
2016-10-07 1:08:54(金)
「神のわざが現れるため」 2016年10月2日(日) 聖霊降臨節第21主日礼拝説教
朗読聖書:創世記45章4~8節、ヨハネによる福音書9章1~17節。
「神の業がこの人の上に現れるためである」(ヨハネ福音書9章3節)。
(1節)「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。」生まれつき目が見えないことは、大きな試練です。イエス様の時代は、目の病気が多かったと聞きます。その頃、目の見えない方が生計を立てて独立することは、ほとんどできなかったでしょう。この人も、座って物乞いをしていたのです。この夏、東京の地下鉄のある駅で、視覚障碍を持つ方がホームに転落して亡くなる真に痛ましい事故がありました。私が暫く前に、東久留米近くの武蔵野線の新秋津駅におりました時、視覚障碍の方々を支援する人々が、ちらしを配っていました。西武池袋線の秋津駅と武蔵野線の新秋津駅の間に道路に、点字ブロックを設置することが決まったので、今後その点字ブロックの所を視覚障碍の方々が歩くので、ほかの皆さんはそこをふさがないで歩いてほしい、という要望だったと記憶しています。目の不自由な方が道を歩くことは、確かに危険を伴います。誰でも中途失明する可能性はあるのですから、他人事ではありません。
(2~3節)「弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ(先生)、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか、それとも両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。』」 この御言葉は、この時以来、今に至るまで多くのご病人を励まして来た光の言葉です。イエス様の時代のユダヤ人は、「神様に従えば祝福を受け、神様に逆らって罪を犯せば裁きを受ける」と信じていました。この考え方には正しい面もありますが、あまり機械的にこの考え方だけで物事を判断すると、間違えることがあります。罪を犯した結果、病気になることもあります。でもいろいろ罪を犯していても体が病気にならない人もいますし、逆に、特に大きな罪を犯したのではないが体が病気になる人もおられます。この目の不自由な方の場合は、後者だったのです。誰が大きな罪を犯したのでないが目が見えない状態で生まれて来たのです。旧約聖書のヨブが似ています。ヨブも厳密な意味では罪人(つみびと)の一人ですが、当時のほかの誰も真似ができないほど、清く正しく生きていました。そのことを誇って特に傲慢になっていたのでもありません。しかし、実に辛い試練の数々がヨブを襲ったのです。それはヨブが罪を犯した結果ではありません。ヨハネ福音書9章の目が見えない人も同じです。イエス様の弟子たちも、当時の通俗的な考えに染まっていたので、こう質問したのです。「ラビ(先生)、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか、それとも、両親ですか。」
イエス様は、通俗的な浅い考えを打ち破る、深い真理を語られます。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」「神の業」を「神の栄光」と言い換えてもよいでしょう。「神の栄光がこの人に現れるためである。」ヨブが数々の試練を受けたのも、この人が生まれつき目が見えないのも、決して天罰ではありません。何か、神様の深いお考え、深い目的があるのです。それが何かは、すぐには分からないこともあると思います。それを神秘と呼ぶこともできます。神秘は、神の秘密と書きます。神の秘密に迫るには、神様に深く祈り続けることこそ、最も必要ではないでしょうか。神様ご自身が、最愛の独り子の十字架の死の悲しみを忍耐なさった方ですから、私どもの心の痛みを十分お分かり下さいます。
「神の業がこの人に現れるためである。」この盲人の場合、イエス様の愛の奇跡によって目が見えるようになったことが、直接の神の業でした。(4~7節)「『わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。わたしは、世にいる間、世の光である。』こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、『シロアム―「遣わされた者」という意味―の池に行って洗いなさい』と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。」彼は肉眼が見えるようになったのです。イエス様の愛の奇跡です(高田馬場に日本基督教団シロアム教会という教会があります。目のご不自由な牧師が設立なさった教会です)。
そしてこの盲人の場合、もっと深い神のみわざは、彼がイエス様を救い主と信じたことです。彼の心の目が開かれたのです。本日は17節までしか読みませんでしたが、この話の終わりの方で、イエス様が彼に「あなたは人の子を信じるか」とお問いになります。人の子とは、イスラエルで世の終わりに来ると信じられていた存在で、救い主のことと言ってよいと思います。盲人は言います。「主よ、その方はどんな方ですか。その方を信じたいのですが。」するとイエス様は言われます。「あなたと話しているのが、その人だ。」彼は、「主よ、信じます」と言ってひざまずいたのです。この人には、イエス様を救い主、神の子と信じる信仰が与えられました。これこそ、神のもっと大きなみわざです。肉眼が開くこともすばらしいことですが、イエス様を救い主と信じる信仰は、永遠の命という最大の祝福に至るので、もっとすばらしいことです。
この9章を読むと、東久留米教会員で今は天国におられるAさんを思い出します。Aさんは、今から35年前の1981年に発行された『東久留米教会20周年記念誌』に、このように書いておられます。題は「信仰のすばらしさ」です。「私は生まれながらの盲人である。これは家族にとっても、大変不幸なことである。最初の頃は、0.5ぐらい視力があって、きれいな絵本なども見ることができた。両親は、私の将来を考え、何か早いうちに職業を身につけさせたいと願い、六才の六月六日からお琴を習わせてくれた。~多少視力があったので小学校に一学期だけ通ったが、やはりみんなと共に行動ができないのでやめて、もっぱらお琴の修業に努めた。十二才の時、父の転勤で愛媛県の松山に住むようになった。そこではじめて盲学校に入学して二年間楽しい生活を続けた。そして十四才の春、東京に帰り、今の筑波大附属盲学校に入学した。
その頃、盲人の牧師さんが日曜学校を開いて、多勢の盲児が通っていた。私も誘われて教会に通うようになったのが、神様を知ったはじめであった。その後戦争で教会も閉鎖になり、というより牧師さんが交通事故で亡くなり、みんなも疎開などで方々に散らされて行った。終戦後は、教会もなく信仰も薄れてしまった。~私は昭和48年頃、父の死で大きなショックを受けて健康を害し、入院した。退院後、何とか教会に行きたいと思い、電話で調べて目白教会と連絡がとれ、五月頃から教会の方が送り迎えをして下さった。私の家は創価学会に入っていたので、この宗教を選ぶのは相当な勇気がいることであった。49年のイースターに洗礼を受け、長年住み慣れた目白をあとに東久留米に転居した。すぐに東久留米教会に行くことができたが、ここでまた健康を害し5ヶ月間入院生活を送った。病の床にあっても静かに祈った。
それ以後は心身共に健康になった。聖書の一節に、「イエスが道を通っておられる時一人の盲人を見た。弟子は『先生、この人が盲人なのは親の罪ですか、それとも本人の罪ですか。』するとイエスは、『親の罪でもなく、また本人の罪でもない。ただ神のみわざの現れるためだ』と言われた」と記されている。私がこうして好きなお琴の道を一筋に歩めるのも、みんな神様のみわざの現れであると信じている。肉眼は見えなくとも心眼を見開き、幾度か病に犯されながら、私の心身はすばらしい信仰によって色々な分野に活躍できることは大きな喜びである。~多くの方々の善意も、神様がお与え下さった賜物である。虫しぐれする秋の夜、改めて信仰のすばらしさを胸に秘めて、つたなき筆を置かせていただきます。」
そう言えば、イエス様の弟子・使徒パウロも一旦、目が見えなくなりました。パウロはファリサイ派中のファリサイ派で、自分には真理がよく見えていると自信を持っていました。そしてクリスチャンを目の敵にして迫害していました。そうすることこそ、神様に喜ばれることと信じていたのです。ところが復活のイエス様に出会った時、パウロは天からの光に照らされて三日間、目が見えなくなります。アナニアというクリスチャンが彼の上に手を置いて祈ると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、彼は元通り見えるようになり、身を起して洗礼を受け、食事をして元気を取り戻します。そしてイエス様こそ神の子であると確信して、伝道を始めます。それまでは、うろこのようなものによって心の目が閉ざされ、イエス様が救い主だと分からなかったのです。しかし今や、肉眼だけでなく、心の目も開き、イエス様こそ救い主であることが見えるようになりました。肉眼が開くよりも、そのことの方が大切だったのです。
沖縄ご出身の新垣勉さんというテノール歌手の方を思い出します。「オンリーワンの人生」を提唱なさった方として、12、3年前はNHKなどにも出ておられました。新垣勉さんは、沖縄県読谷村に、米兵の父と日本人の母の間に誕生されました。生後間もなく、助産婦が目薬と劇薬を間違えたため、失明されます。ご両親の離婚、父の帰国により祖母の下で成長されますが、14歳のときに祖母を亡くされます。親を恨み、運命を呪っていたのですが、ある牧師との出会いが生き直す希望と勇気を得るきっかけとなったようです。クリスチャンになり、牧師の資格も得たようです。ある時、音楽の専門家に声を褒められるのですね。「君の声は、ラテン系のよい声だ。トレーニングしなさい。」それまで恨んでいた行方不明の父の遺伝子から、受け継いだ声だったのですね。神様が、父親を通してそのようなよき賜物を与えておられたのでした。試練と苦難の人生でしたが、神様からよい声を与えられていました。34歳で武蔵野音楽大学声楽科に入学、そして卒業され、同大学大学院をも修了されました。テノール歌手として出発されました。リサイタルを開くだけでなく、学校、教会、病院、寺などで歌って来られました。
新垣勉さんのメッセージは「オンリーワンの人生」です。新垣さんが、歌で多くの人を励まして来られたことは確かです。「神のわざがこの人に現れるためである」というイエス様の御言葉が、この方の上にも実現しているのかと思います。逆境は辛いものですが、逆境にある時こそ、人は一生懸命、自分が生きる道を尋ね求め、真剣に生きる面もあるのではないでしょうか。新垣さんは、あるところでこう書いておられます。「人生には時には遠回りが必要です。自分が通ってきた道はすべてプラスになると思うからです。私は太平洋戦争がなければ、この世に生れなかったでしょう。そして、失明することもなく、幼い私を手放した両親たちを長い間、恨むこともなかったと思います。でも、憎しみでは何も変わらないし、何も生まれないことに気付きました。人生にはやり直しがきくのです。一生というもっと長い区切りでものを見て下さい。ゆっくりとした歩みの中から、今まで見落としてきたものに気付くこともあるでしょう。そして、人との出会いを大切にしてほしいと思います。~あなたを必要としている人が必ずいます。他人と比較するのではなく、自分の持っている良さにしっかりと磨きをかけて下さい。そして、あなたにしかない輝きを放つ『オンリーワン』の人生を大切にしてください。」実に心にしみるメッセージです。
本日の旧約聖書は、創世記45章です。詳しく読む時間はありません。ヨセフという人は、予想もできなかった不条理を味わいました。自分の生意気さにも原因があったとは言え、兄たちに憎まれて、結果的にカナンの地からエジプトに連れてゆかれ、しかも無実の罪で約20年間も監獄に入れられます。「神も仏もあるものか」と言いたくなっても不思議でない年月を過ごしました。ヨセフは最終的にエジプトの総理大臣になります。ヨセフは、兄たちを赦して言うのです。「今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。~神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。」 「神のみわざだったのです」とヨセフは、実に深い信仰の言葉を語りました。
この世の中が、健常者だけの世界になったら、望ましいでしょうか。そうなったら、思いやりのかけらもない世の中になるのではないでしょうか。そのような世の中に、私たちは住みたくないでしょう。使徒パウロは申しました。コリントの信徒への手紙(二)12章9節以下です。「主は『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」
私どもも、何もかも順調なわけではありません。マイナスと思える状況にあっても、神様がみわざを行って下さり、神の栄光を現して下さるように、私たちを助けて下さるように、祈り続けて参りたいのです。アーメン(「真実に」)。
「神の業がこの人の上に現れるためである」(ヨハネ福音書9章3節)。
(1節)「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。」生まれつき目が見えないことは、大きな試練です。イエス様の時代は、目の病気が多かったと聞きます。その頃、目の見えない方が生計を立てて独立することは、ほとんどできなかったでしょう。この人も、座って物乞いをしていたのです。この夏、東京の地下鉄のある駅で、視覚障碍を持つ方がホームに転落して亡くなる真に痛ましい事故がありました。私が暫く前に、東久留米近くの武蔵野線の新秋津駅におりました時、視覚障碍の方々を支援する人々が、ちらしを配っていました。西武池袋線の秋津駅と武蔵野線の新秋津駅の間に道路に、点字ブロックを設置することが決まったので、今後その点字ブロックの所を視覚障碍の方々が歩くので、ほかの皆さんはそこをふさがないで歩いてほしい、という要望だったと記憶しています。目の不自由な方が道を歩くことは、確かに危険を伴います。誰でも中途失明する可能性はあるのですから、他人事ではありません。
(2~3節)「弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ(先生)、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか、それとも両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。』」 この御言葉は、この時以来、今に至るまで多くのご病人を励まして来た光の言葉です。イエス様の時代のユダヤ人は、「神様に従えば祝福を受け、神様に逆らって罪を犯せば裁きを受ける」と信じていました。この考え方には正しい面もありますが、あまり機械的にこの考え方だけで物事を判断すると、間違えることがあります。罪を犯した結果、病気になることもあります。でもいろいろ罪を犯していても体が病気にならない人もいますし、逆に、特に大きな罪を犯したのではないが体が病気になる人もおられます。この目の不自由な方の場合は、後者だったのです。誰が大きな罪を犯したのでないが目が見えない状態で生まれて来たのです。旧約聖書のヨブが似ています。ヨブも厳密な意味では罪人(つみびと)の一人ですが、当時のほかの誰も真似ができないほど、清く正しく生きていました。そのことを誇って特に傲慢になっていたのでもありません。しかし、実に辛い試練の数々がヨブを襲ったのです。それはヨブが罪を犯した結果ではありません。ヨハネ福音書9章の目が見えない人も同じです。イエス様の弟子たちも、当時の通俗的な考えに染まっていたので、こう質問したのです。「ラビ(先生)、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか、それとも、両親ですか。」
イエス様は、通俗的な浅い考えを打ち破る、深い真理を語られます。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」「神の業」を「神の栄光」と言い換えてもよいでしょう。「神の栄光がこの人に現れるためである。」ヨブが数々の試練を受けたのも、この人が生まれつき目が見えないのも、決して天罰ではありません。何か、神様の深いお考え、深い目的があるのです。それが何かは、すぐには分からないこともあると思います。それを神秘と呼ぶこともできます。神秘は、神の秘密と書きます。神の秘密に迫るには、神様に深く祈り続けることこそ、最も必要ではないでしょうか。神様ご自身が、最愛の独り子の十字架の死の悲しみを忍耐なさった方ですから、私どもの心の痛みを十分お分かり下さいます。
「神の業がこの人に現れるためである。」この盲人の場合、イエス様の愛の奇跡によって目が見えるようになったことが、直接の神の業でした。(4~7節)「『わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。わたしは、世にいる間、世の光である。』こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、『シロアム―「遣わされた者」という意味―の池に行って洗いなさい』と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。」彼は肉眼が見えるようになったのです。イエス様の愛の奇跡です(高田馬場に日本基督教団シロアム教会という教会があります。目のご不自由な牧師が設立なさった教会です)。
そしてこの盲人の場合、もっと深い神のみわざは、彼がイエス様を救い主と信じたことです。彼の心の目が開かれたのです。本日は17節までしか読みませんでしたが、この話の終わりの方で、イエス様が彼に「あなたは人の子を信じるか」とお問いになります。人の子とは、イスラエルで世の終わりに来ると信じられていた存在で、救い主のことと言ってよいと思います。盲人は言います。「主よ、その方はどんな方ですか。その方を信じたいのですが。」するとイエス様は言われます。「あなたと話しているのが、その人だ。」彼は、「主よ、信じます」と言ってひざまずいたのです。この人には、イエス様を救い主、神の子と信じる信仰が与えられました。これこそ、神のもっと大きなみわざです。肉眼が開くこともすばらしいことですが、イエス様を救い主と信じる信仰は、永遠の命という最大の祝福に至るので、もっとすばらしいことです。
この9章を読むと、東久留米教会員で今は天国におられるAさんを思い出します。Aさんは、今から35年前の1981年に発行された『東久留米教会20周年記念誌』に、このように書いておられます。題は「信仰のすばらしさ」です。「私は生まれながらの盲人である。これは家族にとっても、大変不幸なことである。最初の頃は、0.5ぐらい視力があって、きれいな絵本なども見ることができた。両親は、私の将来を考え、何か早いうちに職業を身につけさせたいと願い、六才の六月六日からお琴を習わせてくれた。~多少視力があったので小学校に一学期だけ通ったが、やはりみんなと共に行動ができないのでやめて、もっぱらお琴の修業に努めた。十二才の時、父の転勤で愛媛県の松山に住むようになった。そこではじめて盲学校に入学して二年間楽しい生活を続けた。そして十四才の春、東京に帰り、今の筑波大附属盲学校に入学した。
その頃、盲人の牧師さんが日曜学校を開いて、多勢の盲児が通っていた。私も誘われて教会に通うようになったのが、神様を知ったはじめであった。その後戦争で教会も閉鎖になり、というより牧師さんが交通事故で亡くなり、みんなも疎開などで方々に散らされて行った。終戦後は、教会もなく信仰も薄れてしまった。~私は昭和48年頃、父の死で大きなショックを受けて健康を害し、入院した。退院後、何とか教会に行きたいと思い、電話で調べて目白教会と連絡がとれ、五月頃から教会の方が送り迎えをして下さった。私の家は創価学会に入っていたので、この宗教を選ぶのは相当な勇気がいることであった。49年のイースターに洗礼を受け、長年住み慣れた目白をあとに東久留米に転居した。すぐに東久留米教会に行くことができたが、ここでまた健康を害し5ヶ月間入院生活を送った。病の床にあっても静かに祈った。
それ以後は心身共に健康になった。聖書の一節に、「イエスが道を通っておられる時一人の盲人を見た。弟子は『先生、この人が盲人なのは親の罪ですか、それとも本人の罪ですか。』するとイエスは、『親の罪でもなく、また本人の罪でもない。ただ神のみわざの現れるためだ』と言われた」と記されている。私がこうして好きなお琴の道を一筋に歩めるのも、みんな神様のみわざの現れであると信じている。肉眼は見えなくとも心眼を見開き、幾度か病に犯されながら、私の心身はすばらしい信仰によって色々な分野に活躍できることは大きな喜びである。~多くの方々の善意も、神様がお与え下さった賜物である。虫しぐれする秋の夜、改めて信仰のすばらしさを胸に秘めて、つたなき筆を置かせていただきます。」
そう言えば、イエス様の弟子・使徒パウロも一旦、目が見えなくなりました。パウロはファリサイ派中のファリサイ派で、自分には真理がよく見えていると自信を持っていました。そしてクリスチャンを目の敵にして迫害していました。そうすることこそ、神様に喜ばれることと信じていたのです。ところが復活のイエス様に出会った時、パウロは天からの光に照らされて三日間、目が見えなくなります。アナニアというクリスチャンが彼の上に手を置いて祈ると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、彼は元通り見えるようになり、身を起して洗礼を受け、食事をして元気を取り戻します。そしてイエス様こそ神の子であると確信して、伝道を始めます。それまでは、うろこのようなものによって心の目が閉ざされ、イエス様が救い主だと分からなかったのです。しかし今や、肉眼だけでなく、心の目も開き、イエス様こそ救い主であることが見えるようになりました。肉眼が開くよりも、そのことの方が大切だったのです。
沖縄ご出身の新垣勉さんというテノール歌手の方を思い出します。「オンリーワンの人生」を提唱なさった方として、12、3年前はNHKなどにも出ておられました。新垣勉さんは、沖縄県読谷村に、米兵の父と日本人の母の間に誕生されました。生後間もなく、助産婦が目薬と劇薬を間違えたため、失明されます。ご両親の離婚、父の帰国により祖母の下で成長されますが、14歳のときに祖母を亡くされます。親を恨み、運命を呪っていたのですが、ある牧師との出会いが生き直す希望と勇気を得るきっかけとなったようです。クリスチャンになり、牧師の資格も得たようです。ある時、音楽の専門家に声を褒められるのですね。「君の声は、ラテン系のよい声だ。トレーニングしなさい。」それまで恨んでいた行方不明の父の遺伝子から、受け継いだ声だったのですね。神様が、父親を通してそのようなよき賜物を与えておられたのでした。試練と苦難の人生でしたが、神様からよい声を与えられていました。34歳で武蔵野音楽大学声楽科に入学、そして卒業され、同大学大学院をも修了されました。テノール歌手として出発されました。リサイタルを開くだけでなく、学校、教会、病院、寺などで歌って来られました。
新垣勉さんのメッセージは「オンリーワンの人生」です。新垣さんが、歌で多くの人を励まして来られたことは確かです。「神のわざがこの人に現れるためである」というイエス様の御言葉が、この方の上にも実現しているのかと思います。逆境は辛いものですが、逆境にある時こそ、人は一生懸命、自分が生きる道を尋ね求め、真剣に生きる面もあるのではないでしょうか。新垣さんは、あるところでこう書いておられます。「人生には時には遠回りが必要です。自分が通ってきた道はすべてプラスになると思うからです。私は太平洋戦争がなければ、この世に生れなかったでしょう。そして、失明することもなく、幼い私を手放した両親たちを長い間、恨むこともなかったと思います。でも、憎しみでは何も変わらないし、何も生まれないことに気付きました。人生にはやり直しがきくのです。一生というもっと長い区切りでものを見て下さい。ゆっくりとした歩みの中から、今まで見落としてきたものに気付くこともあるでしょう。そして、人との出会いを大切にしてほしいと思います。~あなたを必要としている人が必ずいます。他人と比較するのではなく、自分の持っている良さにしっかりと磨きをかけて下さい。そして、あなたにしかない輝きを放つ『オンリーワン』の人生を大切にしてください。」実に心にしみるメッセージです。
本日の旧約聖書は、創世記45章です。詳しく読む時間はありません。ヨセフという人は、予想もできなかった不条理を味わいました。自分の生意気さにも原因があったとは言え、兄たちに憎まれて、結果的にカナンの地からエジプトに連れてゆかれ、しかも無実の罪で約20年間も監獄に入れられます。「神も仏もあるものか」と言いたくなっても不思議でない年月を過ごしました。ヨセフは最終的にエジプトの総理大臣になります。ヨセフは、兄たちを赦して言うのです。「今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。~神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。」 「神のみわざだったのです」とヨセフは、実に深い信仰の言葉を語りました。
この世の中が、健常者だけの世界になったら、望ましいでしょうか。そうなったら、思いやりのかけらもない世の中になるのではないでしょうか。そのような世の中に、私たちは住みたくないでしょう。使徒パウロは申しました。コリントの信徒への手紙(二)12章9節以下です。「主は『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」
私どもも、何もかも順調なわけではありません。マイナスと思える状況にあっても、神様がみわざを行って下さり、神の栄光を現して下さるように、私たちを助けて下さるように、祈り続けて参りたいのです。アーメン(「真実に」)。
2016-09-29 14:40:40(木)
「死から救ってくださるキリスト」 2016年9月25日(日) 聖霊降臨節第20主日礼拝説教
朗読聖書:イザヤ書6章1~7節、ローマの信徒への手紙7章14~25節。
「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。」(ローマの信徒への手紙7章24節)。
本日のローマの信徒への手紙7章後半は、イエス様の弟子・使徒パウロが、自分の罪深さを告白している箇所として、知られています。(最初の14節)「わたしたちは、律法が霊的なものであると知っています。しかし、わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。」律法の代表はモーセの十戒ですね。霊的とは、神のもの、聖なるものということです。律法・モーセの十戒は聖なるもの、善いものです。「しかし、わたし(パウロ)は肉の人であり、罪に売り渡されています。」肉は霊の反対です。肉は自己中心、罪を持っているということです。律法は聖なるものだけれども、パウロは(そして私たちは皆)自己中心で罪を持っているということです。対照的です。水と油とも言えます。
(15節)「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。」 「自分が望むこと」とは、神様の聖なる律法に従って生きることです。自分の一部は確かに、神様の律法に従って清く生きることを望んでいるのに、自分の中にもう一人の自分がいて、律法に反することを行ってしまう。自分の中に二人の自分がいて、その両者の傾向が完全に矛盾し、分裂していると悩んでいるのです。「わたしは、自分のしていることが分かりません。」このような二重人格性は、多かれ少なかれ私たち皆にあるのではないでしょうか。『ジキル博士とハイド氏』という二重人格者を扱った小説がありますが、自分の心の中に善をなそうという意志と、悪の両方が住んでいて、矛盾と自己分裂に陥っているということは、心の中を正直に調べてみれば、私たち皆に覚えがあることだと思うのです。
(16節)「もし、望まないことを行っているとすれば、律法を善いものとして認めているわけになります。」自分が悪いことを行っているときに、「これは神様の律法に反する悪いことだ」と心の中で感じながら、それをごまかして行うことがあります。自分の良心をごまかしながら、悪を行うことがあります。心の中でとがめを感じているということは、自分が破っている神の律法は、善いものだと認めていることですね。パウロのように、自分の心の中の矛盾・分裂を直視し続ける人は、良心的な人です。私たちは多くの場合、青年時代には自分の心の矛盾・分裂に気づき悩むけれども、「こんなことでずっと悩んでいたら、生きてゆけない」と考え直し、その後はそんなことは忘れて、社会生活・仕事生活に励むようになります。「そんなことでいつまでも悩む者は青臭くて愚かだ、そんなことは忘れるのが大人だ」と、考えるのではないでしょうか。でもそれは、問題の本当の解決ではありません。ごまかしにすぎないのです。パウロの偉いところは、このことできちんと悩む点です。このことできちんと悩む人は信仰の道に進むでしょうし、このことであまり悩まない人は、信仰に入りにくいのではないでしょうか。
(17節)「そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。」パウロは、「自分の中に罪が住んでいる」と嘆いています。私たちの嘆きでもあります。「私の中に罪が住んでいる。」それが私に罪を犯させる。自分はそれに抵抗しても、ついつい負けて罪を行ってしまう。(18節)「わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。」神様が喜ばれるように、心から律法を実行しようという意志はあるが、罪に負けて実行できない。形の上で実行できることはあるが、心の底から100%清い気持ちで実行することができない。ここはパウロが、本当に自分の心の中を赤裸々に告白している言葉です。(18~20節)「わたしは、自分の内には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。」 「もはやわたしではなく」と言っていますが、パウロが責任逃れをしているのではないでしょう。パウロは「わたしの中に罪が厳然として住んでいる」と認めているのです。
以下も、自分に罪があることをいろいろな表現で告白していると言えます。21節もそうです。「それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪がつきまとっているという法則に気づきます。」これが私・私たちの現実です。善をなそうと思っても、いつも悪・罪・自分勝手がまとわりついているのです。いわゆる善いことを行っても、純粋に神様と人を愛してのことは少ないのです。どこかに、「善いこと」をしている自分を誇る思い、自己満足する自己中心の思いが消えません。どんな「善いこと」をしても、そこに罪もこびりついています。パウロは「望まない悪を行っている」と言いましたが、クリスチャンになる前のパウロは、形の上では律法を完全に守って、形の上では清く正しく生きるユダヤのファリサイ派の先頭をきって走る人でした。自分ほど正しい人間は世界にいないくらいの自信をもっていたのです。しかし彼の自信は、復活されたイエス様に出会ったことで、完全に砕かれてしまいました。
神の子イエス様こそ、本当の意味で正しい方なのです。その正しさは、パウロのように自分の立派さを誇る正しさではありません。ご自分が罪を一切犯さないのはもちろんですが、それだけでなく、相手の罪を自分が背負い、相手の足を洗い、相手に奉仕する愛に生きる正しさでした。そして罪人(つみびと)たちの罪を身代わりに背負い、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と、自分を殺す人たちのために神の赦しを祈り求める、そのような正しさでした。パウロは、自分とは比べものにならないほど、本当の意味で正しく愛に生きたイエス様と出会い、自分の正しさがいかに独善的だったかを思い知らされ、イエス様にすっかり降参しました。それまでの自分の独善の傲慢の罪を打ち砕かれ、悔い改めに導かれました。そして洗礼を受けて、クリスチャンに、さらに伝道者になりました。
「わたしの中に住んでいる罪」、それを原罪と呼ぶことができます。原罪は、私たち人間が生まれつきもっている罪です。原罪という言葉そのものは、聖書の中にありません。しかし私たち人間が皆、生まれつき自己中心の罪を持っていることは、私たちの経験上、明らかです。悔い改めの詩編として有名な詩編51編は、ダビデ王の作と書かれています。詩編51編7節で、ダビデはこのように告白します。
「わたしは咎のうちに産み落とされ/ 母がわたしをみごもったときも/ わたしは罪のうちにあったのです。」 「母が私をみごもった時に、私は既に罪のうちにあった」と認めていますから、この罪を原罪と呼んでよいと思います。原罪を持つ私たちを清める方は、聖霊なる神様です。しかし原罪は、私たちが地上に生きる限り、完全に消えることはありません。私たちが死ぬときに私たちの原罪も完全に死に絶えます。そしてイエス様を信じる人は、天国に移されます。
パウロは22~23節で、自分の心の中に善と悪の戦いがあることを告白します。「『内なる人』としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。」「とりこ」は言い換えると奴隷ですね。善をなそうという意志はあるけれども、罪の力に負けて罪の虜、罪の奴隷になってしまっている。以前の自分はそのような惨めな状態にあったと、パウロは実に正直に告白しています。イエス様は、ヨハネによる福音書8章34節で、「罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である」とおっしゃいました。パウロも私たちも、罪の奴隷だったのです。
24節は、パウロの有名な叫びです。「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。」パウロは、6章22節で、「罪は支払う報酬は死です」と厳粛な真実を述べました。罪を犯すことは、神様から離れ、神様に逆らうことです。私たちに命を与えて下さった神様から離れ、神様に逆らうことは、命から離れることです。命から離れれば、死に至ります。私たちに罪があるために、私たちは死にます。死の真の原因は、病気でも老化でもなく、私たちの罪です。この罪を解決することが、すべての人にとって一番必要なことです。体の病気を治すことも大切ですが、罪を解決することがもっと大切です。罪を解決しないと、永遠の命に入ることができないからです。ところが自分の罪という大問題を、(私もしばしばそうかもしれないのですが)多くの人はあやふやにして、ごまかして、きちんと向き合わないのです。それは罪を解決することは不可能だと、あきらめているからかもしれません。
しかし、解決して下さった救い主がおられるのです。これは本当にありがたいことです。救い主はイエス・キリストです。私たち皆の全部の罪を身代わりに背負って十字架で死なれ、三日目に復活されたイエス様がおられます。このイエス様を自分の救い主と信じ告白する人には、例外なく永遠の命と天国がプレゼントされます。ですから、24節までで自分の罪に悩んでいたパウロが、25節で一転して、感謝と喜びの言葉を語るのです。「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と。パウロの自己分裂の深い悩みを、イエス・キリストが完全に解決して下さったのです。
パウロが絞り出した悩みと絶望の言葉が、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう」です。本日の旧約聖書はイザヤ書6章1節以下です。ここでも預言者イザヤが、パウロに似た絶望の叫びを上げています。イザヤは神殿で礼拝しているときに、聖なる神様を垣間見たのです。聖なる神様を垣間見たことで、自分が罪に汚れた者、惨めな者であることはっきり悟ったのです。そして言いました。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。」先ほど歌った『讃美歌21』の211番の作詞者はストウ夫人という19世紀のアメリカ人、名作『アンクル・トムの小屋』の作者です。この作品はアメリカの奴隷解放の世論を高めるために大きな力を発揮したと言われます。ストウ夫人は、奴隷制度という自分の国の罪を深く悲しみ、「何と惨めな罪!」と嘆いていたのではないでしょうか。私たち皆に罪があり、どの国にも罪があります。
「わたしは何と惨めな人間なのでしょう」というパウロの叫びは、とても大切です。自分の罪に気づき、罪を悩むことは、罪の悔い改めにつながるからです。自分の罪を深く悲しみ悩む人こそ、深い悔い改めに至ることができる人です。カトリックのあるシスターが書いておられたと記憶しているのですが、今の日本人はあまり悩まなくなった、それがクリスチャンになる人が減った理由だというのです。もちろん今の日本人にも多くの悩みがあります。健康の悩み、家族の悩み、経済の悩みなどの多くの悩みです。でもパウロのように自分の罪を悲しみ悩む人は、以前より減ったかもしれません。このような悩みは、クリスチャンになるためには、必要で大切な悩みだと思うのです。このような悩みを悩む人こそ、罪から救って下さる救い主を探し求め、真の救い主イエス・キリストにたどり着くことができるからです。イエス様は、「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人(つみびと)を招いて悔い改めさせるためである」(ルカ福音書5章32節)と言われます。イエス様は、パウロのように自分の罪に悩む心の病人を救う「魂の医者」です。
パウロのような悩み、絶望には救いがある、希望があります。この絶望は、「希望ある絶望」です。イエス様という救い主がおられるからです。誰の言葉だったか、「クリスチャンは安心して絶望できる」という意味の言葉を聞いたことがあります。やや能天気な言葉かもしれませんが、本当です。確かにこの地上の現実は厳しく、病への恐れ、加齢への恐れ、死への恐れがあり、災害・テロ・イスラム国の恐怖もあります。しかし救い主イエス様がおられ、イエス様を信じる者には、全ての罪の赦しと天国が約束されています。
その意味で、クリスチャンが本当に絶望することはありません。絶望しても、最後には必ず永遠の命と天国の希望があります。死と絶望ですべてが終わることはないのです。やや能天気な言い方で恐縮ですが、安心して絶望することができます。パウロは、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」と絶望しても、すぐに、「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と、感謝と讃美を献げることができるのです。
その直後にパウロは、「このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです」と、一見逆戻りしたような言葉を述べます。これは、イエス様に永遠の命を約束された後も、地上に生きる限り残る自分の罪のことを述べているのではないかと思います。自分の罪との戦いは地上に生きる限り続きますが、根本的には永遠の命は約束されており、私たちが死ぬとき、私たちの罪も完全に滅びます。私たちは、パウロのように自分の罪を嘆き、悔い改めながら、パウロと同じ感謝と希望をもって生き、キリスト者の使命を果たして参りたいのです。アーメン(「真実に」)。
「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。」(ローマの信徒への手紙7章24節)。
本日のローマの信徒への手紙7章後半は、イエス様の弟子・使徒パウロが、自分の罪深さを告白している箇所として、知られています。(最初の14節)「わたしたちは、律法が霊的なものであると知っています。しかし、わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。」律法の代表はモーセの十戒ですね。霊的とは、神のもの、聖なるものということです。律法・モーセの十戒は聖なるもの、善いものです。「しかし、わたし(パウロ)は肉の人であり、罪に売り渡されています。」肉は霊の反対です。肉は自己中心、罪を持っているということです。律法は聖なるものだけれども、パウロは(そして私たちは皆)自己中心で罪を持っているということです。対照的です。水と油とも言えます。
(15節)「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。」 「自分が望むこと」とは、神様の聖なる律法に従って生きることです。自分の一部は確かに、神様の律法に従って清く生きることを望んでいるのに、自分の中にもう一人の自分がいて、律法に反することを行ってしまう。自分の中に二人の自分がいて、その両者の傾向が完全に矛盾し、分裂していると悩んでいるのです。「わたしは、自分のしていることが分かりません。」このような二重人格性は、多かれ少なかれ私たち皆にあるのではないでしょうか。『ジキル博士とハイド氏』という二重人格者を扱った小説がありますが、自分の心の中に善をなそうという意志と、悪の両方が住んでいて、矛盾と自己分裂に陥っているということは、心の中を正直に調べてみれば、私たち皆に覚えがあることだと思うのです。
(16節)「もし、望まないことを行っているとすれば、律法を善いものとして認めているわけになります。」自分が悪いことを行っているときに、「これは神様の律法に反する悪いことだ」と心の中で感じながら、それをごまかして行うことがあります。自分の良心をごまかしながら、悪を行うことがあります。心の中でとがめを感じているということは、自分が破っている神の律法は、善いものだと認めていることですね。パウロのように、自分の心の中の矛盾・分裂を直視し続ける人は、良心的な人です。私たちは多くの場合、青年時代には自分の心の矛盾・分裂に気づき悩むけれども、「こんなことでずっと悩んでいたら、生きてゆけない」と考え直し、その後はそんなことは忘れて、社会生活・仕事生活に励むようになります。「そんなことでいつまでも悩む者は青臭くて愚かだ、そんなことは忘れるのが大人だ」と、考えるのではないでしょうか。でもそれは、問題の本当の解決ではありません。ごまかしにすぎないのです。パウロの偉いところは、このことできちんと悩む点です。このことできちんと悩む人は信仰の道に進むでしょうし、このことであまり悩まない人は、信仰に入りにくいのではないでしょうか。
(17節)「そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。」パウロは、「自分の中に罪が住んでいる」と嘆いています。私たちの嘆きでもあります。「私の中に罪が住んでいる。」それが私に罪を犯させる。自分はそれに抵抗しても、ついつい負けて罪を行ってしまう。(18節)「わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。」神様が喜ばれるように、心から律法を実行しようという意志はあるが、罪に負けて実行できない。形の上で実行できることはあるが、心の底から100%清い気持ちで実行することができない。ここはパウロが、本当に自分の心の中を赤裸々に告白している言葉です。(18~20節)「わたしは、自分の内には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。」 「もはやわたしではなく」と言っていますが、パウロが責任逃れをしているのではないでしょう。パウロは「わたしの中に罪が厳然として住んでいる」と認めているのです。
以下も、自分に罪があることをいろいろな表現で告白していると言えます。21節もそうです。「それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪がつきまとっているという法則に気づきます。」これが私・私たちの現実です。善をなそうと思っても、いつも悪・罪・自分勝手がまとわりついているのです。いわゆる善いことを行っても、純粋に神様と人を愛してのことは少ないのです。どこかに、「善いこと」をしている自分を誇る思い、自己満足する自己中心の思いが消えません。どんな「善いこと」をしても、そこに罪もこびりついています。パウロは「望まない悪を行っている」と言いましたが、クリスチャンになる前のパウロは、形の上では律法を完全に守って、形の上では清く正しく生きるユダヤのファリサイ派の先頭をきって走る人でした。自分ほど正しい人間は世界にいないくらいの自信をもっていたのです。しかし彼の自信は、復活されたイエス様に出会ったことで、完全に砕かれてしまいました。
神の子イエス様こそ、本当の意味で正しい方なのです。その正しさは、パウロのように自分の立派さを誇る正しさではありません。ご自分が罪を一切犯さないのはもちろんですが、それだけでなく、相手の罪を自分が背負い、相手の足を洗い、相手に奉仕する愛に生きる正しさでした。そして罪人(つみびと)たちの罪を身代わりに背負い、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と、自分を殺す人たちのために神の赦しを祈り求める、そのような正しさでした。パウロは、自分とは比べものにならないほど、本当の意味で正しく愛に生きたイエス様と出会い、自分の正しさがいかに独善的だったかを思い知らされ、イエス様にすっかり降参しました。それまでの自分の独善の傲慢の罪を打ち砕かれ、悔い改めに導かれました。そして洗礼を受けて、クリスチャンに、さらに伝道者になりました。
「わたしの中に住んでいる罪」、それを原罪と呼ぶことができます。原罪は、私たち人間が生まれつきもっている罪です。原罪という言葉そのものは、聖書の中にありません。しかし私たち人間が皆、生まれつき自己中心の罪を持っていることは、私たちの経験上、明らかです。悔い改めの詩編として有名な詩編51編は、ダビデ王の作と書かれています。詩編51編7節で、ダビデはこのように告白します。
「わたしは咎のうちに産み落とされ/ 母がわたしをみごもったときも/ わたしは罪のうちにあったのです。」 「母が私をみごもった時に、私は既に罪のうちにあった」と認めていますから、この罪を原罪と呼んでよいと思います。原罪を持つ私たちを清める方は、聖霊なる神様です。しかし原罪は、私たちが地上に生きる限り、完全に消えることはありません。私たちが死ぬときに私たちの原罪も完全に死に絶えます。そしてイエス様を信じる人は、天国に移されます。
パウロは22~23節で、自分の心の中に善と悪の戦いがあることを告白します。「『内なる人』としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。」「とりこ」は言い換えると奴隷ですね。善をなそうという意志はあるけれども、罪の力に負けて罪の虜、罪の奴隷になってしまっている。以前の自分はそのような惨めな状態にあったと、パウロは実に正直に告白しています。イエス様は、ヨハネによる福音書8章34節で、「罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である」とおっしゃいました。パウロも私たちも、罪の奴隷だったのです。
24節は、パウロの有名な叫びです。「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。」パウロは、6章22節で、「罪は支払う報酬は死です」と厳粛な真実を述べました。罪を犯すことは、神様から離れ、神様に逆らうことです。私たちに命を与えて下さった神様から離れ、神様に逆らうことは、命から離れることです。命から離れれば、死に至ります。私たちに罪があるために、私たちは死にます。死の真の原因は、病気でも老化でもなく、私たちの罪です。この罪を解決することが、すべての人にとって一番必要なことです。体の病気を治すことも大切ですが、罪を解決することがもっと大切です。罪を解決しないと、永遠の命に入ることができないからです。ところが自分の罪という大問題を、(私もしばしばそうかもしれないのですが)多くの人はあやふやにして、ごまかして、きちんと向き合わないのです。それは罪を解決することは不可能だと、あきらめているからかもしれません。
しかし、解決して下さった救い主がおられるのです。これは本当にありがたいことです。救い主はイエス・キリストです。私たち皆の全部の罪を身代わりに背負って十字架で死なれ、三日目に復活されたイエス様がおられます。このイエス様を自分の救い主と信じ告白する人には、例外なく永遠の命と天国がプレゼントされます。ですから、24節までで自分の罪に悩んでいたパウロが、25節で一転して、感謝と喜びの言葉を語るのです。「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と。パウロの自己分裂の深い悩みを、イエス・キリストが完全に解決して下さったのです。
パウロが絞り出した悩みと絶望の言葉が、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう」です。本日の旧約聖書はイザヤ書6章1節以下です。ここでも預言者イザヤが、パウロに似た絶望の叫びを上げています。イザヤは神殿で礼拝しているときに、聖なる神様を垣間見たのです。聖なる神様を垣間見たことで、自分が罪に汚れた者、惨めな者であることはっきり悟ったのです。そして言いました。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。」先ほど歌った『讃美歌21』の211番の作詞者はストウ夫人という19世紀のアメリカ人、名作『アンクル・トムの小屋』の作者です。この作品はアメリカの奴隷解放の世論を高めるために大きな力を発揮したと言われます。ストウ夫人は、奴隷制度という自分の国の罪を深く悲しみ、「何と惨めな罪!」と嘆いていたのではないでしょうか。私たち皆に罪があり、どの国にも罪があります。
「わたしは何と惨めな人間なのでしょう」というパウロの叫びは、とても大切です。自分の罪に気づき、罪を悩むことは、罪の悔い改めにつながるからです。自分の罪を深く悲しみ悩む人こそ、深い悔い改めに至ることができる人です。カトリックのあるシスターが書いておられたと記憶しているのですが、今の日本人はあまり悩まなくなった、それがクリスチャンになる人が減った理由だというのです。もちろん今の日本人にも多くの悩みがあります。健康の悩み、家族の悩み、経済の悩みなどの多くの悩みです。でもパウロのように自分の罪を悲しみ悩む人は、以前より減ったかもしれません。このような悩みは、クリスチャンになるためには、必要で大切な悩みだと思うのです。このような悩みを悩む人こそ、罪から救って下さる救い主を探し求め、真の救い主イエス・キリストにたどり着くことができるからです。イエス様は、「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人(つみびと)を招いて悔い改めさせるためである」(ルカ福音書5章32節)と言われます。イエス様は、パウロのように自分の罪に悩む心の病人を救う「魂の医者」です。
パウロのような悩み、絶望には救いがある、希望があります。この絶望は、「希望ある絶望」です。イエス様という救い主がおられるからです。誰の言葉だったか、「クリスチャンは安心して絶望できる」という意味の言葉を聞いたことがあります。やや能天気な言葉かもしれませんが、本当です。確かにこの地上の現実は厳しく、病への恐れ、加齢への恐れ、死への恐れがあり、災害・テロ・イスラム国の恐怖もあります。しかし救い主イエス様がおられ、イエス様を信じる者には、全ての罪の赦しと天国が約束されています。
その意味で、クリスチャンが本当に絶望することはありません。絶望しても、最後には必ず永遠の命と天国の希望があります。死と絶望ですべてが終わることはないのです。やや能天気な言い方で恐縮ですが、安心して絶望することができます。パウロは、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」と絶望しても、すぐに、「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と、感謝と讃美を献げることができるのです。
その直後にパウロは、「このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです」と、一見逆戻りしたような言葉を述べます。これは、イエス様に永遠の命を約束された後も、地上に生きる限り残る自分の罪のことを述べているのではないかと思います。自分の罪との戦いは地上に生きる限り続きますが、根本的には永遠の命は約束されており、私たちが死ぬとき、私たちの罪も完全に滅びます。私たちは、パウロのように自分の罪を嘆き、悔い改めながら、パウロと同じ感謝と希望をもって生き、キリスト者の使命を果たして参りたいのです。アーメン(「真実に」)。
2016-09-22 9:04:56(木)
「キリストのとこしえの王座」 2016年9月18日(日) 聖霊降臨節第19主日礼拝説教
朗読聖書:サムエル記・下7章1~24節、ルカ福音書1章26~38節。
「この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える」(サムエル記・下7章13節)。
ダビデは、エルサレムで全イスラエルの王となりました。最初にエルサレムに神の箱を運び上げる時は、失敗がありました。十戒を記した石板が納められている神の箱が、最も聖なる箱であることの認識が薄く、聖別した祭司やレビ人に担いで運ばせなかったので、運んだウザという人が、うかつにも神の箱に触れてしまい、聖なる神様に撃たれて死にました。これはダビデにとっても痛手でした。しかし二回目は、最も聖なる神の箱を正しい方法で運び、エルサレムに到着させることに成功しました。ダビデは喜んで、神様の御前で力のかぎり踊りました。そしてへりくだって、妻ミカルに言いました。「このわたしを選んで、主の民イスラエルの指導者として立ててくださった主の御前でわたしは踊ったのだ。わたしはもっと卑しめられ、自分の目にも低い者となろう。」ダビデ王の人生は、前半の頂点に至ったと言えます。
本日の7章を、ここまでのクライマックスと呼ぶ人もいます。(1節)「王は王宮に住むようになり、主は周囲の敵をすべて退けて彼に安らぎをお与えになった。」慌しい日々からひと息ついたダビデには、気になることがありました。(2節)「王は預言者ナタンに言った。『見なさい。わたしはレバノン杉の家に住んでいるが、神の箱は天幕を張った中に置いたままだ。』レバノン杉は、立派な杉の木です。ダビデ王は、自分が立派な杉の木で建てた王宮に住んでいるのに、神様の最も聖なる箱を納める家、神の神殿を建てないで、神の箱を天幕を張っただけの質素で粗末な場所に安置していることを、心苦しく思ったのです。預言者ナタンは、ダビデの心を知って、こう答えます。(3節)「心にあることは何でも実行なさるとよいでしょう。主はあなたと共におられます。」
しかし、神様の御心は違いました。結果から言えば、ダビデではなく、その子ソロモンが神殿を建てることが神の御心だったのです。神様は、預言者ナタンに言われました。(5~7節)「わたしの僕ダビデのもとに行って告げよ。主はこう言われる。あなたがわたしのために住むべき家を建てようというのか。わたしはイスラエルの子らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、家に住まず、天幕、すなわち幕屋を住みかとして歩んできた。わたしはイスラエルの子らと常に共に歩んできたが、その間、わたしの民イスラエルを牧するようにと命じたイスラエルの部族の一つにでも、なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか。」それは、ありませんでした。
神様はさらにナタンに言われます。(8節)「わたしの僕ダビデに告げよ。万軍の主はこう言われる。わたしは牧場の羊の群れの後ろからあなたを取って、わたしの民イスラエルの指導者にした。」ダビデは、エッサイという人の8番目の息子、末っ子です。一家で一番軽んじられていたはずです。羊を飼うという、多くの汗をかくきつい労働を引き受けていました。神様はいと小さき者を愛し、いと小さき者によき信仰を与えて下さる方です。ダビデは、牧場の羊の群れの後ろという、最も軽んじられる所にいましたが、そこから神様に選ばれてイスラエルの王とされました。神様は、今も同じことを行うことがおできになります。あるいは、パウロのようにクリスチャンを迫害していた人を、大伝道者となすことさえ、おできになります。
神様は、いと小さきダビデを愛しておられるのです。ダビデという名前は「愛される者」の意味だそうです。神様はダビデを愛して、恵みの御言葉をお与えになります。(9~11節前半)「あなたがどこに行こうとも、わたしは共にいて、あなたの行く手から敵をことごとく断ち、地上の大なる者に並ぶ名声を与えよう。わたしの民イスラエルには一つの所を定め、彼らをそこに植え付ける。民はそこに住み着いて、もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に圧迫されることもない。わたしの民イスラエルの上に士師(カリスマ的指導者)を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。」
次に神様は、ダビデに全く新しい約束を与えられます。(11節の後半と12節)「主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。」神様がダビデ王の家・王国を興して下さる。ダビデ王の家系が、イスラエルの王の家系として続いてゆく。ダビデの子(ソロモン)が家を継ぎ、その王国が揺るぎない王国として建てられる。(13節)「この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。」この者・ソロモンが神の御名のために家・神殿を建てる。そして神様は、ソロモンの王国(ダビデの王国)をとこしえに・永遠に堅く据えて下さる。
ダビデが神殿を建てることができない理由の1つはこうです。神様はダビデにこう言われました(歴代誌・上22:8~)。「あなたは多くの血を流し、大きな戦争を繰り返した。わたしの前で多くの血を大地に流したからには、あなたがわたしの名のために神殿を築くことは許されない。見よ、あなたに子が生まれる。その子は安らぎの人である。わたしは周囲のすべての敵からその子を守って、安らぎを与える。それゆえ、その子の名はソロモンと呼ばれる。わたしは、この子が生きている間、イスラエルに平和と静けさを与える。この子がわたしの名のために神殿を築く。この子はわたしの子となり、わたしはその父となる。わたしはその王座を堅く据え、とこしえにイスラエルを支配させる。」旧約聖書では、しばしば戦争が行われるので、抵抗を覚える方がおられると思います。私にも、その面があります。その私に、この御言葉は、「やはり神様は、最終的には血を流すことを嫌い、戦争を嫌い、平和おの愛する神様なのだな」と、ほっとさせてくれる御言葉、納得感を与えてくれる御言葉なのです。
「ソロモンは安らぎの人だ」と神は言われます。ソロモンという名前は、シャローム(平安)と音が似ていますから、シャロームと深いかかわりがあるのでしょうね。ダビデは(やむを得なかったのでしょうが)、ぺリシテ人たちとの戦争を繰り返し、多くの血を流したので、神殿を建てるにふさわしくないとされたのです。神殿を建てるのは「平和の人」の仕事です。神殿は、今の時代では教会とも言えますが、イエス・キリストの教会も基本的には「平和の教会」です。自分が神殿を建てるのでないと悟ったダビデは、わが子ソロモンの神殿建築のために、多くの準備をしてから死にました。
さて、神殿も大切ですが、もっと大切なのは、ここでの神様の約束です。「主があなたのために家を興す。」「わたしは彼(ソロモン)の王国の王座をとこしえに堅く据える。」ソロモンが神殿を建てるより先に、神様がダビデとソロモンの王座を堅く据えて下さいます。人間がリーダーではなく、神様が全てのリーダーです。私たち人間は、基本的に神様のリードに従います。私たち人間の計画が第一ではなく、神様のご計画が第一です。箴言19章21節の御言葉を思い出します。「人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する。」「人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する。」神のために神殿を建てようとしたダビデの計らいは実現せず、ダビデとソロモンの王国を興してとこしえに堅く建てる主の御旨が実現します。
神様は続けて言われます。サムエル記・下7章14節。「わたしは彼(ソロモン)の父となり、彼はわたしの子となる。彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。」過ちを犯した時に懲らしめるのは、神様がソロモンを愛しておられるからです。「わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする」とヨハネの黙示録3章19節にあります。そして神様はダビデとソロモンの王国が、とこしえに・永遠に堅く据えられると約束なさいました。
しかし人間の王国は、決してとこしえ・永遠ではありません。この約1000年後、ダビデの子孫からイエス・キリストが誕生されます。正確にはダビデの子孫ヨセフの妻マリアが聖霊によって身ごもることで(処女妊娠で)、神の子イエス様が誕生されます。とこしえの王国は、最終的にはキリストの国・神の国のことです。ですから13節の「この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える」は、ダビデ・ソロモンの王国を指しながら、究極的には、もっと先に実現するキリストの国・神の国を指します。ですから13節は、イエス・キリストの国の実現を予告する、極めて重要な預言です。14節で、「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる」とあり、彼は直接にはソロモンですが、究極的には神の子イエス様を指します。「彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。」この場合の彼はソロモンで、イエス様のことは指しません。イエス様が過ちを犯すことは、あり得ないからです。
ダビデは、神様の約束が将来の救い主メシアのことをも指していることを、悟ったようです。祈りの中でこのように言います。(18~19節)「主なる神よ、何故わたしを、わたしの家などを、ここまでお導きくださったのですか。主なる神よ、御目には、それもまた小さな事にすぎません。また、あなたはこの僕の家の遠い将来にかかわる御言葉まで賜りました。」「遠い将来」と言っていますから、結果的に約1000年先になるダビデの子孫・救い主メシアの誕生を、ここで悟ったのだと思います。それは、使徒言行録2章のペンテコステの場面で、イエス様の弟子ペトロが、「ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました」と説教していることからも、分かります。
本日の新約聖書は、ルカ福音書1章26節以下、イエス様の母となるマリアに、天使ガブリエルが神様のメッセージを伝える、あまりにも有名な場面です。天使ガブリエルは、ダビデの子孫ヨセフのいいなずけである少女マリアのもとに、神から遣わされたのです。ガブリエルはマリアに言ったのです。「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。~マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠に(とこしえに)ヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」「父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め」が、サムエル記(下)7章12、13節「あなたから出る子孫に跡を継がせ、その王座をゆるぎないものとする。~わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える」と同じことを述べていることは確かです。ダビデの子孫ヨセフの子となったイエス様こそ、神の永遠の国の真の王なのです。
今日のテーマの1つは神殿ですが、神殿は今の時代は教会と言えます。神殿も教会も聖霊が満ちる場だからです。イエス様はエルサレムの神殿について、エレミヤ書を引用してこう言われました。「『わたし(神)の家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった」(マルコ福音書11:17)。そして腐敗していた神殿を清める、思いきった行動に出られました。「宮清め」と呼ばれる出来事です。今も神様は教会を清められます。「今こそ、神の家から裁きが始まる時です」(ペトロの手紙(一)4:17)とあります。「わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。」東久留米教会が2010年から2011年にかけて今の会堂を建築したときのモットーは「ホーリーアンドシンプル」(聖にして簡素)です。これからも「ホーリーアンドシンプル」な教会として歩み続けたいのです。但し、私どもは皆、罪人(つみびと)ですので、完全にホーリーになることは地上でできません。ですから教会は「聖なる人の家」というより「悔い改める罪人(つみびと)の家」です。教会は「祈りの家」です。この会堂でますますよく祈りましょう。祈る所に聖霊が満ち、伝道が進みます。
今年の6月24日(日本基督教団の創立記念日)に、日本基督教団の若手の牧師方の呼びかけによって、「日本伝道のために祈る会」が富士見町教会で行われました。私は出席することができませんでしたが、送られて来た報告書によると、よい祈り会だったようです。聖霊なる神様の新しい導きを感じます。東久留米教会の前進もやはり祈りから、日本基督教団の刷新も祈りから始ります。その祈り会で説教なさった女性牧師は、ハガイ書1章14、15節の御言葉に気づかれたのです。それはバビロン捕囚からエルサレムに帰還したイスラエルの民が、神殿再建の第一歩を踏み出す場面です。「主が、ユダの総督シャルティエルの子ゼルバベルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュア、および民の残りの者すべての霊を奮い立たせられたので、彼らは出て行き、彼らの神、万軍の主の神殿を建てる作業に取りかかった。それは6月24日のことであった。」6月24日は、日本基督教団の創立記念日なのですね。もちろんハガイ書の6月24日はユダヤ暦でしょうし、日本基督教団の創立記念日の6月24日は西暦です。でもこの不思議な一致によって、神様がその祈り会を励まし、祝福して下さったと私は感じるのです。
日本基督教団の式文を見ると、教会設立式の時に次のように祈ることになっています。この東久留米教会が設立された55年前も、この場所でこのような祈りが献げられたと思うのです。教会の原点の祈りです。「主イエス・キリストの父なる神、ここに主を頭(かしら)とする教会を建て、力と栄光を現して下さいましたことを感謝致します。この教会を山の上に建てられた城のように堅く立たせ、光として世を照らさせ、塩として世を潔めさせて下さい。信徒一同が、主の教会を尊び、これを愛し、相ゆずり、互いに仕えて、御名の栄光を現すようにして下さい。この教会を人の支配するところとなさず、ただ主のみ、とこしえに統べ治めたもうところとして下さい。主イエス・キリストの御名によってお願い致します。アーメン。」 「この教会を人の支配するところとなさず」の言葉に、よい印象を受けました。
教会はもちろん牧師が支配する所でなく、どの人が支配するところでもありません。みんなでイエス様に従う所です。本日の説教題は、「キリストのとこしえの王座」です。私どももよく祈って、王であるイエス様に喜んで従ってゆく教会でありたいのです。アーメン(「真実に」)。
「この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える」(サムエル記・下7章13節)。
ダビデは、エルサレムで全イスラエルの王となりました。最初にエルサレムに神の箱を運び上げる時は、失敗がありました。十戒を記した石板が納められている神の箱が、最も聖なる箱であることの認識が薄く、聖別した祭司やレビ人に担いで運ばせなかったので、運んだウザという人が、うかつにも神の箱に触れてしまい、聖なる神様に撃たれて死にました。これはダビデにとっても痛手でした。しかし二回目は、最も聖なる神の箱を正しい方法で運び、エルサレムに到着させることに成功しました。ダビデは喜んで、神様の御前で力のかぎり踊りました。そしてへりくだって、妻ミカルに言いました。「このわたしを選んで、主の民イスラエルの指導者として立ててくださった主の御前でわたしは踊ったのだ。わたしはもっと卑しめられ、自分の目にも低い者となろう。」ダビデ王の人生は、前半の頂点に至ったと言えます。
本日の7章を、ここまでのクライマックスと呼ぶ人もいます。(1節)「王は王宮に住むようになり、主は周囲の敵をすべて退けて彼に安らぎをお与えになった。」慌しい日々からひと息ついたダビデには、気になることがありました。(2節)「王は預言者ナタンに言った。『見なさい。わたしはレバノン杉の家に住んでいるが、神の箱は天幕を張った中に置いたままだ。』レバノン杉は、立派な杉の木です。ダビデ王は、自分が立派な杉の木で建てた王宮に住んでいるのに、神様の最も聖なる箱を納める家、神の神殿を建てないで、神の箱を天幕を張っただけの質素で粗末な場所に安置していることを、心苦しく思ったのです。預言者ナタンは、ダビデの心を知って、こう答えます。(3節)「心にあることは何でも実行なさるとよいでしょう。主はあなたと共におられます。」
しかし、神様の御心は違いました。結果から言えば、ダビデではなく、その子ソロモンが神殿を建てることが神の御心だったのです。神様は、預言者ナタンに言われました。(5~7節)「わたしの僕ダビデのもとに行って告げよ。主はこう言われる。あなたがわたしのために住むべき家を建てようというのか。わたしはイスラエルの子らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、家に住まず、天幕、すなわち幕屋を住みかとして歩んできた。わたしはイスラエルの子らと常に共に歩んできたが、その間、わたしの民イスラエルを牧するようにと命じたイスラエルの部族の一つにでも、なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか。」それは、ありませんでした。
神様はさらにナタンに言われます。(8節)「わたしの僕ダビデに告げよ。万軍の主はこう言われる。わたしは牧場の羊の群れの後ろからあなたを取って、わたしの民イスラエルの指導者にした。」ダビデは、エッサイという人の8番目の息子、末っ子です。一家で一番軽んじられていたはずです。羊を飼うという、多くの汗をかくきつい労働を引き受けていました。神様はいと小さき者を愛し、いと小さき者によき信仰を与えて下さる方です。ダビデは、牧場の羊の群れの後ろという、最も軽んじられる所にいましたが、そこから神様に選ばれてイスラエルの王とされました。神様は、今も同じことを行うことがおできになります。あるいは、パウロのようにクリスチャンを迫害していた人を、大伝道者となすことさえ、おできになります。
神様は、いと小さきダビデを愛しておられるのです。ダビデという名前は「愛される者」の意味だそうです。神様はダビデを愛して、恵みの御言葉をお与えになります。(9~11節前半)「あなたがどこに行こうとも、わたしは共にいて、あなたの行く手から敵をことごとく断ち、地上の大なる者に並ぶ名声を与えよう。わたしの民イスラエルには一つの所を定め、彼らをそこに植え付ける。民はそこに住み着いて、もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に圧迫されることもない。わたしの民イスラエルの上に士師(カリスマ的指導者)を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。」
次に神様は、ダビデに全く新しい約束を与えられます。(11節の後半と12節)「主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。」神様がダビデ王の家・王国を興して下さる。ダビデ王の家系が、イスラエルの王の家系として続いてゆく。ダビデの子(ソロモン)が家を継ぎ、その王国が揺るぎない王国として建てられる。(13節)「この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。」この者・ソロモンが神の御名のために家・神殿を建てる。そして神様は、ソロモンの王国(ダビデの王国)をとこしえに・永遠に堅く据えて下さる。
ダビデが神殿を建てることができない理由の1つはこうです。神様はダビデにこう言われました(歴代誌・上22:8~)。「あなたは多くの血を流し、大きな戦争を繰り返した。わたしの前で多くの血を大地に流したからには、あなたがわたしの名のために神殿を築くことは許されない。見よ、あなたに子が生まれる。その子は安らぎの人である。わたしは周囲のすべての敵からその子を守って、安らぎを与える。それゆえ、その子の名はソロモンと呼ばれる。わたしは、この子が生きている間、イスラエルに平和と静けさを与える。この子がわたしの名のために神殿を築く。この子はわたしの子となり、わたしはその父となる。わたしはその王座を堅く据え、とこしえにイスラエルを支配させる。」旧約聖書では、しばしば戦争が行われるので、抵抗を覚える方がおられると思います。私にも、その面があります。その私に、この御言葉は、「やはり神様は、最終的には血を流すことを嫌い、戦争を嫌い、平和おの愛する神様なのだな」と、ほっとさせてくれる御言葉、納得感を与えてくれる御言葉なのです。
「ソロモンは安らぎの人だ」と神は言われます。ソロモンという名前は、シャローム(平安)と音が似ていますから、シャロームと深いかかわりがあるのでしょうね。ダビデは(やむを得なかったのでしょうが)、ぺリシテ人たちとの戦争を繰り返し、多くの血を流したので、神殿を建てるにふさわしくないとされたのです。神殿を建てるのは「平和の人」の仕事です。神殿は、今の時代では教会とも言えますが、イエス・キリストの教会も基本的には「平和の教会」です。自分が神殿を建てるのでないと悟ったダビデは、わが子ソロモンの神殿建築のために、多くの準備をしてから死にました。
さて、神殿も大切ですが、もっと大切なのは、ここでの神様の約束です。「主があなたのために家を興す。」「わたしは彼(ソロモン)の王国の王座をとこしえに堅く据える。」ソロモンが神殿を建てるより先に、神様がダビデとソロモンの王座を堅く据えて下さいます。人間がリーダーではなく、神様が全てのリーダーです。私たち人間は、基本的に神様のリードに従います。私たち人間の計画が第一ではなく、神様のご計画が第一です。箴言19章21節の御言葉を思い出します。「人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する。」「人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する。」神のために神殿を建てようとしたダビデの計らいは実現せず、ダビデとソロモンの王国を興してとこしえに堅く建てる主の御旨が実現します。
神様は続けて言われます。サムエル記・下7章14節。「わたしは彼(ソロモン)の父となり、彼はわたしの子となる。彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。」過ちを犯した時に懲らしめるのは、神様がソロモンを愛しておられるからです。「わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする」とヨハネの黙示録3章19節にあります。そして神様はダビデとソロモンの王国が、とこしえに・永遠に堅く据えられると約束なさいました。
しかし人間の王国は、決してとこしえ・永遠ではありません。この約1000年後、ダビデの子孫からイエス・キリストが誕生されます。正確にはダビデの子孫ヨセフの妻マリアが聖霊によって身ごもることで(処女妊娠で)、神の子イエス様が誕生されます。とこしえの王国は、最終的にはキリストの国・神の国のことです。ですから13節の「この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える」は、ダビデ・ソロモンの王国を指しながら、究極的には、もっと先に実現するキリストの国・神の国を指します。ですから13節は、イエス・キリストの国の実現を予告する、極めて重要な預言です。14節で、「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる」とあり、彼は直接にはソロモンですが、究極的には神の子イエス様を指します。「彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。」この場合の彼はソロモンで、イエス様のことは指しません。イエス様が過ちを犯すことは、あり得ないからです。
ダビデは、神様の約束が将来の救い主メシアのことをも指していることを、悟ったようです。祈りの中でこのように言います。(18~19節)「主なる神よ、何故わたしを、わたしの家などを、ここまでお導きくださったのですか。主なる神よ、御目には、それもまた小さな事にすぎません。また、あなたはこの僕の家の遠い将来にかかわる御言葉まで賜りました。」「遠い将来」と言っていますから、結果的に約1000年先になるダビデの子孫・救い主メシアの誕生を、ここで悟ったのだと思います。それは、使徒言行録2章のペンテコステの場面で、イエス様の弟子ペトロが、「ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました」と説教していることからも、分かります。
本日の新約聖書は、ルカ福音書1章26節以下、イエス様の母となるマリアに、天使ガブリエルが神様のメッセージを伝える、あまりにも有名な場面です。天使ガブリエルは、ダビデの子孫ヨセフのいいなずけである少女マリアのもとに、神から遣わされたのです。ガブリエルはマリアに言ったのです。「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。~マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠に(とこしえに)ヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」「父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め」が、サムエル記(下)7章12、13節「あなたから出る子孫に跡を継がせ、その王座をゆるぎないものとする。~わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える」と同じことを述べていることは確かです。ダビデの子孫ヨセフの子となったイエス様こそ、神の永遠の国の真の王なのです。
今日のテーマの1つは神殿ですが、神殿は今の時代は教会と言えます。神殿も教会も聖霊が満ちる場だからです。イエス様はエルサレムの神殿について、エレミヤ書を引用してこう言われました。「『わたし(神)の家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった」(マルコ福音書11:17)。そして腐敗していた神殿を清める、思いきった行動に出られました。「宮清め」と呼ばれる出来事です。今も神様は教会を清められます。「今こそ、神の家から裁きが始まる時です」(ペトロの手紙(一)4:17)とあります。「わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。」東久留米教会が2010年から2011年にかけて今の会堂を建築したときのモットーは「ホーリーアンドシンプル」(聖にして簡素)です。これからも「ホーリーアンドシンプル」な教会として歩み続けたいのです。但し、私どもは皆、罪人(つみびと)ですので、完全にホーリーになることは地上でできません。ですから教会は「聖なる人の家」というより「悔い改める罪人(つみびと)の家」です。教会は「祈りの家」です。この会堂でますますよく祈りましょう。祈る所に聖霊が満ち、伝道が進みます。
今年の6月24日(日本基督教団の創立記念日)に、日本基督教団の若手の牧師方の呼びかけによって、「日本伝道のために祈る会」が富士見町教会で行われました。私は出席することができませんでしたが、送られて来た報告書によると、よい祈り会だったようです。聖霊なる神様の新しい導きを感じます。東久留米教会の前進もやはり祈りから、日本基督教団の刷新も祈りから始ります。その祈り会で説教なさった女性牧師は、ハガイ書1章14、15節の御言葉に気づかれたのです。それはバビロン捕囚からエルサレムに帰還したイスラエルの民が、神殿再建の第一歩を踏み出す場面です。「主が、ユダの総督シャルティエルの子ゼルバベルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュア、および民の残りの者すべての霊を奮い立たせられたので、彼らは出て行き、彼らの神、万軍の主の神殿を建てる作業に取りかかった。それは6月24日のことであった。」6月24日は、日本基督教団の創立記念日なのですね。もちろんハガイ書の6月24日はユダヤ暦でしょうし、日本基督教団の創立記念日の6月24日は西暦です。でもこの不思議な一致によって、神様がその祈り会を励まし、祝福して下さったと私は感じるのです。
日本基督教団の式文を見ると、教会設立式の時に次のように祈ることになっています。この東久留米教会が設立された55年前も、この場所でこのような祈りが献げられたと思うのです。教会の原点の祈りです。「主イエス・キリストの父なる神、ここに主を頭(かしら)とする教会を建て、力と栄光を現して下さいましたことを感謝致します。この教会を山の上に建てられた城のように堅く立たせ、光として世を照らさせ、塩として世を潔めさせて下さい。信徒一同が、主の教会を尊び、これを愛し、相ゆずり、互いに仕えて、御名の栄光を現すようにして下さい。この教会を人の支配するところとなさず、ただ主のみ、とこしえに統べ治めたもうところとして下さい。主イエス・キリストの御名によってお願い致します。アーメン。」 「この教会を人の支配するところとなさず」の言葉に、よい印象を受けました。
教会はもちろん牧師が支配する所でなく、どの人が支配するところでもありません。みんなでイエス様に従う所です。本日の説教題は、「キリストのとこしえの王座」です。私どももよく祈って、王であるイエス様に喜んで従ってゆく教会でありたいのです。アーメン(「真実に」)。
2016-09-21 19:43:10(水)
「神に似せて造られた私たち」 伝道メッセージ 石田真一郎
「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(旧約聖書・創世記1:27)。
リオデジャネイロ・オリンピックとパラリンピックが終わりました。以前はオリンピック休戦やクリスマス休戦があったそうですが、今はないのでしょうか。オリンピック中も、空爆で負傷した子どもの映像が流れ、皆が心を痛めました。
7月に相模原市の障がいを持つ方々の施設で、19名もの命が奪われる事件が起こりました。容疑者は、「障がい者は生きていても仕方がない」という危険な考えに染まっています。ナチス(ヒットラー)の考えそっくりです。ナチスはユダヤ人絶滅計画と障がい者安楽死計画を実行しました。命の造り主である神様への反逆です。神に反逆したのでナチスは滅びました。
聖書に、神様が人間をお造りになる場面があります。「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」。 「神様にかたどって(似せて)造られた」、それが人間の尊厳です。どの動植物の命も大切ですが、人間は特に大切です。神様に似ている点は姿ではなく(神様は目に見えません)、人格があること、(不完全でも)愛することができること、言葉を持つこと、責任感があること等です。障がいがある方は、神様に似せて造られた大切な一人です。その命を奪うことは、神への反逆です。神様の十戒の一つに「殺してはならない」と明記されています。昔、「どうして人を殺してはいけないのか」と質問した小学生がいました。聖書に明確な答えがあります。人が神に似せて造られたから、殺人が神への反逆だからです。
ドイツに、ベーテル(「神の家」の意)という福祉の町があります。安楽死を説くナチスの医者に、責任者フリッツ・フォン・ボーデルシュヴィング牧師は反論します。「国家に有用かどうかで、人の存在価値を決めることはできません。安楽死は神の掟に反します。他の人々のためという大義名分で、障がいのある人々を犠牲にするのは大きな間違いです。」何人かは殺されましたが、べーテルは「ヒットラーから障がいある人々を守った町」として知られます。私たちも、この価値観で生きたいのです。アーメン(「真実に」)。
リオデジャネイロ・オリンピックとパラリンピックが終わりました。以前はオリンピック休戦やクリスマス休戦があったそうですが、今はないのでしょうか。オリンピック中も、空爆で負傷した子どもの映像が流れ、皆が心を痛めました。
7月に相模原市の障がいを持つ方々の施設で、19名もの命が奪われる事件が起こりました。容疑者は、「障がい者は生きていても仕方がない」という危険な考えに染まっています。ナチス(ヒットラー)の考えそっくりです。ナチスはユダヤ人絶滅計画と障がい者安楽死計画を実行しました。命の造り主である神様への反逆です。神に反逆したのでナチスは滅びました。
聖書に、神様が人間をお造りになる場面があります。「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」。 「神様にかたどって(似せて)造られた」、それが人間の尊厳です。どの動植物の命も大切ですが、人間は特に大切です。神様に似ている点は姿ではなく(神様は目に見えません)、人格があること、(不完全でも)愛することができること、言葉を持つこと、責任感があること等です。障がいがある方は、神様に似せて造られた大切な一人です。その命を奪うことは、神への反逆です。神様の十戒の一つに「殺してはならない」と明記されています。昔、「どうして人を殺してはいけないのか」と質問した小学生がいました。聖書に明確な答えがあります。人が神に似せて造られたから、殺人が神への反逆だからです。
ドイツに、ベーテル(「神の家」の意)という福祉の町があります。安楽死を説くナチスの医者に、責任者フリッツ・フォン・ボーデルシュヴィング牧師は反論します。「国家に有用かどうかで、人の存在価値を決めることはできません。安楽死は神の掟に反します。他の人々のためという大義名分で、障がいのある人々を犠牲にするのは大きな間違いです。」何人かは殺されましたが、べーテルは「ヒットラーから障がいある人々を守った町」として知られます。私たちも、この価値観で生きたいのです。アーメン(「真実に」)。
2016-09-21 19:38:15(水)
「沖縄に平和を」 伝道メッセージ 石田真一郎
「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」
(新約聖書・マタイによる福音書5:9)。
6月に沖縄本島に行きました。暑かったですが、エメラルドグリーンの海の美しさは宝物です。美しい自然は、神様からのプレゼントです。6月19日(日)に、教会での礼拝後に、南端の糸満市の摩文仁にある「平和の礎(いしじ)」に行きました。太平洋戦争末期の1945年4~6月に、沖縄は地上戦の舞台となり、子どもを含む多くの住民が犠牲になりました。米軍は猛烈な艦砲射撃を行い、風景が一変しました。戦争は最大の自然破壊です。「平和の礎」は石碑群で、沖縄戦で亡くなった24万人以上のお名前が刻まれています(今も新たに確認された名が刻まれる)。ここは激戦地で、追い詰められた住民が米軍に投降したり、命を絶った海岸が間近です。
21日(火)には、「ひめゆりの塔」と資料館に行きました。15~19歳の222名の女子学生が18名の教師に引率されて、陸軍病院で負傷兵の看護にあたりました。病院は横穴壕で、砲弾が飛び交う事実上の戦場でした。生徒123名が亡くなりました。「もう一度、弾の飛んで来ない空の下を、大手をふって歩きたいね」と言った生徒がいたそうです。戦争が地獄で、二度と行ってはならないことと痛感します。どちらにも修学旅行の中高生が多く来ていました。18才で選挙権を持つのですから、とてもよいことです。中国語が聞こえたので、台湾か中国からも来ていたようです。これもよいことです。沖縄戦が長引いて犠牲者が増えたのは、米軍の本土上陸を一日でも遅らせる盾としたからです。差別意識がありました。基地問題がある今も同じことがないか、深く反省させられます。
20年前にハワイの真珠湾に行きました。1941年に日本海軍が空爆したとは信じられない、平和な海に見えました。真珠湾攻撃せずに忍耐すれば、沖縄戦を防ぐことができたと思うのです。戦争は、神様が作られた美しい自然と命を破壊する最大の罪です。私は完全に戦後世代ですが、今の日本で戦争への嫌悪が薄れていないか、心配です。皆様と共に、平和を守る意志を強く持ち続け、平和を祈り続けたいのです。アーメン(「真実に」)。
(新約聖書・マタイによる福音書5:9)。
6月に沖縄本島に行きました。暑かったですが、エメラルドグリーンの海の美しさは宝物です。美しい自然は、神様からのプレゼントです。6月19日(日)に、教会での礼拝後に、南端の糸満市の摩文仁にある「平和の礎(いしじ)」に行きました。太平洋戦争末期の1945年4~6月に、沖縄は地上戦の舞台となり、子どもを含む多くの住民が犠牲になりました。米軍は猛烈な艦砲射撃を行い、風景が一変しました。戦争は最大の自然破壊です。「平和の礎」は石碑群で、沖縄戦で亡くなった24万人以上のお名前が刻まれています(今も新たに確認された名が刻まれる)。ここは激戦地で、追い詰められた住民が米軍に投降したり、命を絶った海岸が間近です。
21日(火)には、「ひめゆりの塔」と資料館に行きました。15~19歳の222名の女子学生が18名の教師に引率されて、陸軍病院で負傷兵の看護にあたりました。病院は横穴壕で、砲弾が飛び交う事実上の戦場でした。生徒123名が亡くなりました。「もう一度、弾の飛んで来ない空の下を、大手をふって歩きたいね」と言った生徒がいたそうです。戦争が地獄で、二度と行ってはならないことと痛感します。どちらにも修学旅行の中高生が多く来ていました。18才で選挙権を持つのですから、とてもよいことです。中国語が聞こえたので、台湾か中国からも来ていたようです。これもよいことです。沖縄戦が長引いて犠牲者が増えたのは、米軍の本土上陸を一日でも遅らせる盾としたからです。差別意識がありました。基地問題がある今も同じことがないか、深く反省させられます。
20年前にハワイの真珠湾に行きました。1941年に日本海軍が空爆したとは信じられない、平和な海に見えました。真珠湾攻撃せずに忍耐すれば、沖縄戦を防ぐことができたと思うのです。戦争は、神様が作られた美しい自然と命を破壊する最大の罪です。私は完全に戦後世代ですが、今の日本で戦争への嫌悪が薄れていないか、心配です。皆様と共に、平和を守る意志を強く持ち続け、平和を祈り続けたいのです。アーメン(「真実に」)。