス様)が神の右に立っておられるのが見える」と言いました。ですからイエス様は、確かに神の右の座におられるのです。神の右にいるということは、父なる神様に等しい存在、つまり神だということを意味します。ですから「神の右に座す」とは、実に大変なことです。私たちは使徒信条で先ほども、イエス様が「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり」と告白しましたが、これは大変なことだと分かります。イエス様が十字架に架けられる直前に最高法院で裁判を受けた時、イエス様は大胆にも言われたのです。「あなたたちはやがて、人の子(イエス様)が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る」と。これを聞いた大祭司が激しく怒り、服を引き裂きながら、「神を冒瀆した。~諸君は今、冒瀆の言葉を聞いた。どう思うか」と言い、人々は「死刑にすべきだ」と答え、一気にイエス様を十字架に架けることに決まってゆくのです。「神の右に座る」とは、自分が神に等しい者であると宣言すること、自分は神だと宣言することで、イスラエル人から見れば、とんでもない冒瀆なのでしょう。しかしイエス様は神の子であり、「父・子・聖霊なる三位一体の神様」(子なる神)なので、神の右に座ることは最もふさわしいことです。ですが神の右に座る宣言は、イスラエル人には許せない宣言でした。彼らはイエス様が神の子であり、神であることを受け入れることができなかったのです。

 「神の右」について、エフェソの信徒への手紙1章20節以下に、こう書かれています。「神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、全ての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。神はまた、全てのものをキリストの足元に従わせ、キリストを全てのものの上にある頭として教会にお与えになりました。」イエス・キリストは、教会の頭であり、世界を愛と正義で治める最高の王なのです。同じ手紙の4章10節には、イエス様が「もろもろの天よりも更に高く昇られた」とあります。当時、天には何層もの階層があると思われていたのでしょう。イエス様が、もろもろの天よりも更に高く昇られたというのです。それは神様しか行くことができない最も高くて、最も聖なる場に違いありません。そこに行かれたイエス様を、ヨハネの黙示録は「王の王、主の主」と表現します。「もろもろの王の中の王、もろもろの主の中の主」、つまり神だと宣言します。メシアは単にダビデの子孫にとどまらず、もっと偉大な方、神の子であり父・子・聖霊なる三位一体の神様(子なる神)だと、イエス様は言われるのです。

 マタイ福音書の中でイエス様は、ご自分のことを「ヨナにまさるもの、ソロモンにまさるもの」ともおっしゃいます。そしてメシアであるイエス様は、ダビデにまさる方です。こんなたとえを聞いたことがあります。旧約聖書の偉大な信仰者たちたとえばダビデ王、モーセ、預言者イザヤ、エレミヤ、エゼキエル、ダニエルは、月や星だ。でもイエス様はもっと光輝く太陽だと。キリスト教会の伝統では、メシア(救い主)をこう捉えます。旧約聖書における3つの重要な務めは「祭司・王・預言者」だが、メシアは「祭司・王・預言者」という3つの重要な務めを、一人で完璧に実行する偉大な方だと。

 イエス様こそその偉大なメシアですが、このメシアは自分の力を誇示するメシアではないのです。イエス様はマタイ福音書20章でこう言われます。「あなた方も知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなた方の間では、そうであってはならない。あなた方の中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、一番上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子(イエス様)が、仕えられるためでなはく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」この御言葉はもちろん、イエス様が十字架に架かるメシアであることを述べています。弟子たちの汚れた足を洗い、十字架の死に至るまで、罪人(つみびと)である私どもに奉仕して下さいました。十字架に架かって下さるメシア! これこそ当時のイスラエル人(ユダヤ人)が全く予想もできなかったメシアの生きざまです。ローマ帝国と闘う熱情に燃えている人も少なくない、好戦的な雰囲気もある中で、私どもの罪を背負って十字架で死んで下さる平和のメシアを、イスラエル人は想像もできなかったと思うのです。

 私たちは、イエス様の十字架の愛を思う時に、イザヤ書53章を思うことが多いと思います。これは救い主イエス様の十字架を預言する御言葉ですが、これが何を語っているのか、当時のイスラエル人には全く分からなかったと思うのです。「見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは、私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちは癒された。」イエス様は十字架によって、私たちに平和をもたらして下さいました。十字架によって、父なる神様と私たちの間に和解・平和ができあがりました。それまで私たちは、父なる神様に背く歩みをしており、父なる神様に敵対していました。平和がなかったのです。しかしイエス様が十字架で、私たちの全部の罪を背負いきって下さったお陰で、父なる神様と私たち罪人(つみびと)の間に和解・平和ができあがったのです。そこから人間同士の平和もできあがります。「私の罪もイエス様の十字架のお陰で赦された。」「あの人の罪も、イエス様の十字架によって赦された」ことが分かり、イエス様を知る人は互いに赦し合い、謝り合って和解し、平和を作り出してゆきます。

 少し前に祈祷会でご紹介しましたが、日本基督教団年金局「隠退教師を支える運動」の通信誌『よろこび』2020年9月20発行号に、東久留米教会の教会のお隣の(同じ市内の)東京新生教会の隠退教師・横山義孝(よしなり)先生(93才)が、次の文章を書いておられます。「私が洗礼を受けたのは旧制中学4年生の春でした。1944年で日本は大東亜戦争の最中でした。アメリカを敵にしていた頃で、中学の軍事教官は『お前は牧師の息子か』と厳しく問い詰め、『そうです』と返事したことを覚えています。毎週牧師(父)の説教を聞いて、キリストを信じることは良いことだ、正しいことだと自分で決心して日本基督教団浦和別所教会で洗礼を受けたのです。それでも日本が東南アジアの国々を自らの支配下に置こうとする侵略戦争であり、罪悪であるということは知らされていなかったのです。そのため私は戦争に参加することは自分の国を守ることだと単純に考えて、1945年春、海軍水雷学校(横須賀)に入ったのですが、同年8月15日に敗戦の詔勅を聞く結果になったのです。日本基督教団はその後、戦争責任の告白を内外に公表することになりました。

 その年の12月10日、浦和別所教会で、後に(現)関西聖書神学校の校長になった沢村五郎師の特別集会がありました。その集会で同師の『もしイエス・キリストが日本の国の人々に受け入れられていたならば、日本の同胞200万、東南アジアの同胞2000万を犠牲にすることはなかったであろう』とのメッセージを伺い、天皇が人間宣言をして、人生の生きがいを失って混迷の内にあった私(当時19歳)に、このイエス・キリストの栄光のために生きたいとの決心が与えられたのです。それを父に話しますと、『祈っていたぞ』と賛意が示されたのです。神戸神学校(のちの関西聖書神学校)を卒業して日本基督教団の教師になり、~それから隠退までの66年間は、神の栄光のための開拓、開拓の意義ある生涯をひたすら歩み続けて来ました。感謝です。」

 多くの日本人が、平和のメシア・イエス・キリストを信じていなかったために、日本は太平洋戦争に突き進んでしまった。日本人に平和の主イエス様を宣べ伝えることこそ、日本とアジアと世界の平和の確かな道、という確信を感じます。私も本当にそう思います。貧しい馬小屋に生まれ、ロバに乗ってエルサレムに入り、へりくだって弟子たちの足を洗い、十字架に架かるまでに私たちを愛して下さったイエス・キリストを信じ、この方を心から信じる人がどんどん増えるように、祈り働きましょう。アーメン。

(祈り)聖名讃美。4度目の緊急事態宣言。感染している方全員に、特に重症の方に癒しを。全ての方と私どもを感染から守って下さい。世界中が、神に立ち帰るように。経済困難の方々に助けを。私たちの教会と身の周りに各々の病と闘う方々、入院中の方々もおられます。神様の完全な癒しを速やかに与え、ご家族にも守りを。教会学校の子どもたちの信仰を守って下さい。近所の方々に聖霊を。当教会を出発して日本やアメリカでイエス様を伝える方々と家族に愛を。チャイルドファンドを通し応援しているフィリピンの少年少女、にじのいえ信愛荘の方々に、神様の守りを。ミャンマー、アフガニスタンに平和を。 御名により、アーメン。

2021-08-14 23:19:40(土)
「平和を実現する人々は幸い」  2021年8月15日(日)礼拝説教
礼拝順序:招詞 マタイ福音書5:43~45、頌栄29、「主の祈り」、交読詩編36,使徒信条,讃美歌21・6、聖書 ミカ書4:1~3(旧約1452ページ)、マタイ福音書5:3~12(新約6ページ)、祈祷、説教「平和を実現する人々は幸い」、讃美歌21・、献金、頌栄83(1節)、祝祷。 

(ミカ書4:1~3)終わりの日に/主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち/どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい、多くの国々が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから/御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き/はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。

(マタイ福音書5:3~12) 「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである、/その人たちは地を受け継ぐ。義に飢え渇く人々は、幸いである、/その人たちは満たされる。憐れみ深い人々は、幸いである、/その人たちは憐れみを受ける。心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。義のために迫害される人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」

(説教) 本日は、聖霊降臨節第13主日の礼拝です。そして日本にとっては1945年8月15日の敗戦以来、ちょうど76年後の日でもあります。平和への祈りを強める日です(不思議なことに、日本に初めてイエス・キリストを伝えたフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したのが(太陰暦でしょう)1549年8月15日です)。その日に、イエス様の有名な「山上の説教」の個所を選びました。9節には「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」の御言葉もあります。3節から12節まで読みましたが、この個所の小見出しは「幸い」です。イエス様が「真の幸せ、真の祝福」を宣べていると言えます。12節まで読みましたが、通常10節で区切り、8つの幸いが語られていると受けとめます。「八福の教え」と呼びます。

 最初の3節「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」「心の貧しい人」とは、どんな人でしょうか。心がへり下って、謙遜な人というのが1つの答えでしょう。イエス様こそ、心へりくだって謙遜な方です。イエス様こそ、「心が貧しくて、幸いな方」のトップバッターです。「心の貧しい人々は、幸いである」を、フランシスコ会という聖書の学びに力を入れるカトリックの修道会の訳では「自分の貧しさを知る人は幸いである」となっています。これはきっと、「自分の罪深さを知る人は幸いである」という意味だと思います。「自分に罪などはない」という誤った自信を持つのではなく、神様から見た場合に、自分がどんなに罪深いかを、(ある程度)悟っている謙遜な人は幸いだ」ということだと思うのです。こう理解した場合には、イエス様には当てはまりません。イエス様は、罪が全くない100%清い神の子であられるからです。

 「山上の説教」とよく似た御言葉は、ルカによる福音書6章(平地の説教)にも記されています。そこにはこうあります。「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなた方のものである。」マタイでは「心の貧しい人々は、幸いである」ですが、ルカでは「貧しい人々は、幸いである」です。「心の貧しさ」ではなく、ずばり経済的な貧しさを指すようです。イエス様がこうおっしゃっていることは、私たちにとって大きなチャレンジと思います。私たちはなかなか、経済的に貧しいことを幸せ、祝福と思えないからです。イエス様は、労働者・大工のヨセフの家に生まれました。ヨセフは割に早く亡くなったようなので、イエス様ご自身が大工として労働して、母マリアと弟・妹たちを養った時期もあったでしょう。イエス様が約30才で、神の子としての公の伝道を開始された時には、きょうだいが生計を担うことができるようになっていたのでしょう。

 伝道生活のイエス様と弟子たちは、どのようにして食べていたのでしょうか。ユダが会計だったので、一行にはある程度お金があったでしょう。しかし多くのお金を持っていたとも思えません。托鉢生活に近かったでしょう。漁師だった弟子たちが魚をとったかもしれませんし、女性や男性の弟子たちが、「これをどうぞ」と言って日々の食べ物を提供することもあったでしょう。全て父なる神様の恵みと受けとめて、感謝の祈りをしながら、生活されたと思います。もちろんそれは質素な生活でした。最後の晩餐は、ややごちそうだったかもしれません。でも基本は質素だったと思います。「貧しい人々は幸いである、神の国はあなた方のものである」は、イエス様と弟子たちにもよく当てはまる御言葉と思います。旧約聖書の箴言15章17節に、「肥えた牛を食べて憎み合うよりは、青菜の食事で愛し合う方がよい」という味わい深い御言葉があります。「肥えた牛を食べて憎み合うよりは、青菜の食事で愛し合う方がよい、幸せだ」というのです。直前の16節も似ています。「財宝を多く持って恐怖のうちにあるよりは、乏しくても主を畏れる方がよい。」言い換えると、「財宝を多く持って平安がないよりも、乏しくても神を畏れて、神に従って平安な心で歩む方は幸せだ」ということでしょう。箴言には、このような知恵に満ちた御言葉が多く、17章1節にも似たことが書いてあります。「乾いたパンの一片しかなくとも平安があれば、いけにえの肉で家を満たして争うよりよい。」 「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」、「貧しい人々は幸いである、神の国はあなた方のものである」の御言葉と、これらの箴言の御言葉は、よく響き合うと思うのです。

 八福を全て丁寧に読む時間はありません。本日の説教題である9節に飛びます。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」平和は、旧約聖書でも新約聖書も重要な言葉と思います。旧約聖書のヘブライ語では平和と訳される元の言葉はシャロームのことが多いでしょう。シャロームは、単に戦争がないというだけでなく、神様と人間との関係が正常になっていて、人間が神様を愛して礼拝し、互いに愛し合っている状態、全てが満たされていて平安を喜びと祝福に満ちた生き生きした状態、それがシャロームであるようです。「平和を実現する人々は幸い」とは、そのようなシャロームを実現するために祈り奉仕する人は幸い、ということでしょう。
 
 もちろん、「平和を実現する人」の筆頭は、イエス・キリストです。真の神であり、真の人であるイエス様こそ、「平和を実現する人」の筆頭です。イエス様は、私ども罪人(つみびと)の文字どおり全部の罪を背負って、十字架で死んで下さいました。そして三日目に復活され、今も天で生きておられます。体をもって生きておられます。十字架の死によって父なる神様と、罪人(つみびと)である私たちとの間に、和解をもたらして下さいました。平和を実現して下さったのです。それまでは私たち罪人(つみびと)は、神様に背き、神様に敵対していたので、神様との間に平和がなかったのです。しかしイエス様が十字架で、私たちの全ての罪に対する父なる神様の裁きを一身に引き受けて下さったお陰で、私たちの全部の罪が赦され、父なる神様との間に和解と平和が与えられました。そして私たち人間は、隣人同士でも敵対していましたが、イエス様の十字架の愛を知った者は、「あの人の罪もイエス様の十字架によって赦された。私の罪もイエス様の十字架のお陰で赦された。だから私たち人間同士も互いに赦し合い、謝り合って和解しよう、互いに平和に過ごし、愛し合おう」との生き方に導かれます。十字架のお陰で、神との和解・平和を与えられた者は、聖霊に満たされてイエス様と似た心になり、人間同士の平和を実現するために祈り、奉仕する生き方に、少しずつ進みます。

 『信徒の友』8月号の特集が「国際協力 平和を実現する歩み」です。朴大信という牧師さんは、こう書きます。牧師になる前は福祉施設で働いておられたそうです。「かつても今も、通奏低音のように流れ続ける聖句があります。『はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私(イエス様)にしてくれたことなのである(マタイ福音書25章40節)。私は全く誤解していました。重荷を背負う人々に私が歩み寄り、善い行いを積み重ねるその先で、キリストにお会いできるものだと。しかし逆でした。あの少年を通して、キリストの方が私に出会って下さっていたのです。』」あの少年とは、家庭で暮らせなくなった子どもたちを預かる施設で出会った少年です。その少年に手を焼き、何度もぶつかった。後から考えると、自分は彼に我慢はしても、忍耐にはほど遠かった。愛をもって受け入れられなかった。彼が自ら立ち上がるのを信じて待つより、無理に立たせようとしていた。そんな自分は横柄だった。私なりに理解すると、「少年にも問題はあるが、彼だけを変えようとして、彼の心の深い部分をよく聴き取り、理解しようとしなかった自我の強い自分にも反省点がある。そこに気づいて初めて彼と、真実で平和な関係を造ることができる」ということではないかと思います。一人の人との間に平和を造ることも簡単ではない。でもそのことに謙虚に辛抱強く取り組むことが大切というメッセージではないかと感じました。

 もう一人、西村さんという女性の大学の先生は、こう書いています。「私が最初に国際協力の仕事に関心をもったのは、大学在学中にアジアキリスト教教育基金のスタディツアーでバングラデシュを訪問したときでした。~壁も屋根もない骨組みだけの教室に限られた教材。ノートやペンもない中、生徒たちは小さな黒板を使って文字の練習をしていました。~安い給与で一生懸命教えている先生に生徒たちの印象を聞くと、一言『シュンドゥール』と答えました。『シュンドゥール』はベンガル語で美しい、という意味です。このような環境で愛情をもって教えようとする教師と、目を輝かせて一生懸命学ぶ生徒の姿に感動し、自分が日本で想定していた『かわいそうな子ども』のイメージが払拭されました。2011年に東日本大震災があり、すぐにバングラデシュのNGOから寄付が送られてきました。教師たちが自分たちの給与の1割を寄付したいと申し出たのでした。私はそれを聞いたとき、はっとしました。自分自身が持っていたおごりに気づかされたからです。私は無意識に『援助する側』と『援助される側』という枠組みの中で、自分たちこそ優位であると意識していたのではないか。」この文章の題は「共に生きる平和への道」です。

 私は先日、バングラデシュの寺子屋(初等学校)の子どもたちを写したポスターを見て、思わずスマホで写真に撮りました。1本の鉛筆をもらってとても生き生きと喜んでいる子どもたちの写真です。1本の鉛筆をこんなに喜べる、確かに美しい笑顔を何人もの子供たちが浮かべています。これでノートに書いて勉強できることが嬉しく仕方がない感じです。「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなた方のものである」の御言葉は本当じゃないか、と感じさせるポスターです。8節の「心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る」の御言葉も、この子どもたちに当てはまると感じます。戦後の日本の青空教室もこんな風だったかと思いました。

 「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」本日の旧約聖書は、これと響き合う御言葉と思うミカ書4章1~3節を選んでいます。イザヤ書2章にほぼ同じ聖句があり、そちらの方が有名と思いますが、本日はミカ書の方を選びました。神様が与えて下さる終わりの日の平和が記されます。「終わりの日に、主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい、多くの国々が来て言う。『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主は私たちに道を示される。私たちはその道を歩もう』と。主の教えはシオン(エルサレム)から、御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」「強い国々を戒められる。」強い国こそ、戦争で他国を抑えつけ、よいものを奪い取り、支配しようとします。そのような強い国を神様が戒めて下さる。「彼ら(強い国々でしょうか)は剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。」剣や槍は戦争の武器です。国々は、鉄などでできた剣や槍を打ち直して(造り直して)鋤や鎌とする、つまり農業の道具に造りかえるというのです。戦争の武器を、農業という平和のための道具に造りかえる。とてもよい言葉と感じます。農業、食糧生産、畑作りこそ人間の根本、国の根本です。軍隊や戦争が根本ではない。

 婦人会で、山谷兄弟の家伝道所への献品を集めて下さっています。私は20年ほど前に、山谷兄弟の家伝道所の前を通ったことがありますが、その時は、人がいないように見えました。ですから活動の様子は見たことがありません。この伝道所の菊地譲牧師(お会いしたことはない)が最近、本を出されました。『剣を打ち直して鋤とする―すべての命に然り』(日本キリスト教団出版局)。「剣を打ち直して鋤とする」(イザヤ書2章4節。ミカ書4章3節も同じ)が、現在のご自分のあり方を示していると思うので、畏れ多いけれども聖書から本の題名をつけたと書いておられます。山谷が最大の活況を呈したのは1964年の東京オリンピックの前後とのことです。『信徒の友』昨年12月号によると、1985年に山谷兄弟の家伝道所を設立、1987年に現在地に移転し、伝道所の働きとして「まりや食堂」を開設したそうです。

 『信徒の友』によると「神学校を卒業し、30代の終わりに山谷での伝道を始めました。私自身日雇い労働をしながらです。山谷の人々と同じ経験をする必要がありましたし、私自身の生活のためでもありました。おじさんたちと一緒に肉体労働をしながら、伝道者としていかに山谷に関わるかを祈り求める中で、安価に食事を提供できる食堂を開くことを示されたそうです。最初は文字通り食堂でしたが、食堂で刃物を持って暴れる人があり、やむを得ず弁当屋にしたそうです。一番安いのり弁当は130円。菊地牧師は空手を修行し、体を張って暴れる人を押さえ(戦い)、まりや食堂を守ったそうです。「今、山谷は老人の町となり、まりや食堂は戦いの剣ではなく鋤を必要とする時期に至ったのである。鋤は戦いの道具ではなく、平和な生活を営む手段だ。鋤で耕し食べ物を作るように、まりや食堂では、ボランティアが鋤となり、労力を惜しまず包丁(鋤)で材料を調理し(耕し)、おいしく安い食事を作り、おじさんたちに提供している。~継続してまりや食堂が山谷で活動するためには、山谷で鋤となって食事を作るボランティアがもっと生まれることだ。そのために鋤の力を借りて世の教会をもっともっと開墾してゆくことが私の仕事だ」と菊地牧師が今回の著書で書いておられます。「世の教会を開墾する」とは、山谷兄弟の家伝道所に協力して下さる教会が増えるように祈り働きかけることでしょう。

 食堂でなく食べ物の配布であれば、山谷だけでなく、代々木公園、上野公園、池袋でも行われています。8月号の『こころの友』には代々木で活動している方が紹介されています。食糧配布には「自立を妨げる」という批判もあります。それも事実でしょうが、でもやはり誰もしないと飢える人も出ると思うのです。菊地牧師は、山谷のドヤと呼ばれる所に泊まったとき、ベッドハウスといって一部屋にいくつも二段ベッドが並び、シーツも布団も使い回しだったそうです。「私はそういう所に泊まった時、飼い葉桶にイエスが生まれたことの意味を実感しました。神の栄光が最も貧しい所に現れたのだ、と」(信徒の友2020年12月号)。私たちは、山谷でボランティアはできないかもしれませんが、ささやかでも物資をお送りすることで、コロナで厳しい山谷に、少しでもシャローム(神の平和、神の愛)を贈らせていただきたいものです。アーメン。     

(祈り)聖名讃美。4度目緊急事態宣言。感染している方全員に、特に重症の方に癒しを。全ての方と私どもを感染から守って下さい。世界中が、神に立ち帰るように。経済困難の方々に助けを。私たちの教会と身の周りに各々の病と闘う方々、入院中の方々も。神様の完全な癒しを速やかに与え、ご家族にも守りを。教会学校の子どもたちの信仰を守り、近所の方に聖霊を。当教会を出発して日本やアメリカでイエス様を伝える方々と家族に愛を。チャイルドファンドを通し応援させていただくフィリピンの少年少女、にじのいえ信愛荘の方々に、神様の守りを。御名により、アーメン。

2021-08-04 16:51:47(水)
伝道メッセージ(8月分)
「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(イエス・キリスト。新約聖書・マタイ福音書5章9節)。
 
 8月は日本が1945年に敗戦した月、平和への祈りを強める月です。

 日露戦争(1904~1905年)の時に、日本で初めて良心的兵役拒否を行った矢部喜好(きよし、1884~1935年)という福島県会津若松のクリスチャン青年がいます。彼は、戦争は神様の意志に反するので、自分は国に命令されても兵士にならないと主張しました。次の聖書を引用したのです。①「殺してはならない」(出エジプト記20:13)、②「平和を実現する人々は幸いである」(マタイ福音書5:9)、③「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(同5:44)、④「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」(同26:52。②~④はイエス様の言葉)。そのためにしばらく牢獄に入りました。非国民と非難もされました。その後説得され、衛生兵として従軍しました。若者が一人で聖書に基づき、政府を恐れず戦争に反対した生き方は勇敢です。彼は「平和のための戦争はあり得ない」と主張しました。彼が最初属した教会は、セヴンスデイ・アドヴェンティスト教会で、今、東久留米市で老人ホーム・シャローム(平和)東久留米を運営しておられます。平和を特に愛する教会で、アメリカでも良心的兵役拒否者を出しています。

 その後、矢部さんは10年近くアメリカに留学し、帰国後は牧師として、琵琶湖畔でイエス・キリストの十字架の愛(私たち皆のすべての罪を身代わりに背負って十字架で死なれ、三日目に復活した)を宣べ伝える生活に入ります。当時低く見られていた女性や子どもを招き、膳所教会と大津教会で礼拝と祈りと伝道に全力を注ぎました。イスラエルのガリラヤ湖畔で伝道されたイエス様を敬愛し、琵琶湖畔を自転車で走り回って伝道しました。琵琶湖畔には織田信長の安土城跡や比叡山焼き打ち跡、関ヶ原古戦場があります。私も見ました。戦乱が多かった地です。そこに、イエス様の愛と平和を浸透させたことは意義深いのです。

 矢部さんは51才で、病院で亡くなる直前に目を開き、「見える見える、天国が」「イエス様が見える」と言い、「バンザーイ」と叫んで息を引き取りました。子どものように純粋な矢部さんには、本当に天国が見えたのでしょう。私も彼のように純粋な信仰に生きたいのです。アーメン(真実に)。

2021-08-04 16:47:37(水)
伝道メッセージ(7月分)遅れて掲載
「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ。砂漠よ、喜び、花を咲かせよ」(旧約聖書・イザヤ書35章1節)

 下里しおん保育園が南畑牧場の土地を購入したのは9年ほど前でしょう。前は立教大学の馬術部の練習場で、砂利ばかりだったと思います。しかし先生方の努力により木々が植えられ緑豊かなり、ウコッケイたち、ヤギたちが飼われ、神様が創造された命あふれるエデンの園のようになりました!

 イスラエルとパレスチナの紛争は困難な課題ですが、ナチスによって600万人も殺害された聖書の民ユダヤ人が、1948年に2000年ぶりに国を造ったことは、ユダヤ人の大きな喜びでした。北方のフレ湖は沼地で、害虫とヘビと疫病の温床でした。ユダヤ人の老若男女はくわを持ち、腰まで沼に浸かり、水を吸う木の苗を植え続けました。倒れた者も多かったが沼地はついに青々とした畑と林に変身しました。情熱の勝利です。南のネゲブ砂漠にも水を引き貯水池を造り、緑の農地に変えました。燃える開拓魂です。この情熱で、パレスチナとの和解にも取り組んでほしいものです。

 内村鑑三というクリスチャンが書いた「デンマルク国の話」という文章があります。デンマークは160年ほど前、戦争に負け国土が荒廃しました。ダルガスというクリスチャンが、ユトランドと呼ばれる荒れ地に根付く樹木はないか研究し、ノルウェー産のもみを植えましたが、数年で枯れます。彼の偉いのは挫けないことです。さらに研究してアルプス産の小もみを間に植えるとよいと分かりました。その後も次々襲う困難を乗り越え、半世紀後には47万6千エーカーの緑林が育ちました。気候まで好転し、害だった夏期の霜が消え、洪水と海岸より吹き来る砂塵が食い止められ、農作物がよく育つようになりました。ダルカスの信仰による不屈の精神が、国に希望を回復させたのです。但し、何を植えるかよく検討する必要があります。日本では1960年頃から、多くの用途に使えるスギの植林が行われましたが、スギ花粉症の増加というマイナスをも招きました。

 『木を植えた男』という絵本(フィクション)があります。フランスの55歳の男が30年間、荒れ地に忍耐強く種を蒔き続ける物語です。人の心もすさみ、争いが絶えなかった。しかし緑が増え、よき耕地となり、住む人が増え人の心も明るくなります。著者はその男性の逆境に負けぬ不屈の情熱を讃えます。南畑牧場で働く先生方に神様の祝福があり、ますますエデンの園のような緑と命の牧場になりますように! アーメン(真実に)。