日本キリスト教団 東久留米教会

キリスト教|東久留米教会|新約聖書|説教|礼拝

2024-04-25 23:59:59(木)
伝道メッセージ(4月分) 市内の保育園の「おたより」に掲載した文章
 「『子どもたちを私(イエス・キリスト)の所に来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。(~)子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。』そして、子どもたちを抱き上げ、手を置いて祝福された」(新約聖書・マルコによる福音書10章14~15節)。

 新入園のお子さん方とご家族の皆様、真におめでとうございます。下里しおん保育園はキリスト教主義なので、毎朝、真の神様への礼拝があります。私は毎週金曜日の礼拝のお話をするために参ります。しおんという名前は、聖書に出て来るイスラエルの首都エルサレムが「シオンの丘」にあることに由来し、神の国、天国のシンボルです。

 旧約聖書の創世記3章に、最初の女性エバが、蛇に誘惑されて神様の戒めを破り、善悪の知識の木の実を取って食べてしまう場面があります。エバに誘われたアダムも、同様に食べてしまいます。二人が神様を避けて隠れると、神様の探す声が聞こえます。「どこにいるのか。」二人が言い訳して謝らないでいると、神様は二人をエデンの園(楽園)から追放
されます。この話には、深い意味があります。

 ある男性は、少年時代にチャンバラごっこが好きで、隣家の庭の美しいダリヤの花の茎を切りたい衝動に駆られ、がまんできずにスパッと切ってしまいます(大貫隆『聖書の読み方』岩波新書、2010年)。それは隣家のおじさんが丹精込めて育てたダリヤでした。「しまった!」と青くなった少年は、一目散に家に帰り、押し入れに隠れます。夕方になり、母
親が心配して探し回る声が聞こえます。「隆、隆、どこにいるの?」 少年は後から気づくのです。エバとアダムは自分だ。悪いことをして隠れた自分を母親が探し回ったように、神様も、神様に背いて神様に合わせる顔がなくなり、神様から隠れる私たち人間を探し回って下さるのだと。

 神様は私たちに、「悪いことをしたら、心から謝りなさい。そうすればゆるす」とおっしゃって、私たちを探して下さいます。素直に心から謝って神様の元に帰れば、神様が喜んで抱きしめて下さいます。古代のキリスト教会のリーダーの一人アウグスティヌスも、真の神様から離れた放蕩の生活を送った後、自分の罪を謝って、真の神様に立ち帰りました。そしてしみじみこう言いました。「神様は、私たちの心を神様に向けて造られたので、人は神様に立ち帰らないと、真の平安を得られない。」

 私はしおんの子どもたちに、真の神様(と神の子イエス・キリスト)を紹介し、イエス様と共に歩む平安な人生の土台を提供したいと願っています。保護者の皆様も、ぜひ真の神様に立ち帰って下さい。世界が早く平和になりますように、切に祈ります。アーメン(「真実に」)。
 ☆ぜひ新約聖書と旧約聖書をお読み下さい。日曜はお近くのキリスト教会の礼拝にご出席下さい(念のためマスク持参)。礼拝と説教をライヴ配信する教会も多くあります。
2024-04-25 23:54:39(木)
伝道メッセージ(3月分) 市内の保育園の「おたより」に掲載した文章
 「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(イエス・キリスト。新約聖書・マタイによる福音書5章9節)。

 卒園の3月、別れと新スタートの季節です。卒園しても、ぜひイエス様と礼拝を忘れないで下さいね。一年生になる皆さんに祝福を祈ります。

 ところで私は、日本人が憲法九条を卒業してはいけないと考えています。太平洋戦争であまりにも多くの日本人と外国人が亡くなった反省として憲法九条ができたからです。私は日本の平和憲法を、神様から日本へのプレゼントだと思っています。平和を愛するイエス様への信仰と平和憲法の心に一致があると信じます。しかし政府が九条を軽視するとに危機感を抱いた作家等の方々が2004年に「九条の会」①を立ち上げ、2005年には「東久留米九条の会」②ができました。2007年に「東久留米キリスト者九条の会」③という小さな会ができ、私も参加しています。

 この会(③)では毎年4月29日(休日)に講演会を開いて来ました。講師はキリスト教学校の先生、牧師、神父、クリスチャン弁護士等です。今年はやや角度を変えて、「子どもの権利保障とは―子どもの人権救済活動の現場から」の題で坪井節子さん(クリスチャン弁護士、カリヨン子どもセンター理事長)のお話を伺います。日本国憲法を愛する方です。4
月29日(月・休)13:30~16:00に東久留米駅近くの成美教育文化会館で行います。どなたも歓迎です。

 ①の呼びかけ人の一人・大江健三郎さんが残念ながら昨年亡くなりました。大江氏は1994年のノーベル文学賞受賞講演で、「この不戦の誓い(九条)を憲法から取り外せば、我々はヒロシマ、ナガサキの(原爆)犠牲者たちを裏切ることになるのです」と述べました。ヒットラーに抵抗して39才で死刑になったドイツのボンへッファー牧師は、既に1934年に語りました。「安全保障の道を通って平和に至る道は存在しない。なぜなら、平和はあえてなさねばならないこと、一つの偉大な冒険だからだ。平和は安全保障の反対だ。安全を求めることは、相手への不信感がそこにあるからだ。この不信感が再び戦争を引き起こす。武器による戦いに、勝利はない。」不信感を信頼に変える全員の努力が必要です。イエス・キリストと、このような優れた先人たちのメッセージに深く学び、平和な日本、アジア、世界を造るために共に祈り、身近なところから努力しましょう。しおんの子どもたちが生涯、平和な世界で生きるために。アーメン(「真実に」)。 ☆ぜひ新約聖書と旧約聖書をお読み下さい。日曜はお近くのキリスト教会の礼拝に、ご出席下さい(念のためマスク持参)。礼拝と説教をライヴ配信する教会も多くあります。
2024-04-25 23:49:31(木)
伝道メッセージ(2月分) 市内の保育園の「おたより」に掲載した文章
 「重い皮膚病を患っている人が、イエスの所に来てひざまずいて願い、『御心(神の意志)ならば、私を清くすることがおできになります』と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった」(新約聖書・マルコによる福音書1章40~42節)。

 日本政府が福祉に無関心だった頃、ハンセン病の方々に尽くした聖公会(イギリス系のキリスト教会)の女性宣教師ハンナ・リデルさん(1855~1932)をご紹介します。今はハンセン病は、よい薬で確実に治り、感染力は極めて弱く隔離の必要もありませんが、以前は感染力が強いとの誤解により、日本でも患者の方々や家族がひどい偏見と差別に苦しみました。リデルさんはイエス・キリストを宣べ伝えるために日本に来ましたが、熊本の本妙寺で思いがけない光景を見ます。九州各地から来たハンセン病の方々や、目や手足の不自由な方々が参詣人に物乞いをしたり、癒しを求めて加藤清正の霊に祈っていると見える光景です。加藤清正は戦国大名で熊本のヒーローでしょうが、かなり昔の人で、神ではないので、加藤清正に祈ることは迷信で、何の効果もありません。

 深く心を痛めたリデルさんは真の神に祈り、行動します。仲間の宣教師たちや故郷の友人たちからの献金等で何とか土地を買い、何と病院を建てたのです。当時ハンセン病の方々は、社会からほぼ見捨てられた状態だったので、病院の名前には熟慮を要しました。もし肉体的に癒せなくても、イエス様の愛により、暗黒の人生に再び希望の春を回り来させることを祈り、「回春病院」と命名しました。真の救い主イエス様を宣べ伝えると共に、リデルさんは独身で回春病院の患者の方々に尽くし、病院の維持に全力を挙げました。姪のエダ・ライトさんも来て、リデルさんの事業を引き継ぎました。エダさんの最大の楽しみは、毎週日曜日にハンセン病の患者さん方と一緒に献げる、神様への礼拝でした。

 リデルさんには外交能力があり、大隈重信や渋沢栄一とも交流がありました。東久留米市の隣りの東村山市の多磨全生園内の国立ハンセン病資料館に、大隈重信がリデルさんに出した達筆の手紙が展示されていました。リデルさんの持論は、「日本が軍艦一隻を維持する費用をハンセン病に転用すれば、この病気は日本で50年で解決する」です。当時の日本は富国強兵の道をひた走り、国が福祉に無関心でした。神を愛し、隣人を愛する日本であるように祈ります。能登半島の方々に、イエス様の御守りをお祈り致します。アーメン(「真実に」)。 ☆ぜひ新約聖書と旧約聖書をお読み下さい。日曜はお近くのキリスト教会の礼拝に出席下さい(念のためマスク持参)。礼拝と説教をライヴ配信する教会も多くあります。
2024-04-20 23:07:49(土)
「夜明けのキリスト」 2024年4月21日(日)礼拝説教
順序:招詞 ヨハネ福音書16:33,頌栄24、主の祈り,交読詩編なし、使徒信条、讃美歌21・322、ヨハネ福音書21:1~14(新約p.211)、祈祷、説教、祈祷、讃美歌316、献金、頌栄27、祝祷。 

(ヨハネ福音書21:1~14) その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。

(説教) 本日は、復活節第4主日公同礼拝です。説教題は「夜明けのキリスト」です。新約聖書は、ヨハネ福音書21:1~14です。本日の小見出しは、「イエス、七人の弟子に現れる」です。

 1~2節「その後、イエスはティべリアス湖畔(ガリラヤ湖畔)で、また弟子たちに御自身を現わされた。その次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、 ほかの二人の弟子が一緒にいた。」イエス様の復活を最初信じなかったトマスも、今はイエス様の復活を信じる者になって、他の弟子たちと一緒にいました。ゼベダイの子たちはヤコブとヨハネです。この福音書を書いたヨハネも、身をもって大漁(多くの魚が取れた奇跡)を体験しました。

 ガリラヤのカナ出身のナタナエル。ナタナエルに少し注目すると、この人は、ヨハネ福音書1章でイエス様にお目にかかった弟子です。その時イエス様はナタナエルのことを、「見なさい、まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」と言われました。ナタナエルが驚いて、「どうして私を知っておられるのですか」とと言うと、イエス様が、「私はあなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われました。それは「神の言葉である律法を学んでいた」ことを意味するそうです。ナタナエルは早くも信仰告白を口にします。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」もちろん正しい信仰告白です。するとイエス様は言われました。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことを、あなたは見ることになる。天が開け、神の天使たちが人の子(イエス様ご自身)の上を昇り降りするのを、あなた方は見ることになる。」

 「あなたはイエス様の復活を見ることになる」の意味かもしれません。イエス様の復活と昇天(天に昇ったこと)は、この地上と天国を結んだ出来事だからです。復活されたイエス様は、本日の箇所で奇跡的な大漁を与えて下さり、七人の弟子たちは目を見張りました。これが「もっと偉大なこと、天が開け」た出来事だったとも言えます。ナタナエルは、ガリラヤのカナ出身と書かれています。カナと聞くと、私たちはヨハネ福音書2章の「カナでの婚礼」の場面を連想します。婚礼でぶどう酒が切れたとき、イエス様が愛の奇跡を起こして、ふつうの水をよいぶどう酒に変えて下さった場面です。それによって父なる神様の栄光、神の子イエス様の栄光が現わされたのです。今日の大漁の場面と似ています。水をぶどう酒に変えて下さった恵みもまた、「もっと偉大なことを、あなたは見る。天が開けるのを見る」の実現だと思います。ガリラヤのカナ出身のナタナエルは、その奇跡を目撃したかもしれません。それと似たイエス様の祝福を、本日の場面でも経験致します。

 3節「シモン・ペトロが、『私は漁に行く』と言うと、彼らは、『私たちも一緒に行こう』と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。」ペトロは率先して行動する性格です。軽率なこともありますが、率先して行動することことは彼の長所でもあります。聖書では舟はしばしば教会のシンボルです。「しかし、その夜は何もとれなかった。」夜は、魚を捕るベストの時間帯だそうです。しかし夜は同時に、悪魔が暗躍する時のシンボルでもあります。「その夜は何もとれなかった。」努力はしたのです。7人が力を合わせて、懸命に努力しました。しかし魚一匹もとれなかったのです。七人は疲れて失望したと思います。努力したけれども、報われなかった。人生にはこのようなことがしばしばあります。努力したが、成果が出ないときです。

 4節「既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。」朝もやで見えなかったのかもしれませんし、心の目(霊の目)が開かれないと、イエス様だと分からないのかもしれません。しかし復活されたイエス・キリストが共におられることで、状況は一変します。このイエス様は、ヨハネ福音書16章33節で、こう宣言された方です。「これらのことを話したのは、あなた方が私によって平和を得るためである。あなた方には世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている。」悪魔と死に勝利して復活されたイエス・キリスト! この方が私たちと共にいて下さいます。ですから恐れることはないことが分かります。私たちは死んでも死なない。死んでも生きるのです。永遠の命に生きるのです。既に世に勝ち、死に勝たれたイエス・キリストが共におられるからです。イエス様こそ、祝福のかたまりです。

 5~6節「イエスが、『子たちよ、何か食べ物があるか』と言われると、彼らは『ありません』と答えた。イエスは言われた。『舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。』そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。」このような神様の祝福は、旧約聖書でもしばしば与えられています。たとえば列王記・上17章に預言者エリヤが、一人のやもめに次のように頼む場面があります。「器に少々水を持って来て、私に飲ませて下さい。パンも一切れ、手に持って来て下さい。」すると彼女は答えます。「あなたの神、主は生きておられます。私には焼いたパンなどありません。ただ壺の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわすかな油があるだけです。私は二本の薪を拾って帰り、私と私の息子の食べ物を作るところです。私たちは、それを食べてしまえば、あとは死ぬのを待つばかりです。」 するとエリヤが言います。「恐れてはならない。帰って、あなたの言ったとおりにしなさい。だが、まずそれで私のために小さいパン菓子を作って、私に持って来なさい。その後あなたとあなたの息子のために作りなさい。なぜならイスラエルの神、主はこう言われる。『主が地の面に雨を降らせる日まで、壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならない。』」やもめは行って、エリヤの言葉どおりにしました。こうして彼女も家の者も、幾日も食べ物に事欠かなかった。主がエリヤによって告げられた御言葉のとおり、壺の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかったのです。これは(これも)神様の愛と憐れみによる祝福の奇跡です。同じ神様の愛の祝福が行われ、ペトロたちは大漁に驚いたのです。

 私たちも時々、このような驚く体験を与えられます。年に数回、「なぜ今日は、礼拝出席がこんなに多いのだろう」と少し驚く日があります。15年ほど前から約3年間、教会の皆さんと共に、近くの落合川で主に子どもたちに聖書の紙芝居を見せていた時期があります。はじめは平日の午後でした。近くの幼稚園から帰宅するときに、落合川の遊歩道を通って帰る親子グループがありました。そのグループが喜んで紙芝居を見てくれたのです。多い日で子ども10人、少ない日で1~2人でした。そのグループが卒園すると土曜日に移して、河原に遊びに来る子どもたちを対象に行いました。見てくれる子どもがほとんどいなくなって終わりになりましたが、幼稚園から帰宅するグループが紙芝居を見てくれた時期は、まさに奇跡的な時期でした。その後数年たってから、小学校高学年か中学生になったお子さんが教会に来て、「私はあの時、川原で紙芝居を見ていました」と言ったときには、私は驚いて喜びました。弟子たちの場合はティべリウス湖(ガリラヤ湖)での奇跡でしたが、今の話は落合川での恵みの奇跡です。

 7節「イエスの愛しておられたあの弟子(ヨハネとされます)がペトロに『主だ(イエス様だ)』と言った。シモン・ペトロは『主だ』と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。」裸同然ではイエス様に失礼だと思い、上着をまといました。湖に飛び込んで、イエス様の所に泳いで行ったようです。距離は200ペキスばかりとありますから、約90mです。8節「ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から200ペキスばかりしか離れていなかったのである。」9節「さて、陸に上がってみると、炭火が起こしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。弟子たちの労苦に報いて、朝食のためにイエス様が炭火で魚を焼いて下さり、パンも用意して下さいました。主の山に備えあり、です。

 10節「イエスが、『今とった魚を何匹か持って来なさい』と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、153匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。」153という数に何か意味があるか、はっきりとは分かりません。一説には、当時、地中海に住む魚が153種と考えられていたと言います。153は、世界の全ての人を指すシンボルの数字かもしれません。おびただしい実りが与えられたことを意味します。私は、イエス様の十字架を予告した旧約聖書のイザヤ書53章の11~12節を思い出します。「彼は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。私(父なる神様)の僕(しもべ、イエス様)は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。それゆえ、私は多くの人を彼の取り分とし、彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち死んで、罪人(つみびと)の一人に数えられたからだ。多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのは、この人であった。」おびただしくとれた魚は、イエス様が十字架で死なれて、命と引き換えにもたらして下さった尊い実りです。

 ヨハネ福音書12章24~25節に、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る」というイエス様の御言葉があります。イエス様が一粒の麦となって十字架で死んで下さったお陰で、おびただしい人が永遠の命という尊い実を結ばせていただきました。これと似たことは、その後も起こりました。教会が経験的に知っていることは、殉教者の血が、実りをもたらすことです。豊臣秀吉の迫害で1597年2月4日に長崎の西坂の丘で26人が殉教しました。それは見せしめでした。26人の中には日本人だけでなくスペイン人、ポルトガル人、メキシコ人、中国人もおり、6人の宣教師もおり、少年もいました。しかし当時の日本人は、神様(イエス様)のために喜んで命をささげた人々を初めて見て、感動してしましました。見せしめだったはずの26人の殉教は、仲間のキリシタンたちを勇気づけ、かえってキリシタンが増える結果になりました。

 私は先月韓国に行きましたが、韓国の教会にもいろいろ課題もあるようですが、クリスチャンが日本より多いことは事実です。これは真に言いにくいことですが、戦前の韓国のクリスチャンは苦難を受けました。各地に神社が建てられ、神社参拝、天皇を神とする偶像礼拝を強要されました。それを拒否したクリスチャンが多く、殉教の死を遂げました。その後も朝鮮戦争があって大変だったと思いますが、クリスチャンは増えていったようです。殉教者の血が流されたことで、神様が感動して下さり、多くのクリスチャンを起こして下さったのではないかと言われています。イエス様が一粒の麦となって十字架で死なれたことで、多くの人々が救われる基となった事実に似て、殉教者たちの血が祝福の源となって、韓国の教会に祝福がもたらされたのではないかと言われます。私たちが殉教することはないかもしれませんが、それでもクリスチャンの生き方が、より若い世代に感化を与えて、次のクリスチャンたちが産まれて来ることは事実と思います。そう思うと、私どもクリスチャンの責任は大きいと襟を正さざるを得ません。

 もちろん祈りが大切です。東久留米教会初代牧師の浅野悦昭先生の説教集によると、初期の教会は、教会を迫害するローマ帝国のために祈り続けたというのです。迫害されても、殉教者が出ても、ローマ帝国を憎まず、敵ともいえるローマ帝国のために祈り続けたというのです。そして紀元313年に「ミラノの勅令」により、キリスト教がローマ帝国の公認宗教になり、後に国教になりました。祈りの勝利です。但し国教になってしまうと権力に結びつき慢心し、逆に腐敗・堕落の危険が生じるので、よいことではないと思います。

 今の日本の状況では、一度に何十人もの人々が洗礼を受けることは、起こりにくいと感じます。洗礼を受けて終わりではなく、もちろん一生クリスチャンとして生きることが必要です。先日の韓国で、私の念願の提岩里教会行きを案内して下さった青年は、「韓国ではクリスチャンが多いので、日曜日に教会に行くのが当たり前だから(何となく?)行くという人もいるが、日本の、日曜日に教会に行かないのが普通のような社会で、あえて教会に行く信仰は純粋だと思う」と言って下さいました。そのような面もあるのでしょう(多少お世辞も入っているかもしれませんが)。

 一度の大勢がクリスチャンになることは、今の日本では起こりにくい。私が思うに、クリスチャン一人一人の存在が、神様から与えられた奇跡です。今ここで礼拝が献げられていることも奇跡、ここに教会が立っていることも奇跡。もちろん私たち一人一人が生まれて来たことそのものが既に奇跡です。さらにイエス・キリストを救い主と信じる信仰を与えられて、洗礼を受けたことが、大きな奇跡です。この恵みの事実を、まず心から喜びましょう。洗礼は大きな霊的祝福です。洗礼は、私たち罪人(つみびと)がイエス様と共に十字架につけられて一旦死に、イエス様と共に新しい命に復活することです。言い換えると、私たちとイエス様との間に「聖なる交換」が起こることです。私たちを支配していた罪と悪魔と死の呪いの全てをイエス様が十字架で引き受けて下さり、イエス様が持っておられる永遠の命の祝福を私たちが、そっくり頂戴することです。「聖なる交換。」イエス様が罪人(つみびと)全員の呪いを全部受け取って下さり大損して下さり、私たち罪人(つみびと)はイエス様の持っておられる永遠の命の祝福を、そっくり頂戴して最高の祝福(大得)を受け取ることです。「聖なる取り換えっこ」です。もちろんイエス様が、十字架で辛い思いをして下さったことを忘れてはいけません。

 神様がこれからの恵みの奇跡を起こして下さり、イエス様を信じて洗礼を受ける方々が起こされてゆくように、クリスチャンになった方が信仰の道を一生生きることができるように、ますます祈って参りましょう。この場所はガリラヤ湖の湖畔ではありませんが、南沢湧水の湖畔、落合川の湖畔です。ガリラヤ湖に比べれば小さな水のほとりですが、祝福の源の同じイエス様がついておられるのですから、本日の聖書の出来事と同じ出来事を起こして下さいと、ますます祈り、御言葉の種を蒔いて参りましょう。アーメン。


2024-04-14 0:57:07()
「信じる者になりなさい」 2024年4月14日(日)礼拝説教
順序:招詞 ヨハネ福音書16:33,頌栄16(1節)、主の祈り,交読詩編120、使徒信条、讃美歌21・321、聖書 詩編42:12(旧約p.876)、ヨハネ福音書20:24~31(新約p.210)、祈祷、説教、祈祷、讃美歌328、献金、頌栄92、祝祷。 

(詩編42:12)なぜうなだれるのか、わたしの魂よ/なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう/「御顔こそ、わたしの救い」と。わたしの神よ。

(ヨハネ福音書20:24~31) 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

(説教) 本日は、復活節第3主日公同礼拝です。説教題は「信じる者になりなさい」です。新約聖書は、ヨハネ福音書20:24~31です。本日の最初の小見出しは、「イエスとトマス」です。

 最初の24節「十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られた時、彼らと一緒にいなかった。」なぜ一緒にいなかったのかは、分かりません。トマスはあまり群れないタイプの人だったのかもしれません。トマスは、格好をつけない正直な人です。このヨハネ福音書14章でイエス様は、「私がどこへ行くのか、その道をあなた方は知っている」と弟子たちに言われました。イエス様は十字架を経て、天に昇られるのです。しかしそれが分からなかったトマスは正直に、「主よ、どこへ行かれるのか、私たちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか」と言いました。するとイエス様が、非常に重要なことを教えて下さいました。「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、誰も父のもとに行くことができない。あなた方が私を知っているなら、私の父をも知ることになる。今から、あなた方は父を知る。いや既に父を見ている(イエス様を見たことは、父なる神様を見たと同じ)。」トマスが知ったかぶりをしないで、正直に分からないと言ってくれたお陰で、私たちはイエス様から重要な真理を聞くことができたのです。「私は(イエス様は)道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、誰も父のもとに行くことができない。」

 トマスは正直な人なので、イエス様の復活をすぐに信じるとも言いませんでした。本日の個所に戻って25節「そこで、ほかの弟子たちが、『私たちは主を見た』と言うと、トマスは言った。『あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れてみなければ、私は決して信じない。』」決して信じないと強調していますから、トマスは正直ではあるが、なかなか頑固でもあったと感じます。

 当時のイスラエルには、死者が復活するという信仰はあったのですね。但し、全員がそう信じていたのではありません。使徒言行録23章8節を見ると、ユダヤ教のサドカイ派は、「天使も復活も霊もない」と言い、ファリサイ派は「天使もいる、復活もある、霊(おそらく人間の霊か)もある」と信じていました。少なくともファリサイ派の人々は、死者は復活すると信じていたのです。根拠はおそらく旧約聖書のダニエル書12章2節等です。「多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入り」と書かれています。またエゼキエル書37章には、「枯れた骨の復活」という非常に劇的な場面もあります。」

 このような個所はありますが、それでも旧約聖書で、死者の復活がそれほど多くの個所で語られているとは言えないでしょう。イスラエルの信仰で復活が明確に出て来るのは、以前にもお話しましたが、旧約聖書と新約聖書の中間の時代と思われます。聖書には含まれない外典という書物(新共同訳聖書では、旧約聖書の続編と名付けられており、東久留米教会備え付けの聖書には付随していません)があります。その中のマカバイ記(二)という書物の7章に「七人兄弟の殉教」という小見出しがあります。これは旧約聖書と新約聖書の中間の時代に起こった、ユダヤ人の信仰への大迫害を記録しています。アンティオコス・エピファネスという外国人の悪い王がイスラエルを支配し、神様の戒めで禁じられていることを行うよう強要しました。すると七人の兄弟がそれを拒否して次々と殺され、殉教の死を遂げました。二人目はこう言ったのです。「邪悪な者よ、あなたはこの世から我々の命を消し去ろうとしているが、世界の王(神様)は、律法のために死ぬ我々を、永遠の新しい命へとよみがえらせて下さるのだ。」復活信仰を抱いていたのです。その七人兄弟の母親も死ぬのですが、母親はこう言いました。「私はお前たちがどのようにして私の胎に宿ったのか知らない。お前たちに霊と命を恵んだのでもなく、私がお前たち一人一人の肢体を組み合わせたのでもない。人の出生をつかさどり、あらゆるものに生命を与える世界の造り主は、憐れみをもって、霊と命再びお前たちに与えて下さる。それは今ここで、お前たちが主の律法のためには、命をも惜しまないからだ。」七人の息子たちの復活を信じていたのです。きっと自分の復活をも信じていたでしょう。迫害の時代にあって、不当な迫害によって殺された信仰者が死んでおしまいのはずがない。神様に命がけで従ったので、神様が必ず復活させ、永遠の命に入れて下さるとの信仰が、はっきり出てきます。その歴史の流れの中で、イエス様の時代のファリサイ派の人々も、死者の復活を信じる信仰を抱いていたと思います。初代教会の最大の伝道者となったパウロも、熱心なファリサイ派だったので、イエス様の復活を知る前から、死者の復活はあると信じていたはずです。
 
 但し、死者の復活は、遠い将来に起こることと考えられていたようです。ですからヨハネ福音書11章のでラザロという男性が死んで、イエス様がその姉妹のマルタに「あなたの兄弟は復活する」と断言された時、マルタは「終わりの日(世の終わりの日)の復活の時に復活することは存じております」と答えました。遠い将来のこととしては信じても、現実のことと実感はしていなかったのです。私たちも似ているかもしれませんね。ところがイエス様がマルタに、目の覚めることを言われます。「私は復活であり、真理であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」私なりに訳すと「私こそ復活であり、真理である。私を信じる者は、死んでも生きる。」そう言って、ラザロを復活させて下さったのです。もちろん正確に言うと、ラザロの復活とイエス様の復活は、全く同じではありません。ラザロは霊の体に復活したのではなく、以前と同じ肉の体に復活したと思います。そして後にもう一度死んだはずです。イエス様の復活は、霊の体での復活であり、もはや死ぬことがありません。そのような違いはありますが、でもラザロも確かに復活しました。イエス様の弟子たち(ペトロ、ヨハネ、トマス)は、ラザロの復活を見たり知っているのですから、イエス様の復活を受け入れやすかったはずとも思えますが、実際には復活されたイエス様に出会って初めて、イエス様の復活を信じることができました。

 さて、トマスです。彼は頑固に言い張りました。「イエス様の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、私は決して信じない。」イエス様はこれを聞いて、心を痛められたと思います。トマスを愛しておられたイエス様は、トマス一人のために八日後(おそらく次の日曜日)に来て下さったのです。一番信仰の弱いトマスを助けるために、来て下さいました。26節「さて、八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸には皆、鍵がかけてあったのに、イエス様が来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」「シャローム(平和、平安)があるように」と福音を語って下さいました。

 そしてトマスが信じることができるように、ご自分の体を示して下さいました。やや生々しい場面です。「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、私のわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい」イエス様はこんなにもトマスに親切に語って下さり、トマスがイエス様の復活を信じることができるように、信仰の最も弱いトマスのために、このように具体的に行動して下さったのです。聖書にこの場面があるから、イエス様の復活を信じることができるようになった人々が、きっと昔から大勢おられるのではないかと思います。トマスの不信仰自体はよいことではないと思いますが、トマスが疑ったお陰で復活のイエス様が確かにトマスの目の前に来て下さり、私たちもイエス様の復活を確実に信じることができるようにして下さったと思うのです。そう考えると、ある意味トマスに感謝したくなりますし、聖書にこの場面があることは、神様の私たちへの大きな親切だと思うのです。

 ある人は、イエス様はトマスのためにも、かねてから祈っておられたに違いないと言います。間違いないことです。イエス様は、トマスが信じることができるように、ずっと祈って来られました。トマスにご自分の復活を信じてほしかったからです。「信じる人になってほしい」と、心から切に願っておられたのです。イエス様は私たち一人一人皆についても、「信じる人になってほしい」と切に願っておられます。そして行動も起こして下さり、トマスのもとに本当に来て下さいました。イエス・キリストは、ヨハネの黙示録3章20節で、こう語られます。「見よ、私は戸口に立って、たたいている。誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう。」イエス様は今日も私たちの心のドアをノックしておられます。私たちがイエス様を神の子と信じ告白するように、イエス様の復活を信じることができるようにと、イエス様は今も私たちの心のドアをノックしておられます。私たちも、素直にイエス様を心の中に迎え入れ、トマスと同じように、「私の主、私の神よ」との告白を献げたいのです。
  
 カラバッジョというイタリアの画家が、本日の場面を絵に描いています。トマスがイエス様のわき腹の傷の中に、自分の指を入れて、本当にこの方がイエス様なのか、確かめている場面です。ヨハネ福音書は、トマスが実際に指と手でイエス様の傷跡を触って確かめたとは書いていません。私はトマスはイエス様を見て、「参りました」とへりくだり、実際には指と手で傷跡に触れて確認はしなかったのだろうと思います。しかしカラバッジョは、実際トマスが触って確かめたと考えたのでしょう。触って確かめているトマスは、その絵の中では実はカラバッジョ自身の投影ではないかと感じます。イエス様の復活を信じにくいカラバッジョ自身が、トマスが触って確かめている場面を描くことで、自分の疑いを克服して、復活を信じる人になるために、カラバッジョはこの絵を描く必要があったと思うのです。2018年8月に、日本キリスト教団の青年4名と共に、台湾の教会訪問に行きました。その時、台南市の教会の壁に、このカラバッジョの大きな絵が描かれていて、強烈に印象に残っています。                                                                                                                                            

 イエス・キリストは、確かに復活され、今も霊の体をもって天で生きておられ、天から私たちに聖霊を注いで下さいます。イエス様が復活されたので、私たちも復活するのです。私たちの人生は死で終わるものではないので、地上の最後まで、イエス様に従って、神様の前に責任をもってしっかり生ききりたいのです。使徒パウロは、コリントの信徒への手紙(一)15章16節以下で、述べています。「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、あなた方の信仰はむなしく、あなた方は今もなお罪の中にあることになります。」しかし、そんなことはないのです。イエス様が復活なさったので、「私たちはもはや罪の中にない」のです。イエス様が復活なさったので、私たちはもはや罪と死の支配下から脱出している。私たちは罪と死に勝利したイエス様の支配下に移されているのです。

 パウロは更に言います。「そうだとすると(キリストが復活しなかったとすると)、キリストを信じて眠りについた人々(キリストを信じて亡くなった人々)も滅んでしまったわけです。この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、私たちはすべての人の中で最も惨めな者です。」しかしキリストが確かに復活したので、そのようなことは決してないのです。

 そしてパウロはさらに32節で言います。「もし、死者が復活しないのなら、『食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか』ということになります。」もし私たちが復活もなく、天国もなく、死んで全ておしまいならば、一生懸命に生きることに意味はない。せいぜいどんちゃん騒ぎをして、食べただけ食べ、欲望を満たしたいだけ満たせばよい。しかしそうではない。復活があり、天国があり、神様の直にお目にかかる時が必ず来るのだから、その時、神様に「あなたからいただいた地上の人生を、私はこのように責任をもって、あなたに従って一生懸命に生きました」と(100点は無理だけれども)少しでもよい報告ができるように、精一杯イエス様に従って生きる必要がある。私たちも復活するからこそ、私たちは地上の限られた人生を、イエス様に従って責任をもって精一杯生きる生き方に導かれる。私たちが復活しないなら、欲望充足だけで無責任に生きればよいが、復活があるからこそ、限られた人生を、イエス様に従う最も充実した生き方で生きていこうと導かれる。パウロはそう言っているように思われます。

 ヨハネ福音書に戻ると、イエス様に「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と諭されたトマスは、「私の主、私の神よ」と言ってイエス様を神として礼拝したと読めます。詩編42編12節。 イエス様はトマスに言われます。「私を見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」そして31節には、ヨハネ福音書が書かれた目的として、「これらのことが書かれたのは、あなた方、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命(永遠の命)を受けるためである」と書かれています。私たちの家族や身近な方々が、イエス様が救い主あること、十字架で死んで復活なさった方であることを確実に信じて下さるように、心を一つにして祈りましょう。

『サザエさんと長谷川町子』(工藤美代子著、幻冬舎新書、2020年)のエピソード。
アーメン。