日本キリスト教団 東久留米教会

キリスト教|東久留米教会|新約聖書|説教|礼拝

2019-05-03 13:41:13(金)
「キリストの復活と私たちの復活」 2019年4月28日(日) 復活節第2主日礼拝説教 要旨
聖書:ダニエル書12章1~3節、コリントの信徒への手紙(一)15章12~34節

 旧約聖書では後半に少しずつ復活信仰が出てくるように思います。エゼキエル書37章の「枯れた骨の復活」、そして本日のダニエル書12章1~3節などです。「その時には救われるであろう。お前の民、あの書に記された人々は。多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入り、ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。目覚めた人々は大空の光のように輝き、多くの者の救いとなった人々は、とこしえに星と輝く。」

 イスラエルで復活信仰が明確に出て来たのは、旧約聖書と新約聖書の中間の時代のようです。アンティオコス・エピファネスという邪悪な王(外国人)がイスラエルの信仰を激しく弾圧した時がありました。新共同訳聖書で旧約聖書の続編となっているマカバイ記を読むと分かります。そこにイスラエルの信仰に生きる七人兄弟が次々に殉教する壮絶な場面があります。神に従った自分たちに、神が永遠の命、よみがえり(復活)の命を必ず与えて下さるとの希望を抱いて殉教するのです。新約聖書の時代に入り、若き日のパウロも属したファリサイ派は、死者の復活を信じていました。ヨハネ福音書11章を見ると、マルタという女性が「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言っており、将来に起こることとして復活信仰を持っていたことが分かります。それに対してイエス様が、「わたしが復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」と力強くおっしゃるのです。これがイスラエル人の状況です。

 コリントはギリシアの都市で、パウロがそこに伝道して教会ができました。ギリシア人は死者の復活ではなく、霊魂不滅の考えをもっていたようです。死ぬときに肉体は滅びるが心(魂)永遠に生きるという考えです。日本人にも漠然とこう考える人が多いのではないでしょうか。でも肉体にも心(魂)にも罪があるので、肉体も心(魂)も永遠ではありません。聖書の救いは霊魂不滅ではなく、心(魂)も霊も肉体も神様が復活させて下さることです。コリント教会の人々もギリシア人なので、すぐには復活信仰に馴染めなかったようです。そこでパウロが言います。「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。~しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」

 パウロは、復活に順序があると述べます。「最初にキリスト(が復活され)、次いで、キリストが来られるとき(再臨のとき)に、キリストに属している人たち(が復活する)、次いで世の終わりが来ます。」これについては、パウロがテサロニケの信徒への手紙(一)4章でもう少し詳しく述べています。「合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主(イエス様)御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。」私たちイエス様を信じる者が死んでも、必ず復活が与えられます。そこで本日の説教題を「キリストの復活と私たちの復活」としました。

 イエス・キリストは間違いなく復活され、今も復活の体をもって天(神の国)で生きておられます。復活の希望があるので、パウロは命がけで伝道に取り組むことができました。死にそうな目に何度も遭いながらもひるまずに伝道できたのは、復活の希望を抱いていたからだと言えます。パウロは私たちに警告して言います。「もし、死者が復活しないとしたら、『食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか』ということになります。」

 人は皆、死後にイエス・キリストの前で、最後の審判を受けます。自分の罪を悔い改めてイエス様を救い主と信じ告白した人は、最後の審判で無罪の判決を受け、永遠の命が確定します。その希望があるのですから、イエス様に従って毎日をしっかりと責任をもって生きる必要があります。「どうせ」などという投げやりで自堕落な生き方、刹那的な生き方をしてはいけないのです。罪を犯さないように気をつけて生きるのです。神は罪を憎む方ですから、欲望を満たすことを第一とする自堕落な生き方をすれば、神に裁かれる恐れがあります。「どうせ」は実に投げやりで悪い言葉です。パウロは私たちを真剣に戒めます。「思い違いをしてはいけない。~正気になって身を正しなさい。罪を犯してはならない。神について何も知らない人がいるからです。」神様は聖なる方なので、罪を裁かれます。神様をなめたり、侮ったり、甘く見てはいけないのです。そうすれば必ず痛い目に遭います。復活の希望の信仰は、私たちを投げやりな生き方ではなく、責任をもって一日一日を生きる生き方に導くのです。

 マルティン・ルターの言葉とされる「たとえ明日世界が滅びても、私は今日リンゴの木を植える」という言葉があります。復活の希望があるので、積極的によいことを行うのです。私は昨年の5月に、修学旅行以来35年ぶりに長崎市に行き、「二十六聖人記念館」に行きました。豊臣秀吉の迫害によって殉教した二十六人を記念しています。その一人の12才だった少年は、母親に「信仰を捨てないように」という手紙を書いたようです。そして死刑にされる前に役人に「信仰を捨てれば、命を助ける」と言われると、それを断り、「地上の短い命と永遠の命をとりかえることは愚かなことです」という意味のことを語り、十字架の上で「パライソ(天国)、パライソ」と言いながら息絶えたそうです。永遠の命・復活の希望があるから、殉教できるのでしょう。復活の希望があるからこそ、私たちも「どうせ」の生き方を退け、地上の限られた一日一日を、精一杯愛と善を行いながら、積極的に生きてゆきたいのです。アーメン(「真実に」)。

2019-04-18 0:44:27(木)
「キリストは本当に神の子」 2019年4月14日(日) 受難節第6主日(しゅろの主日)礼拝 説教要旨
聖書:イザヤ書53章1~12節、マルコ福音書15:21~47

 イエス・キリストは十字架上で、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」と大声で叫ばれました。それは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味です(但し、イエス様の十字架上での最後の言葉は、この言葉ではなかったようです)。イエス様がなぜこのように叫ばれたのか、イエス様はどのようなお気持ちだったのか、昔から多くの人が祈り考えて来ました。もちろん私たちが、神の子イエス様のお気持ちを完全に分かることはできないでしょう。しかし、少しは分からせていただけるかもしれません。

 どなたの人生にも悲しみや痛みがあります。私が存じ上げる複数の方々は、ご病気による痛み、手術後の痛みの中におられた時、イエス様のこの叫びを思って、懸命に耐えたと言われました。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたイエス様の方が、もっと痛く、もっとお辛かったのだ。そう思って、懸命に耐えたと語られました。そのような方々は、イエス様の時代以降、無数におられたと思うのです。イエス様のこの叫びが聖書になかったら、慰めを受けられない方が大勢おられると思うのです。イエス様がこう叫ばれたことを、私は本当に感謝したいのです。

 「いつくしみ深き」という有名な讃美歌があります(以下は、大塚野百合著『賛美歌・聖歌物語 疲れしこころをなぐさむる愛よ』創元社、1997年、121~127ページによります)。作詞者のジョセフ・スクラィヴィンは1819年にアイルランド生まれたクリスチャンですが、結婚式を前に婚約者が亡くなったのです。心に傷を負った彼は、学校の教師となって移住しました。約15年後に二度目の婚約をしたのですが、この相手が結核で1860年に亡くなったのです。彼は苦しみの中にも、神の慰めを感じていたようです。彼と同じようにつらい思いをしたのが彼の母親でした。息子を思って、深く苦しんだのです。彼は母を慰めるために讃美歌の歌詞を書いて送ったようです。それが「いつくしみ深き」であるそうです。スクラィヴィンが亡くなった1886年ころ、この歌を読んだ有名な讃美歌歌手サンキーが感動し、自分が編集した『福音唱歌』の最初に入れたそうです。日本語訳の歌詞もよいと思われますが、省略されている言葉もあるそうなので、英語で読むとよいようです。私の想像ですが、きっとスクラィヴィンも、イエス様の叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」を思って、自分の苦しみに耐えたこともあったのではないでしょうか。イエス様のこの叫びは、聖書の中にどうしても必要な御言葉、なくては非常に困る御言葉だと信じます。アーメン(「真実に」)。

2019-04-11 12:23:47(木)
「教会はキリストの体」 2019年3月31日(日) 受難節(レント)第4主日礼拝 説教要旨
聖書:箴言12章28節、ローマの信徒への手紙12章3~8節

 この手紙を書いたイエス様の使徒パウロは記します。「自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。」パウロはこの少し前にも書いています。「思い上がってはなりません。むしろ、恐れなさい。」「兄弟たち、自分を賢い者とうぬぼれないように。」なぜ自分を過大に評価してはいけないのでしょうか? それは各人がキリストの体である教会の一部分にすぎないからです。誰も一人で教会ではありません。信仰には一人で進む面もありますが、しかし教会は共同体です。信仰の隣人がいないと、キリストの体なる教会になりません。5節でパウロは、「わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。」

 このことは、コリントの信徒への手紙(一)12章に、より詳しく書かれています。「目が手に向かって『お前は要らない』とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない』とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。~一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。」すばらしい御言葉です。

 ローマ書に戻り、6~7節。「わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。」私は去る3月21日(木・春分の日)に教会の4名の方とご一緒に日本キリスト教団西東京教区の全体研修会に参加し、棚村惠子先生(東京女子大学特任教授=当時)の講演「悲哀から奉仕へ―人間らしく生きる」を伺いました。レジュメには講演がめざすところについて、「神との信仰的交わりから生まれる生活がどう奉仕を生みだすのか、東京女子大学初代学長の新渡戸稲造の思想から『悲哀の使命』としての奉仕を考察する」とあります。新渡戸稲造は「太平洋の掛け橋になる」志を抱いた人で、国際連盟で事務次長を務め、著作『武士道』でも有名ですが、私生活では様々な悲哀を経験したようです。新渡戸は「キリストは聖書に悲しみの人」と書かれていると書いているそうです(「雑感」58)。確かにイエス・キリストは十字架の前のゲツセマネの祈りで「わたしは死ぬばかりに悲しい」と言っておられます。イザヤ書53章3節には、「彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた」とあります。

 棚村先生は「悲哀は己を捨て人を救う本当の勇気を生む」、「悲哀~は事業を企て、事業の動機を清める」と書いておられます。新渡戸は、子どもを失う悲しみを経験し、それが動機の1つとなったのでしょうか、遠友夜学校という経済に困難をもつ若者ための学校を設立しているそうです。東京女子大学初代常務理事の宣教師A.K.ライシャワーという方は、娘の耳が聞こえない悲哀を経験され、日本聾話学校の設立に夫婦で奔走されたそうです。ご自分が悲哀を味わわれたことで、他の人の悲しみが分かるようになり、その方たちへの奉仕へと、ご自分の悲しみを昇華させたと言えるでしょうか。本当に尊敬すべきことと、私は感嘆致します。私が存じ上げる牧師ご夫妻は、お子さんのお一人を心臓病で亡くされた悲しみの中で、心臓病の子どもを守る父母の会の共同保育所「パンダ園」を設立されました。深く尊敬すべきことと思っています。

 棚村先生は、ローマの信徒への手紙12章1節「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です」を引用され、新渡戸の文章を紹介されます。「希くは吾等は自己の悲哀の経験を聖なる祭物(そなへもの)として神に献げ、其の聖旨を承り、以て天を怨まず人を尤(とが)めぬ生活を営むことを期したい」(「雑感」65-66)。悲哀をも、聖なる生けるいけにえとして神様に献げるのですね。深い信仰と感じ入ります。私の印象では、自分の悲しみや苦しみを神様に献げる信仰は、カトリックの方々が語られることが多いと感じます。悲しみや苦しみには、信仰と人格を清め、純化する働きがあるのではないでしょうか。この信仰の深みが今の日本のプロテスタントにやや足りないと言っては、お叱りを受けるでしょうか。お赦し下さい。悲しみ、苦しみを神様に献げる。私たちもその深い信仰に生かされたいと願うのです。受難節(レント)にふさわしい信仰と思うのです。アーメン(「真実に」)。

2019-03-29 1:06:05(金)
「神の目にあなたは大切」 2019年3月24日(日) 「はじめて聞く人にわかる聖書の話」礼拝 説教要旨
聖書:イザヤ書43章1~5節

 イザヤ書43章1~5節は、とても慰め深い御言葉です。「ヤコブよ、あなたを創造された主(神)は、イスラエルよ、あなたを造られた主は今、こう言われる。恐れるな、わたしはあなたを贖(あがな)う。あなたはわたしのもの、わたしはあなたの名を呼ぶ。水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。大河の中を通っても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしは主、あなたの神、イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。わたしはエジプトをあなたの身代金とし、クシュとセバをあなたの代償とする。わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。恐れるな、わたしはあなたと共にいる。」

 特に4節「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し」は、伝道パンフレットなどによく書かれます。私の個人的な思い出もあります。私が20代の頃、あることに不合格になったことがあります。その頃、分からないながらもイザヤ書を毎日1章ずつ読んでいました。落胆したその日が、イザヤ書43章でした。読んで非常に慰められました。状況は変わりませんが、神の愛を身近に感じることができたのです。日々聖書を読み祈ることで、神様と共に歩むことができます。

 2節の、「水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。大河の中を通っても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、焼かれず、炎はあなたに燃えつかない」は、私たちが試練を通る時も、神様が私たちと共におられるということでしょう。私どもは皆、1つ1つのピンチを神様に助けられて乗り越えながら、今日この日まで歩ませていただいたものと思います。この東久留米教会には以前、シベリア抑留から生還された男性がお二方おられました。そのお一人のNさんは、「神が『あなたにはまだ使命がある』とお考えだったので、わたしは生きて帰ることができたと思っている」とおっしゃっていました。東京大空襲を生き延びられた方も、東久留米教会におられます。本当に大変な経験であられたことと思います。

 「水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。」出エジプト記を読むと、エジプトを脱出した神の民イスラエル(壮年男子だけで約60万人、総勢ではおそらく200万人以上でしょう)は、目の前に葦の海、背後には攻撃してくる最強のファラオ(エジプト王)の軍隊がいるという絶体絶命の大ピンチに追い詰められました。人々はパニックになりかけましたが、神の偉大な力が発揮され、葦の海が割れ、そこを通って正面から進むことができたのです。ファラオの軍隊がそこを進んだときには、水が流れ返り、ファラオ軍は死にました。私たちはこれほどの大奇跡を経験することは滅多にないでしょうが、日々小さな奇跡を経験し、神に助けられて生きています。その1つ1つに気づいて感謝することが大切と思います。私たちの心臓が(自分で動かしているわけではないのに!)今動いていることが、神の奇跡です。

 韓国の大統領だった金大中(キム・デジュン)さんを覚えておられる方は多いと思います。クリスチャンです。2000年にノーベル平和賞を受け、2009年に天国に行かれました。金さんは、韓国の民主化のために努力されたので、当時の韓国政府ににらまれました。金さんが来日していた1973年8月8日、金さんが東京のホテルから拉致(らち)される事件が起きました。車で海岸に運ばれ、モーターボートに乗せられ、大きな船に移され、両手首に非常に重いかたまりをつけられ、もうすぐ海に投げ込まれて殺される状況でした。

 金さんは自伝に書いています(金大中自伝Ⅰ『死刑囚から大統領へ』岩波書店、2011年、239~243ページ)。「まさにその時に、イエスが出現された。~  あぁ、イエス様! 聖堂で見た姿そのものであり、表情もそのままだった。服装も同じだった。私はイエスの長い服のすそをつかんだ。『お助け下さい。私にはまだ~国民のためにしなければならないことがあります。お救い下さい。』 ~船室にいた男たちが『飛行機だ』と叫び、甲板に飛び出して行った。爆音のようなものが聞こえ、船は全速力で走った。」

 結果的に拉致(らち)から5日後に、韓国で解放されました。金さんは家族と秘書に、「神が生きておられるのを体験した。主(しゅ。神)の恵みで助かった。みんないっしょにお祈りをしよう」と言ったのです。私は約30年前、来日した金大中さんが日本のテレビに出演して、この通りのことを堂々と話したのを見て、驚いたことをはっきり覚えています。神様、そして神の子イエス・キリストは、本当に今も生きて働いておられます。金さんは、苦難の多い人生でしたが、韓国の大統領になり、韓国と北朝鮮の和解のためにも努力し、今は天国におられます。「大河の中を通っても、あなたは押し流されない。」金さんは大海に投げ込まれる絶体絶命の危機を、この神様によって救われました。本当によかったと思います。

 今から8年前の3月11日に、東日本大震災が起きました。東北各地で大きな被害が出ました。しかし岩手県の釜石小学校では、ほとんどの児童が助かったそうです。その第一の理由は、日ごろから津波を想定した真剣な避難訓練を行っていたことだと思います。岩手県出身の作家・井上ひさしさん(カトリック信者)作詞の釜石小学校校歌も力を発揮したのではないかと言われます。井上さんの祈りが込められた歌詞だと思うのです。以下は引用です。

(第一節)「いきいき生きる いきいき生きる/ ひとりで立って まっすぐ生きる/ 困ったときは 目をあげて/ 星をめあてに まっすぐ生きる/ 息あるうちは いきいき生きる」
(第二節)略
(第三節)「しっかりつかむ しっかりつかむ/ まことの知恵を しっかりつかむ/ 困ったときは 手を出して/ ともだちの手を しっかりつかむ/ 手と手をつないでしっかり生きる」 児童たちは、日ごろから教えられていたことを「ひとりで立って」実行し、高齢の家族や小さな子と手をしっかりつないで、避難したようです。クリスチャンである井上ひさしさんの信仰が込められた歌詞を通しても神様が働かれ、子どもたちを励まし、「大河の中を通っても、あなたは押し流されない」結果になったのではないかと思うのです。もちろん、亡くなった多くの方々がおられます。そのご家族の方々に、神様の深い御慰めを、切にお祈り申し上げます。

 神様は、「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え」と言って下さいます。イエス・キリストが私たち皆のすべての罪を身代わりに背負って、十字架で死んで下さいました。最も尊い神の子イエス様を十字架につけてまで私たち一人一人を救いたいと、父なる神様が思って下さる。私たち一人一人は、そのように価値ある一人一人なのです。だからこそ、決して思い上がらず、神の子イエス様を救い主と信じて、へりくだって父なる神様のもとに帰ってひれ伏そうではありませんか! ご一緒に今、ぜひそう致しましょう。アーメン(「真実に」)。

2019-03-20 14:02:37(水)
「狭い門から入りなさい」 2019年3月17日(日) 受難節(レント)第2主日礼拝説教 要旨
聖書:レビ記26章3~17節、マタイによる福音書7章13~20節

 聖書はいろいろな箇所で、神様に従う道を選び取って、真の祝福を得なさいと勧めています。「あなたたちがわたし(神)の掟に従って歩み、わたしの戒めを忠実に守るならば、わたしは時期に応じて雨を与える。それによって大地は作物をみのらせ、野の木は実をみのらせる」(レビ記26:3~4)。

 イエス様は、「狭い門から入りなさい」と私たちを招かれます。日本では「狭い門」の言葉は、入学試験などの倍率が高い時に使われることがほとんどですが、イエス様は、この言葉をそのような意味では用いておられません。「狭い門」とはイエス様に従って生きる道で、天国につながる道です。

 誰よりも狭い門から入り、最も狭い道・最も困難な道を歩み通して下さった方がイエス・キリストです。イエス様は、私たち全員の全ての罪を背負って、十字架で死んで下さったのです。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。~彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった」(イザヤ書53:3~5)。

 イエス様は言われます。「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる」(ヨハネ福音書10:9)。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(同14:6)。本来、天国に入る資格を持つのは、全く罪なき方イエス様のみです。私たちは、この真の門、真の道イエス様につながることで、初めて天国に入れていただくことができる罪人(つみびと)です。「狭い門から入りなさい。」それはイエス様を救い主と信じ、この直前に書かれている黄金律「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」を少しずつでも実行する道と思います。イエス様の十字架の愛に応答して、黄金律を少しずつでも実行することが「狭い門から入る」生き方、永遠の命に至る生き方です。

 17世紀の終わり頃にジョン・バニヤンというイギリス人のプロテスタントの清教徒(ピューリタン)が書いた『天路歴程』という有名な本があります。主人公はクリスチャンという名の男です。伝道者という男が彼に言います。「主は言われる。『力を尽くして狭い門からはいれ。』それは私が君をさし向けた門なのだ。それは『命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者は少ない』からである」(池谷敏雄訳『天路歴程 正篇』新教出版社、1999年、62ページ)。主人公クリスチャンは、狭い門を通り、誘惑や試練、困難を1つ1つ乗り越えながら、遂に天国に入る物語です。古い本で読みにくい面もありますが、なかなか面白いストーリーです。聖句が随所にちりばめられています。著者のバニヤンは、イギリス国教会の説教者の資格を持たないで説教したことを問題にされ、12年間牢獄に入れられたそうです。不当な迫害を受けながらもイエス様に従い、「狭い門」を通って天国に入った人だと思うのです。

 進みます。イエス様は言われます。「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。」私たちは偽預言者にだまされてはなりません。私たちが偽預言者を見破れず、だまされるとすれば、それは偽預言者が「耳ざわりのよい」メッセージを語るからではないでしょうか。真の預言者は私たちに耳の痛いことも語ります。でもそれを嫌って退けてはいけないのです。テモテへの手紙(二)4:3に、「だれも健全な教えを聞こうとしない時がきます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。」自分がこうならないように気をつけましょう。私たちは偽預言者を偽預言者と見破らなければなりません。偽預言者について行く道は、「滅びに通じる門(道)」であり、「その道も広々として、そこから入る者が多い」道です。

 ある方が、「偽物の宗教の特徴」を3つ書いておられました。私の解釈も加えると、こうです。①性的ないかがわしさのある宗教 ②お金に悪どい宗教 ③偽物の奇跡を売り物にする宗教。真の神様による真の奇跡はありますが、世の中には偽物の奇跡もあります。それを宣伝する宗教は偽物です。オウム真理教の教祖の「空中浮揚」や、昔はやったスプーン曲げも嘘です。惑わされてはなりません。

 近代日本に与えられた神の預言者は内村鑑三だと思います。教育勅語に深々と頭を下げなかったこと(偶像礼拝の拒否)、日露戦争の時の非戦論で知られます。(以下は、重平友美著『内村鑑三』教会新報社、1982年による。)実は彼は日清戦争の時は、戦争に賛成したそうです。日本が、朝鮮の独立を守るために清国と戦う正義の戦争が日清戦争だと考え、イギリスの友人にもそのような手紙を書いたそうです。ところが日清戦争後に日本政府が行ったことは、台湾を植民地にすることなどでした。内村は深く後悔し、悔い改めたそうです。「自分は偽預言者になってしまった」と思ったのでしょう。「頭をかきむしり、髪の毛をひきぬいて、地獄の底まで落ちていく思いです」と友人に書き送ったそうです。同じ失敗を決して繰り返さないと固く決意した内村は、日露戦争の時はぶれることなく非戦論を主張しました。彼が働いていた万(よろず)朝報という新聞社が非戦論から主戦論に変わったので、彼は退社し、自分が発行する雑誌『聖書之研究』によって非戦論を主張しました。国賊、非国民と非難されたそうです。それでもぶれなかった彼は、まさに「狭い門」から入った真の預言者だったと思うのです。

 内村鑑三に愛国心がなかったと思ったら、間違いです。彼はむしろ真の愛国者でした。内村のモットーは「2つのJ」を愛することです。Jesus とJapan です。彼はイエス様と日本を深く愛したので、日本がイエス様に従うよい国になることを切望しました。日本がイエス様に従っていない時は、日本を深く愛するが故に日本を叱りつけ、罪の悔い改めに導き、イエス様に従う方向に導こうと努力したのだと思います。非国民と呼ばれた内村鑑三こそが、実は真の愛国者だったのです。

 今は、イエス様の十字架を深く思う受難節(レント)です。「キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです」(ペトロの手紙(一)2:21)。クリスチャンたちは昔から、「主(イエス様)のみあと(足跡)に従う」ことを喜んできました。これから歌う『讃美歌21』の411番にも、「兄弟姉妹よ、十字架を担い、主イエスに従い、み跡をたどれ」とあります。それは「狭い門から入る」歩みでしょう。でも必ず天国に至る真の喜びの道です。励まし合って、共にこの道を進みましょう。アーメン(「真実に」)。