
2025-07-27 1:42:22()
「悪霊を叱り、男の子を癒すキリスト」 2025年7月27日(日)礼拝
(ルカによる福音書9:37~43a)
翌日、一同が山を下りると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。そのとき、一人の男が群衆の中から大声で言った。「先生、どうかわたしの子を見てやってください。一人息子です。悪霊が取りつくと、この子は突然叫びだします。悪霊はこの子にけいれんを起こさせて泡を吹かせ、さんざん苦しめて、なかなか離れません。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに頼みましたが、できませんでした。」イエスはお答えになった。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしは、あなたがたと共にいて、あなたがたに我慢しなければならないのか。あなたの子供をここに連れて来なさい。」その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子供をいやして父親にお返しになった。人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。
(説教) 本日は、聖霊降臨節第8主日の礼拝です。説教題は「悪霊を倒すキリスト」です。小見出しは「悪霊に取りつかれた子をいやす」です。
本日の直前の個所は、イエス様が三人の弟子たち(ペトロ、ヨハネ、ヤコブ)を連れて山に登られた場面です。「山上の変貌・変容」と呼ばれます。山でイエス様が祈っておられると、イエス様の顔の様子が変わり、服が真っ白の輝き、弟子たちが見るとイエス様がモーセとエリヤと語り合っていました。それは普通では考えられない、あまりにすばらしい特別の体験でした。しかしそれは一夜の体験であり、翌朝には、イエス様たち三人は、下界に降りました。
最初の37節「翌日、一同が山を降りると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。」現実の世界に戻ると、そこには問題があり、厳しく辛い現実が待ち受けていました。38節より「そのとき、一人の男が群衆の中から大声で言った。『先生、どうか私の子を見てやってください。一人息子です。悪霊が取りつくと、この子は突然叫び出します。悪霊はこの子にけいれんを起こさせて泡を吹かせ、さんざん苦しめて、なかなか離れません。この霊を追い出して下さるようにお弟子たちに頼みましたが、できませんでした。』」この出来事は、マタイ福音書とマルコ福音書にも記されていますが、このルカ福音書のみが「一人息子」と記しています。一人息子であれば、なおさら父親は息子を愛していたでしょう。母親は登場しませんので、健在だったかどうか、分かりません。
今で言う「てんかん」という病気の症状と思います。私も一度、息子が小さい頃にひきつけを起こしたことがあります。急に目をむいて、体中が折れ曲がってけいれんを起こしました。時間にすると1分間以内だったかと思いますが、見ている方はびっくり仰天しますね。慌てて東久留米駅近くの石橋クリニックに運びました。幸い、ひきつけはその一回だけで済みました。あの症状がしょっちゅう起こったら、本当に生きた心地がしないと思います。
父親が、助けを求めて叫びます。「先生、どうか私の子を見てやって下さい。」「先生」と呼んでいるので、イエス様を神の子と信じていたかどうかは分かりません。「見てやって下さい」の「見る」は、もちろんただ漠然と見ることではなく、心を込めて見てあげて下さいということです。同じギリシア語が、このルカによる福音書1章48節にも出てきます。イエス様の母となるマリアの賛歌です。いと小さく、世間的に全く無名の自分を、神の子の母として選ばれた光栄に感謝して、マリアが神様に献げた歌です。マリアはこう歌います。「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも、目を留めて下さったからです。」この「目を留めて下さった」という言葉が同じ言葉です。口語訳聖書では、「心にかけて下さった」です。父親は、そのような神様の愛を求めて、イエス様に叫んで訴えています。「見てやって下さい。目を留めて下さい。心にかけて下さい」と訴えています。父親の愛情として当然です。弟子たちに助けを求めたけれども、弟子たちには悪霊を追い出して、この子を救うことができませんでした。
イエス様が嘆かれます。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまで私は、あなた方と共にいて、あなた方に我慢しなければならないのか。あなたの子供をここに連れて来なさい」その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子どもをいやして父親にお返しになった。人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。
「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか」と言われます。口語訳では「何と不信仰な、曲がった時代であろう」です。イエス様の時代はそうだったのです。しかしこれは今も同じでしょう。今も残念ながら「不信仰な、曲がった時代」ではないでしょうか。詐欺や闇バイトが行われています。悪魔の働きです。「不信仰な、曲がった時代」の言葉は、本日の旧約聖書・申命記32章5節に由来すると考えられます。出エジプトのリーダー・モーセの歌です。モーセは信仰のリーダーとして、イスラエルの民を率いてエジプトを脱出し、約40年後に約束の地カナンに入る直前までを導きました。しかしここでは嘆きをも語っています。イエス様の嘆きと通じる嘆きです。32章3~5節「私は主の御名を唱える。御力を私たちの神に帰せよ。主は岩、その御業は完全で、その道はことごとく正しい。真実の神で偽りなく、正しくてまっすぐな方。不正を好む曲がった世代はしかし、神を畏れ、その傷のゆえに、もはや神の子らではない。愚かで知恵のない民よ。これが主に向かって報いることか。彼は造り主なる父、あなたを造り、堅く立てられた方。」詩編78編2節にも、似たことが書かれています。「先祖のように頑な反抗の世代とならないように。心が確かに定まらない世代、神に不忠実な霊の世代とならないように。」
使徒言行録13章を見ると、キプロス島で伝道中のサウロ(パウロ)が、魔術師で偽預言者のバルイエスという男をにらみつけて言っています。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」そうなりました。私たち人間全員が、神様のまっすぐな道に素直に従っていればよいのですが。素直でなくなり、神様に従わなくなることが問題なのですね。パウロもガラテヤの信徒への手紙1章4節で、イエス様が「この悪の世から私たちを救い出そうとして、ご自身を私たちの罪のために献げて下さった」と述べ、この世界のことを「悪の世」と述べています。コヘレトの言葉7章29節には、「神は人間をまっすぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる」と書かれています。神様にまっすぐに従わないで、色々理屈をこねて、神様に従わない。これが人間の罪と思います。
イエス様は、悪霊が男の子を苦しめ、弟子たちも誰も悪霊を追い出せないことを見て、悪魔が勝利している現状に憤りを覚えられたと思います。「いつまで私は、あなた方と共にいて、あなた方に我慢しなければならないのか。あなたの子供をここに連れて来なさい」と命じられます。「その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子供をいやして父親にお返しになった。人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。」男の子と父親への愛と、悪魔への憤りによって、悪霊を
翌日、一同が山を下りると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。そのとき、一人の男が群衆の中から大声で言った。「先生、どうかわたしの子を見てやってください。一人息子です。悪霊が取りつくと、この子は突然叫びだします。悪霊はこの子にけいれんを起こさせて泡を吹かせ、さんざん苦しめて、なかなか離れません。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに頼みましたが、できませんでした。」イエスはお答えになった。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしは、あなたがたと共にいて、あなたがたに我慢しなければならないのか。あなたの子供をここに連れて来なさい。」その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子供をいやして父親にお返しになった。人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。
(説教) 本日は、聖霊降臨節第8主日の礼拝です。説教題は「悪霊を倒すキリスト」です。小見出しは「悪霊に取りつかれた子をいやす」です。
本日の直前の個所は、イエス様が三人の弟子たち(ペトロ、ヨハネ、ヤコブ)を連れて山に登られた場面です。「山上の変貌・変容」と呼ばれます。山でイエス様が祈っておられると、イエス様の顔の様子が変わり、服が真っ白の輝き、弟子たちが見るとイエス様がモーセとエリヤと語り合っていました。それは普通では考えられない、あまりにすばらしい特別の体験でした。しかしそれは一夜の体験であり、翌朝には、イエス様たち三人は、下界に降りました。
最初の37節「翌日、一同が山を降りると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。」現実の世界に戻ると、そこには問題があり、厳しく辛い現実が待ち受けていました。38節より「そのとき、一人の男が群衆の中から大声で言った。『先生、どうか私の子を見てやってください。一人息子です。悪霊が取りつくと、この子は突然叫び出します。悪霊はこの子にけいれんを起こさせて泡を吹かせ、さんざん苦しめて、なかなか離れません。この霊を追い出して下さるようにお弟子たちに頼みましたが、できませんでした。』」この出来事は、マタイ福音書とマルコ福音書にも記されていますが、このルカ福音書のみが「一人息子」と記しています。一人息子であれば、なおさら父親は息子を愛していたでしょう。母親は登場しませんので、健在だったかどうか、分かりません。
今で言う「てんかん」という病気の症状と思います。私も一度、息子が小さい頃にひきつけを起こしたことがあります。急に目をむいて、体中が折れ曲がってけいれんを起こしました。時間にすると1分間以内だったかと思いますが、見ている方はびっくり仰天しますね。慌てて東久留米駅近くの石橋クリニックに運びました。幸い、ひきつけはその一回だけで済みました。あの症状がしょっちゅう起こったら、本当に生きた心地がしないと思います。
父親が、助けを求めて叫びます。「先生、どうか私の子を見てやって下さい。」「先生」と呼んでいるので、イエス様を神の子と信じていたかどうかは分かりません。「見てやって下さい」の「見る」は、もちろんただ漠然と見ることではなく、心を込めて見てあげて下さいということです。同じギリシア語が、このルカによる福音書1章48節にも出てきます。イエス様の母となるマリアの賛歌です。いと小さく、世間的に全く無名の自分を、神の子の母として選ばれた光栄に感謝して、マリアが神様に献げた歌です。マリアはこう歌います。「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも、目を留めて下さったからです。」この「目を留めて下さった」という言葉が同じ言葉です。口語訳聖書では、「心にかけて下さった」です。父親は、そのような神様の愛を求めて、イエス様に叫んで訴えています。「見てやって下さい。目を留めて下さい。心にかけて下さい」と訴えています。父親の愛情として当然です。弟子たちに助けを求めたけれども、弟子たちには悪霊を追い出して、この子を救うことができませんでした。
イエス様が嘆かれます。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまで私は、あなた方と共にいて、あなた方に我慢しなければならないのか。あなたの子供をここに連れて来なさい」その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子どもをいやして父親にお返しになった。人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。
「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか」と言われます。口語訳では「何と不信仰な、曲がった時代であろう」です。イエス様の時代はそうだったのです。しかしこれは今も同じでしょう。今も残念ながら「不信仰な、曲がった時代」ではないでしょうか。詐欺や闇バイトが行われています。悪魔の働きです。「不信仰な、曲がった時代」の言葉は、本日の旧約聖書・申命記32章5節に由来すると考えられます。出エジプトのリーダー・モーセの歌です。モーセは信仰のリーダーとして、イスラエルの民を率いてエジプトを脱出し、約40年後に約束の地カナンに入る直前までを導きました。しかしここでは嘆きをも語っています。イエス様の嘆きと通じる嘆きです。32章3~5節「私は主の御名を唱える。御力を私たちの神に帰せよ。主は岩、その御業は完全で、その道はことごとく正しい。真実の神で偽りなく、正しくてまっすぐな方。不正を好む曲がった世代はしかし、神を畏れ、その傷のゆえに、もはや神の子らではない。愚かで知恵のない民よ。これが主に向かって報いることか。彼は造り主なる父、あなたを造り、堅く立てられた方。」詩編78編2節にも、似たことが書かれています。「先祖のように頑な反抗の世代とならないように。心が確かに定まらない世代、神に不忠実な霊の世代とならないように。」
使徒言行録13章を見ると、キプロス島で伝道中のサウロ(パウロ)が、魔術師で偽預言者のバルイエスという男をにらみつけて言っています。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」そうなりました。私たち人間全員が、神様のまっすぐな道に素直に従っていればよいのですが。素直でなくなり、神様に従わなくなることが問題なのですね。パウロもガラテヤの信徒への手紙1章4節で、イエス様が「この悪の世から私たちを救い出そうとして、ご自身を私たちの罪のために献げて下さった」と述べ、この世界のことを「悪の世」と述べています。コヘレトの言葉7章29節には、「神は人間をまっすぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる」と書かれています。神様にまっすぐに従わないで、色々理屈をこねて、神様に従わない。これが人間の罪と思います。
イエス様は、悪霊が男の子を苦しめ、弟子たちも誰も悪霊を追い出せないことを見て、悪魔が勝利している現状に憤りを覚えられたと思います。「いつまで私は、あなた方と共にいて、あなた方に我慢しなければならないのか。あなたの子供をここに連れて来なさい」と命じられます。「その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子供をいやして父親にお返しになった。人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。」男の子と父親への愛と、悪魔への憤りによって、悪霊を
2025-07-20 1:59:53()
「山上に輝くキリスト」2025年7月20日(日)「初めて聞く方に分かる聖書の話礼拝」(第82回)
(ルカによる福音書9:28~36) これらのことを話された後、八日ほどたってから、イエスはペテロ、ヨハネ、ヤコブを連れて、祈るために山に登られた。祈っておられる間に、み顔の様が変り、み衣がまばゆいほどに白く輝いた。すると見よ、ふたりの人がイエスと語り合っていた。それはモーセとエリヤであったが、栄光の中に現れて、イエスがエルサレムで遂げようとする最後のことについて話していたのである。ペテロとその仲間の者たちとは熟睡していたが、目をさますと、イエスの栄光の姿と、共に立っているふたりの人とを見た。このふたりがイエスを離れ去ろうとしたとき、ペテロは自分が何を言っているのかわからないで、イエスに言った、「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。彼がこう言っている間に、雲がわき起って彼らをおおいはじめた。そしてその雲に囲まれたとき、彼らは恐れた。すると雲の中から声があった、「これはわたしの子、わたしの選んだ者である。これに聞け」。そして声が止んだとき、イエスがひとりだけになっておられた。弟子たちは沈黙を守って、自分たちが見たことについては、そのころだれにも話さなかった。
(説教) 本日は、「初めて聞く方に分かる聖書の話礼拝」第82回です。説教題は「山上で輝くキリスト」です。小見出しは「イエスの姿が変わる」です。
直前の個所でイエス・キリストは十二人の弟子たちを戒め、最も重要なことを打ち明け始められました。「人の子(御自分)は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」さらにイエス様の弟子として生きる道を説かれました。「私について来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」
このような厳しい話をなさったしばらく後のことが、今日の場面に記されています。28節「この話をしてから八日ほどたったとき、イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブだけを連れて、祈るために山に登られた。」ルカによる福音書の重要な特徴の一つは、「祈るイエス様」のお姿を多く紹介していることです。誰でもハイキングなどでちょっとした山登りをしても感じるのは、下界に比べて空気がおいしく、心身共にリフレッシュされることです。山は高いので、それだけ天に近い、神様のおられる所に近いと言えます。聖書でも山は重要です。本日も登場するモーセは、シナイ山で、神様から尊い十戒が刻まれた二枚の板を授かったのです。イエス様が山に登られたのは、祈るためです。この山は、タボル山とも、はるかに高くてフィリポ・カイザリアの近くにある(時に雪も被る)ヘルモン山とも言われます。一番弟子ペトロ、そしてヨハネ、ヤコブの兄弟だけが同行を許されました。この三人は、イエス様に特に信頼されていた弟子たちです。十字架の前夜のゲツセマネの祈りにも、この三名が同行しています。
32節に「ペトロと仲間はひどく眠かった」とあるので、これは夜の出来事です。深夜の出来事かもしれません。29節「祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。」イエス様の服もまばゆい純白に輝いたに違いありません。栄光の天国が降って来たような、考えられないほどすばらしい光景です。先日水曜日の祈祷会で、マタイによる福音書の同じ場面を読みましたが、そこにはイエス様の顔が太陽のように輝いたと書かれています。マタイの方の「変わる」という言葉は、元のギリシア語は「変態した」と訳せる言葉で、昆虫などがなす変態という言葉の語源と考えられます。芋虫が美しい蝶に大変身して羽ばたくシーンを連想するとよいのです。「みにくいアヒルの子」が白鳥に大変身して羽ばたく様子を思い浮かべるとよいのです。地上では普通の人間の姿のイエス様が、地上に来られる前の天国では、このような栄光の姿に輝いておられたです。そして将来、神の国を完成なさるために天からもう一度来られる再臨の時、この栄光に輝く姿で来られるのです。本日のルカによる福音書の「変わる」も同じ言葉かと思って確かめたら、違う言葉でしたので、あえてマタイの同じ個所のお話も致しました。
この栄光に輝くイエス様を思う時、私はコリントの信徒への手紙(二)4章8節を思い出します。「闇から光が輝き出よと命じられた神は、私たちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えて下さいました。」
30節「見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。旧約聖書を代表する形で、何とモーセとエリヤが栄光に包まれて現れました。二人ともイエス様の時代よりはるかに昔の信仰のリーダーです。モーセは120才で死に、神様によってモアブの地にある谷に葬られましたが、旧約聖書の申命記34章は、「誰も彼が葬られた場所を知らない」と記します。モーセは確かに死にましたが、天国に入って生きていたし、今も天国で生きています。預言者エリヤは、火の馬に引かれた火の戦車に乗って、嵐の中を天に上って行きました。地上では死ななかったのです。そのまま生きて天国にいて、この時モーセと共にイエス様に会いに地上に降りて来ました。今も天国でエリヤは生きているに違いありません。モーセとエリヤは天の栄光に包まれて現れたのですが、イエス様を信じて地上の人生を終えられた方々も、モーセとエリヤと同じで、今は天の栄光に包まれて輝いて、神様を讃美しておられると、私たちは確信致します。
はるか昔に地上を去ったモーセとエリヤが生きて出現するとは、本当に驚くべき場面です。31節「二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。」モーセとエリヤとイエス様という偉大な三人の話し合いのテーマは、「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期」のことだったのです。旧約聖書を代表するモーセとエリヤにとっても、イエス様の十字架の死こそが、関心の中心なのです。これは旧約聖書が、イエス・キリストの十字架と復活を目指す書物であることを示します。旧約聖書にイエス様は登場しませんが、旧約聖書の隠れた中心テーマも、実はイエス・キリストの十字架の死と復活であることが、モーセとエリヤが出現してイエス様と語り合っていることによって示されています。
「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期」の「最期」という言葉は、元のギリシア語で「エクソドス」です。エクソドスは直接には、「この世を去る」「この世からの脱出」つまり死ぬことですから、「最期」と訳されています。ある解説書では、このエクソドス(脱出)は、「イエス様が受難、死去、復活、昇天によって現世から離れることを指す」とあり、そう読むとこの脱出は、十字架の死のみならず、その後の復活、昇天まで指すことになります。つまり単なる死ではなく、その後の復活、昇天という一連の救いの出来事を含みます。
私たちが同時に思い浮かべるのは、旧約聖書の出エジプト記が英語でエクソダスであることです。出エジプトのリーダーはもちろん、ここに登場するモーセです。旧約聖書のエクソダス、出エジプトは、神の民イスラエルの、エジプトでの奴隷生活からの脱出です。そして今、イエス様がエルサレムで十字架にかかって最期を遂げよう、エクソダス(第二の出エジプト)を達成しようとしておられる。それはイエス様の十字架の死(私たちの全ての罪の責任を身代わりに背負った)と復活によって、私たちを罪とその結果の死から脱出させて下さる救いの出来事です。そうです。イエス様がご自分の十字架の犠牲の死と復活によって、私たちを罪とその結果の死と、そして律法と神の怒りと悪魔の支配(以上の5から)脱出させて下さる。それがエルサレムで遂げようとしておられる最期、エクソドスにほかなりません。これこそ神の子イエス様の最も重要な使命であることを、モーセとエリヤが確認しています。
32~33節「ペトロと仲間はひどく眠かった(口語訳「熟睡していた」、聖書協会共同訳「眠りこけていた」)が、じっとこらえていると、栄光に輝くイエスと、そばに立っている二人の人が見えた。その二人がイエスから離れようとしたとき、ペトロがイエスに言った。『先生、私たちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。』ペトロは、自分でも何を言っているのか、分からなかったのである。」ペトロは、このようなおっちょこちょいの部分があるので、教会の歴史でも愛されてきたと思います。八日前にイエス様が十字架のことを初めて語られたので、弟子たちの心に不安と恐れが入り込んでいましたが、このすばらしい体験をプレゼントすることで、イエス様は彼らの心に平安を与えて下さいました。やがて来る神の国・天国がどんなにすばらしく栄光に輝いているかを体験させることで、現実の困難に負けない励ましを与えて下さいました。
34節「ペトロがこう言っていると、雲が現れて彼らを覆った。彼ら(モーセとエリヤ)が雲の中に包まれていくので、弟子たちは恐れた。」雲は、神の出現を表します。雲を聖霊のシンボルととらえる人もいます。父なる神様は完全に聖なる方、私たちは罪人(つみびと)です。罪人(つみびと)が神様を見ると死ぬということが、聖書の世界であります。神様に出会うことは、気楽なことではなく、息を呑むような体験です。そこで弟子たちは恐れました。私たちは、イエス・キリストを通してならば、安心して父なる神様に近づくことができます。
35節「すると、『これは私の子、選ばれた者。これに聞け』という声が雲の中から聞こえた。」父なる神様の御声が聞こえたのです。イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになった時も、父なる神様の御声が聞こえました。その時の御声は、「あなた(イエス様)は私の愛する子、私の心に適う者」という御声でした。似た内容です。ということは、本日の場面も、イエス様が洗礼を受けられた場面に匹敵するほど重要な場面だということです。今日の場面の父なる神様の御声は、本日の旧約聖書イザヤ書42章1節に源があると言われます。ここで語られる「主の僕(しもべ)」は、明らかにイエス・キリストを指します。「見よ、わたし(父なる神様)の僕、私が選び、喜び迎える者を。彼の上に私の霊は置かれ、彼は国々の裁きを導き出す。彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。傷ついた葦を折ることなく(弱っている人をいたわる。ここが大切!)、暗くなってゆく灯心を消すことなく(弱くなっている人をサポートする)、裁き(正義)を導き出して、確かなものとする。暗くなることも、傷つき果てることもない。この地に裁きを置くときまでは。島々は彼の教えを待ち望む。」
36節「その声がした時、そこにはイエスだけがおられた。弟子たちは沈黙を守り、見たことを当時だれにも話さなかった。」しかしペトロが晩年に、このことを公に書き記しています。ペトロの手紙(二)1章16節以下、437ページ上段。「夜が明け、明けの明星(イエス・キリスト)があなた方の心の中に昇るとき(キリストの再臨?)まで暗いところに輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していて下さい。」
そしてコリントの信徒への手紙(二)3章18節。(私たちもそうなる)、私たちも天国で輝かせていただく。アーメン。
(説教) 本日は、「初めて聞く方に分かる聖書の話礼拝」第82回です。説教題は「山上で輝くキリスト」です。小見出しは「イエスの姿が変わる」です。
直前の個所でイエス・キリストは十二人の弟子たちを戒め、最も重要なことを打ち明け始められました。「人の子(御自分)は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」さらにイエス様の弟子として生きる道を説かれました。「私について来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」
このような厳しい話をなさったしばらく後のことが、今日の場面に記されています。28節「この話をしてから八日ほどたったとき、イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブだけを連れて、祈るために山に登られた。」ルカによる福音書の重要な特徴の一つは、「祈るイエス様」のお姿を多く紹介していることです。誰でもハイキングなどでちょっとした山登りをしても感じるのは、下界に比べて空気がおいしく、心身共にリフレッシュされることです。山は高いので、それだけ天に近い、神様のおられる所に近いと言えます。聖書でも山は重要です。本日も登場するモーセは、シナイ山で、神様から尊い十戒が刻まれた二枚の板を授かったのです。イエス様が山に登られたのは、祈るためです。この山は、タボル山とも、はるかに高くてフィリポ・カイザリアの近くにある(時に雪も被る)ヘルモン山とも言われます。一番弟子ペトロ、そしてヨハネ、ヤコブの兄弟だけが同行を許されました。この三人は、イエス様に特に信頼されていた弟子たちです。十字架の前夜のゲツセマネの祈りにも、この三名が同行しています。
32節に「ペトロと仲間はひどく眠かった」とあるので、これは夜の出来事です。深夜の出来事かもしれません。29節「祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。」イエス様の服もまばゆい純白に輝いたに違いありません。栄光の天国が降って来たような、考えられないほどすばらしい光景です。先日水曜日の祈祷会で、マタイによる福音書の同じ場面を読みましたが、そこにはイエス様の顔が太陽のように輝いたと書かれています。マタイの方の「変わる」という言葉は、元のギリシア語は「変態した」と訳せる言葉で、昆虫などがなす変態という言葉の語源と考えられます。芋虫が美しい蝶に大変身して羽ばたくシーンを連想するとよいのです。「みにくいアヒルの子」が白鳥に大変身して羽ばたく様子を思い浮かべるとよいのです。地上では普通の人間の姿のイエス様が、地上に来られる前の天国では、このような栄光の姿に輝いておられたです。そして将来、神の国を完成なさるために天からもう一度来られる再臨の時、この栄光に輝く姿で来られるのです。本日のルカによる福音書の「変わる」も同じ言葉かと思って確かめたら、違う言葉でしたので、あえてマタイの同じ個所のお話も致しました。
この栄光に輝くイエス様を思う時、私はコリントの信徒への手紙(二)4章8節を思い出します。「闇から光が輝き出よと命じられた神は、私たちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えて下さいました。」
30節「見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。旧約聖書を代表する形で、何とモーセとエリヤが栄光に包まれて現れました。二人ともイエス様の時代よりはるかに昔の信仰のリーダーです。モーセは120才で死に、神様によってモアブの地にある谷に葬られましたが、旧約聖書の申命記34章は、「誰も彼が葬られた場所を知らない」と記します。モーセは確かに死にましたが、天国に入って生きていたし、今も天国で生きています。預言者エリヤは、火の馬に引かれた火の戦車に乗って、嵐の中を天に上って行きました。地上では死ななかったのです。そのまま生きて天国にいて、この時モーセと共にイエス様に会いに地上に降りて来ました。今も天国でエリヤは生きているに違いありません。モーセとエリヤは天の栄光に包まれて現れたのですが、イエス様を信じて地上の人生を終えられた方々も、モーセとエリヤと同じで、今は天の栄光に包まれて輝いて、神様を讃美しておられると、私たちは確信致します。
はるか昔に地上を去ったモーセとエリヤが生きて出現するとは、本当に驚くべき場面です。31節「二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。」モーセとエリヤとイエス様という偉大な三人の話し合いのテーマは、「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期」のことだったのです。旧約聖書を代表するモーセとエリヤにとっても、イエス様の十字架の死こそが、関心の中心なのです。これは旧約聖書が、イエス・キリストの十字架と復活を目指す書物であることを示します。旧約聖書にイエス様は登場しませんが、旧約聖書の隠れた中心テーマも、実はイエス・キリストの十字架の死と復活であることが、モーセとエリヤが出現してイエス様と語り合っていることによって示されています。
「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期」の「最期」という言葉は、元のギリシア語で「エクソドス」です。エクソドスは直接には、「この世を去る」「この世からの脱出」つまり死ぬことですから、「最期」と訳されています。ある解説書では、このエクソドス(脱出)は、「イエス様が受難、死去、復活、昇天によって現世から離れることを指す」とあり、そう読むとこの脱出は、十字架の死のみならず、その後の復活、昇天まで指すことになります。つまり単なる死ではなく、その後の復活、昇天という一連の救いの出来事を含みます。
私たちが同時に思い浮かべるのは、旧約聖書の出エジプト記が英語でエクソダスであることです。出エジプトのリーダーはもちろん、ここに登場するモーセです。旧約聖書のエクソダス、出エジプトは、神の民イスラエルの、エジプトでの奴隷生活からの脱出です。そして今、イエス様がエルサレムで十字架にかかって最期を遂げよう、エクソダス(第二の出エジプト)を達成しようとしておられる。それはイエス様の十字架の死(私たちの全ての罪の責任を身代わりに背負った)と復活によって、私たちを罪とその結果の死から脱出させて下さる救いの出来事です。そうです。イエス様がご自分の十字架の犠牲の死と復活によって、私たちを罪とその結果の死と、そして律法と神の怒りと悪魔の支配(以上の5から)脱出させて下さる。それがエルサレムで遂げようとしておられる最期、エクソドスにほかなりません。これこそ神の子イエス様の最も重要な使命であることを、モーセとエリヤが確認しています。
32~33節「ペトロと仲間はひどく眠かった(口語訳「熟睡していた」、聖書協会共同訳「眠りこけていた」)が、じっとこらえていると、栄光に輝くイエスと、そばに立っている二人の人が見えた。その二人がイエスから離れようとしたとき、ペトロがイエスに言った。『先生、私たちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。』ペトロは、自分でも何を言っているのか、分からなかったのである。」ペトロは、このようなおっちょこちょいの部分があるので、教会の歴史でも愛されてきたと思います。八日前にイエス様が十字架のことを初めて語られたので、弟子たちの心に不安と恐れが入り込んでいましたが、このすばらしい体験をプレゼントすることで、イエス様は彼らの心に平安を与えて下さいました。やがて来る神の国・天国がどんなにすばらしく栄光に輝いているかを体験させることで、現実の困難に負けない励ましを与えて下さいました。
34節「ペトロがこう言っていると、雲が現れて彼らを覆った。彼ら(モーセとエリヤ)が雲の中に包まれていくので、弟子たちは恐れた。」雲は、神の出現を表します。雲を聖霊のシンボルととらえる人もいます。父なる神様は完全に聖なる方、私たちは罪人(つみびと)です。罪人(つみびと)が神様を見ると死ぬということが、聖書の世界であります。神様に出会うことは、気楽なことではなく、息を呑むような体験です。そこで弟子たちは恐れました。私たちは、イエス・キリストを通してならば、安心して父なる神様に近づくことができます。
35節「すると、『これは私の子、選ばれた者。これに聞け』という声が雲の中から聞こえた。」父なる神様の御声が聞こえたのです。イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになった時も、父なる神様の御声が聞こえました。その時の御声は、「あなた(イエス様)は私の愛する子、私の心に適う者」という御声でした。似た内容です。ということは、本日の場面も、イエス様が洗礼を受けられた場面に匹敵するほど重要な場面だということです。今日の場面の父なる神様の御声は、本日の旧約聖書イザヤ書42章1節に源があると言われます。ここで語られる「主の僕(しもべ)」は、明らかにイエス・キリストを指します。「見よ、わたし(父なる神様)の僕、私が選び、喜び迎える者を。彼の上に私の霊は置かれ、彼は国々の裁きを導き出す。彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。傷ついた葦を折ることなく(弱っている人をいたわる。ここが大切!)、暗くなってゆく灯心を消すことなく(弱くなっている人をサポートする)、裁き(正義)を導き出して、確かなものとする。暗くなることも、傷つき果てることもない。この地に裁きを置くときまでは。島々は彼の教えを待ち望む。」
36節「その声がした時、そこにはイエスだけがおられた。弟子たちは沈黙を守り、見たことを当時だれにも話さなかった。」しかしペトロが晩年に、このことを公に書き記しています。ペトロの手紙(二)1章16節以下、437ページ上段。「夜が明け、明けの明星(イエス・キリスト)があなた方の心の中に昇るとき(キリストの再臨?)まで暗いところに輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していて下さい。」
そしてコリントの信徒への手紙(二)3章18節。(私たちもそうなる)、私たちも天国で輝かせていただく。アーメン。
2025-07-13 2:43:54()
「キリストに従って、永遠の命に至る」2025年7月13日(日)聖霊降臨節第6主日礼拝
(ルカによる福音書9:18~27)
イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは答えた。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『だれか昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシアです。」イエスは弟子たちを戒め、このことをだれにも話さないように命じて、次のように言われた。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。確かに言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国を見るまでは決して死なない者がいる。」
(説教) 本日は、聖霊降臨節第6主日公同礼拝です。説教題は「キリストに従って、永遠の命に至る」です。
最初の小見出しは、「ペトロ、信仰を言い表す」です。最初の18節「イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、『群衆は、わたしのことを何者だと言っているか』とお尋ねになった。弟子たちは答えた。『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに『エリヤだ』と言う人も、『誰か昔の預言者が生き返ったのだ』という人もいます。」イエス様がひとりで祈っておられた時に、弟子たちとこの問答をなさいました。ひとりで祈っておられたイエス様は、ご自分の使命が十字架にかかることにあることを、明確に自覚しておられます。
この頃イエス様は、人々が目を見張る働きをしておられたので、注目の的となっておられました。少し前に殺された洗礼者ヨハネだと言う人もいました。洗礼者ヨハネが生き返ったと言いたかったのでしょう。旧約聖書の偉大な預言者エリヤだと言う人もいました。エリヤは再来すると旧約最後の書マラキ書に約束されています。エリヤは洗礼者ヨハネとして再来しました。「誰か昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいました。この時代、多くのイスラエル人のファリサイ派の人々などは、死者の復活を信じていました。それで「昔の預言者が復活なさったのがイエス様だ」と、主張する人々も出たのでしょう。
このような世間の評判はともかくとして、イエス様はペトロに問われます。「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシア(救い主)です。」これは、神様がペトロにお与えになった正しい信仰の告白です。コリントの信徒への手紙(一)12章3節に「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです。」ペトロも、おそらく聖霊を受けて「神からのメシア(救い主)です」と告白したのだと思います。このペトロの信仰告白の内実を、中身を、イエス様がこの後、深めて下さいます。
次の小見出しは「イエス、死と復活を予告する」です。21節「イエスは弟子たちを戒め、このことをだれにも話さないように命じて、次のように言われた。『人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。』」「必ず」は、よく申し上げる通り、元のギリシア語で「デイ」という小さな言葉で、必然・神の必然を表す言葉です。イザヤ53。
「人の子」は、イエス様ご自身ですが、元々は旧約聖書のダニエル書7章に登場する存在で、将来「王の王、主の主」になる方です。「見よ、人の子のような者が天の雲に乗り、「日の老いたる者」(神様)の前に来て、そのもとに進み、権威、威光、王権を受けた。諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え、彼の支配はとこしえに続き、その統治は滅びることがない。」イエス・キリストこそ、この「人の子」ですね。
ですからイエス・キリストは、ご自分のことを「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている」と語られました。このことを誰にも話さないように言われました。話してもまだ誰にも理解できないからではないでしょうか。この時代の多くのイスラエル人は、民衆の先頭に立ってローマ帝国と戦い、ローマ帝国からイスラエル民族を解放してくれる軍事的・政治的リーダーとしてのメシア(救い主)を待望していたと聞きます。人々は、人の長年の病気を癒したり、死者を生き返らせたり、男だけで五千人の群衆を満腹にして下さるイエス様を見て、この方を指導者に押し立てれば、長年の民族の希望が叶う、ローマ帝国の支配から解放されると望みを抱き始めていたでしょう。しかしイエス様には、その期待に応える気持ちは、全くありませんでした。十字架に向かう決心を固めておられるのです。
23~24節「それから、イエスは皆に言われた。『わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたし従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。』」イエス様が十字架の死を予告された最初。弟子になる三条件。 これがキリスト者の生き方そのものです。自分の十字架とは、自分に与えれた試練であったり、自分に与えられた責任や務めを指すと思います。もちろん、イエス・キリストが私たちの全てを、イエス様の十字架で背負って下さったことが、私たちを下から支えています。イエス様は、全世界の全時代の全地域の全員の罪を背負って十字架に架かられたのですから、その重さは想像もできません。それはもちろん物理的な重さのことではありません。全員の全部の罪の重さです。イエス様の十字架に比べれば、私たちに与えられた十字架は小さいと言えます。もちろん自分にとって非常に重いと感じられますが、しかしイエス様が共に背負って下さるので、何とかかんとか、背負うことができるのではないでしょうか。もちろん信仰の友も応援して下さると思います。自分の十字架を背負って、イエス様に従って生きると、行き着く先は天国・永遠の命です。
25節「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」全世界の権力とお金を手に入れても、天国に入ることができなかったら、意味がありません。16世紀の日本に初めてイエス・キリストを伝えたとフランシスコ・ザビエルも、イエス様のこの御言葉に深い感銘を受け、インドでも日本でもこの御言葉を繰り返し語ったそうです。「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」極端な例を挙げれば、豊臣秀吉は、晩年にキリシタンを迫害し、26人の長崎で死刑にしました。天下統一し、さらに朝鮮半島を二度も侵略し、多くの人を死に至らしめ、大阪城は金銀に満ちていたそうです。しかし天国に入ったとは考えにくいですね。彼の辞世の歌は、「露と落ち、露と消へにしわが身かな」で始まります。露のように消えて行くと歌っていると読め、滅びて行くと歌っていると読めます。大阪城を金銀で満たしたけれども、天国に入れなかったとすれば、空しかったことになります。彼が殺した26人は、天国に入りました。これも極端な例ですが、ヒットラーの人生も無意味を通り越して有害でした。野心に満ちた人で、戦争を始めて最初のうちは連戦連勝で領土を拡大したのですが、最後は降伏に追い詰められ、命を絶っています。多くの人に大迷惑をかけて一時的にこの世の栄光に浸りましたが、それも滅び、天国に入ったとは思えません。使徒パウロは、コリントの信徒への手紙(一)7章31節で、「この世の有様は過ぎ去る」と言っています。もちろんこの世の人生を、責任をもって生きることは重要です。しかしこの世の人生は永遠ではないので、神の国に入ることができるように心がけて生きることが大切になると思います。
26節「わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。」イエス様の弟子であることは、初代教会の時代、嘲笑され、嘲笑われることでした。十字架で惨めに死なれた方は、世間の常識では人生の敗北者です。人生の敗北者を救い主と崇めることは、最も愚かなことでした。ですから、使徒パウロはあえて言っています。ローマの信徒への手紙1章16節です。「私は福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」この場合、福音を十字架と読み替えることができます。「私は十字架を恥としない。イエス・キリストの十字架の死を恥としない。十字架は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人(異邦人)にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」世間の常識では十字架の死は大恥です。パウロ自身も、クリスチャンになる前はそう思っていたでしょう。世間では、人の上に立ち、成功することがよしとされるからです。それが常識です。その常識が支配する中で、パウロはあえてその逆に、イエス様の十字架の死こそ真の勝利だと主張します。「私は福音(十字架)を恥としない。十字架には、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人(異邦人)にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」
100年ほど前でしょうか、日本の北陸に、クリスチャンを揶揄する(からかう、馬鹿にする)こんな歌があったそうです。「耶蘇(クリスチャン)の弱虫は、ハリツケ拝んで涙を流す。」耶蘇は、ハリツケになったイエスという男を拝む弱虫だ、という嘲りです。ある意味、クリスチャンの本質を言い当てています。但し弱虫だということはありません。しかし、十字架につけられたイエス様を拝んで、感謝の涙を流すことは本当です。私たちは、十字架につけられたイエス様を恥と思いません。紀元200年代の初めに、ローマのある丘にあった建物の壁か何かに落書きされた絵が残っていて、その写真を見ました。イエス様とクリスチャンを揶揄する落書きの絵と思われます。頭がろばの男が十字架につけられていて(イエス様と思われる。頭がろばなのは、イエス様がろばに乗られたからかもしれない)、あるクリスチャンの男性が、十字架につけられた男を礼拝している落書きです。「神を拝むアレクサメノス」との添え書きがあります。つまり十字架につけられたイエス様を拝むクリスチャン男性を揶揄する落書きです。このように、十字架で死なれたイエス様を礼拝するクリスチャンは。あざ笑われたのです。
しかし私たちは、どんなにあざ笑われても、十字架につけれれたイエス様を恥じません。むしろその逆で、パウロがガラテヤの信徒への手紙6章14節で語る通り、「この私には、私たちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはな」らないのです。ルカに戻って、26節「わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。」私たちは、イエス様とイエス様の御言葉を決して恥ません。
27節「確かに言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国を見るまでは決して死なない者がいる。」当時はすぐキリストが再臨すると考えられた。キリストの復活を目撃するの意味か。あるいは次の小見出し「イエスの姿が変わる」の箇所を指すか。
イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは答えた。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『だれか昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシアです。」イエスは弟子たちを戒め、このことをだれにも話さないように命じて、次のように言われた。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。確かに言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国を見るまでは決して死なない者がいる。」
(説教) 本日は、聖霊降臨節第6主日公同礼拝です。説教題は「キリストに従って、永遠の命に至る」です。
最初の小見出しは、「ペトロ、信仰を言い表す」です。最初の18節「イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、『群衆は、わたしのことを何者だと言っているか』とお尋ねになった。弟子たちは答えた。『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに『エリヤだ』と言う人も、『誰か昔の預言者が生き返ったのだ』という人もいます。」イエス様がひとりで祈っておられた時に、弟子たちとこの問答をなさいました。ひとりで祈っておられたイエス様は、ご自分の使命が十字架にかかることにあることを、明確に自覚しておられます。
この頃イエス様は、人々が目を見張る働きをしておられたので、注目の的となっておられました。少し前に殺された洗礼者ヨハネだと言う人もいました。洗礼者ヨハネが生き返ったと言いたかったのでしょう。旧約聖書の偉大な預言者エリヤだと言う人もいました。エリヤは再来すると旧約最後の書マラキ書に約束されています。エリヤは洗礼者ヨハネとして再来しました。「誰か昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいました。この時代、多くのイスラエル人のファリサイ派の人々などは、死者の復活を信じていました。それで「昔の預言者が復活なさったのがイエス様だ」と、主張する人々も出たのでしょう。
このような世間の評判はともかくとして、イエス様はペトロに問われます。「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシア(救い主)です。」これは、神様がペトロにお与えになった正しい信仰の告白です。コリントの信徒への手紙(一)12章3節に「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです。」ペトロも、おそらく聖霊を受けて「神からのメシア(救い主)です」と告白したのだと思います。このペトロの信仰告白の内実を、中身を、イエス様がこの後、深めて下さいます。
次の小見出しは「イエス、死と復活を予告する」です。21節「イエスは弟子たちを戒め、このことをだれにも話さないように命じて、次のように言われた。『人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。』」「必ず」は、よく申し上げる通り、元のギリシア語で「デイ」という小さな言葉で、必然・神の必然を表す言葉です。イザヤ53。
「人の子」は、イエス様ご自身ですが、元々は旧約聖書のダニエル書7章に登場する存在で、将来「王の王、主の主」になる方です。「見よ、人の子のような者が天の雲に乗り、「日の老いたる者」(神様)の前に来て、そのもとに進み、権威、威光、王権を受けた。諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え、彼の支配はとこしえに続き、その統治は滅びることがない。」イエス・キリストこそ、この「人の子」ですね。
ですからイエス・キリストは、ご自分のことを「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている」と語られました。このことを誰にも話さないように言われました。話してもまだ誰にも理解できないからではないでしょうか。この時代の多くのイスラエル人は、民衆の先頭に立ってローマ帝国と戦い、ローマ帝国からイスラエル民族を解放してくれる軍事的・政治的リーダーとしてのメシア(救い主)を待望していたと聞きます。人々は、人の長年の病気を癒したり、死者を生き返らせたり、男だけで五千人の群衆を満腹にして下さるイエス様を見て、この方を指導者に押し立てれば、長年の民族の希望が叶う、ローマ帝国の支配から解放されると望みを抱き始めていたでしょう。しかしイエス様には、その期待に応える気持ちは、全くありませんでした。十字架に向かう決心を固めておられるのです。
23~24節「それから、イエスは皆に言われた。『わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたし従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。』」イエス様が十字架の死を予告された最初。弟子になる三条件。 これがキリスト者の生き方そのものです。自分の十字架とは、自分に与えれた試練であったり、自分に与えられた責任や務めを指すと思います。もちろん、イエス・キリストが私たちの全てを、イエス様の十字架で背負って下さったことが、私たちを下から支えています。イエス様は、全世界の全時代の全地域の全員の罪を背負って十字架に架かられたのですから、その重さは想像もできません。それはもちろん物理的な重さのことではありません。全員の全部の罪の重さです。イエス様の十字架に比べれば、私たちに与えられた十字架は小さいと言えます。もちろん自分にとって非常に重いと感じられますが、しかしイエス様が共に背負って下さるので、何とかかんとか、背負うことができるのではないでしょうか。もちろん信仰の友も応援して下さると思います。自分の十字架を背負って、イエス様に従って生きると、行き着く先は天国・永遠の命です。
25節「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」全世界の権力とお金を手に入れても、天国に入ることができなかったら、意味がありません。16世紀の日本に初めてイエス・キリストを伝えたとフランシスコ・ザビエルも、イエス様のこの御言葉に深い感銘を受け、インドでも日本でもこの御言葉を繰り返し語ったそうです。「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」極端な例を挙げれば、豊臣秀吉は、晩年にキリシタンを迫害し、26人の長崎で死刑にしました。天下統一し、さらに朝鮮半島を二度も侵略し、多くの人を死に至らしめ、大阪城は金銀に満ちていたそうです。しかし天国に入ったとは考えにくいですね。彼の辞世の歌は、「露と落ち、露と消へにしわが身かな」で始まります。露のように消えて行くと歌っていると読め、滅びて行くと歌っていると読めます。大阪城を金銀で満たしたけれども、天国に入れなかったとすれば、空しかったことになります。彼が殺した26人は、天国に入りました。これも極端な例ですが、ヒットラーの人生も無意味を通り越して有害でした。野心に満ちた人で、戦争を始めて最初のうちは連戦連勝で領土を拡大したのですが、最後は降伏に追い詰められ、命を絶っています。多くの人に大迷惑をかけて一時的にこの世の栄光に浸りましたが、それも滅び、天国に入ったとは思えません。使徒パウロは、コリントの信徒への手紙(一)7章31節で、「この世の有様は過ぎ去る」と言っています。もちろんこの世の人生を、責任をもって生きることは重要です。しかしこの世の人生は永遠ではないので、神の国に入ることができるように心がけて生きることが大切になると思います。
26節「わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。」イエス様の弟子であることは、初代教会の時代、嘲笑され、嘲笑われることでした。十字架で惨めに死なれた方は、世間の常識では人生の敗北者です。人生の敗北者を救い主と崇めることは、最も愚かなことでした。ですから、使徒パウロはあえて言っています。ローマの信徒への手紙1章16節です。「私は福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」この場合、福音を十字架と読み替えることができます。「私は十字架を恥としない。イエス・キリストの十字架の死を恥としない。十字架は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人(異邦人)にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」世間の常識では十字架の死は大恥です。パウロ自身も、クリスチャンになる前はそう思っていたでしょう。世間では、人の上に立ち、成功することがよしとされるからです。それが常識です。その常識が支配する中で、パウロはあえてその逆に、イエス様の十字架の死こそ真の勝利だと主張します。「私は福音(十字架)を恥としない。十字架には、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人(異邦人)にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」
100年ほど前でしょうか、日本の北陸に、クリスチャンを揶揄する(からかう、馬鹿にする)こんな歌があったそうです。「耶蘇(クリスチャン)の弱虫は、ハリツケ拝んで涙を流す。」耶蘇は、ハリツケになったイエスという男を拝む弱虫だ、という嘲りです。ある意味、クリスチャンの本質を言い当てています。但し弱虫だということはありません。しかし、十字架につけられたイエス様を拝んで、感謝の涙を流すことは本当です。私たちは、十字架につけられたイエス様を恥と思いません。紀元200年代の初めに、ローマのある丘にあった建物の壁か何かに落書きされた絵が残っていて、その写真を見ました。イエス様とクリスチャンを揶揄する落書きの絵と思われます。頭がろばの男が十字架につけられていて(イエス様と思われる。頭がろばなのは、イエス様がろばに乗られたからかもしれない)、あるクリスチャンの男性が、十字架につけられた男を礼拝している落書きです。「神を拝むアレクサメノス」との添え書きがあります。つまり十字架につけられたイエス様を拝むクリスチャン男性を揶揄する落書きです。このように、十字架で死なれたイエス様を礼拝するクリスチャンは。あざ笑われたのです。
しかし私たちは、どんなにあざ笑われても、十字架につけれれたイエス様を恥じません。むしろその逆で、パウロがガラテヤの信徒への手紙6章14節で語る通り、「この私には、私たちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはな」らないのです。ルカに戻って、26節「わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。」私たちは、イエス様とイエス様の御言葉を決して恥ません。
27節「確かに言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国を見るまでは決して死なない者がいる。」当時はすぐキリストが再臨すると考えられた。キリストの復活を目撃するの意味か。あるいは次の小見出し「イエスの姿が変わる」の箇所を指すか。
2025-07-06 1:50:34()
「キリストのあふるる恩寵」2025年7月6日(日)聖霊降臨節第5主日礼拝
(ルカによる福音書9:1~17) イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。そして、神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わすにあたり、次のように言われた。「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落としなさい。」十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。
◆ヘロデ、戸惑う
ところで、領主ヘロデは、これらの出来事をすべて聞いて戸惑った。というのは、イエスについて、「ヨハネが死者の中から生き返ったのだ」と言う人もいれば、 「エリヤが現れたのだ」と言う人もいて、更に、「だれか昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいたからである。しかし、ヘロデは言った。「ヨハネなら、わたしが首をはねた。いったい、何者だろう。耳に入ってくるこんなうわさの主は。」そして、イエスに会ってみたいと思った。
◆五千人に食べ物を与える
使徒たちは帰って来て、自分たちの行ったことをみなイエスに告げた。イエスは彼らを連れ、自分たちだけでベトサイダという町に退かれた。群衆はそのことを知ってイエスの後を追った。イエスはこの人々を迎え、神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。「群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。」しかし、イエスは言われた。「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」彼らは言った。「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません、このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。」というのは、男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。
(説教) 本日は、聖霊降臨節第5主日公同礼拝です。説教題は「キリストのあふるる恩寵」です。
第1節「イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気を癒す力と権能をお授けになった。」イエス様の十二人の弟子たちが、イエス様からおそらく聖霊を豊かに注がれて、イエス様と同じような力(超自然的な力)を与えられて、神の国を広めるために、イスラエルの各地に遣わされました。伝道する者は、地上の全ての物質的なものから解放されて、霊的な事柄のみ、信仰のことだけに専念せよということです。肉体をもつ私たちには、これはそう簡単ではないと感じますが、イエス様をそれを求めておられます。この時は、後に裏切るイスカリオテのユダも、まだ悪魔に支配されていなかったのでしょうか、十二人の一人として、神の国を広めるために働いています。神の国とは、神の支配です。イエス様がおられる所に神の国・神の支配は来ます。イエス様に従う人がいる所にも、神の国・神の支配は来ています。この礼拝の場でもまさに神の国が実現しています。
2節「そして、神の国を宣べ伝え、病人を癒すために遣わすにあたり、次のように言われた。『旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。』」伝道旅行には、杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。徹底した指示です。4節「どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。」伝道者たちを迎え入れてくれる家がある。神様が備えて下さる。その家で、食事等は用意される。旧約聖書の偉大な預言者エリヤやエリシャもにて経験をしています。神様はエリヤに言われました。「シドンのサレプタに行き、そこに住め。私は一人のやもめに命じて、そこであなたを養わせる。エリヤは、そのやもめ(女主人)の家の階上の部屋で寝起きしたのです。エリヤの弟子エリシャも、シュネムという土地の裕福な婦人(夫がいる)の階上の小さな部屋に寝起きしていました。
カトリックの修道女や修道士になる方は、地上の財産を全て処分する手続きを行って修道院に入ると聞きました。この世の財産を全て捨てて修道院に入る。食事・衣服・住居等はカトリック教会が用意するのでしょうね。宗教改革を行ったマルティン・ルターは若い頃、修道士になるべく修道院に入りました。そこで清らかな生活をなすべく励んだのですが、間もなく修道院の中にいる人々にも罪があると気づき、最終的には修道院を出ます。そこでルターが目指した信仰生活は、修道院の中で清らかに生きようとするのではなく、この社会(世俗)の真っただ中で、イエス・キリストに従って清く生きようと志すことだったようです。それがプロテスタント教会の生き方になりました。この社会(世俗)のまっただ中で、誘惑の多い中で、誘惑と戦ってイエス・キリストに従う。その意味では、より厳しい生き方を選んだことになるのではないでしょうか。ルターはそうなのですが、しかし修道院が悪いとは言えないでしょう。現代でも多くの修道女や修道士は、世界の貧しい地域に派遣されて、礼拝・伝道・奉仕活動に専念しているらしいです。カトリック教会は、誰がどこに行っているとは原則公表しないので、その方々は、神様だけが知ってくださっていることだけが喜びとのスタンスでしょう。それはそれで立派な生き方であって、地上の財産は全て捨てて、イエス様の御言葉「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない」を、できるだけ実践しようとしているのだと思います。
この先の10章を見ると、イエス様はさらに72名を伝道に派遣しておられます。派遣に際して、イエス様はこう言われます。「どこかの家に入ったら、まず『この家に平和があるように』と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなた方の願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなた方に戻って来る。その家に泊まって、そこで出されるものを食べ、また飲みなさい。働く者が報酬を受けるのは当然だからである。家から家へと渡り歩くな。どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べ、その町の病人を癒し、また、『神の国はあなた方に近づいた』と言いなさい。」イエス様は、最初に12名を派遣なさったときも、同じ心構えを解かれたのだと思います。イエス様は、本日の箇所でさらに言われます。「誰もあなた方を迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落しなさい(これは抗議のしるし)。」そして12人は、出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至る所で福音を告げ知らせ、病気を癒した。」
72人が伝道から戻ってきたときに、喜んでこう言いました。「主よ、お名前を使うと、悪霊さえも私たちに屈服します。」するとイエス様は言われたのです。「私はサタン(悪魔)が稲妻のように天から落ちるのを見ていた。蛇やさそりをふみつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、私はあなた方に授けた。だから、あなた方に害を加えるものは何一つない。しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなた方の名が天に書き記されていることを喜びなさい。」12名の弟子たちも、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気を癒す力と権能を授けられました。すばらしいことですが、私たち人間はあまりすばらしい力を与えられると、簡単に思い上がります。それを警戒してイエス様は、「悪霊があなたがたに服従するからと言って、喜んではならない。むしろ、あなた方の名が天に書き記されていることを喜びなさい」と言われたのだと思います。
本日の2つめの小見出しは、「ヘロデ、戸惑う」です。7~8節「ところで、領主ヘロデは、これらの出来事をすべて聞いて戸惑った。というのは、イエスについて、「ヨハネが死者の中から生き返ったのだ」と言う人もいれば、 「エリヤが現れたのだ」と言う人もいて、更に、「だれか昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいたからである。」ガリラヤの領主へロデ・アンティパスです。イエス様の活動が評判になっており、人々はイエス様を高く評価し、イエス様に大きな期待をかけ始めていたのです。しばらく前にイスラエルで非常に力強い働きをした洗礼者ヨハネの生き返りに違いないと主張する人々が出ました。洗礼者ヨハネはこのへロデを非難したので、ヘロデの手で殺されたのです。イエス様を「エリヤの出現だ」と説く人々もいました。旧約聖書最後の書マラキ書3章23節で、神様ご自身が「見よ、私は大いなる恐るべき主の日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす」と約束しておられます。預言者エリヤの再来は洗礼者ヨハネです。「誰か昔の預言者が生き返ったのだ」と主張する人々も出ました。イスラエルの民は、昔の偉大な預言者エレミヤの再来も待望していたそうですから、偉大なエレミヤあるいはイザヤの再来と、イエス様を捉える人々もいました。しかしイエス様は、偉大なエリヤ、エレミヤ、イザヤの生き返りではなく、最も尊い神の子であられます。
へロデは言います。「ヨハネなら、私が首をはねた。一体何者だろう、耳に入ってくるこんなうわさの主は。」そして、イエスに会ってみたいと思った。」「ヨハネなら、私が首をはねた」という言い方は、悪を行ったという反省・悔い改めを全然していないことを意味すると思います。イエス様に会ってみたいと思っていますが。単なる好奇心からで、切実に救いを求めてではありません。イエス様は、このような人にご自分から会うことはなさいません。へロデの希望は、イエス様の十字架の直前に実現します。23章6節以下(157ページ)。へロデは、イエス様が何かしるし(奇跡)を行うのを見たいと望んでいました。しかし奇跡は見世物ではありません。切実に救いを求めているのでもない人に、イエス様は尊い奇跡を見せません。イエス様はへロデの尋問を全て無視しました。へロデを軽蔑していたからでしょう。へロデはその腹いせを行ったようです。「へロデも自分の兵士たちと一緒にイエスを嘲り、侮辱した挙句、派手な衣を着せてピラトに送り返した。この日。へロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。」これは真の友情ではありません。二人は悪い意味で政治家なので、イエス様を嫌うことで一致しました。あさましい一致です。彼らは利害が一致すれば、仲良くなり、利害が一致しなくなれば、すぐに仲が悪くなります。彼らは、イエス様に見限られています。
三つ目の小見出しは、「五千人に食べ物を与える」です。10節「使徒たちは帰って来て、自分たちの行ったことをみなイエスに告げた。イエスは彼らを連れ、自分たちだけでベトサイダという町に退かれた。」12名の弟子たち(使徒たち)は。村から村へ巡り歩いて福音(神の国)を宣べ伝え、病気を癒しました。体は疲れていたに違いありません。イエス様は彼らをねぎらい、ご自分たちだけでベトサイダという町に退かれました。しばしお祈りに専念して、父なる神様の安息を受けるために違いありません。
11~12節「群衆はそのことを知ってイエスの後を追った。イエスはこの人々を迎え、神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。『群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。』」しかしイエス様は言われます。「あなた方が彼らに食べ物を与えなさい。」弟子たちは驚いて言います。「私たちにはパン五つと魚二匹しかありません。このすべての人々のために、私たちが食べ物を買いに行かない限り。」しかしイエス様は、買いに行くことで解決せず、持てるものを分かち合うことで解決しようとなさいます。弟子たちは「パン五つと魚二匹しか」ないと言いますが、イエス様は「パンが五つもあり、魚が二匹もある」と言われるのではないでしょうか。そして愛は奇跡を生みます。私たちの小さな愛も、小さな奇跡を起こすことがあるのではないでしょうか。
「男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。」女性と子ども含めて1万5000人ほどいたかもしれません。一度に1万5000人に対応することは大変ですが、50人くらいずつの300グループに分ければ、少しは対応しやすくなります。12名で対応するので、一人が25グループに対応すればよいので、何とかなる感じになります。
「すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。」「賛美の祈りを唱えた」は、直訳では「祝福した」です。イエス様は祝福されたパンを裂いて、弟子たちに渡しました。近い将来、ご自分の体を十字架の上で裂くことを、明確に意識しておられたでしょう。私たちは今日もこの後、十字架で私たちのために体を裂かれたイエス様の体を指し示す聖餐式を行います。それによって、私たちを愛して十字架でご自分の肉体を裂かれたイエス様の愛を、実感したいと願います。
弟子たちの分かち合い(シェア)があり、イエス様の祝福が与えられて、男だけで五千人が満腹する愛の奇跡が起きました。お腹も心も、イエス様の愛で満たされたはずです。箴言10章22節に、こうあります。「人間を豊かにするのは主の祝福である。人間が苦労しても何も加えることはできない。」今の社会は「経済こそ全て」となっていないでしょうか。経済成長が一番大切という考え方が常識になってしまっています。この常識を否定する必要があります。お金より大切なものがある。神様、イエス様、家族、友人、愛、友情の方がお金より大切だ。すべてのものを分かち合うことこそ大切だ。世界には飢えている人々もおられますが、世界中の食物を平等に分け合えば、全員に行き渡ると聞きます。そうなっていないのは、お金持ちの国や地域の人々が、食べ物や資源を多く所有しているからだと聞きます。このような罪深い状態を早くやめて、世界中で平等に分かち合う世界に変わる必要があります。私ども夫婦が洗礼を受けた教会の青年会にUさんがおられましたが、五人兄弟の方で、ご両親が立派なクリスチャンで、いつも一つの大きなお皿に料理を盛りつけたそうです。兄弟が喧嘩しないで分け合って、互いに思いやり合って、独り占めしないで食べるように、食卓での信仰の教育をなさったのです。私は聞いて、とてもよいことだと感銘を受けました。コヘレトの言葉11章2節には、「七人と、八人とすら、分かち合っておけ」と記されています。
先週の水曜日午後から金曜日の午後まで、下里しおん保育園の年長児合宿に参加して参りました。山登りもあり、ちょっとしたサバイバルです。男だけで五千人の群衆がイエス様に養われた場面も、人里離れた食物のない場所ですから、なかなかのサバイバル状態だったと思います。私たちは大平ハウスという普通の家のような所に泊まり、保育園の調理担当者も来て下さり、朝昼晩と、野菜中心のおいしい食事を作って下さいました。食材は用意して行っているのですが、周りは山や川で、家はありますが、お店は近くにありません。ちょっとしたサバイバルなので、今日の群衆の気持ちが少し分かる感じでした。食事の前にお祈りするか、子ども讃美歌を歌います。「恵みの神様、今いただく食べ物を、主イエスの名によって感謝します。アーメン。」毎日の保育園での昼ご飯の前にも。これを歌っています。とてもよい讃美歌だと思います。
「残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。」物理的にはあり得ない奇跡です。しかし日本の格言「塵も積もれば山となる」を思い出してしまいます。パン屑は、神様の恵みですから「塵」と呼んでは、神様に失礼ですが。神の恵みを、ただの一粒も無駄にしてはいけないということでしょう。ある牧師の説教集『パン屑を集める心』。この心が大切なのですね。「数えてみよ、主の恵み」という聖歌を思い出しました。「数えてみよ、主の恵み。数えてみよ、主の恵み。数えよ、一つずつ。数えてみよ、主の恵み。」イエス・キリストの恵み一つ一つに感謝して、イエス様と共に歩んで参りたいのです。アーメン。
◆ヘロデ、戸惑う
ところで、領主ヘロデは、これらの出来事をすべて聞いて戸惑った。というのは、イエスについて、「ヨハネが死者の中から生き返ったのだ」と言う人もいれば、 「エリヤが現れたのだ」と言う人もいて、更に、「だれか昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいたからである。しかし、ヘロデは言った。「ヨハネなら、わたしが首をはねた。いったい、何者だろう。耳に入ってくるこんなうわさの主は。」そして、イエスに会ってみたいと思った。
◆五千人に食べ物を与える
使徒たちは帰って来て、自分たちの行ったことをみなイエスに告げた。イエスは彼らを連れ、自分たちだけでベトサイダという町に退かれた。群衆はそのことを知ってイエスの後を追った。イエスはこの人々を迎え、神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。「群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。」しかし、イエスは言われた。「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」彼らは言った。「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません、このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。」というのは、男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。
(説教) 本日は、聖霊降臨節第5主日公同礼拝です。説教題は「キリストのあふるる恩寵」です。
第1節「イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気を癒す力と権能をお授けになった。」イエス様の十二人の弟子たちが、イエス様からおそらく聖霊を豊かに注がれて、イエス様と同じような力(超自然的な力)を与えられて、神の国を広めるために、イスラエルの各地に遣わされました。伝道する者は、地上の全ての物質的なものから解放されて、霊的な事柄のみ、信仰のことだけに専念せよということです。肉体をもつ私たちには、これはそう簡単ではないと感じますが、イエス様をそれを求めておられます。この時は、後に裏切るイスカリオテのユダも、まだ悪魔に支配されていなかったのでしょうか、十二人の一人として、神の国を広めるために働いています。神の国とは、神の支配です。イエス様がおられる所に神の国・神の支配は来ます。イエス様に従う人がいる所にも、神の国・神の支配は来ています。この礼拝の場でもまさに神の国が実現しています。
2節「そして、神の国を宣べ伝え、病人を癒すために遣わすにあたり、次のように言われた。『旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。』」伝道旅行には、杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。徹底した指示です。4節「どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。」伝道者たちを迎え入れてくれる家がある。神様が備えて下さる。その家で、食事等は用意される。旧約聖書の偉大な預言者エリヤやエリシャもにて経験をしています。神様はエリヤに言われました。「シドンのサレプタに行き、そこに住め。私は一人のやもめに命じて、そこであなたを養わせる。エリヤは、そのやもめ(女主人)の家の階上の部屋で寝起きしたのです。エリヤの弟子エリシャも、シュネムという土地の裕福な婦人(夫がいる)の階上の小さな部屋に寝起きしていました。
カトリックの修道女や修道士になる方は、地上の財産を全て処分する手続きを行って修道院に入ると聞きました。この世の財産を全て捨てて修道院に入る。食事・衣服・住居等はカトリック教会が用意するのでしょうね。宗教改革を行ったマルティン・ルターは若い頃、修道士になるべく修道院に入りました。そこで清らかな生活をなすべく励んだのですが、間もなく修道院の中にいる人々にも罪があると気づき、最終的には修道院を出ます。そこでルターが目指した信仰生活は、修道院の中で清らかに生きようとするのではなく、この社会(世俗)の真っただ中で、イエス・キリストに従って清く生きようと志すことだったようです。それがプロテスタント教会の生き方になりました。この社会(世俗)のまっただ中で、誘惑の多い中で、誘惑と戦ってイエス・キリストに従う。その意味では、より厳しい生き方を選んだことになるのではないでしょうか。ルターはそうなのですが、しかし修道院が悪いとは言えないでしょう。現代でも多くの修道女や修道士は、世界の貧しい地域に派遣されて、礼拝・伝道・奉仕活動に専念しているらしいです。カトリック教会は、誰がどこに行っているとは原則公表しないので、その方々は、神様だけが知ってくださっていることだけが喜びとのスタンスでしょう。それはそれで立派な生き方であって、地上の財産は全て捨てて、イエス様の御言葉「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない」を、できるだけ実践しようとしているのだと思います。
この先の10章を見ると、イエス様はさらに72名を伝道に派遣しておられます。派遣に際して、イエス様はこう言われます。「どこかの家に入ったら、まず『この家に平和があるように』と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなた方の願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなた方に戻って来る。その家に泊まって、そこで出されるものを食べ、また飲みなさい。働く者が報酬を受けるのは当然だからである。家から家へと渡り歩くな。どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べ、その町の病人を癒し、また、『神の国はあなた方に近づいた』と言いなさい。」イエス様は、最初に12名を派遣なさったときも、同じ心構えを解かれたのだと思います。イエス様は、本日の箇所でさらに言われます。「誰もあなた方を迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落しなさい(これは抗議のしるし)。」そして12人は、出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至る所で福音を告げ知らせ、病気を癒した。」
72人が伝道から戻ってきたときに、喜んでこう言いました。「主よ、お名前を使うと、悪霊さえも私たちに屈服します。」するとイエス様は言われたのです。「私はサタン(悪魔)が稲妻のように天から落ちるのを見ていた。蛇やさそりをふみつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、私はあなた方に授けた。だから、あなた方に害を加えるものは何一つない。しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなた方の名が天に書き記されていることを喜びなさい。」12名の弟子たちも、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気を癒す力と権能を授けられました。すばらしいことですが、私たち人間はあまりすばらしい力を与えられると、簡単に思い上がります。それを警戒してイエス様は、「悪霊があなたがたに服従するからと言って、喜んではならない。むしろ、あなた方の名が天に書き記されていることを喜びなさい」と言われたのだと思います。
本日の2つめの小見出しは、「ヘロデ、戸惑う」です。7~8節「ところで、領主ヘロデは、これらの出来事をすべて聞いて戸惑った。というのは、イエスについて、「ヨハネが死者の中から生き返ったのだ」と言う人もいれば、 「エリヤが現れたのだ」と言う人もいて、更に、「だれか昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいたからである。」ガリラヤの領主へロデ・アンティパスです。イエス様の活動が評判になっており、人々はイエス様を高く評価し、イエス様に大きな期待をかけ始めていたのです。しばらく前にイスラエルで非常に力強い働きをした洗礼者ヨハネの生き返りに違いないと主張する人々が出ました。洗礼者ヨハネはこのへロデを非難したので、ヘロデの手で殺されたのです。イエス様を「エリヤの出現だ」と説く人々もいました。旧約聖書最後の書マラキ書3章23節で、神様ご自身が「見よ、私は大いなる恐るべき主の日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす」と約束しておられます。預言者エリヤの再来は洗礼者ヨハネです。「誰か昔の預言者が生き返ったのだ」と主張する人々も出ました。イスラエルの民は、昔の偉大な預言者エレミヤの再来も待望していたそうですから、偉大なエレミヤあるいはイザヤの再来と、イエス様を捉える人々もいました。しかしイエス様は、偉大なエリヤ、エレミヤ、イザヤの生き返りではなく、最も尊い神の子であられます。
へロデは言います。「ヨハネなら、私が首をはねた。一体何者だろう、耳に入ってくるこんなうわさの主は。」そして、イエスに会ってみたいと思った。」「ヨハネなら、私が首をはねた」という言い方は、悪を行ったという反省・悔い改めを全然していないことを意味すると思います。イエス様に会ってみたいと思っていますが。単なる好奇心からで、切実に救いを求めてではありません。イエス様は、このような人にご自分から会うことはなさいません。へロデの希望は、イエス様の十字架の直前に実現します。23章6節以下(157ページ)。へロデは、イエス様が何かしるし(奇跡)を行うのを見たいと望んでいました。しかし奇跡は見世物ではありません。切実に救いを求めているのでもない人に、イエス様は尊い奇跡を見せません。イエス様はへロデの尋問を全て無視しました。へロデを軽蔑していたからでしょう。へロデはその腹いせを行ったようです。「へロデも自分の兵士たちと一緒にイエスを嘲り、侮辱した挙句、派手な衣を着せてピラトに送り返した。この日。へロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。」これは真の友情ではありません。二人は悪い意味で政治家なので、イエス様を嫌うことで一致しました。あさましい一致です。彼らは利害が一致すれば、仲良くなり、利害が一致しなくなれば、すぐに仲が悪くなります。彼らは、イエス様に見限られています。
三つ目の小見出しは、「五千人に食べ物を与える」です。10節「使徒たちは帰って来て、自分たちの行ったことをみなイエスに告げた。イエスは彼らを連れ、自分たちだけでベトサイダという町に退かれた。」12名の弟子たち(使徒たち)は。村から村へ巡り歩いて福音(神の国)を宣べ伝え、病気を癒しました。体は疲れていたに違いありません。イエス様は彼らをねぎらい、ご自分たちだけでベトサイダという町に退かれました。しばしお祈りに専念して、父なる神様の安息を受けるために違いありません。
11~12節「群衆はそのことを知ってイエスの後を追った。イエスはこの人々を迎え、神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。『群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。』」しかしイエス様は言われます。「あなた方が彼らに食べ物を与えなさい。」弟子たちは驚いて言います。「私たちにはパン五つと魚二匹しかありません。このすべての人々のために、私たちが食べ物を買いに行かない限り。」しかしイエス様は、買いに行くことで解決せず、持てるものを分かち合うことで解決しようとなさいます。弟子たちは「パン五つと魚二匹しか」ないと言いますが、イエス様は「パンが五つもあり、魚が二匹もある」と言われるのではないでしょうか。そして愛は奇跡を生みます。私たちの小さな愛も、小さな奇跡を起こすことがあるのではないでしょうか。
「男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。」女性と子ども含めて1万5000人ほどいたかもしれません。一度に1万5000人に対応することは大変ですが、50人くらいずつの300グループに分ければ、少しは対応しやすくなります。12名で対応するので、一人が25グループに対応すればよいので、何とかなる感じになります。
「すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。」「賛美の祈りを唱えた」は、直訳では「祝福した」です。イエス様は祝福されたパンを裂いて、弟子たちに渡しました。近い将来、ご自分の体を十字架の上で裂くことを、明確に意識しておられたでしょう。私たちは今日もこの後、十字架で私たちのために体を裂かれたイエス様の体を指し示す聖餐式を行います。それによって、私たちを愛して十字架でご自分の肉体を裂かれたイエス様の愛を、実感したいと願います。
弟子たちの分かち合い(シェア)があり、イエス様の祝福が与えられて、男だけで五千人が満腹する愛の奇跡が起きました。お腹も心も、イエス様の愛で満たされたはずです。箴言10章22節に、こうあります。「人間を豊かにするのは主の祝福である。人間が苦労しても何も加えることはできない。」今の社会は「経済こそ全て」となっていないでしょうか。経済成長が一番大切という考え方が常識になってしまっています。この常識を否定する必要があります。お金より大切なものがある。神様、イエス様、家族、友人、愛、友情の方がお金より大切だ。すべてのものを分かち合うことこそ大切だ。世界には飢えている人々もおられますが、世界中の食物を平等に分け合えば、全員に行き渡ると聞きます。そうなっていないのは、お金持ちの国や地域の人々が、食べ物や資源を多く所有しているからだと聞きます。このような罪深い状態を早くやめて、世界中で平等に分かち合う世界に変わる必要があります。私ども夫婦が洗礼を受けた教会の青年会にUさんがおられましたが、五人兄弟の方で、ご両親が立派なクリスチャンで、いつも一つの大きなお皿に料理を盛りつけたそうです。兄弟が喧嘩しないで分け合って、互いに思いやり合って、独り占めしないで食べるように、食卓での信仰の教育をなさったのです。私は聞いて、とてもよいことだと感銘を受けました。コヘレトの言葉11章2節には、「七人と、八人とすら、分かち合っておけ」と記されています。
先週の水曜日午後から金曜日の午後まで、下里しおん保育園の年長児合宿に参加して参りました。山登りもあり、ちょっとしたサバイバルです。男だけで五千人の群衆がイエス様に養われた場面も、人里離れた食物のない場所ですから、なかなかのサバイバル状態だったと思います。私たちは大平ハウスという普通の家のような所に泊まり、保育園の調理担当者も来て下さり、朝昼晩と、野菜中心のおいしい食事を作って下さいました。食材は用意して行っているのですが、周りは山や川で、家はありますが、お店は近くにありません。ちょっとしたサバイバルなので、今日の群衆の気持ちが少し分かる感じでした。食事の前にお祈りするか、子ども讃美歌を歌います。「恵みの神様、今いただく食べ物を、主イエスの名によって感謝します。アーメン。」毎日の保育園での昼ご飯の前にも。これを歌っています。とてもよい讃美歌だと思います。
「残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。」物理的にはあり得ない奇跡です。しかし日本の格言「塵も積もれば山となる」を思い出してしまいます。パン屑は、神様の恵みですから「塵」と呼んでは、神様に失礼ですが。神の恵みを、ただの一粒も無駄にしてはいけないということでしょう。ある牧師の説教集『パン屑を集める心』。この心が大切なのですね。「数えてみよ、主の恵み」という聖歌を思い出しました。「数えてみよ、主の恵み。数えてみよ、主の恵み。数えよ、一つずつ。数えてみよ、主の恵み。」イエス・キリストの恵み一つ一つに感謝して、イエス様と共に歩んで参りたいのです。アーメン。
2025-06-28 22:05:54(土)
説教「キリストの大きな愛」2025年6月29日(日)聖霊降臨節第4主日礼拝
(ルカによる福音書8:40~56)
イエスが帰って来られると、群衆は喜んで迎えた。人々は皆、イエスを待っていたからである。そこへ、ヤイロという人が来た。この人は会堂長であった。彼はイエスの足もとにひれ伏して、自分の家に来てくださるようにと願った。十二歳ぐらいの一人娘がいたが、死にかけていたのである。イエスがそこに行かれる途中、群衆が周りに押し寄せて来た。ときに、十二年このかた出血が止まらず、医者に全財産を使い果たしたが、だれからも治してもらえない女がいた。この女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れると、直ちに出血が止まった。イエスは、「わたしに触れたのはだれか」と言われた。人々は皆、自分ではないと答えたので、ペトロが、「先生、群衆があなたを取り巻いて、押し合っているのです」と言った。しかし、イエスは、「だれかがわたしに触れた。わたしから力が出て行ったのを感じたのだ」と言われた。女は隠しきれないと知って、震えながら進み出てひれ伏し、触れた理由とたちまちいやされた次第とを皆の前で話した。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」
イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。この上、先生を煩わすことはありません。」イエスは、これを聞いて会堂長に言われた。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」イエスはその家に着くと、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、それに娘の父母のほかには、だれも一緒に入ることをお許しにならなかった。人々は皆、娘のために泣き悲しんでいた。そこで、イエスは言われた。「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った。イエスは娘の手を取り、「娘よ、起きなさい」と呼びかけられた。すると娘は、その霊が戻って、すぐに起き上がった。イエスは、娘に食べ物を与えるように指図をされた。娘の両親は非常に驚いた。イエスは、この出来事をだれにも話さないようにとお命じになった。
(説教) 本日は、聖霊降臨節第4主日公同礼拝です。説教題は「キリストの大きな愛」です。小見出し「ヤイロの娘とイエスの服に触れる女」です。
先週の個所には、イエス様がガリラヤ湖の南東のゲラサの地で、多くの悪霊に苦しめられていた異邦人の男性を救われた出来事が語られていました。イエス様がゲラサからイスラエルの地に戻って来られました。本日の御言葉では、イエス様による2つの大きな救いが記されています。
最初の40節から「イエスが帰って来られると、群衆は喜んで迎えた。人々は皆、イエスを待っていたからである。そこへヤイロという人が来た。この人は会堂長であった。彼はイエスの足もとにひれ伏して、自分の家に来て下さるようにと願った。十二歳ぐらいの一人娘がいたが、死にかけていたのである。」ヤイロはユダヤ人の礼拝の場所・会堂の責任者で、少し社会的地位のある人ですが、ここではプライドも何も捨てて、イエス様の前にひれ伏しています。一人娘が死にかけていることでヤイロは必死になっており、ただ必死にイエス様の前にひれ伏しました。ただ「私の家に来て娘を救ってほしい」の一念です。
「イエスがそこに行かれる途中、群衆が周りに押し寄せて来た。」満員電車のような状況でしょうか。ヤイロから見れば、「群衆よ、来ないでくれ。私の娘の所に急行して下さるイエス様の邪魔をしないでくれ」という気持ちでしょう。しかしすぐにはヤイロの願い通りになりません。43節「ときに、十二年このかた出血が止まらず、医者に全財産を使い果たしたが、だれからも治してもらえない女がいた。」この十二年間はヤイロにとっては、一人娘がだんだん成長する様子を見る嬉しい日々だったと思われます。それに完全に重なる十二年間が、この女性にとっては、出血が止まらないとても辛い日々でした。当時のイスラエルでは、このような出血は汚れ(けがれ)とされていました。
旧約聖書のレビ記15章19節に、こう書かれています。「女性の生理が始まったならば、七日間は月経期間であり、この期間に彼女に触れた人はすべて夕方まで汚れている。」25節以下にはこうあります。これが本日の女性に当てはまります。「もし、生理期間中でないときに、何日も出血があるか、あるいはその期間を過ぎても出血がやまないならば、その期間中は汚れており、生理期間中と同じように汚れる。この期間中に彼女が使った寝床は、生理期間中使用した寝床と同様に汚れる。また、彼女が使った腰掛けも月経による汚れと同様汚れる。また、これらの物に触れた人はすべて汚れる。その人は衣服を水洗いし、身を洗う。その人は夕方まで汚れている。」この汚れの規定は、旧約聖書の時代で終わっており、新約聖書の時代の今はこの規定に縛られてはいません。
この規定の時代の女性たちは、本当に大変だったと思います。本日の女性は、出血が十二年間も止まらなかったのですから、十二年間汚れた人として、人々から遠ざけられていたことになります。非常に深い孤独に苦しむ日々だったと思います。20年ほど前にNHKで、現代のイスラエルのサマリア人の生活が紹介されていました。家は私たちと全く同じ家です。その家の十八歳くらいの娘さんが、生理期間中でベッドに入っていました。娘さんは隔離されて、家族と別の部屋で過ごしているのです。一階からお母さんが来て、食事の入った入れ物を娘さんにポーンと投げるのです。娘さんが汚れている期間なので、娘さんにも触れず、ベッドにさえ触れない。レビ記の規定を21世紀の今も実践していました。
さて、本日の女性は医者に全財産を使い果たしたが、誰からも治してもらえませんでした。当時の医学の水準では、治すことができなかったのです。今なら治せるかもしれません。44節「この女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れると、直ちに出血が止まった。」直ちに止まったとは、驚くべき奇跡です。45節「イエスは、『私に触れたのは誰か』と言われた。人々は皆、自分ではないと答えたので、ペトロが、『先生、群衆があなたを取り巻いて、押し合っているのです』と言った。46節「しかし、イエスは。『誰かが私に触れた。私から力が出て行ったのを感じたのだ』と言われた。イエス様から、神の子の力が出て行って、この女性の出血が
完全に癒されました。群衆がイエス様を取り巻いて押し合っていて、結果的にイエス様に触れた人はいたかもしれませんが、イエス様に癒していただきたいとう切実な願いをもって触れた人は、この女性一人だったのだと思います。女性は後ろから触れました。謙遜な触れ方です。この女性は皆から汚れていると見られていたでしょうから、正面から行けば、イエス様にも嫌がられると思ったかもしれません。女性は、癒していただけばそれでよいので、感謝して喜んで、そのままそっと立ち去るつもりだったのではないかと思います。自分の名前等は隠したまま、立ち去るつもりでした。
しかし、イエス様は相手を探されました。相手と人格的な対話をなさるためです。女性は隠しきれないと知って、震えながら進み出てひれ伏し、触れた理由とたちまち癒された次第を皆の前で話しました。女性は、イエス様に「なぜ勝手に触ったか」と厳しく叱れると思っていたのでしょう。しかし叱られませんでした。却って、心のこもった御言葉を聴きました。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」癒されただけでなく、イエス様の愛の御言葉に触れて、女性は安心して帰ることができました。もう汚れていないので、家族や友人の元に安心して復帰できたと思います。
東久留米教会の会員でいらして今は天国におられる吉加江京司さんという画家の方がおられます。この方が、この場面と思われる場面を描いた絵画が、阿佐ヶ谷記教会の二階の祈祷室に掲げられています。横長さ90センチ、縦60センチくらいでしょうか。私は一昨日も阿佐ヶ谷教会に行く用事がありましたので、改めてじっくりその絵を拝見し、写真にも撮って来ました。その絵画では女性は地面にうつぶせになっており(この姿勢が、癒された後のひれ伏した姿勢をも表現しているのかもしれません)、顔を上げてすがるような眼でイエス様を見つめ、後ろから両手ででイエス様の服の房をつかんで、固く握りしめています。イエス様のお顔の表情は暗くて見えませんが、イエス様は振り向いて女性に眼差しを向けておられます。女性の目とイエス様の目が合っているようにも見えます。心と心の通じ合いが起こっっていると感じます。この二人の姿が、大きく描かれており、しかも女性が中心に描かれているように見えます。やや離れた背景に群衆の代表のように8名の姿があります。母親に手を引かれた子どもの姿もあります。
この作品がなぜ祈祷室に掲げられているのか、あえて考えてみますと、この女性が地面の上に身を横たえて、そこからイエス様の房を後ろから両手で固く握り締め、イエス様を見上げている姿が、「全身祈りの姿」と見ることもできるからではないかと、想像致します。それで祈祷室(祈祷会等に用いる部屋)にふさわしいと教会の方々が考えて下さったのではないかと思うのです。吉加江さんは多くの作品を残しておられると思いますが、このイエス様の服の房を両手で掴む女性とイエス様の姿の絵をお描きになったということは、この場面に深い感動を覚えらえたからであることは間違いないでしょう。
進みます。49節「イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。この上、先生を煩わすことはありません。」」ヤイロは、イエス様が女性を癒すのもよいけれども、一刻も早く私の家に来てほしいと願っていたに違いありません。手遅れになる前に、すぐに来てほしい。当然の願いです。私たち人間の世界では、手遅れということがあるのですから。そこにヤイロの希望を打ち砕く知らせが来ました。「お嬢さんは亡くなりました」というのです。しかし、イエス様には手遅れがないことが示されます。「イエスは、これを聞いて会堂長に言われた。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」「ただ信じれば、娘は救われる。」イエス様のこの約束の御言葉だけを握りしめて、ヤイロはイエス様と共に家に向かいます。
出エジプト記14章で、イスラエルの民がエジプト王ファラオの軍隊に追い詰められた時に似ています。イスラエルの民は恐怖に負けかかりました。モーセが民に言います。「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない。主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」その通り、神様ご自身がエジプト軍と戦って下さり、エジプト軍は壊滅し、イスラエルの民は救われました。「恐れてはならない。主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」イエス様もヤイロに、神様に信頼するように、イエス様を信頼するようにと求められました。ヤイロは、必死にイエス様の御言葉にしがみついて信頼したに違いありません。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」
東久留米教会に以前、斉藤ますさんという教会員がおられました。15年ほど前に天に召されました。私は時々、前沢のお宅を訪問していました。私には想像もできないほど、ご苦労に満ちた人生を送って来られたようです。お若い頃に(太平洋戦争前?)救世軍が太鼓を叩いて、讃美歌を歌って元気に伝道している様子を見て、「面白いなあ」と一緒に手を叩いて見物した思い出を語って下さいました。ご存じの方も多い讃美愛です。「ただ信ぜよ、ただ信ぜよ。信じる者は誰も、皆救われん!」イエス様の御言葉、「ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる」を聞いて、その話を思い出しました。
51節「イエスはその家に着くと、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、それに娘の父母のほかには、だれも一緒に入ることをお許しにならなかった。」ペトロ、ヨハネ、ヤコブの三人は、イエス様に特に信頼されていた弟子ですね。52節「人々は皆、娘のために泣き悲しんでいた。そこで、イエスは言われた。「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った。」私たちは自力で死に打ち勝つことができませんが、十字架で死なれて復活なさるイエス様は、死に勝利する力をお持ちです。イエス様にとって、父なる神様にとって、死は眠りと変わりません。しかし人々は、イエス様をあざ笑いました。使徒言行録17章を見ると、使徒パウロも、イエス様が復活なさったことを語るとアテネの人にあざ笑われたと書かれています。
54節「イエスは娘の手を取り、「娘よ、起きなさい」と呼びかけられた。」「起きよ」は「復活せよ」と訳すこともできます。「娘よ、復活せよ」と言われたとも言えます。55節「すると娘は、その霊が戻って、すぐに起き上がった。イエスは、娘に食べ物を与えるように指図をされた。」霊が戻って来たと書かれています。使徒言行録7章のステファノというクリスチャンの殉教の場面を読むと、ステファノが死の直前に、天のイエス様に向かって「主イエスよ、私の霊をお受け下さい」と言っています。ステファノはさらに、「主よ、この罪を彼ら(ステファノを殺す人々)に負わせないで下さい」と大声で叫んで、眠りについたと書かれています。ステファノの霊は天でイエス様によって受けとめられたのでしょう。地上で動かなくなった彼は、眠っているように見えました。私たちが死ぬ時も、天のイエス様が、私たちの霊を受けとめて下さると信じます。54節「娘の両親は非常に驚いた。」両親は感激して喜んだに違いありませんが、同時に非常に驚きました。私たちがその場にいても、そうでしょう。56節「イエスは、この出来事をだれにも話さないようにとお命じになった。」イエス様は、御自分が、ただ奇跡を起こす人として有名になることは望まれません。人々を愛して奇跡も起こされますが、十字架にかかって私たちの全部の罪の責任を背負いきることこそ、イエス様の最も重要な使命です。
「娘よ、起きなさい。」マルコ福音書5章のこの場面では、イエス様が語られらアラム語が、そのまま記されています。「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、私はあなたに言う。起きなさい」という意味である。口語訳聖書では「タリタ、クミ」です。こんな話を聞いたことがあります。ある牧師の方が、この場面がお好きで、イエス様の「タリタ、クミ」の御言葉に感動して、ご自分たちご夫婦に生まれた女の子さんに、「久美子さん」というお名前を付けたという話です。イエス様の御言葉から名付けたのですね。そういう方もおられる。本日のルカによる福音書の前半に深く感動なさった方もおられ、後半に感激した信仰者もおられます。2つの出来事は共に、イエス・キリストの大きな愛を示してやみません。私たちもこのようなイエス・キリストを、ますます愛して歩んで参りたいのです。アーメン。
イエスが帰って来られると、群衆は喜んで迎えた。人々は皆、イエスを待っていたからである。そこへ、ヤイロという人が来た。この人は会堂長であった。彼はイエスの足もとにひれ伏して、自分の家に来てくださるようにと願った。十二歳ぐらいの一人娘がいたが、死にかけていたのである。イエスがそこに行かれる途中、群衆が周りに押し寄せて来た。ときに、十二年このかた出血が止まらず、医者に全財産を使い果たしたが、だれからも治してもらえない女がいた。この女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れると、直ちに出血が止まった。イエスは、「わたしに触れたのはだれか」と言われた。人々は皆、自分ではないと答えたので、ペトロが、「先生、群衆があなたを取り巻いて、押し合っているのです」と言った。しかし、イエスは、「だれかがわたしに触れた。わたしから力が出て行ったのを感じたのだ」と言われた。女は隠しきれないと知って、震えながら進み出てひれ伏し、触れた理由とたちまちいやされた次第とを皆の前で話した。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」
イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。この上、先生を煩わすことはありません。」イエスは、これを聞いて会堂長に言われた。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」イエスはその家に着くと、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、それに娘の父母のほかには、だれも一緒に入ることをお許しにならなかった。人々は皆、娘のために泣き悲しんでいた。そこで、イエスは言われた。「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った。イエスは娘の手を取り、「娘よ、起きなさい」と呼びかけられた。すると娘は、その霊が戻って、すぐに起き上がった。イエスは、娘に食べ物を与えるように指図をされた。娘の両親は非常に驚いた。イエスは、この出来事をだれにも話さないようにとお命じになった。
(説教) 本日は、聖霊降臨節第4主日公同礼拝です。説教題は「キリストの大きな愛」です。小見出し「ヤイロの娘とイエスの服に触れる女」です。
先週の個所には、イエス様がガリラヤ湖の南東のゲラサの地で、多くの悪霊に苦しめられていた異邦人の男性を救われた出来事が語られていました。イエス様がゲラサからイスラエルの地に戻って来られました。本日の御言葉では、イエス様による2つの大きな救いが記されています。
最初の40節から「イエスが帰って来られると、群衆は喜んで迎えた。人々は皆、イエスを待っていたからである。そこへヤイロという人が来た。この人は会堂長であった。彼はイエスの足もとにひれ伏して、自分の家に来て下さるようにと願った。十二歳ぐらいの一人娘がいたが、死にかけていたのである。」ヤイロはユダヤ人の礼拝の場所・会堂の責任者で、少し社会的地位のある人ですが、ここではプライドも何も捨てて、イエス様の前にひれ伏しています。一人娘が死にかけていることでヤイロは必死になっており、ただ必死にイエス様の前にひれ伏しました。ただ「私の家に来て娘を救ってほしい」の一念です。
「イエスがそこに行かれる途中、群衆が周りに押し寄せて来た。」満員電車のような状況でしょうか。ヤイロから見れば、「群衆よ、来ないでくれ。私の娘の所に急行して下さるイエス様の邪魔をしないでくれ」という気持ちでしょう。しかしすぐにはヤイロの願い通りになりません。43節「ときに、十二年このかた出血が止まらず、医者に全財産を使い果たしたが、だれからも治してもらえない女がいた。」この十二年間はヤイロにとっては、一人娘がだんだん成長する様子を見る嬉しい日々だったと思われます。それに完全に重なる十二年間が、この女性にとっては、出血が止まらないとても辛い日々でした。当時のイスラエルでは、このような出血は汚れ(けがれ)とされていました。
旧約聖書のレビ記15章19節に、こう書かれています。「女性の生理が始まったならば、七日間は月経期間であり、この期間に彼女に触れた人はすべて夕方まで汚れている。」25節以下にはこうあります。これが本日の女性に当てはまります。「もし、生理期間中でないときに、何日も出血があるか、あるいはその期間を過ぎても出血がやまないならば、その期間中は汚れており、生理期間中と同じように汚れる。この期間中に彼女が使った寝床は、生理期間中使用した寝床と同様に汚れる。また、彼女が使った腰掛けも月経による汚れと同様汚れる。また、これらの物に触れた人はすべて汚れる。その人は衣服を水洗いし、身を洗う。その人は夕方まで汚れている。」この汚れの規定は、旧約聖書の時代で終わっており、新約聖書の時代の今はこの規定に縛られてはいません。
この規定の時代の女性たちは、本当に大変だったと思います。本日の女性は、出血が十二年間も止まらなかったのですから、十二年間汚れた人として、人々から遠ざけられていたことになります。非常に深い孤独に苦しむ日々だったと思います。20年ほど前にNHKで、現代のイスラエルのサマリア人の生活が紹介されていました。家は私たちと全く同じ家です。その家の十八歳くらいの娘さんが、生理期間中でベッドに入っていました。娘さんは隔離されて、家族と別の部屋で過ごしているのです。一階からお母さんが来て、食事の入った入れ物を娘さんにポーンと投げるのです。娘さんが汚れている期間なので、娘さんにも触れず、ベッドにさえ触れない。レビ記の規定を21世紀の今も実践していました。
さて、本日の女性は医者に全財産を使い果たしたが、誰からも治してもらえませんでした。当時の医学の水準では、治すことができなかったのです。今なら治せるかもしれません。44節「この女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れると、直ちに出血が止まった。」直ちに止まったとは、驚くべき奇跡です。45節「イエスは、『私に触れたのは誰か』と言われた。人々は皆、自分ではないと答えたので、ペトロが、『先生、群衆があなたを取り巻いて、押し合っているのです』と言った。46節「しかし、イエスは。『誰かが私に触れた。私から力が出て行ったのを感じたのだ』と言われた。イエス様から、神の子の力が出て行って、この女性の出血が
完全に癒されました。群衆がイエス様を取り巻いて押し合っていて、結果的にイエス様に触れた人はいたかもしれませんが、イエス様に癒していただきたいとう切実な願いをもって触れた人は、この女性一人だったのだと思います。女性は後ろから触れました。謙遜な触れ方です。この女性は皆から汚れていると見られていたでしょうから、正面から行けば、イエス様にも嫌がられると思ったかもしれません。女性は、癒していただけばそれでよいので、感謝して喜んで、そのままそっと立ち去るつもりだったのではないかと思います。自分の名前等は隠したまま、立ち去るつもりでした。
しかし、イエス様は相手を探されました。相手と人格的な対話をなさるためです。女性は隠しきれないと知って、震えながら進み出てひれ伏し、触れた理由とたちまち癒された次第を皆の前で話しました。女性は、イエス様に「なぜ勝手に触ったか」と厳しく叱れると思っていたのでしょう。しかし叱られませんでした。却って、心のこもった御言葉を聴きました。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」癒されただけでなく、イエス様の愛の御言葉に触れて、女性は安心して帰ることができました。もう汚れていないので、家族や友人の元に安心して復帰できたと思います。
東久留米教会の会員でいらして今は天国におられる吉加江京司さんという画家の方がおられます。この方が、この場面と思われる場面を描いた絵画が、阿佐ヶ谷記教会の二階の祈祷室に掲げられています。横長さ90センチ、縦60センチくらいでしょうか。私は一昨日も阿佐ヶ谷教会に行く用事がありましたので、改めてじっくりその絵を拝見し、写真にも撮って来ました。その絵画では女性は地面にうつぶせになっており(この姿勢が、癒された後のひれ伏した姿勢をも表現しているのかもしれません)、顔を上げてすがるような眼でイエス様を見つめ、後ろから両手ででイエス様の服の房をつかんで、固く握りしめています。イエス様のお顔の表情は暗くて見えませんが、イエス様は振り向いて女性に眼差しを向けておられます。女性の目とイエス様の目が合っているようにも見えます。心と心の通じ合いが起こっっていると感じます。この二人の姿が、大きく描かれており、しかも女性が中心に描かれているように見えます。やや離れた背景に群衆の代表のように8名の姿があります。母親に手を引かれた子どもの姿もあります。
この作品がなぜ祈祷室に掲げられているのか、あえて考えてみますと、この女性が地面の上に身を横たえて、そこからイエス様の房を後ろから両手で固く握り締め、イエス様を見上げている姿が、「全身祈りの姿」と見ることもできるからではないかと、想像致します。それで祈祷室(祈祷会等に用いる部屋)にふさわしいと教会の方々が考えて下さったのではないかと思うのです。吉加江さんは多くの作品を残しておられると思いますが、このイエス様の服の房を両手で掴む女性とイエス様の姿の絵をお描きになったということは、この場面に深い感動を覚えらえたからであることは間違いないでしょう。
進みます。49節「イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。この上、先生を煩わすことはありません。」」ヤイロは、イエス様が女性を癒すのもよいけれども、一刻も早く私の家に来てほしいと願っていたに違いありません。手遅れになる前に、すぐに来てほしい。当然の願いです。私たち人間の世界では、手遅れということがあるのですから。そこにヤイロの希望を打ち砕く知らせが来ました。「お嬢さんは亡くなりました」というのです。しかし、イエス様には手遅れがないことが示されます。「イエスは、これを聞いて会堂長に言われた。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」「ただ信じれば、娘は救われる。」イエス様のこの約束の御言葉だけを握りしめて、ヤイロはイエス様と共に家に向かいます。
出エジプト記14章で、イスラエルの民がエジプト王ファラオの軍隊に追い詰められた時に似ています。イスラエルの民は恐怖に負けかかりました。モーセが民に言います。「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない。主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」その通り、神様ご自身がエジプト軍と戦って下さり、エジプト軍は壊滅し、イスラエルの民は救われました。「恐れてはならない。主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」イエス様もヤイロに、神様に信頼するように、イエス様を信頼するようにと求められました。ヤイロは、必死にイエス様の御言葉にしがみついて信頼したに違いありません。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」
東久留米教会に以前、斉藤ますさんという教会員がおられました。15年ほど前に天に召されました。私は時々、前沢のお宅を訪問していました。私には想像もできないほど、ご苦労に満ちた人生を送って来られたようです。お若い頃に(太平洋戦争前?)救世軍が太鼓を叩いて、讃美歌を歌って元気に伝道している様子を見て、「面白いなあ」と一緒に手を叩いて見物した思い出を語って下さいました。ご存じの方も多い讃美愛です。「ただ信ぜよ、ただ信ぜよ。信じる者は誰も、皆救われん!」イエス様の御言葉、「ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる」を聞いて、その話を思い出しました。
51節「イエスはその家に着くと、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、それに娘の父母のほかには、だれも一緒に入ることをお許しにならなかった。」ペトロ、ヨハネ、ヤコブの三人は、イエス様に特に信頼されていた弟子ですね。52節「人々は皆、娘のために泣き悲しんでいた。そこで、イエスは言われた。「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った。」私たちは自力で死に打ち勝つことができませんが、十字架で死なれて復活なさるイエス様は、死に勝利する力をお持ちです。イエス様にとって、父なる神様にとって、死は眠りと変わりません。しかし人々は、イエス様をあざ笑いました。使徒言行録17章を見ると、使徒パウロも、イエス様が復活なさったことを語るとアテネの人にあざ笑われたと書かれています。
54節「イエスは娘の手を取り、「娘よ、起きなさい」と呼びかけられた。」「起きよ」は「復活せよ」と訳すこともできます。「娘よ、復活せよ」と言われたとも言えます。55節「すると娘は、その霊が戻って、すぐに起き上がった。イエスは、娘に食べ物を与えるように指図をされた。」霊が戻って来たと書かれています。使徒言行録7章のステファノというクリスチャンの殉教の場面を読むと、ステファノが死の直前に、天のイエス様に向かって「主イエスよ、私の霊をお受け下さい」と言っています。ステファノはさらに、「主よ、この罪を彼ら(ステファノを殺す人々)に負わせないで下さい」と大声で叫んで、眠りについたと書かれています。ステファノの霊は天でイエス様によって受けとめられたのでしょう。地上で動かなくなった彼は、眠っているように見えました。私たちが死ぬ時も、天のイエス様が、私たちの霊を受けとめて下さると信じます。54節「娘の両親は非常に驚いた。」両親は感激して喜んだに違いありませんが、同時に非常に驚きました。私たちがその場にいても、そうでしょう。56節「イエスは、この出来事をだれにも話さないようにとお命じになった。」イエス様は、御自分が、ただ奇跡を起こす人として有名になることは望まれません。人々を愛して奇跡も起こされますが、十字架にかかって私たちの全部の罪の責任を背負いきることこそ、イエス様の最も重要な使命です。
「娘よ、起きなさい。」マルコ福音書5章のこの場面では、イエス様が語られらアラム語が、そのまま記されています。「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、私はあなたに言う。起きなさい」という意味である。口語訳聖書では「タリタ、クミ」です。こんな話を聞いたことがあります。ある牧師の方が、この場面がお好きで、イエス様の「タリタ、クミ」の御言葉に感動して、ご自分たちご夫婦に生まれた女の子さんに、「久美子さん」というお名前を付けたという話です。イエス様の御言葉から名付けたのですね。そういう方もおられる。本日のルカによる福音書の前半に深く感動なさった方もおられ、後半に感激した信仰者もおられます。2つの出来事は共に、イエス・キリストの大きな愛を示してやみません。私たちもこのようなイエス・キリストを、ますます愛して歩んで参りたいのです。アーメン。