日本キリスト教団 東久留米教会

キリスト教|東久留米教会|新約聖書|説教|礼拝

2013-09-30 23:31:12(月)
神様のことばに従った兵士
 「殺してはならない」(旧約聖書・出エジプト記20章13節)。神様は、間違いなく存在しておられ、殺人を禁じておられます。
 
 太平洋戦争とその前の時期に、日本の軍隊が中国大陸で多くの人の命を奪ったことは、残念ながら事実と思います。日本軍が中国人の捕虜の方々を虐殺したことも事実のようです。このことについて、日本人としてこれからも中国にお詫びしてゆくことが大切と思います。今後の中国との平和のためにもです。

 戦争の中で、真の神様に従おうとした一人の兵士がおられたことを知りました。渡部良三(わたべ・りょうぞう)さんという無教会派のクリスチャンです。1944年春、渡部さんは学徒兵として中国河北省の小さな村におられました。ある日、上官がこの部隊の兵士たちに、中国人捕虜を銃剣で刺殺することを命令したのです。驚きながらもほとんどの兵士が従ったそうです。
 
 ところが21、2才だった渡部さんは、断ったのです。渡部さんは軍隊に行く時、クリスチャンのお父様に言われたのです。「常に胸を開き神様に祈る事を忘れないでくれ。~判断に苦しむ事になったなら、自分の心を粉飾するな。一切の虚飾を排して唯只管(ただひたすら)に祈れ。神は必ず天からみ声を聞かせてくれる」(渡部良三『歌集 小さな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵』岩波書店、2012年、228ページ。この本は、多くの方に読んでいただきたい実に貴重な記録です)。上官の命令を聞いた渡部さんは、「神様、道をお示し下さい」(同書241ページ)と必死に祈ったそうです。すると神様の声を聞いたのです。「すべてキリストに依(よ)らざるは罪なり。虐殺を拒め、生命を賭けよ!」(241ページ)。

 渡部さんは、聖書の大切な教え「モーセの十戒」をよく知っておられました。その第6の戒めに「殺してはならない」と明確に書かれており、神様が殺人を禁じておられます。人に命を与えるのは神様ですから、殺人は神様への反逆です。渡部さんは、命を賭けて神様のことばに従いました。その結果、軍隊の中で厳しいリンチを受けたそうです。ですが幸い、生きて日本に帰ることができました。

 渡部さんは、軍隊でひそかに多くの短歌を作られました。
「祈れども 踏むべき道は唯ひとつ 殺さぬことと心決めたり」(17ページ)。
「兵等みな 階級順に列をなす 浅ましきかな 慰安婦を求め」(71ページ)。
捕虜を殺す命令を拒んだ渡部さんですが、それを誇る気持ちはないということです。命令する上官を止めることも、命令に従う同僚を止めることもできなかったからです。それでも私は、渡部さんは勇気のあるクリスチャンだと尊敬します。

 東久留米教会には、シベリア抑留から帰還した男性がお二人おられました。今はお二人とも天国におられます。そのお一人は、軍隊で上官に「天皇陛下とイエス・キリストのどちらが上か」と尋ねられ、「イエス・キリスト」と答えたところ、上官が真っ赤になって怒ったと語られました。そして敵ではなく、味方から撃たれるのではないかと感じたと語られました。戦争は真に罪深い行為です。今の日本は中国や韓国とぎくしゃくしていますが、このような時こそ、絶対に戦争をしない決心を改めてはっきりさせることが大切と信じます。

 渡部さんの短歌をもう一首ご紹介します。
「『殺す勿(なか)れ』 そのみおしえを しかと踏み 御旨(みむね)に寄らむ 惑うことなく」(19ページ)。 アーメン(「真実に、確かに」の意)。
 
2013-08-31 18:30:40(土)
丸木美術館 「原爆の図」を見て
 「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは、神の子と呼ばれる」
(イエス・キリスト)。
 
 私は、前から行きたいと念願していた丸木美術館(埼玉県東松山市)に、8月10日(土)に行って参りました。「原爆の図」という大きな絵で有名な美術館です。東武東上線・東松山駅が最寄りの駅で、バスに15分ほど乗ります。「原爆の図」は15連作です。描いた方は画家の丸木位里(いり)・俊(とし)ご夫妻です。東松山市に住んでおられました。位里さんは1995年に94歳で、俊さんは2000年に87歳で亡くなりましたが、晩年まで、人の命を軽視することへの怒りを強く訴える絵を、全身全霊で描き続けられました。

 「原爆の図」は、被爆した方々の姿を忠実に描く作品なので、見て気分がよくなる絵ではありません。ですが、原爆・核兵器が非常に罪深いこと、戦争が勇ましいものでも格好良いものでもなく、限りなく悲惨であり、悪でしかないことを訴える、強い力を持っています。多くの方に丸木美術館に行っていただきたいと思います。お母さんと小学校高学年らしき女の子、ベビーカーを押す若いお母さんも来ていました。戦争反対(そして前から原発反対)を訴える使命に立つ、貴重な美術館です。
 
 位里さんが書いておられます。「私は絵描きとして大変なもの(原爆の被害)をこの目で見たからね。これは書き残しておかなければいけないと思った。」「一日も早くやめてもらいたいのは戦争です。このくらいばかなものはありません。」「私の若い頃には戦争というのがそれほど悪いことと思わない空気があった。~いかなることがあっても、戦争はいけないということだ」(財団法人 原爆の図丸木美術館編 『丸木位里のことば』より)。

 私の母の叔父が広島の原爆で亡くなっているので、私は原爆反対の気持ちが人一倍強いのです。東久留米教会には、広島のキノコ雲を呉の町から見た会員がおります。その後広島に行くと、皮膚がずるむけになった方々が「熱いよう、熱いよう」と苦しんでいたと語られました。つい先日、私の高校の同級生のおじい様も広島で被爆し、「桃が食べたい」と言いながら一週間後に亡くなったと聞きました。丸木夫妻は広島で、「母親が子供をしっかりと抱いて、母は死んでいるのに子供が生きているという、そんな姿をたくさん見ました」と書いておられます(同美術館発行 『画集 原爆の図』より)。このような辛いことをあえて書くのも、今後日本が絶対に戦争をしてはいけないことを強く訴えたいからです。

 戦争で亡くなったアジアと日本と世界の多くの方々にお詫びする最低限の道は、平和憲法を守り、二度と戦争をしないことだと信じます。丸木夫妻は、日本軍による南京大虐殺の絵、ナチス・ドイツがおびただしい人数のユダヤ人を殺害したアウシュビッツ(ポーランド)の絵も描いておられ、美術館に展示されています。戦争に反対し、平和を愛するハートによる作品です。

 イエス様の御言葉をもう一度かみしめます。「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは、神の子と呼ばれる」(新約聖書・マタイによる福音書5章9節)。平和をこそ、ひたすら求めてゆきたいのです。アーメン(「真実に、確かに」の意)。

2013-08-01 19:31:29(木)
マララさんの演説ー「私は誰にも復讐しません」
 8月は日本にとって、太平洋戦争の敗戦を思い起こし、これからも平和の国として生きる決意を新たにする月です。神様は戦後の日本に平和憲法をプレゼントしてくださいました。私たちには、この宝を守ってゆく責任があります。この8月に思い出すのに最もふさわしいイエス・キリストの御言葉の一つは、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(新約聖書・マタイによる福音書5章44節)です。

 私が最近感銘を受けたのは、16才のパキスタン人の少女マララ・ユスフザイさんが7月12日(金)にニューヨークの国連で行った演説です。マララさんはタリバーンによる女子校の破壊活動を批判し、女性への教育の必要と平和を訴えました。そのために昨年10月、スクールバスの中で銃撃され、頭と首に二発の銃弾を受けました。ひどい犯罪です。医師方の懸命の治療と世界中の人々の祈りにより回復し、ほっと致しました。演説の内容があまりに見事で、私は目を見張りました。

 「私は誰にも復讐しません。~私は一人一人の子どもの教育の権利のために話しています。私はすべての過激主義者、特にタリバーンの息子、娘たちが教育を受けることを望みます。 
 私は私を撃ったタリバーン(のメンバー)を憎んではいません。たとえ私が自分の手に銃を持っていて、彼が私の前に立っていたとしても、彼を撃つことはしません。これが私が、慈悲深い預言者モハメッド、イエス・キリスト、ブッダから学んだ憐れみの心です。これが私が、マーティン・ル―サー・キング(アメリカで黒人差別をなくすために働いたプロテスタント教会の牧師)、ネルソン・マンデラ(南アフリカの人種隔離政策を平和的に終結させた元大統領)、アリ・ジンナー(パキスタン建国の父)から受け継いだ変革という財産です。これが私が、ガンジー(インド独立の父)、バシャ・カーン(アフガニスタン人)、マザー・テレサ(インドで貧しい方々に奉仕したカトリック教会の修道女)から学んだ非暴力の哲学です。そしてこれが私の母と父から学んだゆるしです。これが私の魂が私に告げることです。平和であれ、そして皆を愛しなさい。」

 ここでマララさんはイエス・キリストと、イエス・キリストに学んだ方々の名(キング牧師、マンデラ氏、ガンジー、マザー・テレサ)を挙げています。マララさんはクリスチャンではないと思いますが、私はこの16才の少女がまさに、「敵を愛しなさい」というイエス様の御言葉を実践していると深く感じます。

 私が住む東京にある新大久保では、韓国系の方々へのヘイトスピーチ(憎しみの言葉を投げつけるスピーチ)が行われているそうです。実に罪深いことであり、すぐにやめてほしいと思います。日本が、韓国・北朝鮮・中国・台湾・ロシア、そして世界と平和な良い関係を築く強い意志を、いつまでも持ち続けるように、切に祈ります。アーメン(「真実に」、「確かに」の意)。


2013-07-01 16:49:03(月)
仙台の海岸沿いで
 6月24日(月)~26日(水)、私が属する日本キリスト教団西東京教区のボランティアに部分参加して、仙台市の海岸沿いでワークなどをして参りました。

 25日(火)の朝は、若林区七郷の公園にある仮設住宅の集会室のラジオ体操とお茶の時間(「お茶っこ」と呼ぶ)に参加させていただきました。入居者は「3.11」の津波で家を失った方々で、高齢の方が多いのです。必ずしも知り合いでない方同士が隣りに住むことになります。そこでコミュニケーションを作るため、生活のリズムを作り、健康を維持するために、ラジオ体操と「お茶っこ」の時間があります。仮設住宅にはあと2年ほど住むことができるそうです。津波は、海岸から内陸約3.3キロの仙台東部道路(高台)で止まりました。それより西側で、5階か6階建てと見える復興住宅が建設中です。

 その日は、Tさん宅の畑(内陸約2キロの所)で、男性3名で2つの穴掘り(雑草を捨てるため)をしました。幅2m、長さ3m、深さ1mの穴2つです。ふだん使わない筋肉を使いました。割に暑い日でした。翌26日(水)は、Sさん宅の畑で、7名で石ころを除く作業を行いました。畑を再生させるための作業です。この日は涼しくて助かりました。この付近には新しく建て直された家もありましたが、人影はまばらです。

 畑は少しずつ復活しています。とうもろこし、なす、キャベツ、にんじん、小松菜、ねぎなどが栽培されており、モンシロチョウが飛んでいます。昨年11月は、田が枯れている感じでしたが、今回は東部道路のすぐ東の水田にのみ、稲が青々と育っていたのです。感謝です。しかし田畑の塩害はまだまだ課題です。農業用水を求めて井戸を掘ると、塩水が出ます。地域の方々は、このことを乗り越えるために、様々な努力をなさっているようです。

 海岸近くの小学校の校庭に並べられていた多くの被災バイク、そしてゆがんでいた体育館が撤去されていました。海岸には慰霊の大きな観音像が建てられていました。津波で亡くなられた方々のお名前と年齢が刻まれた石碑もあり、私たちは祈りの心へ導かれました。倒れたままの防風林の松の木が、津波の恐ろしい勢いを物語っています。今回同じ地区でワークした方の中に、台湾から来た23才の青年(男性)がいた(私とは別のお宅)ことも、印象的なことでした。

 多くの悲しみと痛みを強いられた方々に、神様の大いなる慰めと助けが注がれますように。私たちも自分にできることを行って、ささやかな力添えさせていただけますように。
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である」(新約聖書・マタイによる福音書7章12節)とのイエス・キリストの御言葉(黄金律)を、心に刻むことができますように。アーメン(「真実に、確かに」の意)。  

2013-05-30 15:36:20(木)
神様は、不当な苦しみの中にある方の味方 ~第五福竜丸を見て~
 真の神様は、不当な苦しみを味わっている方の味方です。旧約聖書の昔、イスラエルという弱小の民がいました。大国エジプトにいて、長年、奴隷として虐げられました。

 神様は、そのうめきと叫び声を聴いておられました。「労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた」(旧約聖書・出エジプト記2章23節)。 

 神様は、モーセという人をリーダーとして立て、苦しむ人々をエジプトから脱出させてくださったのです。紀元前1280年頃のことです。映画『十戒』でご覧になった方もあるでしょう。

 私は5月に、『第五福竜丸展示館』(東京メトロ有楽町線、新木場駅から徒歩10分。西武池袋線・東久留米駅から直通電車あり、約65分)を見学し、第五福竜丸そのものを見ました。

 1954年3月1日、アメリカが太平洋のマーシャル諸島・ビキニ環礁で水爆実験を行いました。近くにいた日本のマグロ漁船・第五福竜丸の乗組員が、放射能を含む灰、「死の灰」を浴びました。日本で懸命の治療が行われましたが、無線長の久保山愛吉さんが9月に亡くなりました。「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」との言葉・叫びを残して。

 久保山さんへのお見舞いのはがきにこうあります。
「神よ、どうか久保山愛吉さんを救いたまえ。~
 私たちは今、また戦争の準備をしている人たちへの大きな挑戦として、叫びとして、
 この人たちを絶対に失いたくはない。 神よ、私たちは久保山氏重態の報に、
 悲しくてならない」(第五福竜丸平和協会『写真でたどる第五福竜丸』より)。
 神様は、今もこの叫びを、心にとめておられると信じます。

 私たちもこの叫びを、心に刻みましょう。広島・長崎の原爆と共に、第五福竜丸の被害も忘れてならないことです。第五福竜丸の被害を忘れかけた結果が、福島の原発事故かもしれません。忘れることは、よい結果を生みません。
 
 神様は、不当に苦しむ方の味方です。私たちは、不当に苦しむ方を生まない、良い世の中を作るように努力し、神様がおつくりになったすばらしい自然界を、よごさないように、壊さないように、一生懸命、心がけたいのです。神様に喜ばれる生き方をすることができますように。
アーメン(「真実に」、「確かに」の意)。