
2017-06-21 18:33:14(水)
「神殿建築への第一歩」 2017年6月18日(日) 聖霊降臨節第3主日礼拝説教
聖書:サムエル記・下24章1~25節、コリント(一)6章19~20節
本日は、久しぶりに旧約聖書からダビデ王の生涯から学ぶ礼拝です。ダビデの人生も終わりに向かいます。サムエル記・下24章は、分かりにくい箇所です。(1節)「主の怒りがイスラエルに対して燃え上がった。主は、『イスラエルとユダの人口を数えよ』とダビデを誘(さそ)われた。」
神様がダビデを誘惑したのではありません。新約聖書のヤコブの手紙1章13節に、次のように明記されているからです。「誘惑に遭うとき、だれも、『神に誘惑されている』と言ってはなりません。神は、悪の誘惑を受けるような方ではなく、また、御自分でも人を誘惑したりなさらないからです。」神様はダビデを試されたのでしょう。申命記8章2節にこうあります。「主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。」神様は、ダビデが神様に従うことを第一とする純粋な信仰に生きているかどうかを、試そうとされたと思うのです。この試し(試験)にダビデが合格するには、ダビデが民の人口を数えることを断わればよかったのです。しかしダビデは断わらず、試験に落第してしまいます。
ダビデは、ヨアブに数えさせます。剣を取りうる戦士はイスラエルに八十万、ユダに五十万であった。」人口を数えることは、神様から見て悪でした。歴代誌・上27章23~24節にこうあります。「ダビデは二十歳以下の者を人口に加えなかったが、それは主がイスラエルを空の星のように数多くすると約束されたからである。ツェルヤの子ヨアブはその数を数え始めたが、数えきることはできず、数え始めたために御怒りがイスラエルの臨み~。」イスラエルの人口、兵士の数は神様のみがよく知っておられます。神様に信頼することが必要です。兵士の数を数えることは、神様に依り頼まず、目に見える兵の数に依り頼む不信仰の罪、偶像崇拝の罪ということでしょう。
今年は「宗教改革500周年」ですが、マルティン・ルターは『大教理問答』で2つの偶像崇拝について語っているそうです(以下、日本キリスト教団全国教会婦人会連合『教会婦人』2016年10月号の神代真砂実先生の巻頭言「信仰義認と偶像礼拝より」。「一つは、私たちが富や権力や地位や能力といったものを頼りにすることです。」もう一つは「彼によれば、『私たちがこれまで営んできたものの中でいちばん悪い偶像礼拝』であって、つまり『自分自身の業の中に助けや慰めや救いを求め』ること、自分の業に頼ることです。」厳しいことです。軍事力に頼ることも偶像崇拝でしょう。人間の王にとって兵の数を数えることは防衛政策の策定のために必要と考えるのが人間の常識と思いますが、神様はダビデが兵の人数を数えたことを罪と見なされます。
詩編33編16~17節に、こうあります。
「王の勝利は兵の数によらず/ 勇士を救うのも力の強さではない。
馬は勝利をもたらずものとはならず/ 兵の数によって救われるのでもない。」
そして詩編127編1節も参考になります。
「主御自身が建ててくださるのでなければ、家を建てる人の労苦はむなしい。
主御自身が守ってくださるのでなければ、町を守る人が目覚めているのもむなしい。」
人口調査の結果を知ってから、ダビデは数えたことが重い罪だったと気づきます。ダビデは神様に申し上げます。「わたしが重い罪を犯しました。主よ、どうか僕の悪をお見逃しください。」神様は預言者ガドを通して、ダビデに三つの選択肢の中から一つの罰を選べと言われます。七年間の飢饉が国を襲うこと、ダビデが三ヶ月間敵に追われて逃げること、三日間の疫病が国に起こること、の三つです。ダビデがどれを選んだとは明記されていませんが、神様は二つ目を実行されたので、ダビデはそれを選んだのでしょう。ダビデの罪がこの災いの(少なくとも主な)原因ですから、三つ目を選ぶべきと思いますが、なぜ二つ目を選んだかは、納得いきません。何と民七万人が死ぬ大災害になりました。
ガドが来てダビデに告げます。「エブス人アラウナの麦打ち場に上り、そこに主のための祭壇を築きなさい。」ダビデはアラウナの麦打ち場に行き、「お前の麦打ち場を譲ってもらいたい。主のために祭壇を築き、民から疫病を除きたい。」アラウナは、焼き尽くす献げ物にする牛も、薪にする打穀機もなにもかも王に提供すると申し出ますが、ダビデは「いや、わたしは代価を払って、あなたから買い取らなければならない。無償で得た焼き尽くす献げ物をわたしの神、主にささげることはできない」と言い、麦打ち場と牛を銀50シェケルで買い取り、そこに主のための祭壇を築きます。ダビデはそこで、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を献げ、神様が受け入れて下さいました。神様の聖なる怒りがおさまったのです。そして神様が祈りに応えられ、イスラエルに下った疫病がやみました。
父なる神様の、私たち人間の罪への聖なる怒りが本当におさまるためには、牛の焼き尽くす献げ物などでは不十分です。私たち人間のすべての罪が赦されるためには、神の子イエス・キリストが、いけにえとして献げられる必要がありました。イエス様はゴルゴタの丘で十字架にかかって、御自分をいけにえとして献げて下さったのです。父なる神様ご自身が、最愛の独り子イエス様を十字架にかけるという真に尊い代価・犠牲を支払って下さいました。このことを、本日の新約聖書・コリントの信徒への手紙(一)6章20節が、こう記します。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。」
本日のサムエル記・下の出来事は、歴代誌・上21章にも記されています。そこでダビデは最後に述べています。「神なる主の祭壇はここにこそあるべきだ。イスラエルのために焼き尽くす献げ物をささげる祭壇は、ここにこそあるべきだ。」そこにダビデの子ソロモンが、神殿を建築することになります。そこはモリヤ山とも呼ばれていました。創世記22章で、アブラハムが独り子イサクを神様に献げ、すんでのところでイサクの命が助かった山です。そこに神殿が築かれます。そこで本日の説教題を、「神殿建築への第一歩」と致しました。この場所で人々の罪の贖いのために、いけにえの動物が献げられるのです。
しかし、私たち罪人(つみびと)のための真のいけにえは、ゴルゴタの丘で十字架にかかられたイエス様です。その意味で、ゴルゴタの丘こそ、真の神殿になったとも言えます。イエス様が十字架で死なれたことで、イスラエルの神殿は役割を終えました。使徒パウロは書きます。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。」イエス様の十字架の死のお陰で、私たちの罪は完全に赦されました。神様に精一杯お仕えすることで、そのことへの感謝をあらわして参りましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。
本日は、久しぶりに旧約聖書からダビデ王の生涯から学ぶ礼拝です。ダビデの人生も終わりに向かいます。サムエル記・下24章は、分かりにくい箇所です。(1節)「主の怒りがイスラエルに対して燃え上がった。主は、『イスラエルとユダの人口を数えよ』とダビデを誘(さそ)われた。」
神様がダビデを誘惑したのではありません。新約聖書のヤコブの手紙1章13節に、次のように明記されているからです。「誘惑に遭うとき、だれも、『神に誘惑されている』と言ってはなりません。神は、悪の誘惑を受けるような方ではなく、また、御自分でも人を誘惑したりなさらないからです。」神様はダビデを試されたのでしょう。申命記8章2節にこうあります。「主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。」神様は、ダビデが神様に従うことを第一とする純粋な信仰に生きているかどうかを、試そうとされたと思うのです。この試し(試験)にダビデが合格するには、ダビデが民の人口を数えることを断わればよかったのです。しかしダビデは断わらず、試験に落第してしまいます。
ダビデは、ヨアブに数えさせます。剣を取りうる戦士はイスラエルに八十万、ユダに五十万であった。」人口を数えることは、神様から見て悪でした。歴代誌・上27章23~24節にこうあります。「ダビデは二十歳以下の者を人口に加えなかったが、それは主がイスラエルを空の星のように数多くすると約束されたからである。ツェルヤの子ヨアブはその数を数え始めたが、数えきることはできず、数え始めたために御怒りがイスラエルの臨み~。」イスラエルの人口、兵士の数は神様のみがよく知っておられます。神様に信頼することが必要です。兵士の数を数えることは、神様に依り頼まず、目に見える兵の数に依り頼む不信仰の罪、偶像崇拝の罪ということでしょう。
今年は「宗教改革500周年」ですが、マルティン・ルターは『大教理問答』で2つの偶像崇拝について語っているそうです(以下、日本キリスト教団全国教会婦人会連合『教会婦人』2016年10月号の神代真砂実先生の巻頭言「信仰義認と偶像礼拝より」。「一つは、私たちが富や権力や地位や能力といったものを頼りにすることです。」もう一つは「彼によれば、『私たちがこれまで営んできたものの中でいちばん悪い偶像礼拝』であって、つまり『自分自身の業の中に助けや慰めや救いを求め』ること、自分の業に頼ることです。」厳しいことです。軍事力に頼ることも偶像崇拝でしょう。人間の王にとって兵の数を数えることは防衛政策の策定のために必要と考えるのが人間の常識と思いますが、神様はダビデが兵の人数を数えたことを罪と見なされます。
詩編33編16~17節に、こうあります。
「王の勝利は兵の数によらず/ 勇士を救うのも力の強さではない。
馬は勝利をもたらずものとはならず/ 兵の数によって救われるのでもない。」
そして詩編127編1節も参考になります。
「主御自身が建ててくださるのでなければ、家を建てる人の労苦はむなしい。
主御自身が守ってくださるのでなければ、町を守る人が目覚めているのもむなしい。」
人口調査の結果を知ってから、ダビデは数えたことが重い罪だったと気づきます。ダビデは神様に申し上げます。「わたしが重い罪を犯しました。主よ、どうか僕の悪をお見逃しください。」神様は預言者ガドを通して、ダビデに三つの選択肢の中から一つの罰を選べと言われます。七年間の飢饉が国を襲うこと、ダビデが三ヶ月間敵に追われて逃げること、三日間の疫病が国に起こること、の三つです。ダビデがどれを選んだとは明記されていませんが、神様は二つ目を実行されたので、ダビデはそれを選んだのでしょう。ダビデの罪がこの災いの(少なくとも主な)原因ですから、三つ目を選ぶべきと思いますが、なぜ二つ目を選んだかは、納得いきません。何と民七万人が死ぬ大災害になりました。
ガドが来てダビデに告げます。「エブス人アラウナの麦打ち場に上り、そこに主のための祭壇を築きなさい。」ダビデはアラウナの麦打ち場に行き、「お前の麦打ち場を譲ってもらいたい。主のために祭壇を築き、民から疫病を除きたい。」アラウナは、焼き尽くす献げ物にする牛も、薪にする打穀機もなにもかも王に提供すると申し出ますが、ダビデは「いや、わたしは代価を払って、あなたから買い取らなければならない。無償で得た焼き尽くす献げ物をわたしの神、主にささげることはできない」と言い、麦打ち場と牛を銀50シェケルで買い取り、そこに主のための祭壇を築きます。ダビデはそこで、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を献げ、神様が受け入れて下さいました。神様の聖なる怒りがおさまったのです。そして神様が祈りに応えられ、イスラエルに下った疫病がやみました。
父なる神様の、私たち人間の罪への聖なる怒りが本当におさまるためには、牛の焼き尽くす献げ物などでは不十分です。私たち人間のすべての罪が赦されるためには、神の子イエス・キリストが、いけにえとして献げられる必要がありました。イエス様はゴルゴタの丘で十字架にかかって、御自分をいけにえとして献げて下さったのです。父なる神様ご自身が、最愛の独り子イエス様を十字架にかけるという真に尊い代価・犠牲を支払って下さいました。このことを、本日の新約聖書・コリントの信徒への手紙(一)6章20節が、こう記します。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。」
本日のサムエル記・下の出来事は、歴代誌・上21章にも記されています。そこでダビデは最後に述べています。「神なる主の祭壇はここにこそあるべきだ。イスラエルのために焼き尽くす献げ物をささげる祭壇は、ここにこそあるべきだ。」そこにダビデの子ソロモンが、神殿を建築することになります。そこはモリヤ山とも呼ばれていました。創世記22章で、アブラハムが独り子イサクを神様に献げ、すんでのところでイサクの命が助かった山です。そこに神殿が築かれます。そこで本日の説教題を、「神殿建築への第一歩」と致しました。この場所で人々の罪の贖いのために、いけにえの動物が献げられるのです。
しかし、私たち罪人(つみびと)のための真のいけにえは、ゴルゴタの丘で十字架にかかられたイエス様です。その意味で、ゴルゴタの丘こそ、真の神殿になったとも言えます。イエス様が十字架で死なれたことで、イスラエルの神殿は役割を終えました。使徒パウロは書きます。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。」イエス様の十字架の死のお陰で、私たちの罪は完全に赦されました。神様に精一杯お仕えすることで、そのことへの感謝をあらわして参りましょう。アーメン(「真実に、確かに」)。
2017-06-15 16:11:06(木)
「弟子たちの足を洗うイエス様」 2017年6月11日(日) 聖霊降臨節第2主日礼拝説教
聖書:詩編41編6~10節、ヨハネ福音書13章1~20節
これは有名な場面です。東久留米教会では、イースターの3日前の洗足木曜日の祈祷会で必ず読みます。ですがこの場面を歌う『讃美歌21』は少なく、私が確認した限りでは487番と543番の2曲です。カトリック教会では洗足木曜日に、司祭が信徒の方々の足を洗うそうです。南米出身者として初めてカトリック教会の教皇になったフランシスコ教皇は、就任したころ少年院で洗足式を行い、少女2人を含む12人の受刑者の足を洗われたそうです。教皇が洗足式で女性の足を洗ったのは初めてだそうです。私は先月、札幌北光教会に行く機会を与えられました。テレビ塔の直下の大きな教会です。一階の受付付近に、イエス様が弟子たちの足を洗う大きめの絵が掲げられていました。東久留米市学園町に住んでおられた田中忠雄画伯の作品です。それなので、とても親しみを覚えました。
1節「さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。」 口語訳聖書では「世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された」、文語訳聖書では「世にあるこの者を愛して、きわみまでこれを愛したまへり」です。質においても時間の長さにおいても、とことん愛されたということです。
3節に「イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り」とあります。イエス様は、父なる神様から一切の権威を委ねられた代理者、神に等しい方、ということです。直訳すると「神から来て、神に帰ろうとしている」となるようです。神の子イエス様は、父なる神様と一体です。 4節「食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。」手ぬぐいやたらいは、私たち日本人に身近な言葉で、親しみやすい場面と思います。当時、足を洗うことは奴隷の仕事だったそうです。異邦人の奴隷の仕事だったと言う人もいます。
これは「最後の晩餐」の場面です。ルカ福音書22章によると、弟子たちはこの時、「自分たちのうちでだれが一番偉いだろうか」、という議論をしていました。イエス様はたしなめて言われました。「異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、若者のようになり、上に立つ人は、仕えるようになりなさい。」イエス様は、マルコ福音書10章43節以下でもこう言われます。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」イエス様はそれを身をもって示すために、弟子たちの足(もちろん両足)を洗われたと言えます。
ペトロは、イエス様が自分の汚れた両足を洗って下さるのに驚いて、遠慮しようとしました。足を洗うことは、イエス様が次の日に十字架にかかって、ペトロの罪も私たちの罪もすべて、身代わりに背負って死んで下さることを示す象徴的な行為です。ペトロは洗足の数時間後に、鶏が鳴く前に、イエス様を三度知らないと言って、消極的にですがイエス様を裏切る罪を犯します。そのような自分の罪深い正体を、ペトロはまだ知りません。イエス様は、ペトロが知らないペトロの正体を、あらかじめ知っていて下さり、あらかじめペトロの足を洗って、ペトロの罪を清めて下さるのです。
ですからイエス様はペトロに言われます。「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる。」「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる。」文語訳では、「我もし汝を洗はずば、汝われとかかはりなし。」イエス様による洗足は、洗礼そのものではありません。しかし、洗礼と関係があると言う人もいます。洗足の本質は罪を洗い清めることですから、洗礼と関係することはあり得ることです。イエス様はペトロに、イエス様による洗足を断るなとおっしゃいます。素直に両足を洗っていただくことが、イエス様に喜ばれる道です。私たち皆に、洗礼という神様からの恵みが差し出されています。全ての方が、洗礼の恵みを素直にお受け下さることが、イエス様の喜んで下さることと信じます。
イエス様は言われます。「あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」イスカリオテのユダのことです。イエス様はユダの両足をも洗われました。「ユダの足を洗うイエス様」という説教題を見たことがあります。イエス様はどのような思いでユダの足を洗われ、ユダはどのような思いでそれをお受けしたのでしょうか。イエス様はユダを名指しなさいません。イエス様はユダを深く愛しておられますから、ユダが悔い改めて、イエス様を売る罪を犯すことを思いとどまる最後のチャンスを与えておられるのでしょう。
イエス様は言われます。「師であり、主であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」「しかし、『わたしのパンを食べている者が、わたしに逆らった』という聖書の言葉は実現しなければならない。」これは、本日の旧約聖書・詩編41編10節の引用です。口語訳では、「しかし、わたしのパンを食べている者が、わたしに向かってその踵を上げた」です。ユダが物理的にイエス様を蹴飛ばすことはありませんでしたが、この「踵を上げる」という表現をそのまま思うなら、イエス様に洗っていただいたその足でイエス様を蹴り上げるとも思え、その罪の深さが際立ちます。イエス様の地上の人生は、飼い葉桶で生まれ、ろばに乗ってエルサレムに入り、弟子たちの足を洗い、そして茨の冠を被らされて十字架に架けられる、まさに底辺から底辺に向かう奉仕の人生です。
少し前にもお話しましたが、日本キリスト教団の東北教区被災者支援センター・エマオに、イエス様が弟子たちの足を洗う、最近の作品と思えるあまり大きくない絵が貼ってありました。エマオの方針も、地震と津波で被災された方々の足を洗わせていただくということです。仙台市の海岸沿いの方々に、言葉で伝道しようとしても、そう簡単にはゆきません。あくまでも被災された方々の足を洗わせていただく、この姿勢を大切にしておられました。私たちの泥足を洗って下さるイエス様に、ただ感謝です。アーメン(「真実に、確かに」)。
これは有名な場面です。東久留米教会では、イースターの3日前の洗足木曜日の祈祷会で必ず読みます。ですがこの場面を歌う『讃美歌21』は少なく、私が確認した限りでは487番と543番の2曲です。カトリック教会では洗足木曜日に、司祭が信徒の方々の足を洗うそうです。南米出身者として初めてカトリック教会の教皇になったフランシスコ教皇は、就任したころ少年院で洗足式を行い、少女2人を含む12人の受刑者の足を洗われたそうです。教皇が洗足式で女性の足を洗ったのは初めてだそうです。私は先月、札幌北光教会に行く機会を与えられました。テレビ塔の直下の大きな教会です。一階の受付付近に、イエス様が弟子たちの足を洗う大きめの絵が掲げられていました。東久留米市学園町に住んでおられた田中忠雄画伯の作品です。それなので、とても親しみを覚えました。
1節「さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。」 口語訳聖書では「世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された」、文語訳聖書では「世にあるこの者を愛して、きわみまでこれを愛したまへり」です。質においても時間の長さにおいても、とことん愛されたということです。
3節に「イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り」とあります。イエス様は、父なる神様から一切の権威を委ねられた代理者、神に等しい方、ということです。直訳すると「神から来て、神に帰ろうとしている」となるようです。神の子イエス様は、父なる神様と一体です。 4節「食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。」手ぬぐいやたらいは、私たち日本人に身近な言葉で、親しみやすい場面と思います。当時、足を洗うことは奴隷の仕事だったそうです。異邦人の奴隷の仕事だったと言う人もいます。
これは「最後の晩餐」の場面です。ルカ福音書22章によると、弟子たちはこの時、「自分たちのうちでだれが一番偉いだろうか」、という議論をしていました。イエス様はたしなめて言われました。「異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、若者のようになり、上に立つ人は、仕えるようになりなさい。」イエス様は、マルコ福音書10章43節以下でもこう言われます。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」イエス様はそれを身をもって示すために、弟子たちの足(もちろん両足)を洗われたと言えます。
ペトロは、イエス様が自分の汚れた両足を洗って下さるのに驚いて、遠慮しようとしました。足を洗うことは、イエス様が次の日に十字架にかかって、ペトロの罪も私たちの罪もすべて、身代わりに背負って死んで下さることを示す象徴的な行為です。ペトロは洗足の数時間後に、鶏が鳴く前に、イエス様を三度知らないと言って、消極的にですがイエス様を裏切る罪を犯します。そのような自分の罪深い正体を、ペトロはまだ知りません。イエス様は、ペトロが知らないペトロの正体を、あらかじめ知っていて下さり、あらかじめペトロの足を洗って、ペトロの罪を清めて下さるのです。
ですからイエス様はペトロに言われます。「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる。」「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる。」文語訳では、「我もし汝を洗はずば、汝われとかかはりなし。」イエス様による洗足は、洗礼そのものではありません。しかし、洗礼と関係があると言う人もいます。洗足の本質は罪を洗い清めることですから、洗礼と関係することはあり得ることです。イエス様はペトロに、イエス様による洗足を断るなとおっしゃいます。素直に両足を洗っていただくことが、イエス様に喜ばれる道です。私たち皆に、洗礼という神様からの恵みが差し出されています。全ての方が、洗礼の恵みを素直にお受け下さることが、イエス様の喜んで下さることと信じます。
イエス様は言われます。「あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」イスカリオテのユダのことです。イエス様はユダの両足をも洗われました。「ユダの足を洗うイエス様」という説教題を見たことがあります。イエス様はどのような思いでユダの足を洗われ、ユダはどのような思いでそれをお受けしたのでしょうか。イエス様はユダを名指しなさいません。イエス様はユダを深く愛しておられますから、ユダが悔い改めて、イエス様を売る罪を犯すことを思いとどまる最後のチャンスを与えておられるのでしょう。
イエス様は言われます。「師であり、主であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」「しかし、『わたしのパンを食べている者が、わたしに逆らった』という聖書の言葉は実現しなければならない。」これは、本日の旧約聖書・詩編41編10節の引用です。口語訳では、「しかし、わたしのパンを食べている者が、わたしに向かってその踵を上げた」です。ユダが物理的にイエス様を蹴飛ばすことはありませんでしたが、この「踵を上げる」という表現をそのまま思うなら、イエス様に洗っていただいたその足でイエス様を蹴り上げるとも思え、その罪の深さが際立ちます。イエス様の地上の人生は、飼い葉桶で生まれ、ろばに乗ってエルサレムに入り、弟子たちの足を洗い、そして茨の冠を被らされて十字架に架けられる、まさに底辺から底辺に向かう奉仕の人生です。
少し前にもお話しましたが、日本キリスト教団の東北教区被災者支援センター・エマオに、イエス様が弟子たちの足を洗う、最近の作品と思えるあまり大きくない絵が貼ってありました。エマオの方針も、地震と津波で被災された方々の足を洗わせていただくということです。仙台市の海岸沿いの方々に、言葉で伝道しようとしても、そう簡単にはゆきません。あくまでも被災された方々の足を洗わせていただく、この姿勢を大切にしておられました。私たちの泥足を洗って下さるイエス様に、ただ感謝です。アーメン(「真実に、確かに」)。
2017-06-09 15:44:45(金)
「聖なる霊に満たされて」 2017年6月4日(日) ペンテコステ(聖霊降臨日)礼拝説教
聖書:雅歌1章1~4節、使徒言行録2章1~21節
イエス・キリストが天から約束の聖霊を注いで下さった10日前に、イエス様は天に昇られました。これをキリストの昇天と呼びます。イエス様はもちろん生きておられ、復活の体で天に昇られました。キリストの昇天は、私たちに3つの恵みをもたらしました。1つ目は、イエス様が私たちのために天に「場所を用意」(ヨハネ福音書14:2)してくださることです。イエス様は、「わたしの父の家には住む所がたくさんある」(同)と言われました。教会はキリストの体であり、私たちはその部分、イエス様は頭です。頭が天に行かれたので、私たち体も天としっかりつながっています。2つ目は、天で私たちのためにとりなしをしていて下さることです。十字架によるとりなしは完璧でした。完璧でしたが、さらに念を入れるかのように私たちが日々犯してしまう罪のために、今も父なる神様にとりなしをしていて下さいます。3つ目は、聖霊を注いで下さることです。それがペンテコステの日に実現しました。
「突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、『霊』が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」驚くべき出来事です。炎は赤です。この赤は、神様の熱愛を表すのでしょう。一同は、聖霊によって舌を清められ、「神の偉大な業を語」(11節)りました。ヤコブの手紙3:8~9にこうあります。「舌は、疲れを知らない悪で、死をもたらす毒に満ちています。わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。わたしの兄弟たち、このようなことがあってはなりません。」本当にそうです。私たちも聖霊によって舌を清めていただきたいのです。そして神を賛美し、神の御心に適う言葉だけを語る舌に造りかえていただきたいのです。
一同は、聖なる霊に満たされ、神様の聖なる愛に満たされ、天国の聖なる喜びに酔いしれていました。それを見てクールな人々は、「あの人たちは新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言ったほどです。しかし彼らはぶどう酒に酔っていたのではなく、神の愛に酔いしれていたのです。 本日の旧約聖書は、雅歌1章1~4節です。 雅歌は英語で「ソング オヴ ソングス」、つまり「最高の歌」です。雅歌は基本的には男女の恋愛を語りますが、信仰の歴史の中で「神と神の民イスラエルの愛」、「キリストと教会の愛」を歌っていると読まれることも多かったようです。確かに旧約聖書では神とイスラエルが夫と妻、新約聖書ではキリストと教会が夫と妻の結婚関係にたとえられています。2節に「ぶどう酒にもましてあなたの愛は快く」、4節に「ぶどう酒にもまさるあなたの愛をたたえます」とあります。「あなたの愛」は「神の愛」と言えます。美味なぶどう酒は、神の愛のシンボルです。ペンテコステの朝、聖霊に満たされた人々は、ぶどう酒よりはるかに大きな祝福である神の愛に酔いしれていたのです。私たちは聖餐式で、ぶどう汁を受けます。あのぶどう汁によって、神の愛を味わいます。天国でもっと豊かに注がれる神の愛の前味です。
日本でもこの聖霊降臨に似た出来事がありました。日本の最初のプロテスタント教会は、横浜海岸教会と言われます(以下は、日本キリスト教会横浜海岸教会発行の「教会のご案内」による)。1872年(明治5年)にジェームズ・バラ宣教師や日本の青年が出席して、初週祈祷会という会が連日行われ、熱心は祈りが献げられ、ペンテコステ的状況が起こったようです。この初週祈祷会のときに、バラ宣教師が篠崎桂之助たちに与えた聖句は、イザヤ書32章15節だったそうです。「ついに、我々の上に 霊が高い天から注がれる。 荒れ野は園となり 園は森と見なされる。」3月10日に、バラ宣教師によって篠崎桂之助以下9名が洗礼を受けました。この日が横浜海岸教会の創立記念日になっているそうです。横浜海岸教会と名乗ったのは1875年とのことです。
使徒言行録2章では、ペトロが力強く説教します。「これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。」箴言29章18節には、次の御言葉があります。「幻がなければ民は堕落する。」幻、夢は、神の国の幻と夢でしょう。神の国という目標(幻=ヴィジョン、夢)を目指して、祈りつつ進むことが必要です。このような夢を抱いた人として有名な一人は、残念ながら暗殺されたキング牧師です。その演説は感動的です。「私には夢がある。~私は、私の四人の小さな子どもたちがいつの日か、皮膚の色によってではなく、人格の深さによって評価される国に住むようになるであろう、という夢を持っている」(梶原寿『マーティン=L=キング』清水書院、1993年、164ページ)。
教会の婦人会で昨年度、三鷹市の中近東文化センター、東京神学大学、そして国際基督教大学の湯浅八郎(初代学長)記念館を見学しました。湯浅氏の愛した言葉が、「幻なければ民ほろぶ」と、「若者に幻を」だったそうです。「彼は人類平和と愛の共同体としての世界の形成に奉仕するというヴィジョンを持つ若者を育てたいという情熱に燃えていた」(武田清子『湯浅八郎と二十世紀』教文館、2005年、133ページ)。国際基督教大学には多くの国から来た教師・学生がおり、その教会堂では、今日もいろいろな国の人が、同じ神様を賛美・礼拝していることと思います。まさにペンテコステ的出来事です。 私たちは、この東久留米市にあって同じ神様を礼拝し、この近隣において主イエス・キリストを懸命に宣べ伝えて参りたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。
イエス・キリストが天から約束の聖霊を注いで下さった10日前に、イエス様は天に昇られました。これをキリストの昇天と呼びます。イエス様はもちろん生きておられ、復活の体で天に昇られました。キリストの昇天は、私たちに3つの恵みをもたらしました。1つ目は、イエス様が私たちのために天に「場所を用意」(ヨハネ福音書14:2)してくださることです。イエス様は、「わたしの父の家には住む所がたくさんある」(同)と言われました。教会はキリストの体であり、私たちはその部分、イエス様は頭です。頭が天に行かれたので、私たち体も天としっかりつながっています。2つ目は、天で私たちのためにとりなしをしていて下さることです。十字架によるとりなしは完璧でした。完璧でしたが、さらに念を入れるかのように私たちが日々犯してしまう罪のために、今も父なる神様にとりなしをしていて下さいます。3つ目は、聖霊を注いで下さることです。それがペンテコステの日に実現しました。
「突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、『霊』が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」驚くべき出来事です。炎は赤です。この赤は、神様の熱愛を表すのでしょう。一同は、聖霊によって舌を清められ、「神の偉大な業を語」(11節)りました。ヤコブの手紙3:8~9にこうあります。「舌は、疲れを知らない悪で、死をもたらす毒に満ちています。わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。わたしの兄弟たち、このようなことがあってはなりません。」本当にそうです。私たちも聖霊によって舌を清めていただきたいのです。そして神を賛美し、神の御心に適う言葉だけを語る舌に造りかえていただきたいのです。
一同は、聖なる霊に満たされ、神様の聖なる愛に満たされ、天国の聖なる喜びに酔いしれていました。それを見てクールな人々は、「あの人たちは新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言ったほどです。しかし彼らはぶどう酒に酔っていたのではなく、神の愛に酔いしれていたのです。 本日の旧約聖書は、雅歌1章1~4節です。 雅歌は英語で「ソング オヴ ソングス」、つまり「最高の歌」です。雅歌は基本的には男女の恋愛を語りますが、信仰の歴史の中で「神と神の民イスラエルの愛」、「キリストと教会の愛」を歌っていると読まれることも多かったようです。確かに旧約聖書では神とイスラエルが夫と妻、新約聖書ではキリストと教会が夫と妻の結婚関係にたとえられています。2節に「ぶどう酒にもましてあなたの愛は快く」、4節に「ぶどう酒にもまさるあなたの愛をたたえます」とあります。「あなたの愛」は「神の愛」と言えます。美味なぶどう酒は、神の愛のシンボルです。ペンテコステの朝、聖霊に満たされた人々は、ぶどう酒よりはるかに大きな祝福である神の愛に酔いしれていたのです。私たちは聖餐式で、ぶどう汁を受けます。あのぶどう汁によって、神の愛を味わいます。天国でもっと豊かに注がれる神の愛の前味です。
日本でもこの聖霊降臨に似た出来事がありました。日本の最初のプロテスタント教会は、横浜海岸教会と言われます(以下は、日本キリスト教会横浜海岸教会発行の「教会のご案内」による)。1872年(明治5年)にジェームズ・バラ宣教師や日本の青年が出席して、初週祈祷会という会が連日行われ、熱心は祈りが献げられ、ペンテコステ的状況が起こったようです。この初週祈祷会のときに、バラ宣教師が篠崎桂之助たちに与えた聖句は、イザヤ書32章15節だったそうです。「ついに、我々の上に 霊が高い天から注がれる。 荒れ野は園となり 園は森と見なされる。」3月10日に、バラ宣教師によって篠崎桂之助以下9名が洗礼を受けました。この日が横浜海岸教会の創立記念日になっているそうです。横浜海岸教会と名乗ったのは1875年とのことです。
使徒言行録2章では、ペトロが力強く説教します。「これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。」箴言29章18節には、次の御言葉があります。「幻がなければ民は堕落する。」幻、夢は、神の国の幻と夢でしょう。神の国という目標(幻=ヴィジョン、夢)を目指して、祈りつつ進むことが必要です。このような夢を抱いた人として有名な一人は、残念ながら暗殺されたキング牧師です。その演説は感動的です。「私には夢がある。~私は、私の四人の小さな子どもたちがいつの日か、皮膚の色によってではなく、人格の深さによって評価される国に住むようになるであろう、という夢を持っている」(梶原寿『マーティン=L=キング』清水書院、1993年、164ページ)。
教会の婦人会で昨年度、三鷹市の中近東文化センター、東京神学大学、そして国際基督教大学の湯浅八郎(初代学長)記念館を見学しました。湯浅氏の愛した言葉が、「幻なければ民ほろぶ」と、「若者に幻を」だったそうです。「彼は人類平和と愛の共同体としての世界の形成に奉仕するというヴィジョンを持つ若者を育てたいという情熱に燃えていた」(武田清子『湯浅八郎と二十世紀』教文館、2005年、133ページ)。国際基督教大学には多くの国から来た教師・学生がおり、その教会堂では、今日もいろいろな国の人が、同じ神様を賛美・礼拝していることと思います。まさにペンテコステ的出来事です。 私たちは、この東久留米市にあって同じ神様を礼拝し、この近隣において主イエス・キリストを懸命に宣べ伝えて参りたいのです。アーメン(「真実に、確かに」)。
2017-05-26 18:41:33(金)
「本当の愛とは何か」 2017年5月21日(日) 復活節第6主日礼拝説教
朗読聖書:出エジプト記32章19~35節、ローマの信徒への手紙9章1~5節「わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています」(ローマの信徒への手紙9章3節)。
この直前でパウロは、高らかに歌い上げました。「~これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」
そのパウロが、本日の個所では、心の中の痛みを率直に語ります。「わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。」これは、仲間のイスラエル人たちを思うパウロの、本当の愛です。パウロはイスラエル人(ユダヤ人)です。説教題を「本当の愛とは何か」と致しました。パウロの同胞への愛こそ、本当の愛です。「わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。」
パウロは以前、イエス・キリストを信じる者たちを迫害していました。しかし、神様の憐れみにより、イエス・キリストを救い主と信じ、全ての罪を赦され、永遠の命を受けました。パウロは、仲間のイスラエル人たちにも、ぜひイエス・キリストを信じて永遠の命を受けてほしいのです。ところが、かたくなで「信じないイスラエル人が多いので、パウロは苦悩しています。口語訳では、次のように訳されています。「すなわち、わたしに大きな悲しみがあり、わたしの心に絶えざる痛みがある。実際、わたしの兄弟、肉による同族のためなら、わたしのこの身がのろわれて、キリストから離されてもいとわない。」
パウロは、イエス様とほとんど同じ心になっています。イエス様は十字架に架かられ、私たち罪人(つみびと)が受けるべき父なる神様の呪い(正しい裁き)を一身に引き受けて下さいました。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか、知らないのです」と祈られ、自分を殺す人々のためにも、身代りに死んで下さいました。パウロは、仲間たちが救われるためならば、自分が身代りに呪われて死んでもよい、滅びてもよいと言うのです。これは本当の愛です。
クリスチャン作家・三浦綾子さんの自伝『道ありき』の場面を思い出します。日本の敗戦によって大きな虚無に陥った三浦さん(当時は、堀田さん)は、命を絶とうとしますが、助けられます。しかし虚無から逃れられず、投げやりな生き方から抜け出せません。そんな彼女を見て、幼なじみの前川青年が、傍の小石を拾い上げ、突然自分の足をゴツンゴツンと打つのです。驚く彼女に、前川青年が言います。「ぼくは今まで、綾ちゃんが元気で生きつづけてくれるようにと、どんなに激しく祈って来たかわかりませんよ。~自分の命もいらないと思ったほどでした。けれども信仰のうすいぼくには、あなたを救う力のないことを思い知らされたのです。だから、不甲斐ない自分を罰するために、こうして自分を打ちつけてやるのです。」三浦さんは、「彼のわたしへの愛が、全身を刺しつらぬくのを感じた。そしてその愛が、単なる男と女の愛ではないのを感じた。彼が求めているのは、わたしが強く生きることであって、わたしが彼のものとなることではなかった」(以上、三浦綾子『道ありき』新潮文庫、2002年、80ページ)。私は、前川さんの愛も、イエス様の愛、パウロの愛に似た本当の(真の)愛だと感じるのです。
「わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。」家族がなかなかイエス・キリストを信じて下さらず、心に痛みを覚える方々は、今も多くおられます。キリスト教の歴史の中で有名なのは、古代教会の指導者となったアゥグスティヌスの母モニカです。若い日のアゥグスティヌスは、肉欲に溺れ、マニ教という、よいとは思えない宗教に心を奪われていたようです。熱心なクリスチャンであった母モニカにとり、これは大きな心痛でした。パウロの心通と同じです。モニカは、息子がクリスチャンになって救われるように、熱心に祈っていました。しかし、なかなか息子はクリスチャンになりません。神様は、このモニカに2つの形で励ましを与えて下さいました(以下、アゥグスティヌス『告白(上)』岩波文庫、2012年、87~90ページ)。
1つ目は夢です。「かの女(モニカ)がある木製の定規の上に立っていると、ひとりの立派な若者がやってきて、悲しみの涙にくれているかの女にむかってほほえみかけるのを夢にみた。~そして母(モニカ)がわたし(アゥグスティヌス)の堕落を嘆いていると答えたとき、その若者は安心するようにと命じ、母のいるところにわたしもいるではないかと忠告した。そしてかの女が気をつけてみると、わたしが同じ定規の上で母のそばに立っているのを見た。~この夢によって、敬虔な婦人である母に、ずっと後に与えられる歓びが当時の苦しみを慰めるために、あのように早く予示された。」 2つ目は、ある司教の言葉です。「お帰りなさい。~このような涙の子はけっして滅びることはない。」これをモニカは、天からの声として聴いたのです。
イスラエルの民の罪のために深く心を痛めたのは、パウロだけではありません。出エジプト記32章に記されている通り、モーセも同じです。イスラエルの民が、金の子牛を造って拝む大きな罪を犯したとき、モーセは神様に訴えたのです。「ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を造りました。今、もしあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中から消し去ってください。」これはモーセによるとりなしです。そして、私たちの究極のとりなし手は、もちろん主イエス・キリストです。イエス様が私たちの身代わりに十字架で死なれ、復活なさった恵みに感謝し、私たちも隣人である方々がイエス・キリストを救い主と信じ告白なさることができますようにと、とりなしの祈りに励みたいのです。(5節後半の「キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン」は、キリストが神であること直接語る御言葉です。キリストが神であると直接語る御言葉は、あまり多くありません。その意味で、貴重な御言葉です。キリストが神であると直接語る御言葉があまり多くないからと言って、キリストが神である事実がいささかも揺らぐことはありません。キリストは、正真正銘の神でいらっしゃいます。)アーメン(「真実に」)。
この直前でパウロは、高らかに歌い上げました。「~これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」
そのパウロが、本日の個所では、心の中の痛みを率直に語ります。「わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。」これは、仲間のイスラエル人たちを思うパウロの、本当の愛です。パウロはイスラエル人(ユダヤ人)です。説教題を「本当の愛とは何か」と致しました。パウロの同胞への愛こそ、本当の愛です。「わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。」
パウロは以前、イエス・キリストを信じる者たちを迫害していました。しかし、神様の憐れみにより、イエス・キリストを救い主と信じ、全ての罪を赦され、永遠の命を受けました。パウロは、仲間のイスラエル人たちにも、ぜひイエス・キリストを信じて永遠の命を受けてほしいのです。ところが、かたくなで「信じないイスラエル人が多いので、パウロは苦悩しています。口語訳では、次のように訳されています。「すなわち、わたしに大きな悲しみがあり、わたしの心に絶えざる痛みがある。実際、わたしの兄弟、肉による同族のためなら、わたしのこの身がのろわれて、キリストから離されてもいとわない。」
パウロは、イエス様とほとんど同じ心になっています。イエス様は十字架に架かられ、私たち罪人(つみびと)が受けるべき父なる神様の呪い(正しい裁き)を一身に引き受けて下さいました。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか、知らないのです」と祈られ、自分を殺す人々のためにも、身代りに死んで下さいました。パウロは、仲間たちが救われるためならば、自分が身代りに呪われて死んでもよい、滅びてもよいと言うのです。これは本当の愛です。
クリスチャン作家・三浦綾子さんの自伝『道ありき』の場面を思い出します。日本の敗戦によって大きな虚無に陥った三浦さん(当時は、堀田さん)は、命を絶とうとしますが、助けられます。しかし虚無から逃れられず、投げやりな生き方から抜け出せません。そんな彼女を見て、幼なじみの前川青年が、傍の小石を拾い上げ、突然自分の足をゴツンゴツンと打つのです。驚く彼女に、前川青年が言います。「ぼくは今まで、綾ちゃんが元気で生きつづけてくれるようにと、どんなに激しく祈って来たかわかりませんよ。~自分の命もいらないと思ったほどでした。けれども信仰のうすいぼくには、あなたを救う力のないことを思い知らされたのです。だから、不甲斐ない自分を罰するために、こうして自分を打ちつけてやるのです。」三浦さんは、「彼のわたしへの愛が、全身を刺しつらぬくのを感じた。そしてその愛が、単なる男と女の愛ではないのを感じた。彼が求めているのは、わたしが強く生きることであって、わたしが彼のものとなることではなかった」(以上、三浦綾子『道ありき』新潮文庫、2002年、80ページ)。私は、前川さんの愛も、イエス様の愛、パウロの愛に似た本当の(真の)愛だと感じるのです。
「わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。」家族がなかなかイエス・キリストを信じて下さらず、心に痛みを覚える方々は、今も多くおられます。キリスト教の歴史の中で有名なのは、古代教会の指導者となったアゥグスティヌスの母モニカです。若い日のアゥグスティヌスは、肉欲に溺れ、マニ教という、よいとは思えない宗教に心を奪われていたようです。熱心なクリスチャンであった母モニカにとり、これは大きな心痛でした。パウロの心通と同じです。モニカは、息子がクリスチャンになって救われるように、熱心に祈っていました。しかし、なかなか息子はクリスチャンになりません。神様は、このモニカに2つの形で励ましを与えて下さいました(以下、アゥグスティヌス『告白(上)』岩波文庫、2012年、87~90ページ)。
1つ目は夢です。「かの女(モニカ)がある木製の定規の上に立っていると、ひとりの立派な若者がやってきて、悲しみの涙にくれているかの女にむかってほほえみかけるのを夢にみた。~そして母(モニカ)がわたし(アゥグスティヌス)の堕落を嘆いていると答えたとき、その若者は安心するようにと命じ、母のいるところにわたしもいるではないかと忠告した。そしてかの女が気をつけてみると、わたしが同じ定規の上で母のそばに立っているのを見た。~この夢によって、敬虔な婦人である母に、ずっと後に与えられる歓びが当時の苦しみを慰めるために、あのように早く予示された。」 2つ目は、ある司教の言葉です。「お帰りなさい。~このような涙の子はけっして滅びることはない。」これをモニカは、天からの声として聴いたのです。
イスラエルの民の罪のために深く心を痛めたのは、パウロだけではありません。出エジプト記32章に記されている通り、モーセも同じです。イスラエルの民が、金の子牛を造って拝む大きな罪を犯したとき、モーセは神様に訴えたのです。「ああ、この民は大きな罪を犯し、金の神を造りました。今、もしあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中から消し去ってください。」これはモーセによるとりなしです。そして、私たちの究極のとりなし手は、もちろん主イエス・キリストです。イエス様が私たちの身代わりに十字架で死なれ、復活なさった恵みに感謝し、私たちも隣人である方々がイエス・キリストを救い主と信じ告白なさることができますようにと、とりなしの祈りに励みたいのです。(5節後半の「キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン」は、キリストが神であること直接語る御言葉です。キリストが神であると直接語る御言葉は、あまり多くありません。その意味で、貴重な御言葉です。キリストが神であると直接語る御言葉があまり多くないからと言って、キリストが神である事実がいささかも揺らぐことはありません。キリストは、正真正銘の神でいらっしゃいます。)アーメン(「真実に」)。
2017-05-19 2:36:43(金)
「イエス様を見る人は神を見る」 2017年5月14日(日) 復活節第5主日礼拝説教
朗読聖書:イザヤ書6章1~13節、ヨハネ福音書12章36~50節
「わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである」(ヨハネ福音書12章45節)。
イエス・キリストは、ご自分が神の子であることを示す、様々なしるし(愛の奇跡)を行って来られました。それによって群衆の中に、イエス様を神の子と信じた人々もいましたが、信じない人々もいました。ヨハネ福音書の記者ヨハネは、それは預言者イザヤの言葉が実現するためであったと言って、イザヤ書を2か所引用します。イザヤが生きた紀元前8世紀にも、イスラエルの民は素直に神様の御言葉を受け入れなかったし、イエス様の時代もそうだったのです。ヨハネが引用した2か所目は、イザヤ書6章10節、「かたくなの預言」と呼ばれる個所です。
「神は彼らの目を見えなくし、その心をかたくなにされた。
こうして、彼らは目で見ることなく、心で悟らず、立ち帰らない。
わたしは彼らをいやさない。」
私たちにも、神様の御言葉を素直に受け入れないかたくなな心はあるのです。数年前に、ある神学校の卒業式に出席したことがあります。学長が卒業生を送り出すメッセージの中で、「皆さんはこれから教会に派遣されて行かれます。教会の中の方々は御言葉を聴いて下さいますが、教会の外の人々は聴いて下さらない現実があります」とおっしゃったと記憶しています。「その覚悟で行きなさい」とおっしゃりたかったものと、私は受け止めました。また、ある神学校の責任者の方が、「困難を極める日本伝道」と書いておられたことも思い出します。イザヤの時代のイスラエルでも、イエス様の時代のイスラエルでも、今の日本でも同じです。
4節に、「イザヤは、イエスの栄光を見たので、このように言い、イエスについて語ったのである」とあります。これはイザヤ書6章で預言者イザヤが、天の神の御姿を垣間見た経験のことを言っています。イザヤは生ける真の神を垣間見たのですが、ヨハネはそれがイエス・キリストだったと、驚くべき真理を述べているのです。旧約聖書にはイエス・キリストは直接登場致しません。しかしヨハネ福音書は1章1節、こう宣言します。「初めに言(ロゴス=キリストを指す)があった。言は神と共にあった。言は神であった。」キリストは天地創造の前から生きておられる神だと宣言しているのです。私たちは、父・子・聖霊なる三位一体の神様を信じています。キリストは子なる神なのです。イザヤが垣間見たのもこの栄光の神様であり、ヨハネが「イザヤは、イエスの栄光を見たので、このように言い、イエスについて語ったのである」と書いていることは、驚くべきことですが、真実です。イエス様も45節で、「わたしを見る者は、わたしを遣わされた方(父なる神様)を見るのである」と言われ、ご自分が父なる神様に等しい方であることを述べておられます。
群衆の中にイエス様を信じない人々がいましたが、「(最高法院の)議員の中にもイエス様を信じる者は多かった」とも書かれています。ですが「会堂から追放されるのを恐れ、ファリサイ派の人々をはばかって公に言い表さなかった。彼らは、神からの誉れよりも、人間からの誉れの方を好んだのである」と書かれています。「公に言い表す」とは「告白する」ということです。イエス様を神の子と告白して迫害を受けるよりも、世渡り上手に生きる方を選んだのです。人間の弱さです。ローマの信徒への手紙10章10節に、「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです」とありますから、ただ心の中で信じるだけでなく、信仰を公に言い表す(告白する)ことが大切です。
イエス様は、「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た」と言われます。イエス・キリストは「世の光」です。私も神学生時代に教えを受けたある先生は、14歳で陸軍幼年学校に入学された経験をお持ちです(以下、2014年の毎日新聞の記事による)。百倍の難関でした。それは士官候補生のエリート集団で、一日は朝の宮城遙拝と軍人勅諭暗唱で始まったそうです。クリスチャンが真の神様を礼拝し、「主の祈り」を祈るのに似ています。
玉砕を教えられていた16歳の少年にとって、1945年8月15日の敗戦を受け入れることは困難で、「なぜ生き延びるのか」と苦しまれたそうです。その年の晩秋に帰郷していたとき、幼年学校の軍服を着たまま賀川豊彦牧師の伝道集会をのぞかれたそうです。私たちは先週の婦人会で、世田谷区にある賀川豊彦記念松沢資料館と松沢教会を見学させていただいたのです。前に出るように言われ、賀川牧師は混乱する少年の頭に手を乗せ、祈られたそうです。少年は「暗い帰り道、不思議な温かい気持ちに包まれた」そうです。賀川牧師を通して、神様の愛に触れ、イエス・キリストの光に触れ、心に聖霊を注がれたのでしょう。「世の光」イエス・キリストに触れた経験だったと思うのです。イエス様が、「だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た」と言われた通りです。
「世の光」イエス様が、私たちと共にいて下さいます。この恵みに感謝して、歩んで参ります。アーメン(「真実に」)。
「わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである」(ヨハネ福音書12章45節)。
イエス・キリストは、ご自分が神の子であることを示す、様々なしるし(愛の奇跡)を行って来られました。それによって群衆の中に、イエス様を神の子と信じた人々もいましたが、信じない人々もいました。ヨハネ福音書の記者ヨハネは、それは預言者イザヤの言葉が実現するためであったと言って、イザヤ書を2か所引用します。イザヤが生きた紀元前8世紀にも、イスラエルの民は素直に神様の御言葉を受け入れなかったし、イエス様の時代もそうだったのです。ヨハネが引用した2か所目は、イザヤ書6章10節、「かたくなの預言」と呼ばれる個所です。
「神は彼らの目を見えなくし、その心をかたくなにされた。
こうして、彼らは目で見ることなく、心で悟らず、立ち帰らない。
わたしは彼らをいやさない。」
私たちにも、神様の御言葉を素直に受け入れないかたくなな心はあるのです。数年前に、ある神学校の卒業式に出席したことがあります。学長が卒業生を送り出すメッセージの中で、「皆さんはこれから教会に派遣されて行かれます。教会の中の方々は御言葉を聴いて下さいますが、教会の外の人々は聴いて下さらない現実があります」とおっしゃったと記憶しています。「その覚悟で行きなさい」とおっしゃりたかったものと、私は受け止めました。また、ある神学校の責任者の方が、「困難を極める日本伝道」と書いておられたことも思い出します。イザヤの時代のイスラエルでも、イエス様の時代のイスラエルでも、今の日本でも同じです。
4節に、「イザヤは、イエスの栄光を見たので、このように言い、イエスについて語ったのである」とあります。これはイザヤ書6章で預言者イザヤが、天の神の御姿を垣間見た経験のことを言っています。イザヤは生ける真の神を垣間見たのですが、ヨハネはそれがイエス・キリストだったと、驚くべき真理を述べているのです。旧約聖書にはイエス・キリストは直接登場致しません。しかしヨハネ福音書は1章1節、こう宣言します。「初めに言(ロゴス=キリストを指す)があった。言は神と共にあった。言は神であった。」キリストは天地創造の前から生きておられる神だと宣言しているのです。私たちは、父・子・聖霊なる三位一体の神様を信じています。キリストは子なる神なのです。イザヤが垣間見たのもこの栄光の神様であり、ヨハネが「イザヤは、イエスの栄光を見たので、このように言い、イエスについて語ったのである」と書いていることは、驚くべきことですが、真実です。イエス様も45節で、「わたしを見る者は、わたしを遣わされた方(父なる神様)を見るのである」と言われ、ご自分が父なる神様に等しい方であることを述べておられます。
群衆の中にイエス様を信じない人々がいましたが、「(最高法院の)議員の中にもイエス様を信じる者は多かった」とも書かれています。ですが「会堂から追放されるのを恐れ、ファリサイ派の人々をはばかって公に言い表さなかった。彼らは、神からの誉れよりも、人間からの誉れの方を好んだのである」と書かれています。「公に言い表す」とは「告白する」ということです。イエス様を神の子と告白して迫害を受けるよりも、世渡り上手に生きる方を選んだのです。人間の弱さです。ローマの信徒への手紙10章10節に、「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです」とありますから、ただ心の中で信じるだけでなく、信仰を公に言い表す(告白する)ことが大切です。
イエス様は、「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た」と言われます。イエス・キリストは「世の光」です。私も神学生時代に教えを受けたある先生は、14歳で陸軍幼年学校に入学された経験をお持ちです(以下、2014年の毎日新聞の記事による)。百倍の難関でした。それは士官候補生のエリート集団で、一日は朝の宮城遙拝と軍人勅諭暗唱で始まったそうです。クリスチャンが真の神様を礼拝し、「主の祈り」を祈るのに似ています。
玉砕を教えられていた16歳の少年にとって、1945年8月15日の敗戦を受け入れることは困難で、「なぜ生き延びるのか」と苦しまれたそうです。その年の晩秋に帰郷していたとき、幼年学校の軍服を着たまま賀川豊彦牧師の伝道集会をのぞかれたそうです。私たちは先週の婦人会で、世田谷区にある賀川豊彦記念松沢資料館と松沢教会を見学させていただいたのです。前に出るように言われ、賀川牧師は混乱する少年の頭に手を乗せ、祈られたそうです。少年は「暗い帰り道、不思議な温かい気持ちに包まれた」そうです。賀川牧師を通して、神様の愛に触れ、イエス・キリストの光に触れ、心に聖霊を注がれたのでしょう。「世の光」イエス・キリストに触れた経験だったと思うのです。イエス様が、「だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た」と言われた通りです。
「世の光」イエス様が、私たちと共にいて下さいます。この恵みに感謝して、歩んで参ります。アーメン(「真実に」)。