日本キリスト教団 東久留米教会

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2013-11-25 23:57:00(月)
「エジプト脱出」 2013年11月24日(日) 礼拝説教
朗読された聖書:出エジプト記12章29節~51節
ヨハネによる福音書19章31節~37節

「430年を経たちょうどその日に、主の部隊は全軍、エジプトの国を出発した。」
(出エジプト記12章41節)

 礼拝で出エジプト記を読むのは、約2ヶ月ぶりです。神様は、ご自分の民イスラエルをエジプトでの奴隷生活から解放しようと働いておられます。イスラエルの民はエジプトから解放されて、シナイ山で十戒を与えられ、真の神様と契約を結ぶことになります。ところがエジプト王ファラオが解放を拒否したので、神様はこれまでエジプトに9つの災いを下されました。そして神様は出エジプト記12章の前半で指導者モーセとその兄アロンにおっしゃいます。「今月の十日、イスラエルの民は家族ごとに傷のない一歳の雄の小羊を一匹用意しなければならない。~それを十四日まで取り分けておき、皆で夕暮れに屠り、その血を取って、小羊を食べる家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る。その夜、私はエジプトの国を巡り、人であれ家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。またエジプトのすべての神々に裁きを行う。あなたたちのいる家に塗った血を見たならば、私はあなたたちを過ぎ越す。私がエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者(滅ぼす天使でしょう)の災いはあなたたちには及ばない。」神様は、神様に逆らうエジプトを撃たれ、イスラエルの民を救われます。

 とうとうその時が来ました。これがエジプトへの第10の災い、最後の災い、最大の災いです。本日の最初の小見出しは、「初子の死」です。「真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起こった」(29~30節)。ファラオとエジプトの人々が、神様の再三の警告にもかかわらず心から悔い改めず、神様に従わなかったので、神様がとうとう非常に厳しい裁きを下されました。初子は、初めて生まれた子です。ファラオ自身の初子も撃たれて死にました。アメリカ映画『十戒』にもこの場面があります。ユル・ブリンナー(俳優)が扮するファラオの一人息子が死ぬのです。

映画の中でファラオは、鳥の頭をしたエジプトの黒い神の像(偶像)の両腕に息子を抱かせて言います。「ソーカー神よ、私はあなたにひざまずく。あなたがモーセの神より力を持っていることを示したまえ。私の息子の命を取り戻したまえ。私はあなたのためにピラミッドより偉大な神殿を建てましょう。」さらにこの偶像の前に頭を垂れて祈るのです。「暗闇の神よ、あなたはモーセの神より偉大でないということなのか。私があなたに懸命に訴えても、息子の命が戻って来ない。聞きたまえ! 私の息子はファラオになるはずだった。世界を治めるはずだった。私はモーセの神の力に対抗することができない。」こう言ってエジプトの偶像、偽物の神の無力さにあきらめを覚えます。ですがその後、妻に唆されて戦車隊を率いてモーセとイスラエルの民を攻撃するために出陣するのです。この場面は、エジプトの偶像、偽物の神の敗北と、真の神様の勝利を物語ります。

 映画では同じ頃、モーセが家族と共にいる家の中で語ります。「今夜、死の闇が過ぎ越し、明日私たちの上に自由の光が輝く。私たちがエジプトを出て行く時に。」エジプト人のすべての家で初子が死んだので、大きな叫びが起こりました。ファラオも人々もこのままでは自分たちも皆死ぬのではないかとパニックに陥り、ファラオは夜のうちにモーセを呼び出して、エジプトから出て行くようにせきたてます。「『さあ、私の民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい』」(31~32節)。こうして事態が急展開し、イスラエルの民は急いでエジプトを出ることになりました。民は慌しく、まだ酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担ぎました。神様は、エジプト人がイスラエルの民に好意を持つようになさったので、エジプト人はイスラエルの民に金銀の装飾品や衣類を渡してくれました。「彼らはこうして、エジプト人の物を分捕り物とした」(36節)と書かれています。私たちは分捕り物というと、奪い取ったようで抵抗を覚えますが、これはエジプト人が好意的に与えてくれた贈り物です。神様の恵みです。イスラエルの民が非常に長い間奴隷として酷使されたことを思えば、不当に取ったとは言えないでしょう。

 こうしてイスラエルの民は、先祖から430年間も滞在していた苦しみの地・エジプトをいよいよ出発します。紀元前1280年頃の出来事と考えられています。今から約3300年前です。喜びあふれる感激の場面です。映画『十戒』では、モーセが大きな杖を持って先頭に立ち、人々が希望に満ちて、意気揚々とエジプトを出て行きます。モーセが力強く述べます。「聞け、イスラエルよ。この日を記憶せよ。主の力強い御手があなた方を束縛から導き出す日を。」民が歓呼をもって応えます。「主が私たちの神。主は一人!」そして行進が開始されます。音楽も歓喜に満ちた威風堂々たる音楽です。多くの羊も一緒に進みます。乗り物の幌の中で一人の男の子が産声を上げます。助産婦が男性に「あなたに強い新しい男の子が生まれた」と祝福します。別の場所では高齢の男性が抱かれて、「自分にはもう力がない」と言います。すると約80年前に赤ちゃんモーセを、ナイル川から引き上げた前のファラオの娘がイスラエルの民に加わっていて、「私の車に乗ってはどう?」と言い、男性が持っていたいちじくの苗木について、「これを新しい地に植えましょう。子どもたちが食べるでしょう」と言います(映画の脚色)。

 「イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。一行は妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ60万人であった。そのほか、種々雑多な人々もこれに加わった。羊、牛など、家畜もおびただしい数であった」(37~38節)。妻子を含めると200万人以上になったことでしょう。東久留米市の人口の約20倍です。映画では、モーセが勇ましく出発する前に一人で、「荒れ野の中でどのようにして行くべき道を見出せばよいのでしょう。これだけの大人数にどのようにして水を与えればよいのでしょう」と主に祈ります。モーセには民の知らない内面の孤独な戦いがあったのでしょう。ですがモーセは意を決して、すべてを主に委ねて民の先頭に立って出発します。「イスラエルの人々が、エジプトに住んでいた期間は430年であった。430年を経たちょうどその日に、主の部隊は全軍、エジプトの国を出発した。その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために寝ずの番をされた。それゆえ、イスラエルの人々は代々にわたって、この夜、主のために寝ずの番をするのである」(40~42節)。神様が寝ずの番をされたということは、神様がイスラエルの民をいつも守っておられるということです。神様は私たちをも、昼も夜も守っていて下さいます。詩編121編4節を思い出します。
「見よ、イスラエルを見守る方は/ まどろむことなく、眠ることもない。 
主はあなたを見守る方/ あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。 
昼、太陽はあなたを撃つことがなく/ 夜、月もあなたを撃つことがない。」

 出エジプトした民に「種々雑多な人々」が加わっていたとありますが、これは他国人のようです。民数記11章を見ると、この人々が荒れ野の旅で不平不満を言ってエジプトを懐かしんだと書かれています。一部外国人が加わっていたことに、モーセの寛容さを見ます。神様はここでは多くのイスラエルの民と少しの外国人をエジプトから脱出させられましたが、今は世界のすべての人を、イエス・キリストの十字架の死と復活によって、罪と死から救いたいと願っておられます。映画『十戒』では、モーセがこう語って外国人が民に加わることを受け入れています。「誰でも神の憐れみを求める者は仲間だ。誰でも自由を渇き求める者は皆、私たちと共に行くことができる」と。

 次の小見出しは、「過越祭の規定」です。出エジプトの劇的な喜びから少し離れて、イスラエルの民が約束の地に入った時に、出エジプトを記念する重要な祭りである過越祭をどのように行うべきかが書かれています。 「『過越祭の掟は次の通りである。外国人は誰も過越の犠牲を食べることはできない。ただし、金で買った男奴隷の場合、割礼を施すならば、彼は食べることができる』」(43~44節)。割礼は、旧約聖書の時代の神様の民の男子であることのしるしです。そして46節「『一匹の羊は一軒の家で食べ、肉の一部でも家から持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。』」

この言葉を聞いて私たちは、新約聖書ヨハネによる福音書19章のイエス様の十字架の場面を連想します。ヨハネによる福音書19章は、イエス様こそ真の過越の小羊であると訴えています。31節から33節と見ると、十字架につけられた3人の足を折ることがポイントになっています。痛ましいことですが、足を折って死を早めるのです。「その日は準備の日(金曜日)で、翌日は特別の安息日(過越祭の第一日)であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。」イエス様の足を折らなかったことに、大きな意味があるのですね。36節に、「これらのことが起こったのは、『その骨は一つも砕かれない』という聖書の言葉(本日の出エジプト記12章46節)が実現するためであった」とあります。

ヨハネによる福音書は、イエス様こそ真の過越の小羊であられることを私たちに示します。洗礼者ヨハネは、ヨハネによる福音書1章29節でイエス様のことをこう告げます。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と。この世界の全時代のすべての罪、私たち一人一人のすべての罪を、十字架の死によって取り除いて下さる、本当にありがたい神の小羊がイエス様です。出エジプト記では、小羊の血を家の入口の二本の柱と鴨居に塗ると、その家を神様の裁きが通り過ぎました。イエス様の十字架の清い血潮は、世界の全員の罪を取り除く偉大な力を持っています。イエス様を救い主と信じ、告白するすべての人の上を、神様の聖なる審判が通り過ぎます。

私たち人間は全員、最後の審判を受けます。そのときの審判主は、子なる神イエス・キリストです。私たちはイエス様の十字架の血潮によって罪を赦されているので、最後の審判の時も安心です。私たちは旧約のイスラエルの民ではないので過越祭を行いませんが、イエス・キリストによる神の民ですので、聖餐式を行って、イエス様の十字架の死と復活による救いをしっかりと、魂と体に刻み込みます。「イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。」「これらのことが起こったのは、『その骨は一つも砕かれない』という聖書の言葉が実現するためであった。」これは本当に意味の深い聖句です。

 これから歌う讃美歌471番は「勝利を望み」という黒人(今はアフリカ系アメリカ人と呼ぶべきかもしれませんが)霊歌です。作詞者も作曲者もはっきり分かりません。非常に力があり、勇気を与えてくれる歌です。有名なマーティン・ルーサー・キング牧師たちがリードしたアメリカの1950年代、60年代の公民権運動(黒人差別をなくすための非暴力の運動)で繰り返し歌われたそうです。1963年に、この運動のシンボルとも言うべき「ワシントン大行進」が行われ、キング牧師が先頭に立って20万人がアメリカの首都ワシントンDCを行進し、キング牧師が有名な「私には夢がある」という演説を行いました。そのワシントン大行進でもこの歌が歌われたそうです。「ワシントン大行進」は1963年8月28日に行われ、同じ年の11月22日にケネディ大統領がダラスで暗殺され、5年後の1968年にキング牧師が39才で暗殺されています。「ワシントン大行進」とケネディ暗殺は今からちょうど50年前です。

 第1節の最初の歌詞は「勝利を望み」ですが、英語では「ウィーシャル オーヴァーカム」ですので、「私たちは乗り越える、克服する」ということです。ある人はこの歌は「敵をやっつけようというのでなく、友を勝ち取ろう」という歌だと述べます。「友を勝ち取ろう」とは、「敵を友に変えよう」ということでしょう。キング牧師の説教集『汝の敵を愛せよ』(新教出版社、1995年)の中で、キング牧師はリンカーンが、「私は自分の敵を友に変えてしまう時、敵を滅ぼしたことにはならないでしょうか」と語ったと書いています(77ページ)。そして「これが贖罪愛の力である」と書いています(同)。

2節の歌詞が胸を打ちます。
「恐れをすてて 勇んで進もう/ 闇に満ちた今日も。
 ああ、その日を信じて/ われらは進もう。」 

手をつないでこの歌を歌いながら行進する黒人の方々(奴隷の子孫であり、奴隷制度がなくなった後も差別を受けて来た方々)は、この歌詞に完全に共感して歌ったことでしょう。「恐れを捨てて、勇んで進もう/ 闇に満ちた今日も。」この歌は、苦難の中にある人を勇気づける力を持っています。イエス様はヨハネによる福音書16章33節で、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」と弟子たちを励まされました。このイエス様の御言葉とこの讃美歌は深く通じ合っています。

 キング牧師は現代(と言っても約50年前ですが)のモーセのように感じられます。キング牧師は非暴力の運動をリードしました。モーセも似ています。決してイスラエルの民に、エジプトで暴力革命を起こすことを促しませんでした。イスラエルの民は力で反乱を起こしてエジプトを脱出したのではなく、ただ神様の全能の御力に頼ってエジプトから脱出したのです。はっきり書かれていませんが、皆でひたすら祈り続けて出エジプトにたどり着いたと言えるのです。お金も武力も何もない人々が、ただ皆で長年ひたすら祈り続けた結果、出エジプトが現実になったのです。イスラエルの民が出エジプトしたときにはまだ「勝利を望み」の讃美歌はありませんでした。しかしイスラエルの人々は、この讃美歌の歌詞と同じ気持ちで互いに励まし合い、祈り合って、エジプトを脱出する日を待ち望んでいたと思うのです。キング牧師たちの運動も祈りの運動だったのでしょう。このことは私たちにも勇気を与えます。当たり前のことですが、祈りを軽く考えてはならないのですね。祈りには力があります。神様が私たちのどんな小さな祈りも聴いていて下さるからです。神様の御心に適う祈りは必ず実現します。

私は昨日、西東京教区の伝道協議会の二日目に参加しました。加藤常昭先生の講演を伺いました。心に残ったことの1つは、次のことです。1989年に中国で天安門事件が起こり多数の死傷者が出た時、ヨーロッパでは多くの人々が心を痛め、多くの教会でこのために祈祷会を行って犠牲者のために祈ったそうです。2004年のインド洋大津波で多くの犠牲者(22万人以上と言われます)が出た時も、ヨーロッパの多くの教会がこのための祈祷会を開き、犠牲者のために祈ったそうです。ヨーロッパの教会では、刑務所に入っている人々のためにもよく祈るそうです。政治的な弾圧を受けて、不当に刑務所に入れられている人々もいるのです(ヘブライ人への手紙13章3節参照)。代祷、執り成しの祈りです。特に苦難の中におられる方々と連帯し、その方々のために祈らせていただくことは、教会の大切な使命です。

私たちも思い新たにして、もう一度共に祈ることを始めましょう。祈りによって東久留米教会、そして世界のすべての教会が前進し、神様の栄光となりますように。今、被災のご苦労の中にある東北の方々、フィリピンの方々に、神様のたくさんの助けが届けられますように。アーメン(「真実に、確かに」)。

2013-11-19 15:22:31(火)
「それは極めて良かった」 2013年11月17日(日) 収穫感謝日・教会学校との合同礼拝 説教
朗読された聖書:創世記1章24節~31節

「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」
 (創世記1章31節)

 日本人宇宙飛行士の古川聡さんのお話が、しばらく前の朝日新聞に掲載されていました。宇宙から地球と見ると圧倒的な存在感があること、地球は絶妙のバランスによって存在しており私たち人間もその一部であること、この地球を大切にしなければいけないと思いを新たにしたこと、宇宙ステーションでは酸素を人工的に作らなければならないが、地球には作らなくても新鮮な空気があることに感激したこと、宇宙に行った最初は仲間と「あそこは日本だ」、「アメリカだ」、「ロシアだ」と自分の故郷の話をしていたが、地球全体がとても美しく地球が自分の故郷だと感じられるようになったこと、などを語っておられました。神様は、地球を多くの生き物と私たち人間が生きる場として、愛情をこめてお造りになったのです。

 旧約聖書の創世記第1章は、神様がこの世界をお造りになった様子を描きます。神様は第一日から第四日までかけて、光、大空、地、海、草、果樹を造られ、太陽と月を造られました。神様は五日目に、水に群がる生き物、空を飛ぶ翼を持つ鳥をお造りになりました。神様は水の生き物。空の鳥を祝福して言われます。「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」第五の日が終わりました。神様はこの世界をお造りになったことを喜んでおられます。

 そして六日目です。神様は地の上の生き物をお造りになりました。そして神様は世界を造るわざの最後に、満を持して人間をお造りになりました。「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。』神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(26~27節)。

 私たち人間は、神様に似ているのです。どこが似ているのでしょうか。父である神様には姿形はないので、姿形ではありません。愛することを知っているところが似ています。もちろん神様の愛は完全な愛で、私たち人間の愛はとても小さな愛です。ですが人間は不完全ながら愛することを知っています。そして言葉を持っていることです。神様は言葉を語られます。神様が「光あれ」とおっしゃると光ができたのです。私たちも言葉を持っています。神様の言葉に比べると不完全ですが、私たちも言葉を持っています。私たちは言葉でコミュニケーションを行います。動物にも少しは言葉があるかもしれません。ワンワン、コケコッコーなども言葉かもしれません。ですがあまり発達してはいません。人間の言葉はもっと複雑で発達しています。神様の言葉ほど上等ではありませんが、動物の言葉(言葉と言えるならば)よりかなり発達しています。もちろん動物の命も神様がお造りになった大切な命です。ですが人間だけが神様に似せて造られたのですから、人間の命には特別の尊さがあります(もちろんだからと言って人間は思い上がってはいけません)。ですから決して人間を殺してはいけないのです。もちろんふつうはほかの動物を殺すこともいけません。神様は人間をお造りになり、お造りになったすべてのものを改めて見渡されました。「見よ、それは極めて良かった」(31節)。神様は深い喜びに満たされたのです。私たちの身の周りには、体が不自由な方がおられ、いろいろなご病気の方も多いのです。私たちがそうなることもあります。どの人の命も皆大切です。

 ドイツのべーテルという町があるそうです。創世記28章19節からとった名で、「神様の家」の意味です。今から74年前の1939年、ドイツではナチスが権力を握っていました。そのトップがヒットラーです。ナチスは神様に逆らいました。ナチスはドイツ人が一番優秀だと信じ込んでおり、健康で強くて元気な人だけが大切だと考えました。国の役に立つ人だけが生きる価値があると考えたのです。(社会進化論に基づく)弱肉強食をよしとする考え、悪魔の考えです。障害のある方や病気の方は生きる価値がないというのです。このような考えは、今の日本にも少しあるかもしれないので、気をつける必要があります。神様は私たちみんなを愛しておられます。どの人間の命も地球より重いほど大切です。神の子であるイエス様は、一人一人全員を愛して、一人一人のために十字架で死んで下さいました。ナチスは、障害のある方や病気の方のお世話をするために人が働いたり、国がお金を使うことは無駄だと考えました。命を愛される神様に真っ向から逆らう間違った考えです。神様は旧約聖書のモーセの十戒の第六の戒めで、「殺してはならない」とはっきりおっしゃっています。ですが、ナチスは障害のある方を安楽死させる悪魔的な計画を実行しました。

 べーテルは1867年にルーテル教会の方が農家を買って、てんかんの子どもたちを保護したことから始まったそうです。ナチスの時代には、約3000人の障害のある方と、約3000人の職員が暮らす大きな町、イエス様の愛によって共に生きる町になっていました。ここにもナチスの魔の手が伸びて、安楽死させるべき人がいないかという問い合わせが来たそうです。二代目の施設長であったボーデルシュヴィンク牧師は、「神様によって造られた一人一人であるから、そのようにするべき人は一人もいない」と言いました。能力が高いから生きる価値があり、それほどでないから生きる価値がないという考え方は完全に間違っています。神様は全ての人間を同じに愛しておられます。神様は命の産みの親だからです。ボーデルシュヴィンク牧師はナチスに必死に抵抗し、3000人近くの命を救ったそうです。しかし残念ながら全員を救うことができなかったとのことです(一説には89名が移送され、命を奪われたといいます)。それでも、ナチスに懸命に抵抗したボーデルシュヴィンク牧師の、イエス様に従う生き方を私は尊敬します。

 私が洗礼を受けた教会は、茨城県にある日本キリスト教団筑波学園教会です。そこの青年会でご一緒したKさんという男性がいます。その教会では洗礼を受けるときに、自分がなぜ洗礼を受けることにしたのかを書いた作文を礼拝の会衆の前で朗読します。その中でKさんが言われた言葉を思い出します。「自分には双子の兄弟が故郷の大分にいます。障害のある兄弟です。」重度の障害のようでした。私たちはKさんとそれなりに親しくしていたつもりだったので、そのことを初めて聞いてびっくりしました。Kさんの言葉は続きます。「自分はこれまで人と比べて、『自分はこれができる、あれができない』と思い不平不満を抱いて来た。しかし人より能力が高いから優れているとか、能力が低いから価値がないという考え方はおかしい、いや、確かに間違っている。」能力やこの世での成功・出世よりももっと大切なことがある。神様が下さった命そのものが一番大切だということだと思います。

 神様は、私たちが人様の命を支配することを望まれません。私たちが人様の命に仕えることをお望みです。イエス様はおっしゃいました。「あなた方の中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい。人の子(イエス様)は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコによる福音書10章43~44節)。

 今週の金・土曜日に、日本キリスト教団西東京教区の伝道協議会があり、加藤常昭先生とおっしゃる有名な先生のお話を伺いますが、私が神学校(牧師を養成する学校)で学んでいたときに、学校の修養会で加藤先生のお話を伺いました。たった一つ覚えていることは、「君たちは教会の底辺に立て」という教えです。そこだけ覚えています。「君たちは教会の底辺に立て。」果たして自分は今、教会の底辺に立っているだろうか、立っていないのではないか。そう思って悔い改めます。神様は、私たちが神様のお造りになった命に仕えることを喜んで下さいます。

 私は、『喜びのいのち』(新教出版社、2000年)という本によって初めてべーテルを知りました。障害があるないに関係なく、神様がすべての人を愛しておられることを教えてくれる良い本です。この本を私にプレゼントして下さったのはHさん(私と同じ年に神学校に入学された方)です。入学の頃62才くらいでいらしたので、多くの神学生にとって父親のような方でした。卒業後、約2年間教会で伝道師として働かれ、ご病気になって働きから引かれました。隣りの東村山市にお住まいでしたので、東久留米教会の礼拝にも出席して下さいました。そして病と闘っておられたときこの本をお読みになり、「とても良い本です」とおっしゃって私に一冊プレゼントして下さいました。その後、天に召されたので、私はこの本を大切にして読み返しています。

 先ほど歌った『讃美歌21』の223番は、アッシジのフランチェスコが作詞したと書かれています。自然界をお造りになった神様を賛美するすばらしい歌です。第1節の歌詞。
「造られたものは たたえよみ神を、ハレルヤ、ハレルヤ、
 輝く太陽、夜を照らす月も、主をほめたたえよ。
 ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ。」

 フランチェスコは今から800年ほど前のイタリアに生きました。イエス様を愛して、イエス様のように生きようとした人です。フランチェスコは、神様がお造りになったこの世界が大好きでした。鳥に説教したという伝説もあります。そして「太陽の賛歌」という歌を作りました。天国行く前の年です。フランチェスコの目には、神様がお造りになった自然界が輝いて見えたのです。
「~太陽は兄弟、月と星は姉妹、みんななかまです
  水は神さまからのプレゼント 
  清く、かわきをいやしてくれます。
  緑も、神さまからの贈りもの、
  花をさかせ、実をむすび、やしなってくれます

  空気と風、青空と雲、雨と七色のにじ
  空を飛ぶ鳥たち、野原の動物たち、
  水にすむ大きな魚、小さいものも兄弟、
  みんないっしょに生きているなかまです
  神さまのつくられた、たいせつな家族です ~」(戸田三千雄『神さまだいすき―10人の聖人たち―』女子パウロ会、1999年、31~32ページより)

 フランチェスコを主人公にした『ブラザーサン・シスタームーン』という映画がありますが、タイトルはこの『太陽の賛歌』からとったのでしょう。

 フランチェスコは、神様から「私の家を建て直しなさい」との御言葉を受けます。フランチェスコと仲間たちは、石を積んで、崩れかけていた教会を建て直します。本当は建物のことではなく、教会がイエス様に真に喜ばれる共同体になるために、祈り仕えなさいということです。映画の中で、フランチェスコたちが建て直した教会堂が完成したとき、彼と仲間たちが次のように歌います。
 「もしあなたの夢が実現することを願うのなら、時間をかけてゆっくり進みなさい。
  少しのことをしなさい、但しちゃんとよくしなさい。心をこめた仕事は清く育つ。
  もしあなたが人生を自由に生きたいのなら、時間をかけてゆっくり進みなさい。
  少しのことをしなさい、但しちゃんとよくしなさい。心をこめた仕事は清く育つ。
  一日一日、石を一つ一つ。あなたの人目につかない業をゆっくり築きなさい。
  一日一日あなたも成長する。あなたは天の栄光を知るでしょう。」 

 丁寧に、愛をこめて取り組みなさいということでしょう。先日私は、西東京教区の社会部が主催した集会「被災地支援の今」に参加しました。日本キリスト教団東北教区被災者支援センター・エマオで働いておられる佐藤伝道師のお話を伺いました。エマオのモットーは「スローワーク」です。フランチェスコたちの歌に通じていると感じます。地震・津波で大きな被害を受けた東北沿岸に赴くボランティアの多くは、やる気に満ちています。ですが自分の考えだけでバリバリ働くと、現地のお宅の方々が望んでいないことまで行ってしまうことがあったようです。するとかえって不満が生まれます。この反省を踏まえて、エマオのモットーは「スローワーク」になりました。だらだら働くのではありません。現地の方々との心の交流を重視し、できるだけ寄り添わせていただき、丁寧に仕事をすることです。

 神様は、地球に生きる私たちが皆でイエス様を礼拝し、すべてを分け合って生きることをお望みと信じます。今は東北の方々が苦労しておられ、フィリピンのレイテ島と周辺の島々の方々が台風30号の甚大な被害を受けたばかりです。私たちも東日本大震災の際に、外国にたくさん助けていただきました。フィリピンの方々に神様の助けがたくさんあるように祈ります。私たちが国や人種を超えて互いに助け合い、神様に喜ばれる世界を造ることができますように。アーメン(「真実に、確かに」)。


2013-11-11 22:42:58(月)
「見えるようになれ」 2013年11月10日(日) 礼拝説教要旨
朗読された聖書:イザヤ書35章1節~10節、ルカによる福音書18章31節~43節

「イエスは言われた。『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。』」
(ルカによる福音書18章42節)

 最初の小見出しは「イエス、三度死と復活を予告する」です。イエス様はエルサレムに向かって進んでおられます。イエス様は、私たちの罪を背負って十字架で死ぬために誕生されました。イエス様はご自分の受難のことを、弟子たちに三度目にお語りになります。 「イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。『今、私たちはエルサレムへ上って行く。人の子(イエス様)について預言者が書いたことはみな実現する。人の子は異邦人に引き渡されて、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる』」(31節~32節)。 「預言者が書いたこと」とは、「旧約聖書に書かれていること」です。イエス様の十字架を予告する旧約聖書の代表的な御言葉は、詩編22編とイザヤ書53章です。

 詩編22編2節には、イエス様がまさに十字架の上で叫ばれた言葉が記されています。
「私の神よ、私の神よ なぜ私をお見捨てになるのか。」詩編22編はずっと以前からイエス様の十字架を予告していたのです。本当に驚きです。「私は虫けら、とても人とはいえない。/ 人間の屑、民の恥。/ 私を見る人は皆、私を嘲笑い 唇を突き出し、頭を振る。/ 『主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら/ 助けて下さるだろう』(7節~9節)。この御言葉は、イエス様の十字架の場面を強く連想させます。「骨が数えられる程になった私のからだを/ 彼らはさらしものにして眺め/ 私の着物を分け、衣と取ろうとしてくじを引く」(17節~19節)。マタイ福音書を見ると、イエス様を十字架につけたローマ兵たちは、くじを引いてイエス様の服を分け合いました。詩編22編は、そこまで見通していたのです。イエス様は十字架に架けられて敗北したようにも見えますが、実は兵士たちがくじを引くことも含めて、神様がずっと昔から計画しておられたのです。兵士たちは神様を信じていなかったでしょうが、神様のコントロールの下にいたのです。

 イザヤ書53章も、イエス様の十字架を予告しています。「乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように/ この人は主の前に育った。/ 見るべき面影はなく/ 輝かしい風格も、好ましい容姿もない。/ 彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/ 多くの痛みを負い、病を知っている。/ 彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた。/ 彼が担ったのは私たちの病/ 彼が負ったのは私たちの痛みであったのに/ 私たちは思っていた/ 神の手にかかり、打たれたから/ 彼は苦しんでいるのだ、と。/ 彼が刺し貫かれたのは/ 私たちの背きのためであり/ 彼が打ち砕かれたのは/ 私たちの咎のためであった。/ 彼の受けた懲らしめによって/ 私たちに平和が与えられ/ 彼の受けた傷によって、私たちはいやされた」(2節~5節)。 

 イエス様についての旧約聖書の預言はほかにもあります。私が好きな個所はゼカリヤ書9章9節です。「娘シオンよ、大いに踊れ。/ 娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。/ 見よ、あなたの王が来る。/ 彼は神に従い、勝利を与えられた者/ 高ぶることなく、ろばに乗って来る/ 雌ろばの子であるろばに乗って。」これは、イエス様がエルサレムに入場される時に実現しました。貧しい馬小屋に生まれたイエス様は、貧しい人々の友として歩まれ、エルサレムにお入りになるときは、勇ましい軍馬にではなく、どことなくユーモラスなろばにお乗りになりました。

 ルカによる福音書に戻ります。「『彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する。』十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである」(33節~34節)。 もし私たちが弟子たちと一緒にいても、分からなかったでしょう。弟子たちは、現実にイエス様が十字架で死んで復活されて、聖霊を注いで下さって初めて、分かるようになったのです。私たちは、祈って聖霊を受けて聖書を学ばないと、真理への目が開かれません。

 次の小見出しは「エリコの近くで盲人をいやす」です。エリコは世界で最も古い町とさえ言われ、紀元前8000年頃には集落ができていました。死海の北西15キロの地点にあり、標高が海抜マイナス250メートル、世界で最も標高が低い町だそうです。エリコは旧約聖書にも登場する町、棕櫚の町と言われたこともある美しいオアシスの町です。「イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた」(35節)。

 当時のイスラエルは、衛生状態もあまりよくなく、眼病の人が多かったそうです。目が見えないと収入も少なく、物乞いをして社会の底辺で生きるしかなかったでしょう。実に辛いことです。目が不自由な方は聴覚が非常に発達しているといいます。この盲人は、辺りが騒がしいことにすぐに気づきます。多くの人々が砂埃を立てながら通って行くのです。彼は尋ねます。「これはいったい何事ですか。」すると「ナザレのイエスのお通りだ」と答えが返って来ました。イエス様は既に評判の方でした。死んだ少女を生き返らせたり、重い皮膚病の人を癒すなど、愛の業を行って来られたからです。人々はイエス様を一目見ようと集まって来ました。町はふだんと違う熱気と興奮でむんむんしていました。

 この盲人は助けを求めて叫び出します。「ダビデの子イエスよ、私を憐れんで下さい。」これはこの人の魂の必死の叫びであり、訴えです。イスラエルの最も有名な王・ダビデ王の子孫から救い主・メシアが生まれると旧約聖書は預言しており、イスラエルの民はそれを信じていました。盲人も信じていました。「ダビデの子」はその救い主・メシアです。盲人はイエス様こそメシアに違いないと直感しました。この機会を逃してはならない。この人は必死で一世一代の訴えをします。「ダビデの子よ、私を憐れんで下さい。」

 周りの人々はうるさがり、彼を叱りつけて黙らせようとしましたが、盲人はますます「ダビデの子よ、私を憐れんで下さい」と叫び続けます。この人はいつも無視されて寂しい思いをしていたのではないでしょうか。しかしイエス様は無視なさいませんでした。この名前も明らかではない一人の盲人の、魂の必死に訴えを心の深い所で受けとめて下さり、歩みを止めて下さいました。イエス様は敏感な方です。イエス様はこの盲人をそばに連れて来るようにとお命じになります。この人と真正面から相対して下さいました。一人を全力で愛して下さいました。そしてお尋ねになります。「『何をしてほしいのか。』盲人は、『主よ、目が見えるようになりたいのです』と言った」(41節)。イエス様はコミュニケーションを大切になさいます。ちゃんと希望を聞いています。男性もちゃんと希望を言っています。私たちもイエス様に(できれば)きちんと言葉にして申し上げる方がよいのです。イエス様は言われます。「『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った』」(42節)。イエス様の愛が働きます。イエス様の愛は、世の中で小さくされている方にこそ、注がれます。「盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した」(43節)。

 私は、東久留米教会の会員であったNさんを思います。Nさんは、『教会創立20周年記念誌』(1981年)に次のように書いておられます。
「私は生まれながらの盲人である。~両親は、私の将来を考え、何か早いうちかに職業を身につけさせたいと願い、六才の六月六日からお琴を習わせてくれた。~十二才の時、父の転勤で愛媛県の松山に住むようになった。~十四才の春、東京に帰り今の筑波大学附属盲学校に編入した。学校に通いながらもお琴はずっと続けた。

 その頃、盲人の牧師さんが日曜学校を開いて、大勢の盲児が通っていた。私も誘われて教会に通うようになったのが、神様を知ったはじめであった。その後、戦争で教会も閉鎖になり………というより牧師さんが交通事故で亡くなり、みんなも疎開などで方々に散らされていった。~

 私は、(昭和)四十八年頃父の死で大きなショックを受けて健康を害し入院した。退院後何とか教会に行きたいと思い、電話で調べて目白教会と連絡がとれ、五月頃から教会の方が送り迎えをして下さった。私の家は創価学会に入っているので、この宗教を選ぶのは相当な勇気がいることであった。四十九年の復活祭に受洗し~東久留米に転居した。~直ぐに東久留米教会に行く事ができたが、ここでまた健康を害し、五ヶ月間入院生活を送った。病の床にあっても静かに祈った。それ以後は心身共に健康になった。

 聖書の一節に、『イエスが道を通っておられるとき一人の盲人を見た。弟子の一人は、「先生、この人が盲人なのは親の罪ですか、それとも本人の罪ですか。」するとイエスは、「親の罪でもなく、また本人の罪でもない。ただ、み業の現れるためだ」と言われた』と記されている。私がこうして好きなお琴の道を一筋に歩めるのも、みんな神様のみ業の現われであると信じている。肉眼は見えなくとも心眼を見開き、幾度か病に犯されながら、私の心身はすばらしい信仰によって色々な分野に活躍できることは大きな喜びである。

 ~多くの方々の善意も、神様がお与え下さった賜物である。虫しぐれする秋の夜、改めて信仰のすばらしさを胸に秘めて、つたなき筆を置かせていただきます。」
 
 東久留米市の南町に聖公会の信徒のKさんという婦人がおられ、Nさんのために東久留米教会の月報「たりほ」を点訳して下さっていました。本当に忍耐強い、頭の下がる愛のご奉仕で、非常にありがたいことでした。

 10年前まで東京の杉並区に東京サフランホームという施設がありました。私の実家のすぐ近くです。視覚障害を持つ女性が経済的に自立することを援助するホームで、教会・学校・ボランティアの支援によって運営されていました。視覚障害者の女性10人ほどが住み込んで、月曜日から土曜日まで治療院を開設して、来院者にはり・マッサージによるケアを行っていました。東京神学大学を卒業した女性伝道師が住み込んでお世話をしていた時期があり、聖書の学びが行われていました。希望者は日曜日に近隣の教会の礼拝に出席していました。東久留米教会で何回も説教していただいた当時K教会のO牧師ご夫妻も深く関係しておられました。クリスマスの時期には、O教会のK牧師の指導によるページェントが行われ、支援者が集いました。ある牧師は、数あるクリスマス会の中でも、サフランホームのクリスマス会が、一番心がこもっていて慰めだったとおっしゃいます。サフランホームからしばしば洗礼を受ける方が出たのです。そんな女性の一人が言ったそうです。「なぜか信じられちゃったのよね。」「なぜか信じられちゃったのよね。」これは聖霊なる神様のお働きです。肉眼が開かなくても、心の目が開いたのです。サフランホームは役割を終えて、2003年に惜しまれながら閉じられました。未熟児網膜症による失明者が激減したからです。45年間で97名がサフランホームから社会へと巣立ちました。

 サフランホームという名前は、聖書に由来すると思います。サフランは球根植物で、クロッカスの一種だと記す文献もあります。新共同訳聖書でサフランが直接出て来るのは一箇所で、雅歌4章14節です。「ナルドやサフラン、菖蒲やシナモン/ 乳香の木、ミルラやアロエ/ さまざまな、すばらしい香り草。」サフランがすばらしい香りを放つ植物であることが分かります。雅歌2章1節に「シャロンのばら」という言葉がありますが、この「ばら」は新改訳聖書では「サフラン」と訳されています。本日の旧約聖書であるイザヤ書35章1節に「野ばら」が出て来ますが、口語訳聖書では「さふらん」と訳されています。  「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ/ 砂漠よ、喜び、花を咲かせよ/ 野ばら(さふらん)の花を一面に咲かせよ。/ 花を咲かせ/ 大いに喜んで、声をあげよ。/ 砂漠はレバノンの栄光を与えられ/ カルメルとシャロンの輝きに飾られる。/ 人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る」(イザヤ書35章1節~2節)。

 本日のルカによる福音書の盲人の心は、イエス様が両目を開いて下さった時、このような喜びでいっぱいになったに違いありません。イザヤ書35章は、神様が私たちの涙をぬぐい、救いをもたらして下さる場面です。神様が救い主を送って、神の国をもたらして下さる場面です。5節と6節には、まさにイエス様が行って下さったことが書かれています。「そのとき、見えない人の目が開き/ 聞こえない人の耳が開く。/ そのとき/ 歩けなかった人が鹿のように躍り上がる/ 口の利けなかった人が喜び歌う。」 私は10年ほど前に、途中失明の神学生(男性)の説教を伺ったことがあります。明るく歌いながらの説教でした。「目が不自由になっても私は同じ私。目が見えないことは私の個性。」尊敬する気持ちになりました。       

 私たちの場合も、残念ながら肉体は衰えます。しかし神様は、イエス様を救い主と信じる者に永遠の命と復活の体を与えると約束しておられます。復活の体は、復活されたイエス様と同じ体、栄光の体です。ですから私たちは(地上では苦しみがありますが)最終的には安心です。

 私は昨日、西東京教区社会部主催の集会「被災地支援の今」に参加しました。「東日本大震災で被災した方々の今の大変さの一つは、人によって生活の復興に格差があること」という話が心に残りました。地上には多くの苦しみがあります。それを救うのは愛です。神様は愛によって、将来必ず神の国を完成して下さいます。神様に信頼して、共に祈り礼拝しつつ、現実に取り組んで参りましょう。「盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。」私たちのために十字架で犠牲になって死に、復活されたイエス様に感謝し、神様をほめたたえながらイエス様に従って参りましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。
 
2013-11-06 0:15:38(水)
「起きなさい」 2013年11月3日(日) 聖徒の日・教会創立52周年記念日 礼拝説教要旨
朗読された聖書:使徒言行録9章36節~43節

「ペトロは皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、『タビタ、起きなさい』と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。」(使徒言行録9章40節)

 エルサレムの西北約55キロの地中海沿岸に、ヤッファという町があります。ヤッファにタビタ(ヘブライ語)という名の婦人の弟子(クリスチャン)がいました。この名は「かもしか」の意味で、ギリシア語にするとドルカスです。かもしかのように愛らしく、よく働く婦人だったのでしょう。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていました。ヤッファの教会は誰かの家だったでしょう。そこにやもめたちもいました。貧しい人、体の弱い人がいたのでしょう。ドルカスはその人々のために、多くの愛の奉仕をしていたのです。ドルカスは慰めの人でした。ドルカスは人々にとても愛されていました。ドルカスの信仰に基づく奉仕は、神様に喜ばれていました。いつの時代のどこの国の教会にも、東久留米教会にも多くのドルカスがおられて教会を支えていて下さいます。

 ところがそのドルカスが病で死んだのです。教会は涙と嘆きに満ちました。死が暴虐な力をふるったのです。東久留米教会の今の会堂が献堂されたのでは2年前です。そのために多くの教会やクリスチャンのお祈りとご協力をいただきました。その中にはその後、天に召された方々もおられます。そのお一人のIさんというご婦人は、私が神学生時代に祈祷会に出席していた教会で、(祈祷会で)しばしばご一緒にお祈り致しました。保育園の園長として働いておられました。その方のご葬儀が行われた時、私は出席できませんでしたが、本日の使徒言行録の御言葉が読まれたと聞きました。「確かのあの方はドルカスのような方だった」と私は思ったのです。この会堂のためにも献金して下さり、その後、天に召されました。多くの他の教会に支えられて建てられたこの会堂は神様のものです。ですから神様の聖なるご用のために、十二分にお献げしたいのです。

 人々はドルカスの遺体を清めて、階上の部屋に安置しました。階上は天に近いところです。命の造り主である神様に近いところです。人々は、旧約聖書に登場する預言者エリヤとエリシャが階上の部屋で神様に祈って、男の子を生き返らせた奇跡を思い起こしていたのです。望みを捨てず、その再現を祈ったのです。エリヤが身を寄せていた家の女主人の息子が死んだとき、エリヤはその子を階上の部屋に抱いて行き寝台に寝かせ、主に祈りました。「主よ、わが神よ、この子の命を元に戻して下さい。」すると子供は生き返り、エリヤはその子を母親に渡したのです。エリヤの後継者エリシャは、かつてある裕福な婦人と夫の家の階上に寄宿していましたが、その家の男の子が死にました。カルメル山にいたエリシャは駆けつけ、エリシャの寝台に横たえられていた男の子の横で主に祈りました。すると次第に男の子の体が温かくなり、男の子は7回くしゃみをして目を開いたのです。

 旧約聖書のダニエル書6章11節を見ると、神様の忠実な僕ダニエルが、「家に帰るといつものとおり二階の部屋に上がり、エルサレムに向かって開かれた窓際にひざまずき、日に三度の祈りと賛美を自分の神にささげた」とあります。そして新約聖書を見ると、イエス様が弟子たちと最後の晩餐をなさった場所は、エルサレムのある家の二階の広間です。イエス様の十字架の死と復活の後、イエス様の母マリアとイエス様の兄弟たち、弟子たちが集まって熱心に祈っていた部屋も階上の部屋です。聖書では階上は、祈りの場所、神様に近い場所であることが分かるのです。ドルカスの親しい人々も、神様の愛の力がドルカスの上に働くことを切に祈って、遺体を階上の部屋に安置したに違いありません。そして人々は、イエス様の一番弟子ペトロが、ヤッファからほど近い(約18キロ)リダに来ていることを知り、「急ぎ来てほしい」と二人の使いを送ります。ペトロは駆けつけ、階上に行きます。人々は泣きながら、ドルカスが手作りしてくれた数々の下着や上着を見せました。ペトロの心も悲しみで満ちました。

 ペトロは一生懸命祈ることを決心します。ペトロは皆を外に出し、ひざまずいて祈り、「タビタ、起きなさい」命じます。驚くべきことに彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がったのです。人々の涙を見て、神様が憐れんで下さいました。神様が、死を超える命の力、愛の力を持っておられることが証明されたのです。ペトロは私たちと同じ人間です。そのペトロの一生懸命の祈りに、神様は応えて下さいました。私たちにとっても、祈りこそ慰めです。そして祈りに耳を傾けて下さる神様が、真の希望です。

 ここを読んで、イエス様がユダヤの会堂長の12歳の娘を生き返らせて下さった場面を思い出します(マルコによる福音書5章)。この少女は確かに死んだのですが、イエス様は会堂長を励まされます。「恐れることはない。ただ信じなさい。」そして皆を外に出し、少女の両親とペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人のだけを連れて、少女のところに行かれます。そしてその子の手を取って、「タリタ、クム」と言われます。イエス様が話しておられたアラム語で、「少女よ、起きなさい」という意味です。新約聖書はギリシア語で書かれていますが、著者マルコは、あえてイエス様の肉声をそのまま記録しました。この言葉を直接聞いたのは、少女と両親、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの6人だけです。この言葉は6人の心に、生涯忘れられない強い印象を刻んだに違いありません。「タリタ」が「少女よ」で、「クム」が「起きなさい」です。口語訳聖書では、「タリタ、クミ」でした。今年の春にある説教で聞いたのですが、ある方は自分の家庭に女の子が生まれたとき、ここからとって「久美」(「久美子」)と名付けたそうです。この御言葉からインスピレーションを受けて自分の娘に名前をつける方までおられることを初めて知り、心に残りました。

 生き返ったタビタは、きっと前と同じようにイエス様を救い主と信じ、周りの人々に愛の奉仕をする人生を送ったでしょう。そしてもう一度死んで、天国に行きました。しかし、十字架で確かに死なれた後、三日目に復活され復活の体で天に昇られ、今も生きている方、もう死なない方がおられます。イエス・キリストです。この方は天から、神様の清い霊である聖霊、慰めの霊を私たちに注いで下さいます。タビタの生き返りは信じがたいことかもしれません。ですがイエス様は、世の終わりにはすべての人が一旦復活すると教えておられます。「時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子(イエス様)の声を聞き、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ」(ヨハネによる福音書5:28~29)。そしてイエス様を救い主と信じる人は、すべての罪を赦されて、永遠の命を受けます。

 タビタの生き返りは、世の終わりに起こるすべての人の復活の先取りです。神様は、死んだ人を生き返らせる力、復活させる力を確かにお持ちです。旧約聖書の詩編139編8節にこう書かれています。「天に登ろうとも、あなた(神様)はそこにいまし、陰府(死者の国)に身を横たえようとも/ 見よ、あなたはそこにいます。」 私たちは皆、神様の御手の中におり、亡くなった方々も皆、神様の御手の中におられます。私たちは、地上の人生を終えた方々が私たちに多くのよきものを与えて下さったことを感謝し、与えられている貴重な一日一日を、神様に少しでも喜んでいただけるようにご一緒に歩みましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。

2013-10-26 23:14:51(土)
「キリストと一体となる」 2013年10月20日(日) 礼拝説教要旨
朗読された聖書:ローマの信徒への手紙6章1節~14節

「わたしたちは洗礼(バプテスマ)によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。」(ローマの信徒への手紙6章4節)

 この手紙は、イエス・キリストが十字架で死なれ、復活された後に弟子・使徒になったパウロによって書かれました。パウロは前の5章16節で、イエス様の十字架の死による私たちの罪の赦しが、どんなに大きな恵みかを述べました。「恵みが働くときには、いかに多くの罪があっても、無罪の判決が下されるからです」と。イエス様は、本当に世界のすべての時代のすべての人の、すべての罪と過ちの責任を身代わりに背負って、十字架で死んで下さいました。そして三日目に復活されました。イエス様を救い主と信じ告白する方は、その信仰によって、その方の生涯のすべての罪の赦しと永遠の命をいただくのです。イエス様を救い主と信じる信仰によってのみ、父なる神様の前に義とされる、「よし」と認められる、救われるのです。これを信仰義認と呼びます。イエス様を救い主と信じた方は、罪の赦しの恵みのもとにいます。

 ではこのようにイエス様の十字架の犠牲の死によって救われた私たちは、今後どのように生きるのか。それが本日の箇所に書かれています。罪の中にとどまるべきなのでしょうか、平気でどんどん罪を犯してよいのでしょうか。パウロは「決してそうではない」と強く言います。口語訳聖書では「断じてそうではない」と訳されています。そして2節でパウロは、「罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なおも罪の中に生きることができるでしょう」と述べます。イエス様を信じた者は、すでに「罪に対して死んだ」のです。それは「罪とのつながりが切れた」ということです。私たちにはまだ罪がありますが、父なる神様は、イエス様を通して私たちを見て下さっているので、「罪なき者」と見なして下さっているのです! 何と大きな恵みでしょうか。その恵みはイエス様が十字架で、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタイによる福音書27:46)と叫ばれたほどの苦難に耐えて下さったお陰で与えられたのです。決してこのことを忘れてはいけないのです。イエス様の苦難の大きさを思えば、私たちは「なおも罪の中にとどまる」生き方を、何としても進んで捨てたくなります。

 そしてパウロは4節で洗礼の意味を述べます。「わたしたちは洗礼(バプテスマ)によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。」洗礼を受けたとき、古い私たちは、イエス様と共に十字架につけられて死んだのです。そして新しい私たちに、イエス様と共に復活したのです。洗礼はイエス様との「共死共生」です。私たちの教会では、頭に水をたらす形で洗礼式を執り行います。教会によっては、礼拝堂に洗礼槽という水槽を置き、本当に水に入る形で洗礼式を執り行います。どちらの形も神様の前に有効です。(洗礼を受ける時は、先立って私たちを導いて下さる聖霊なる神様のお働きを受けて、自分の罪を悔い改めてから受けます。この悔い改めをきちんとなしていれば、どちらの形も有効です。)水に入ることは、古い自分に死ぬことを意味します。水から出ることは、新しい自分に復活すること意味します。洗礼は本当に大きな祝福です。まだの方は、ぜひ教会員、役員、牧師にお申し出(ご相談)下さい。祈りつつ、準備の学びを致しましょう。

 古い自分、罪の自分に死んだことをしっかりと自覚していることが大切です。パウロは5節で、「もし、わたしたちがキリストと一体となってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう」と述べます。しっかりとイエス様の「死の姿にあやか」ることが大切です。なぜなら罪の私たちはすでに死んだのですから。 8節は希望の言葉です。「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。」私たちは、罪を悔い改めて洗礼を受けたときに罪の自分に死に、信仰生活を続ける中で罪の自分に更に死んでゆきます。そして地上の人生を終えるときに、私たちの罪は完全に死に絶え、私たちは完全に清くなって天国に新しく誕生します。洗礼で起こった自分の罪の死が、地上の人生を終えるときに完成します(ですが、決してそのときを急がないで下さい)。

 父なる神様は、私たち(イエス様を信じた者)を、イエス様を通して見て下さるので、今すでに「罪なき者」と見なしておられます。本当に感謝です。信仰生活を送るためには、聖霊(神様の清い霊、イエス様の愛の霊)の助けが必要です。私たちは洗礼を受けたときに、この尊い聖霊を受けました。聖霊に私たちの罪を日々滅ぼしていただきましょう。そして聖霊に助けていただいて、13節の御言葉に従いましょう。「あなたがたの五体を不義のための道具として罪に任せてはなりません。かえって、自分自身を死者の中から生き返った者として神に献げ、また、五体を義のための道具として神に献げなさい。」神様を愛し隣人を愛する私たち、イエス様に少しでも似た私たちとなることができるように、今日も祈りましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。